合意形成は満場一致、1億円弱の資金調達、地域に馴染む佇まい──大日止昴小水力発電所「集落の未来をつくる」デザイン

もし反対意見を多数決で押し切ったら、その人はもう関わってくれなくなるでしょう。73世帯の小さな集落ですから、一人でも欠けてしまったら、この事業は回りません。だからこその“満場一致”なんだと理解していました。

Focused Issues

本記事は、2025年度グッドデザイン賞 フォーカス・イシューと連動し、双方のサイトへ掲載されています。

フォーカス・イシュー・リサーチャーの中村寛は、2025年度の提言として「野生のファイナンスで、土着の生活リズムを守る」を打ち出した。その提言を深める過程で、“フィールドワーク”に向かったのは宮崎県西臼杵郡日之影町。九州山地の奥深く、棚田と竹林が広がる山間の集落だ。

2017年11月に運転を開始した「大日止昴小水力発電所」は、73世帯で構成される大人(おおひと)地区において、大正時代から続く農業用水の余り水を活用して発電を行う施設である。地元資源と施工体制を活かし、風景に溶け込む佇まいで集落風景を心地よく安心なものに変えるとともに、発電収益を用水や伝統芸能を含む暮らしの存続のために還元している。2025年度グッドデザイン賞ベスト100に選出され、「グッドフォーカス賞 地域社会デザイン」を受賞した。

事業主体である大人発電農業協同組合の代表理事・田中弘道、この発電所の調査設計から事業化まで携わった山下輝和(株式会社リバー・ヴィレッジ)、建屋と周辺環境の設計を手がけたランドスケープアーキテクトの竹林知樹(株式会社Takebayashi Landscape Architects 代表取締役)とともに現地を歩きながら、この発電所がいかにして生まれたのか──合意形成のプロセスから、資金調達の仕組みと試行錯誤、地元の風景に溶け込むデザインの背景までを訊いた。

「捨てる水をなんとかしたい」。大日止昴小水力発電所の始まり

中村

大日止昴小水力発電所はグッドデザイン賞の審査会場でもかなり話題になっていたので、人類学者としてはどうしても現地を見たいと思っていました。今日はよろしくお願いします。

まず、この大人地区のことを教えていただけますか?

フォーカス・イシュー・リサーチャー 中村寛

田中

この地域はもともと、ほとんど水がなく畑だけだったんです。それが、川から水を引き始めたことで畑が田んぼに変わり、それから農家が自活できるようになった歴史があります。

ただ今は、集落の人口が町全体の半分ほどの割合にまで減っている。棚田ではあるのですが、急斜面に小さな田んぼが段々になっているので大型の農業機械が入れず、規模の拡大も難しいのが実情です。

中村

田中さんはこの地域で生まれ育ち、その後もずっと過ごしてきたのでしょうか。

田中

そうです。この地域には神楽と歌舞伎、二つの伝統芸能があって、私も20歳の頃から神楽にずっと関わってきました。どちらも集落にとって大切なものですが、保存活動を続けるには資金がいる。小水力発電は、その資金を確保する事業でもあるんです。

大人発電農業協同組合 代表理事 田中弘道

中村

「小水力発電」になったのは、どういうきっかけからだったのですか?

田中

この地域では、毎年4月から9月までは田んぼに水を使います。一方で、それ以外の時期はいわば“垂れ流し”にしていて、有効活用できていませんでした。「捨てる水をなんとかしたい」と考え、たどり着いたのが小水力発電だったんです。水路には落差があるので、流しっぱなしの水を用いて発電ができるんじゃないかと。

それから、「発電の情報があったらなんでもいいから教えてほしい」と周囲に話し続けていたら、あるとき九州大学からの情報が入ってきたんです。

中村

九州大学からの情報というのは、山下さんが関わっていた研究ですよね。

山下

はい。私は九州大学の研究員として、この集落の近くにある五ヶ瀬町で、地域づくりにつなげる小水力発電の研究を進めてきました。

小水力発電は土木、電気、機械などさまざまな分野をまたぐ、総合的な事業です。一方で、それぞれの技術は社会において分断されており、小水力発電が実用化されているケースはまだ多いとはいえません。私たちが進めてきたのは、技術ごとの分断を解消し、小水力発電を社会でより多く実現するための研究でした。

中村

そのなかで、お二人はどのような経緯で出会うことになるのでしょうか?

田中

「たまたま」ですよね。私たちが興味を持っていたところに、偶然縁が生まれたというか。

山下

そうですね。きっかけは、河川工学が専門で、五ヶ瀬川流域について長く研究をされている島谷幸宏さんの研究室に所属する方から、「日之影町に来てみないか」と声をかけられたこと。その時に、田中さんとも初めてお会いしました。

実際に訪れてみたら、農業用水の水量があって落差もとれる、小水力発電の条件が揃った場所がありました。とはいえ、実際にやるとなれば、権利関係の整備に加え、地域での合意形成も必要です。正直、そう簡単にはできないだろうとも思っていました。

株式会社リバー・ヴィレッジ 山下輝和

満場一致を目指す──歌舞伎と神楽が支えた合意形成

中村

たしかに。73世帯の小さな集落で、これだけの事業がまとまったこと自体に驚きがあります。条件が揃っていても、合意形成ができなくて実現しない。小水力発電に限らず、世の中にはそんなケースがたくさんあると思うんです。この大人地区で、実現できた理由は何だと思いますか?

山下

合意形成のための“ベース”が十分あったことです。この地区の伝統芸能である歌舞伎や神楽では、表舞台は男衆が立ち、裏方は女性が担う。何よりも、チームワークが肝心なんです。そのチームワークが、集落全体で何かを決める際のベースとして根付いている。だからこそ、「みんなで話し合って決める」ことを厭わないし、やりやすいのだと感じました。

中村

文化人類学的に言えば、歌舞伎や神楽は伝統芸能であると同時に、毎年繰り返される行事を通じて合意形成を支える“文化装置”として機能しているんだと思います。それがこの発電事業の基盤にもなっている。

山下

そうかもしれません。面白いのは、歌舞伎の里だけあって、議論がだんだん芝居がかってくるんですよ。ある方が「俺にしてみれば反対はしたかったよね」と。反対する人がいないから俺が反対する、みたいな。“反対役”ですよね。ニヤッとしながら「こういうことはどうだろう」「こんなことになったらどうする」と投げかけてくる。名指しでなくても反対意見が出てくるということは、みんなちゃんと考えている証拠なんです。だからこそ、反対が出てくることは、むしろちょっと嬉しかったですね。

中村

面白いですね。最終的な決議に向けては、どう進めていったのでしょうか。

山下

毎年、調査結果を大人発電農業協同組合の総会で報告させてもらっていました。2年目の総会で、田中さんと一緒にこの事業を進めてきた方が、「ここからは多数決ではなく、『満場一致』で進めましょう」と。そこから、全員が納得できる計画を作ることを目標に据えて、1年かけて詰めていったんです。結果的に、最終決議は満場一致で可決されました。

中村

先ほど「反対役」という言葉もありましたが、実際に反対意見が出てきたときには、どのように向き合っていたのでしょうか。

山下

強い反対意見を出された方には、必ず直接話を聞きに行きました。大きな声で反対する人は、決してわがままで言っているわけではない。地域のことを主体的に考えているからこそ、誰も気づいていなかったような課題に目を向けられるんです。

もし反対意見を多数決で押し切ったら、その人はもう関わってくれなくなるでしょう。73世帯の小さな集落ですから、一人でも欠けてしまったら、この事業は回りません。だからこその“満場一致”なんだと理解していました。

自前の資源を活かす「野生のファイナンス」の実践

中村

満場一致の方針、その実現のための試行錯誤、背景にある伝統芸能の存在。どれも非常にユニークで興味深いです。一方で、資金面はどうだったのでしょうか。これだけの事業をやるには、相当なお金がかかりますよね。

田中

小水力発電事業を始めるにあたって、まず73世帯全員から出資金を集めることにしました。最初は1世帯5万円をお願いしたんですよ。でも「俺たちは国民年金で生活してるんだぞ、5万円なんて無理だ」と言われて(笑)。4万円でも高い、1万円でも高い…最終的には1世帯4,000円に落ち着きました。

中村

金額が当初の予定からかなり下がったのですね。

田中

そうです。でも、大事なのは金額の大きさではなく「全員が出す」ことだと考えていました。だからこそ、金額を躊躇なく下げることができたんです。

とはいえ、事業費は約1億円かかります。国の補助金もあるのですが、それは建設が終わり検査が通った後にしか下りない。つまり、それまでの間は誰かが立て替えなければいけません。そこで宮崎銀行にお願いしていたのですが、無担保で9,500万円ですから、なかなか首を縦に振ってもらえなかった。

中村

無担保で9,500万円。それは簡単にはいかないですよね。

田中

ええ。鳥取県で同じような小水力発電の事業をやっている協同組合があって、そこが金融公庫から無担保で借り入れる仕組みを持っていたんです。それを教わって、うちも調査段階から金融機関に足を運んで、事業の中身を説明していきました。

それでも宮崎銀行はなかなか動いてくれなくて、ある日鹿児島銀行の支店に相談に行ったんです。そうしたら「面白い仕事じゃないですか、明日見に行きます」と。土曜日ですよ、お休みなのに来てくれました。全部説明したら、「うちはやります」と言ってくれた。その言葉を持って月曜日に宮崎銀行の支店に行ったら、顔色が変わりましてね。その場で本店に電話して、融資が決まったんです。

山下

水利権の面でも、おそらく全国でも珍しい仕組みを実現しています。本来、発電のために新しく水利権を取ると、既存の田んぼ用の水利権まで見直しの対象になり、地域として使える水の量を減らされてしまうんです。農家にとっては、これが一番怖い。

でも今回は、発電事業をやっているのも農家自身なんですよね。だから田んぼに水が必要な時期には、発電を止めてそのまま流せばいい。地元どうしで融通しているなら問題ないと、県も認めてくれました。

中村

なるほど。資金調達に水利権、いずれも既存の制度に則るわけではなく、地形や水、人間関係などこの土地にもともとあった資源を組み合わせているのですね。現在、発電による収益はどのくらいなのでしょうか?

山下

年間の売電収入は約1,000万円です。発電した電力は全量を九州電力の系統に流し、新電力会社に買い取ってもらっています。その収益は、用水路の管理費や伝統芸能の保存活動に充てているんです。たとえば、地元で運営しているジビエの解体施設の電気代もここから賄っていますし、周辺集落の公民館への支援金にもなっています。

100年のインフラに“敬意”を添える──風景に溶け込む発電所のデザイン

中村

合意形成やファイナンスの話を伺ってきましたが、この発電所にはもう一つ見逃せない特徴があります。それは、発電所が優れたデザインによって地域の風景に溶け込んでいることです。

仕組みの面だけでなく、建屋の佇まいも「土着の生活リズムを壊さない」ための要素になっています。デザインを担当した竹林さんは、リバー・ヴィレッジとはどういう経緯で一緒に仕事を始めたのですか?

竹林

ちょうど福岡で独立した年で、まだ仕事が少なかった頃に、週に1~2日くらい九州大学の河川研究室の研究員をしていたんです。その隣でリバー・ヴィレッジがこの発電所のプロジェクトを進めていて。河川研究室が作ってくれたご縁ですね。僕が独立して最初にやった仕事でもあります。

株式会社Takebayashi Landscape Architects 代表取締役 竹林知樹

中村

発電所の設計には、どのような考え方で臨まれたのでしょうか。

竹林

この地域の用水は、大正時代にできて100年以上動き続けているものです。その歴史あるインフラの水を借りて発電させてもらうわけですから、発電所もそれに見合う長い時間、持ちこたえられるものにしたかった。この場所への“敬意”を込めることが、デザインの指針になりました。

それを踏まえ、周囲に存在を主張するのではなく、農業の営みや石積みの風景に馴染む設計を心がけました。工夫の一つとして、発電機器のうち雨に濡れても大丈夫なものはあえて屋外に出して、建屋をできるだけコンパクトにしています。

中村

実際に来てみても、風景にとても馴染んでいると感じます。設計にあたっては、何を手がかりにしたのでしょうか。

竹林

ちょうど発電所を作った時期が稲刈りの季節で、農業をしている人たちと発電所を建てている人たちとが、同じ用水の流れを分かち合いながら一緒に働いている風景があったんです。あの風景が、この地域の成り立ちそのものだと感じました。

その体験を踏まえて、ここ20~30年で定着してきた建築土木の造り方ではなく、もっとずっと古くから、この土地に根付いていた固有の文脈を受け止めることに集中して、デザインしました。その方が、結果として長い時間耐えうる発電所になると考えたんです。

中村

グッドデザイン賞への応募は、竹林さんの発案だったのですか?

竹林

僕だけではなくて、リバー・ヴィレッジの佐藤辰郎さんと話していて、応募しようとなりました。この発電所はおそらく100年以上続いていくものです。これから先のために、外部から評価していただくことで、地域の人たちが「これは価値があるものなんだ」と改めて実感できる機会を、今のうちに一つ作りたいと考えました。

中村

最後に、今後この発電所がどのような場所になってほしいかの展望はありますか?

山下

「大日止昴小水力発電所」の取り組みから学んだのは、発電だけが目的ではないということです。地域の人たちがより“主体的”になっていくこと。歴史や文化があるなかで、自分たちの未来を自分たちの言葉で語れるようになること──私がやりたいのは、そのために必要な力を、地域に届け続けることなんだと気づかされました。小水力発電を通じて、その実現ができればと思っています。

中村

田中さんはこの先の集落をどう見ていますか?

田中

高齢化が進んで人口が減っていくなかで、みんなで協力しないと集落を守っていけません。そのなかで、歌舞伎や神楽も含めて、大人地区の集落だけでなくて、町外の人たちも協力して盛り上げてくれています。他の集落だと、外から来た人が入りづらいこともあるようですが、私たちはできる限り、今後も外部の方の力も借りていきたい。小水力発電の取り組みが、そのための原動力の一つになればいいと考えています。

中村

今日実際に見せていただき感じたのは、制度や補助金に依存するのではなく、すでにある資源や文化を起点に、仕組みを自力で立ち上げていく「かまえ」と、それを支えるしなやかなパッションです。土着のリズムを壊さずに、主導権を自分たちの手に取り戻す。発電に限らず、この地域の未来が非常に楽しみにもなりました。今日は本当にありがとうございました。

Credit
執筆
栗村智弘

個人事業主。職能は取材・執筆・編集およびプロジェクトマネジメント。De-Silo/Unknown Unknown/U-NEXT/Studio/DeltaX/B-Side Incubator/ANTHROほか複数の事業会社・スタートアップで継続的に活動中。1996年度生まれ。早稲田大学文学部卒。競技歴は野球、バスケットボール、空手、陸上、ハンドボール。猫とうさぎと神奈川県在住。

撮影
小野 泉

デザイナー。1997年宮崎県延岡市生まれ/多摩美術大学 統合デザイン学科卒/オノコボデザイン合同会社 所属。宮崎県北を中心に、地域のデザインやプロジェクトに関わる。

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