「現代の活動家」としてのデザイナーの可能性──2024年度グッドデザイン賞から考える【太田 直樹 × 中村 寛 × 林 亜季】

個人的な印象ですが、グッドデザイン賞に関わり始めた頃に「現代の活動家はデザイナーの顔をしている」と思ったんです。

Focused Issues

本記事は、グッドデザイン賞2024フォーカス・イシューと連動し、双方のサイトへ掲載されています。

「デザインのシンクタンク」というビジョンを掲げ、受賞作の背景にあるデザインの“うねり”を捉え、年度ごとの「テーマ」に据えるグッドデザイン賞フォーカス・イシュー。2024年度、一連の審査プロセスを経て定め、提言として発表したレポートが『FOCUSED ISSUES 2024 はじめの一歩から ひろがるデザイン』だ。賞の審査委員「ではない」外部からの視点で、審査過程に伴走しながら同提言を作り上げたフォーカス・イシュー・リサーチャーの3名が、2024年度のフォーカス・イシューを総括し、これからを展望した。

「個人」の一歩から、大きな問題にアプローチする

───みなさんはフォーカス・イシュー・リサーチャーとして、2024年度のグッドデザイン賞の審査プロセスに並走してきました。その過程を振り返ってみて、特に今年感じた変化の兆しはありますか?

共創パートナー 太田直樹(2024年度グッドデザイン賞 フォーカス・イシュー・リサーチャー)

太田

2024年度の受賞作を一通り見た時に心に残ったのが、日常的に交わることの少ない「ナナメの関係」を生み出すデザインが多くあったこと。東京都目黒区の障害者シェアハウスとシェア店舗の組み合わさった「はちくりはうす」や東京都江東区の多世代共生の複合型福祉施設「深川えんみち」、岡山県の多世代・多分野の人が入り混じる雑誌「プラグマガジン」など、特定の対象だけをターゲットにするのではなく、結果として多くの属性が混ざり合う空間やサービスになっている受賞作が印象に残っています。

はちくりはうす
障害者と介助をする人達にとって、このシェアハウスは建物内で関係が閉じた従来の施設ではなく、同様に障害のある人々や地域の人々も関わる場であり、ひらかれた環境の中で社会生活を営む事ができる場所である。障害者自立支援の為の居宅介護事業所とショートステイルームを併設し、1階玄関横には日替わりのシェア店舗が表通りに面している。

深川えんみち
高齢者デイサービス・学童保育クラブ・子育てひろばの3つの事業からなる、旧斎場を改修した複合型福祉施設。江東区深川の賑やかな街から建物内に道を引き込み、その道をきっかけに高齢者と小学生、未就園児と親御さん、地域の人々が集い交流することで、様々な縁を紡ぎ、豊かな地域社会をつくる核となることを目指した、街とつながる福祉施設。

プラグマガジン
2004年創刊、20周年を迎えた岡山県発のリージョナル・マガジン。地域のいまをアーカイヴしながら、地方創生の新たなアプローチをミッションに掲げ、ローカルにオルタナティブを提案。ファションやカルチャーを軸に、地元政財界からアンダーグラウンドまでを一冊の中で融和させた独自編集と関連イベントによって新たな地域デザインを実践。

中村

これまで解決が難しいとされていたり、あえて手をつけてこなかったりしたような大きな問題にも、積極的に取り組もうとする姿勢が見られたと感じます。問題をそのまま掲げるのではなく、要素を細かく分解し、仕組みや仕掛けを工夫して乗り切ろうとするなど、とてもポジティブに対応している印象を受けました。

例えば「women farmers japan」は、これまでデザインの領域では十分に取り組まれてこなかった、日本社会全体を覆う男性中心主義の問題に踏み込んでいます。他にも、医療的な制約が大きかったところに「セルフ透析システム」の仕組みを導入しようとする取り組みや、「老害」という言葉を単に批評的に扱うのではなく、まったく別のポジティブな回路を見いだして「ばあちゃん新聞」を発刊するなど、固有のアプローチで問題を捉え直し、改良していこうとする例も見られました。

women farmers japan
「里山農業を心うごく世界に」をコンセプトに世界有数の豪雪地の小さな農家が集まった農業法人です。コミュニティとビジネス両方のデザインを掛け合わせた仕組みを応募します。具体的には、さつまいもの栽培、加工、販売、チャレンジ加工室の運営、女性農家コミュニティ運営を通じて、農村女性の自立支援と中山間地域農業の課題解決に挑戦中です

セルフ透析システム
医療機関で患者自身が透析を実施するという日本初となる仕組みであり、透析患者の健康と自立をキーワードとしている。日本透析医学会のガイドラインに準拠し透析の回数や時間を増やす仕組み、施設主導でなく患者主導の仕組みで構成される。透析医療の一つの選択肢として社会生活を送る透析患者のQOL(生活の質)向上に寄与する。

ばあちゃん新聞、ばあちゃん飯
ばあちゃんビジネス 75歳以上のばあちゃんたちが働く会社。働くで、ばあちゃんたちの「生きがい」と「収入」を創る。働くこと、経済活動をすることで健康寿命を伸ばし、介護予防、認知症予防に寄与し、社会保障費の削減を目指す。ばあちゃんたちの得意と特性を商品・サービス化。

まず全体として、デザインの主体が「企業」から「個人」に移り変わりつつある傾向をいっそう感じました。もちろんそれぞれのプロジェクトの背景に企業の方針やマクロな社会情勢はあるのですが、それと同時に「なぜ私はこれをやりたいのか」という個人の課題感が見える傾向がより強まったのが、今年の特徴だったと思います。

そのうえで、いくつかの受賞作に共通して見て取れたキーワードが「越境」です。例えばトヨタの「Geological Design」や、大賞を受賞したジャクエツの「RESILIENCE PLAYGROUND プロジェクト」は、それぞれの企業のメイン事業の内外を越境しながら積み重ねていた活動が結実した事例ではないかと思います。

Geological Design
クルマづくりのみならず、その終わり方まで考え、さらには素材選びから考える。そしてクルマに戻ることのできない廃材は、次の命まで考える。そんな地球環境から考えた「捨てるところがないモノづくり」と、あらゆる垣根を越えた持続的な「仲間づくりのプロセス」を、私たちは「Geological Design」と名付け、活動しています。

RESILIENCE PLAYGROUND プロジェクト
「障害の有無に関わらず誰もが遊ぶことができる遊具」の開発を医療と遊具の分野を越えて実現したプロジェクト。医療的ケア児の「遊びたくても遊べない」という課題に注目し、様々な個性をもつ子どもたち、医師、ケアスタッフ、遊具デザイナー、地域住民が携わり3つの遊具を開発。遊ぶきっかけが地域に増え幸せが広がる未来を描いている。

グッドデザイン賞が「拾えていないもの」へのまなざし

───そうした受賞作の傾向の中から浮かび上がってきた、今後グッドデザイン賞が取り組むべき課題はありますか?

太田

サードプレイスのような、会社や家族とは異なる人たちが集まって何かをできる場所をつくっていくことが重要だと感じています。ただ受賞作を発表するだけでなく、誰でも参加できる場を提案・紹介にすることで、入り混じった関係から化学反応が起こる。そうした場所をいかにしてデザインし、誰もが参加できる仕組みを作っていくかは、今後のグッドデザイン賞にとって大きな課題だと思います。

中村

僕はリサーチ機能をもっと強化していく必要があるのではないかと思います。評価に際して専門的な知識が必要な作品に対して、実際にどれほどの効果が見込めるのかをきちんと判断できる仕組みが賞の主催者側あるいは審査する側に必要だと思うんです。例えば、専門的な技術者や研究者にすぐにコンタクトが取れるネットワークが整っていれば、もっと正確に見極められるようになります。

そうしたネットワークを築く上で、勉強会や研究会という形で、いろいろな人を招いて定期的に話を聞く場を設けるのもいいですよね。デザインとは直接関わらない分野、例えば科学者や歴史学者、哲学者のような人たちを招き、いま社会で何が起こっているのか、どんな技術の進歩があるのか徹底的に議論する。そこで得られる情報によって、我々自身も理解を深めたり、新しい視点を得たりすることができます。

人類学者 中村 寛(2024年度グッドデザイン賞 フォーカス・イシュー・リサーチャー)

中村

それから、もう一つ課題だと思うのは、拾い切れていないプロジェクトがかなりあるだろうという点です。お金や人手の問題で応募まで手が回らなかったプロジェクトが、きっとまだまだたくさんあるはず。特に、いわゆるビジネスの枠にはおさまらないパブリックやセミパブリックな領域、あるいはソーシャルアクティビズムに近い分野で活動している人たちは、そもそも応募に使えるリソースが不足しがちだと思います。

そういった場所で起こっている、あるいはもう何年も続けられている素晴らしい取り組みを掘り起こすリサーチをいかにして行っていくかは、考えるべき問いだと思っています。

私は一人のアイデアや小さな一歩を「広げるデザイン」が重要だと思います。「小さな一歩」は少しずつ踏み出しやすくなってきましたが、小さな問題解決にとどめるのではなく、フォーカス・イシューとして注目が集まることで、「広がる」という効果が加えられるのではないかと考えています。

もう一つ感じるのは、最近は「説明が必要なデザイン」が増えていることです。パッと見た瞬間に「すごい」とわかるものよりも、背景やストーリーを聞いて初めてその価値が理解され、評価されるケースが増えている。一方で、直感的、非言語的に「わっ」と目を引くようなデザインの力も大切だと思うので、その両方の追求が難しいと感じます。

名指されない「デザイン」を拾い上げていく

───そうした課題感も踏まえつつ、これからのグッドデザイン賞はどう変わっていくべきだと思いますか?

太田

国内外の45歳以下の研究者8,000人にアンケートを取った調査があるのですが(参考)、その結果を見ると「地域とつながっている研究が評価されない」とか「分野横断型の研究が評価されない」という問題が、変えてほしいことのトップに挙げられていたんですよね。デザイナーでも、似たようなことが多いんじゃないかと思うんです。そこで、例えば受賞した人へのアンケートなどを実施して「どんな苦労があったか」というリアルな声を集めることができれば、現状を可視化し、「ここが障壁になっているんだ」と明確にできるのではないかと思います。

中村

海外だとデザインのバックグラウンドを持たない人が堂々とデザイナーを名乗って活動していたりしますよね。日本でもソーシャルな領域で活躍している人は増えてきているのに、なぜか「デザイナー」を名乗るところまでいかない。そこにすごく大きな違いがある気がしていて、どうしてそうなっているのかを把握したい。

だからこそ私は、日本の面白い取り組みを海外にちゃんと伝えると同時に、向こうで見つけた面白いものも持ち帰り、みんなで共有していけるといいのではないかと思っています。例えば、「グッドデザイン・アドボケイト」なのか「グッドデザイン・エヴァンジェリスト」なのかわかりませんが、グッドデザインの考え方を理解していて、なおかつそれだけにとどまらない視点で世界を見ている人たちが、もっと海外へ出ていくのも面白いのではないでしょうか。海外のデザインショーをはじめデザイン業界の動きを見て知見を持ち帰る、といった取り組みをもう少し積極的にやってもいいのかもしれません。

編集者/経営者 林 亜季(2024年度グッドデザイン賞 フォーカス・イシュー・リサーチャー)

普段の活動や取り組みの中で「デザインしている」ことに気づいていない人が、実はもっとたくさんいるはずですよね。「デザイン業界」や「デザイナー」といった言葉が使われていますが、実際はそれ以外の方々もたくさん応募してくださっていますから。

そういう方たちが何か新しいものを生み出したり、世の中を良くしようとしたりしてアクションしても共感や支援が得られずに感じている閉塞感を、応募や受賞がきっかけで打開できるかもしれないし、自分も「デザインしているんだ」と意識できると行動が変わってくるんじゃないかと思います。例えば、ビジネスデザインや人事制度、オペレーションの改善など、より良い労働環境を生み出すこともデザインの領域に含まれるわけですよね。だからこそ、デザイナー以外の人たちにもグッドデザイン賞にもっと目を向けてもらい、応募してもらえたら嬉しいです。

「現代の活動家はデザイナーの顔をしている」

──最後に、これからのデザイン業界やデザイナーたちへ向けたメッセージをいただけますか。

最近の社会は、どんどんネガティブな方向に向かっているように感じます。日本だけなのか世界全体なのかはわからないですが、SNSには誹謗中傷が蔓延していて見ているだけでもしんどくなりますし、メディアの現場では、ファクトよりも印象だけで物事が進んでしまうことも多い。

そうした状況の中で、「生み出すこと」や「芽吹き」を愛でるグッドデザイン賞という存在は、ますます大切だと思っています。閉塞感に覆われた社会を前に、ポジティブな視点を持ってグッドなことを大事にしようとする姿勢は、これから先の社会で重要になるのではないでしょうか。「あれがだめだ」「これがだめだ」と、批判合戦ばかりが目立つ中で、それでも何かを生み出そうとしたり、より良くしようとする動きをしている人たちをきちんと評価する。それがグッドデザイン賞の役割であり、これから意義を増す大事な取り組みだと感じています。

中村

あくまで私の個人的な印象ですが、グッドデザイン賞に関わり始めた頃に「現代の活動家はデザイナーの顔をしている」と思ったんです。かつては社会活動家として、想いは強いけれども、無理が重なり健康を害して倒れてしまったり、ビジネスではないので資金が回らなくて疲弊してしまったりしていく人をたくさん見てきました。しかし、そうしたやり方ではなく、闘うわけでも抵抗するわけでもなく、「味方ですよ」という顔をしながら、仕組みをスマートに変えていく人たちがデザイナーだと感じました。

もちろん20世紀のデザインは暴力を増幅する方向に使われた例もありましたし、良からぬ面もたくさんある。そうした危うい側面はあるけれど、あえて闘わずに静かに変えていく力が、デザインにはあるのかもしれない。それが私の中の希望的なイメージです。

太田

実は今回の提言の中にも入っているオードリー・タンさんとの対話で、私も似たような議論をしました。「多様性がいいことだ」「対立を乗り越えて意識を変えよう」と口で言うだけでは足りない、という議論になったんです。意識を変えようと叫ぶより、良い体験をガラッと作ってしまうほうが効果的だと。“デザイン”という手段なら、もっと幅広い入り口を用意して、じわじわと変化を起こすことができるのではないでしょうか。

Credit
執筆
長谷川リョー

文章構成/言語化のお手伝いをしています。テクノロジー・経営・ビジネス関連のテキストコンテンツを軸に、個人や企業・メディアの発信支援。主な編集協力:『10年後の仕事図鑑』(堀江貴文、落合陽一)『日本進化論』(落合陽一)『THE TEAM』(麻野耕司)『転職と副業のかけ算』(moto)等。東大情報学環→リクルートHD→独立→アフリカで3年間ポーカー生活を経て現在。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

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