“結果のデザイン”が、文化を継ぐ──IDENTITY碇和生×中込勇斗

どれだけ優れた道具があっても、その使い方を知らなかったり、山の登り方がわからなければ山頂にたどり着くことは難しい。

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事業を登山に例えるなら、最も重要な問いは「どの山を登るか」ではないか。

何を目的とするかにより、その手段は大きく変わる。事業という登山において、デザインはその山頂へ到達するためのプロセスにすぎない。ビジネスデザインファーム・IDENTITYを見ていると、この言葉に確かな説得力が生まれてくる。

「ストラテジーデザイン」「ブランドデザイン」「コミュニケーションデザイン」……呼び名はさまざまだが、IDENTITYは大企業の事業戦略設計から、新規事業の立ち上げ、ブランド開発、ビジネスプロセス改善、コミュニケーション設計など多様なアプローチで事業活動のパートナーを担っている。同社ではこれらを総称し“ビジネスデザイン”と呼ぶ。

クライアントは、大手飲料・食品メーカーから大手IT企業、化粧品ブランド、プロスポーツチーム、D2Cスタートアップまで。領域も規模も問わない多様な名前が並ぶ。

IDENTITYはいかに現在のスタイルを築き上げるに至ったのか。代表取締役CEOの碇和生と、ビジネスデザイナーの中込勇斗に聞いた。

登る山を決めることから始める、“結果”のデザイン

「一般的なデザインファームは『何かを作ること』や『納品すること』に活動の重きが置かれることが多いと思います。しかし、僕たちはその先にある『事業を伸ばすこと』を見据えている。

優れたアウトプットを作れても、『それがもたらす結果』にまでコミットできる企業は多くありません。しかし、事業を担う側からすれば、作ったものがリリースした後こそが本番。何年、何十年もかけてその価値を育てなければいけない。その事業の未来に貢献できなければ、優れたものを作れても片手落ちだと思うんです」

IDENTITY 代表取締役CEO 碇和生

同じ目線のパートナーとして、クライアントを山頂まで到達させる──それがIDENTITYが活動の根幹に持つ考え方だ。マーケティングやデザイン、あるいは商品開発などの一部分を担っても、望んだ結果にまで至らなければ意味がない。だからこそ、事業目標の達成にまで責任を負う覚悟を持つ。

中込は、この差を“手段”と“結果”の違いとして説明する。

中込「登山に例えるなら、一般的なデザインファームが作っているのは、ウェアやバックパック、トレッキングシューズのような山登りのための道具と言えるかもしれません。しかし、どれだけ優れた道具があっても、その使い方を知らなかったり、山の登り方がわからなければ山頂にたどり着くことは難しい。

一方で、僕たちは道具(成果物)はもちろんですが、登るべき山(事業目的)、山頂への道筋(事業戦略)など、成果を大きく左右する上流部分を含めて、事業全体をクライアントと共に設計します。つまり、登頂という“結果”のデザインを重要視しているんです」

フリーランスとして活動しつつ、IDENTITYにもギルド的に所属しているビジネスデザイナー中込勇斗

とはいえ、最初からそれがクライアントに伝わるわけではない。しかし、共に歩んでいく中で、自ずとその強みが上手く機能していくようになる。

「最初にご相談いただくときは、『こんな製品を作りたい』『Webサイトをリニューアルしたい』『SNSを使って製品を売りたい』といった具体的な依頼が多いんです。しかし、登る山によって、登山ルートの日数や難易度、最適な道具は変わってくる。だから、『そもそもどの山を登るか』という問いから一緒に考える必要があります。その方が、結果的に事業にも寄与できます」

結果、当初はマーケティングやコミュニケーションといった「実行部分」の支援として始まったプロジェクトでも、リブランディングや戦略策定といった全体に関わる「戦略部分」へと拡張していくことも少なくないという。

「例えば、化粧品ブランド『OPERA』を展開するイミュさんとのお付き合いは、『業務オペレーション改善の手助けをしてほしい』という依頼から始まったんです。その時に抱えていた課題は、急激な事業成長により管理工数が膨れ上がっていることでした。

しかし、ちょうど我々がオペレーションの支援している間にコロナ禍が到来。彼らのメインの販路であった百貨店や商業施設への来客数が激減し、今度はブランドのあり方を根本から見直す必要性に直面しました。そうした状況をふまえて、事業やブランドを取り巻くあらゆる計画の見直しに伴走させていただいています」

コスメブランドの持続可能な組織体制づくりに伴走し、統一感あるクリエイティブを実現
https://identity.city/projects/imju_opera/
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自社事業に裏打ちされた“成果を導く”経験


「実行から入り戦略部分へと拡張していく」という同社のスタイルは、ともすれば“よくある”アプローチに見えるかもしれない。だがそれは、同社の強さを裏付けるもう一つの特徴を知れば見え方が変わってくるだろう。自社事業の存在だ。

岐阜県に本社を置き、東海・関東圏で事業を展開する同社は、日本各地で優れた資源や技術を発掘し、企画から製造、販売のほとんどを自分たちで担う自社事業を複数展開してきた。岐阜県多治見発の食器ブランド「きほんのうつわ」、累計4万本を販売したお芋スイーツ・壺芋ブリュレを擁する芋スイーツブランド「Creaimo」などが名を連ねる。

『壺芋ブリュレ』

こうした自社事業から導かれた“成功の定石”こそが、同社の強みを支えている。

その一例が「壺芋ブリュレ」だ。同プロダクトは、IDENTITYが本社を置く岐阜県美濃加茂市のコミュニティビル「MINGLE」から生まれた。発売当初からSNSを中心に話題を呼び、連日行列が生まれて完売。さらに、EC販売や各所でのポップアップストアを通して日本各地から注目が集まり、増産を続けているにもかかわらず、いまだ生産が追いつかない状態が続いている。

このヒットは偶然ではない。その裏ではデータに基づいた綿密な商品企画・開発が行われていた。

「壺芋ブリュレは、東海地域の人々の嗜好性に基づいて生まれたプロダクトなんです。起点になったのは、IDENTITYが運営する、東海地方のローカルメディア『IDENTITY名古屋』で得られたデータでした。東海地方では、とりわけ“芋栗南京”と“シズル感があるトロトロ・キラキラしたもの”が好まれる、という傾向が見えていたんです。

そうしたインサイトをもとに、岐阜県大垣市にある焼き芋屋さんの芋を使ったスイーツを作ることと、シズル感を生み出すために『クリームを詰めて炙る』という製法のアイデアが生まれ、プロトタイプを開発。Instagramで顧客を集め、テスト販売をはじめたのが最初でした」

テスト販売段階から200人以上がMINGLEへ殺到。以後、幾度かのテストマーケを経て、たしかな手応えのもと、2020年正式に商品化を決定した。その後もマスメディアでの特集や、各所でのポップアップ出店といった露出機会を上手く生み出し、着実に成長。累計4万本を超えるヒット商品へと成長させた。

さらに「なかなか入手できない」「ちょっとしたおやつとして食べるには重い」といった顧客の声をもとに、派生商品の「蜜芋ブリュレ」も開発。SHIBUYA109にポップアップ出店をした際に、試作品を販売。そこでの反響を受け、2022年10月に正式発売を開始した。一時は「壺芋ブリュレ」を上回るほどのヒットとなったそうだ。

『蜜芋ブリュレ』

データに基づくプロトタイプ開発、最小限での適切なテストマーケ、商材に適した販路と露出機会、顧客の熱量に合わせた派生製品の投入……いずれもこのような「言葉」にしてしまえば物珍しいものではない。だが、IDENTITYはそれを「身をもって」理解し、成功へ導いてきた。

しかも、Webサービスのようにトライ&エラーがしやすい領域ではなく、食品や食器という、製造や流通などの変数が多い「タンジブルな(*実体のある)」プロダクトにおいて、だ。

「例えば、『小さく試す』のは、クライアントの支援においても結構難しいことなんですよ。最初から数千万という予算がついているようなものだと、ドカンと予算を使った方が楽だし、短期的な成果も出るので、大きく商品開発や製造、販促をしたくなるんですよね。

でも、最終的にどこまで事業が伸びるかは、『プロダクトの価値』×『投下した資本量』で決まります。しっかりと前者の『プロダクトの価値』を磨き込んでいくことで、その後の伸びに10倍、100倍の差が出てくる。だからこそ、手間がかかっても『小さく試す』ことが重要。そういった経験則がいくつも蓄積されています」

小さく試して顧客に愛される商品を生む。リアルプロダクトのリーンな製品開発
https://identity.city/activity/knowledge-03/
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身銭を切り、地域企業と一蓮托生になる


自社事業に裏打ちされた、クライアントワーク。こうした循環は、実はそこまで意図されていたものではないという。その理由は、同社の創業経緯を紐解くと浮かび上がってくる。

IDENTITYの創業は、代表・碇の愛知への移住がきっかけだった。横浜で生まれ育ち、IT企業やスタートアップの常識の中で生きてきた碇にとって、はじめて触れた「地方」の文化は新鮮だったという。そこで、街が持つ魅力をさまざまな視点から切り取り、発信するべく立ち上げたのが、「IDENTITY名古屋」だった。

しかし、地域の魅力に魅せられていく一方で、地域産業が直面している歪んだ構造にも気づき始めた。

『きほんのうつわ』|岐阜県多治見市の磁器メーカー・丸朝製陶所と共に製造している

「僕が名古屋に来た2015年前後は、デジタル化全盛期のような時代で。地方企業のコンサルを手掛ける東京の企業も多かったのですが、オシャレなものだけを作って去っていき、そのまま地方企業が取り残されるケースを数多く目にしたんです。中には、東京と地方の情報格差を利用して儲けようとする企業も存在し、ややもすると地方企業が搾取されているような構図に、危機感を覚えました。

首都圏出身で、デジタル化の最前線にいる自分だからできることはないか。そんな想いもあり、『あらゆる領域にデジタルシフトを』というミッションを掲げ、マーケティング領域を中心に地域の企業支援を始めたんです」

しかし、デジタルシフトの課題を抱える地方企業の中には、潤沢な資金を確保できないところも少なくない。ポテンシャルはあるのに、資金面の都合から打ち手が限られる事例を幾つも目の当たりにした。そこで考えたのが、「本気で支援するための自社事業」というアプローチだった。

「外注してデジタル化を推進するほどの経営体力がない企業や、資金はあっても施策の重要性を理解して予算を投じてもらうハードルが高い企業もありました。であれば、いっそ自分たちが資金を投じて、地域の資源を活用し、一緒にものづくりをして盛り上げていけばいいんじゃないかと考えたんです。

地域の人の想いや人生を背負い、覚悟を持ってやっていくには、僕たちも相応のコミットをする必要がある。その方が『作って終わり』ではなく、その後までにも責任を持って関わることができます」

そうして生まれたのが、岐阜県多治見発の食器ブランド「きほんのうつわ」、岐阜県大垣市発のお芋スイーツ「壺芋ブリュレ」など地域に根ざしたプロダクトだ。

しかし、実際に事業として向き合う中では、様々な課題に直面する。例えば、タンジブルなプロダクトは、あらゆるトライ&エラーにコストがかかる。小さくはじめるにも少数生産は割高になり、売れる状況になっても生産数はそう簡単に増やせない。そうした制約や変数が多い状況下で事業を伸ばした知見は、着実にIDENTITYの血肉になった。

それを知ってか、同社にはタンジブルなプロダクトの案件の相談が少なくない数届くそうだ。難易度の高い仕事にも見えるが、これまでの知見、そしてギルド型の組織形態を擁してこれに対応しているという。

「IDENTITYは創業以来ギルド型組織の形をとってきました。様々な専門性や職能をもつ方々と繋がりつつ、その都度必要なチームを組成する。定石的なアプローチですが、これが今のところ最適解ですね。出たり入ったりを繰り返しながら創業前から10年以上一緒に仕事をしているメンバーもいます」

中でも、特に鍵となるのが「ジェネラリスト人材」だ。

中込「事業づくりは総合格闘技的な側面もあって、営業やマーケティングだけでも勝てないし、デザインだけでも勝つことは難しい。事業領域やフェーズによって戦い方を変えなければいけません。その中で結果を出すには、あらゆる戦い方を知った上で、それらを組み合わせながらビジネスデザインを行う必要があります。

そういった意味で、各領域を横断的に理解して、それらを統合しながら事業づくりができるジェネラリスト人材が重要になる。常にプロジェクト全体を見渡しながら、各分野のスペシャリストの力を引き出し、事業に落とし込んでいく司令塔のような存在ですね」

非合理の先にある合理性

ただ、冷静に考えてみるとタンジブルな領域の自社事業は手間がかかるわりに、短期で大きく利益を上げることは難しい。経済合理性を考えれば、大手企業のクライアントワークだけをやっていた方が効率は良いかもしれない。それでもIDENTITYがリスクを取って地域に根ざした事業を運営するのは、先述のような創業の経緯と、見つめる未来があるからだ。

中込「とても長い道のりですが、僕たちが活動の先に見ているのは、ユニークで魅力的な文化が多様に存在する世界です。そしてその源泉である『らしさ』というのは、誰かの強い熱量やその土地で営まれてきた暮らしに紐づいていることが多い。

自社が主語で、判断軸が経済合理性だとすると、たしかにこのやり方は非合理だと思います。しかし、僕たちは主語を、自社から地域産業、顧客から市場、ヒトから地球へと拡張して、『いかに文化を更新しながら、その先へ繋いでいけるか』を考えていきたい。その視点に立つと、自社事業としてその地域との関係性に責任を持ちながら、『長く付き合う』ことの方が理にかなっていると思うんです」

手段と結果。ジェネラリストとスペシャリスト。自社事業とクライアントワーク……相反するように見える様々な要素を統合したその先に、長い時間をかけて次の文化が積み上がっていく。

「僕たちが関わってきた地域産業の人たちは、いろんな人の人生を背負い、会社を起こし、製品を作っています。先端産業と比べればレガシーに見えるかもしれませんが、そこには確かに技術や資源、文化があり、人がいる。

その土地で働くからには、それを一緒に背負う覚悟を持たなければと思っています。商品開発や事業戦略、マーケティングと一部分だけを切り出して付き合うのではなく、もっと長期的にその先までを一緒に考えたい。そうした日常の更新を続けていくことでしか、文化を次の世代に継いでいくことはできないですから」

Credit
執筆
藤田マリ子

1993年生まれ、京都大学文学部卒業。株式会社KADOKAWAにて海外営業、書籍編集に携わった後、フリーランスを経て、2023年に株式会社Nodesを創業。書籍やウェブ媒体のコンテンツ制作、ブランディング・マーケティング・採用広報支援を手掛ける。代々の家業である日本茶専門店・東京繁田園茶舗(1947年創業)の事業開発も行っている。
趣味は競技ダンス、ボードゲーム、生け花。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。2歳児子育て中。

取材・編集
石田哲大

ライター/編集者。国際基督教大学(ICU)卒、政治思想専攻。ITコンサルタント、農業用ロボットのPdM、建設DXのPjMを経て独立。関心領域は人文思想全般と、農業・建築・出版など。

デスク
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

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