決まりは「変わり続けること」だけ。そのために、人も組織も価値も柔軟に捉えよ──UNITBASE上村正敏・宮内一政

僕らはあえて長期的な目標を定めることはしないんです。決まっているのは「変わり続けられる状態にあること」だけ。だからこそ、小規模であり、肩書きもない。それでいいと思っています。

management theory

一口に「デザイン会社」といえど、その強みは一様ではない。表現のクオリティを第一に追求する会社があれば、事業戦略立案や経営といった“上流”での価値発揮に強みを持つ会社もある。

「表現のクオリティ」と「ビジネスの成果」、あるいは「上流の戦略」と「下流の現場」──しばしば言及されるこうした二項対立にとらわれることなく、徹底して「価値」を生み出すことを重視し、独自のポジションを確立しているのがUNITBASEだ。

ただ「価値」という言葉は曖昧だ。文脈、人、要件にもよる。だが、同社はそうした多様で曖昧になりやすい価値を深く掘り下げ、それに応えようと徹底的に尽力してきた。

時には定量的な事業数値に、時には事業の社内評価に、時には企業の株価や時価総額に。その都度異なる価値を生み出すためにも、既存の枠組みで自社の提供価値を限定せず、柔軟でいられるような企業体、組織、制度などを作ってきた。

「決まっているのは“変わり続けること”だけ」──UNITBASE代表の上村正敏と取締役・宮内一政に、その真意とこれまでの道筋を聞いた。

「価値」から考え、停滞を打破する

UNITBASEは、2013年に創業した。

価値という抽象度の高いものを追うからか、案件やクライアントの幅は広く、近年ではセゾンカード、出前館、AlphaDriveのWebサイトといった手堅く見えるプロジェクトから、貝印「紙カミソリ」などのブランド表現を重視したクリエイティブ領域などが並んでいる。

上村

うちはわかりづらいと思うんです。Webの案件ばかりでもなければ、ブランディングに注力しているわけでもない。目を引くようなわかりやすいクリエイティブを次々と作るわけでもなければ、堅実な設計の大規模案件ばかりをやるわけでもない。共通しているとすれば、どの場面でも“価値を生み出すこと”にこだわり抜いてることくらいです。

ただその価値も、売上やコンバージョンの増加のようなシンプルなKPIとも限りません。社内外からの認識の変容や、クライアントの満足度やエンゲージメントといった定性的なものも大切にします。どんなに前進させづらいプロジェクトであっても、それを推し進め、その先の価値をしっかりと生むのが我々なんです。

UNITBASE CEO 上村 正敏

様々な要因で、プロジェクトが前に進まなくなる場面は少なくない。ステークホルダー間の意見の相違、複数部署を跨ぐ合意形成、意思決定者の胆力、受発注者間での認識の齟齬……そうした曲面にあっても、同社は価値を生み出すべくプロジェクトを強く推進してきたという。

一例として挙げたのは、2021年にリリースしたセゾンカードのプロジェクトだ。当時のセゾンカードの公式サイトは10年に渡りリニューアルせず運用されていた。その結果、構造の複雑化や表現の不統一といった課題が山積。ユーザビリティやアクセシビリティ、ブランディングの観点などからも抜本的な見直しは不可欠な状況だった。

何から手をつけるか悩むような状況の中、UNITBASEは入念な調査を重ね、強く指し示せる指針作りに注力した。

上村

あがりうる論点に対して、全方位に回答できるレベルになるまで、戦略的な指針をとにかく強固に固めていきました。定性/定量調査、既存サイトの分析、ユーザーインタビューのワークショップ。そこからペルソナを導き出し、UXマップの制作……。丁寧なリサーチと分析を重ね、Webサイト刷新におけるあらゆる意思決定を貫く指針であると自信を持って言えるレベルまで磨き込んでいったんです。

論点や課題がいくつもの顕在化しステークホルダーも多い案件でしたが、そうして初期段階で明確な戦略を策定したこと、またそれをクライアント側と丁寧に合意できたことで、価値を生み出すまで最短で歩めた案件だったと感じています。

上流/下流の二項対立をこえて

「価値」に重きを置いていると聞くと、いわゆる“上流”での価値発揮に強みを持つデザイン会社、といった印象を抱く読者もいるかもしれない。

近年、経営レイヤーにおいてデザインが発揮する価値への注目が高まる中で、デザイン会社も上流から参画するケースが増えている。たしかにUNITBASEも経営戦略と連動したデザインの面で価値発揮をすることもある。だが、上村は「最終的に我々が尽力する場所は“現場”」と強調する。

上村

停滞する現場から価値は生まれません。逆に言えば、現場が円滑に動けるなら、多少方向性を誤ってもすぐ調整が効くし、着実に価値に向けて進んでいける。だからこそ、我々は常に現場起点でプロジェクトを構築しているんです。

もちろん、経営レイヤーと戦略や前提を練り上げたり、合意形成したりすることもあります。ただ、その上で前線にいる現場の方々とともにエグゼキューションまでをやり切る。ここに僕らの価値があると考えています。

上流と名指しされる戦略は、しばしば「絵に描いた餅」になりがちだ。UNITBASEは絵を描くことより、絵を具現化することに力を注ぐ。そのために泥臭い進行管理や丁寧な合意形成、精緻なオペレーションの追求などを彼らは厭わない。

上村

経営など、上流の方は戦略や方針が定まれば後はいい感じにやっておいてほしいもの。ですが現場にとっては「いい感じにやる」ことこそが本懐であり、それ自体簡単なことではありません。僕らはそのプロフェッショナルでありたい。

例えば、進行管理ひとつとっても、その緻密さは我々にとっては重要です。地味な仕事に見えますが、それを蔑ろにすると現場は必ず混乱する。地味なことでも徹底的にやりきることで、物事は前に進みやすくなる。価値を生む状況へたどり着くためには、そうした積み重ねを徹底する必要があるんです。

もちろん、それは決して上流の否定を意味するわけではない。実際、クライアントが抱える“現場の課題”を相談されても、二つ返事で応じることはまずない。

宮内

例えば「Webサイトを制作してほしい」というシンプルなニーズにも、その背景にある担当者や部署の意図やミッション、ひいては事業課題や経営課題のレイヤーまで丁寧にコミュニケーションをとり理解を深め、何をなすべきかを考えます。その結果、担当者と一緒に現場に注力して動くこともあれば、経営や他部署を巻き込んで大きな動きをすることもある。現場を主語にしつつも、その時々生み出すべき価値を発揮していくんです。

UNITBASE 取締役 宮内 一政

上流と下流を横断した例に、宮内は出前館のプロジェクトを挙げる。

依頼があった当時、コロナ禍もあり出前館は急成長の最中だった。加えてZホールディングスへの参画などもあり、同社は新たな道標を必要としていた。その最たるものとしてミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の刷新までは行っていたが、その浸透・社会とのコミュニケーションを担うカギの一つとしてコーポレートサイトの刷新の依頼がUNITBASEへ舞い込んだ。

新たなMVVを“クリエイティブ”という形でいかに落とし込み、多種多様なステークホルダーへ適切に届けていくか。丁寧な理解・紐解きが必要となり、合意形成の難しいプロジェクトだが、UNITBASEのその強みを発揮し推進していったという。

宮内

とにかく慎重に前提や認識をすり合わせながら、進めていきました。はじめはMVVに込めた想いや中長期的な事業戦略、プロダクトのアップデート計画などをヒアリング。その情報をもとに、ステークホルダーへの提供価値が何によって構成されているかを整理する。そして、サイトのデザインに含まれているべき表現を細かく言語化していきました。

こうしたプロセスを経てコンセプトを策定。トップのビジュアルイメージや細やかな資料へ落とし込み、担当者を通して広報などの責任者から代表にいたるまで、決済者から承認を得ていきました。

単なるビジュアルイメージや補足資料ではなく、細かなドキュメントに落とし込むことで、デザインやコンセプトが社内で“一人歩き”できたのが、合意形成には大きく寄与していった。言うまでもなく、全てのステークホルダーに対して直接説明・提案するのは難しい。提案が悪い意味で一人歩きし、思わぬ相手から想定外のフィードバックが届き、うまく進まないことは大規模プロジェクトであれば珍しくない。丁寧な進行とアウトプットが、そうした“停滞の危機”を避けながら着実に前へ歩める推進力となったのだろう。

出前館の資料の一部(提供:UNITBASE)

「自分は表現者ではない」──UNITBASEの価値観の原点

UNITBASEが重視する「価値」。そこから考えれば、必ずたどり着くであろう「上流の戦略」と「下流の現場」という一般的な二項対立。こうした価値観にとらわれず、現在のスタイルに同社がたどり着いたのはなぜだろうか。

「他者から褒められることをしたいんですよ(笑)」——上村は自身の志向性を微笑しつつこう答えた。京都に生まれてデザイン系の専門学校を卒業、複数のデザイン会社にてデザイン・ディレクション・プロデュースといった業務に従事した後、2013年にUNITBASEを設立した上村。そうした自分の価値観に気づくまでには変遷があったという。

上村

学生時代は、「自分は表現者じゃないこと」にまだ気づいていなかったんです。だから、デザインそのものであまり評価されないことに、なかなか苦しい思いをしてきました。

ただ、卒業してデザイン会社で働くようになってから、デザインそのものよりも、ビジネス的にバリューを出すための動き方で評価されることが多いことに気づいたんです。その時、「自分は表現者ではないが、違う価値の出し方があるんだ」と気づいたんです。

そしてもう一点、現在のUNITBASEの価値観につながる大きな影響を上村に与えたのが、前職のブランドマーケティングエージェンシー・FICCでの経験だ。

とりわけ上村が在籍していた時期のFICCは、適切に価値を発揮しているか否かに厳しい外資系メーカーをいくつもクライアントに抱え、クリエイティブを通して確かな価値発揮をしていた。それゆえ、クリエイティビティと価値発揮の両面に強みを持つプレイヤーを複数輩出しており、上村もその一人というわけだ。

上村は制作の現場で経験を積んだのち、徐々にマネジメントが仕事の多くの割合を占めるようになっていった。加えて、会社自体も事業のメインを制作からコンサル領域へとシフトしていったという。その当時を上村は「戦略や地図だけを考える仕事が増え、アウトプットが伴わないため、達成感を得づらくなっていた」と振り返る。

UNITBASEがエグゼキューションを大切にするのは、このときの経験があるからだ。

一方、創業期からUNITBASEに参画した宮内は、上村とは毛色の異なる道筋を経て現在に至っている。

二人はFICC時代の同僚だが、宮内はフリーランスや制作会社を経てFICCに入社。上村と異なり、宮内は徹底的に現場で手を動かし続けていたと振り返る。

宮内

当時、FICCの中で自分は全然仕事ができない方だと思っていたので、とにかく質を量でカバーしようと誰よりも働いていました。今では怒られてしまうような働き方ですが、それくらいしないとダメだと思えるような人たちが周りにはたくさんいたんです。

そして徹底的に手を動かせば、価値を生み出すことへ近づくことも身をもって理解できました。そうした経験があったからこそ、価値を生むために現場で尽力することが大切だと理解できているのだと思います。

職域も肩書も定めない。「価値」に最適化された組織運営

こうした現場起点で価値発揮を重視する姿勢は組織運営にも反映されている。その一例が、「職域を定めない」というスタイルだ。端的に言えば、「Aの案件ではデザイナーとして働くが、Bの案件ではPM」「Cの案件ではエンジニアだが、Dの案件ではディレクター」といったことがUNITBASEでは当然のように行われている。

上村

クライアントのプロジェクトを“前に進める”のが我々の役割。そのために必要となる役割や機能は都度変化します。それに合わせてチームを組み替えるのは効率が悪いですし、うちのような小規模な組織では容易なことではありません。

「私はデザイナーだからそれはできない」「エンジニアだからわからない」と言っていたらそれこそ停滞してしまう。そうならないためにも、あるプロジェクトではデザイナーとして動いている人も、別のプロジェクトではPMとしてコミットする……こうした柔軟な動き方を前提にしているんです。これによって役割としても視点としてもオーバーラップできるので、よりプロジェクトを前に進められるチームが組めるのです。

この仕組みは、チーム組成の柔軟性に加え、視点をオーバーラップできる点にこそ活かされる。「デザイナーの視点では気づけなかったことが、PMを経験して見えてくる」「PMとして判断はできないが、エンジニア視点ではこの観点で議論が必要とわかる」「デザイナーとしてこの判断を早めにしなければ、PM視点では困ることになる」……オーバーラップした経験を有することでが、より円滑にプロジェクトを進める一助にもなるのだ。

とはいえ「横断した経験」といえば聞こえは良いが、その実どっちつかずになったり、結局同じロールをやりがちだったり……といった姿が想起されるかもしれない。

UNITBASEはこの職域を定めない仕組みを実現すべく、組織運営や制度など社内のさまざまな要素を、それに最適化してきている。例えば、組織としての柔軟性を担保するため、10名ほどの小規模運営が現状は前提とされている。また、職位定義や評価制度も、職域を横断して積み上げること前提に設計してきたという。

上村

UNITBASEには、5つの職域それぞれに10個の職位を用意しています。5個全てを横断して経験する必要はないですが、複数の職域で、それぞれ職位を積み上げていく。パラメーターを割り振るように、自分のキャリアを自分で組み立てるのが前提にあるんです。

例えば、当初はフロントエンドエンジニアとしての道を極めることを志向していたものの、途中からディレクションもできる立場を目指すべく、両者の職位を上げていくことを目指す人もいる。逆に、複数を経験した結果「ここに注力したい」と絞り込むことも、「常に役割を変えたい」という選択も可能だ。

そしてこのキャリアパスを設計するために、評価制度もユニークな形態をとっている。

上村

職域ごとのマネージャーが決めるという“いわゆる”な評価制度は通用しません。そこで、うちはプロジェクト単位でチーム全員が評価します。一人ひとりのメンバーが各プロジェクトごとに貢献度をプロジェクトを担当した各メンバーで相互評価するんです。

プロジェクトごと、売上金額に対するそれぞれのパフォーマンスの割合を算出、各メンバーの貢献度合いを金額という形で可視化するんです。その総額が、給与設定にも反映されていく。複雑ですが、皆が納得できるような仕組みをなんとか形にしています。

この制度は、メンバーにとっても“使いやすい”ものともいえる。キャリアプランの主導権がメンバーそれぞれにあるともいえるからだ。自分の好きな道筋を描けるのはもちろん、キャリアは「前へ進める」だけのものでもない。人によっては働き方やライフステージの変化により、ペースを落としたり違う方向性の模索を考えたいこともある。そういったニーズにもこの仕組みは応えられる。

上村

例えば、週3〜4日だけコミットしたい、あるいは午後4時には退勤したい——そういったニーズもライフステージの変化によっては生じたりする。この制度は小規模なチーム内であればフェアに機能するので、そうしたニーズにも応えやすいんです。一様に全員が同じような形を目指す必要がない。小さな組織だからこそ、自由度高くメンバー個々人に寄り添えるようなありかたを模索します。

決まっているのは“変わり続けること”だけ

このように、提供価値に限らず、組織や仕組みなど含め「価値」に対して最適な形を模索してきたUNITBASE。創業から11年を迎える同社だが、ここ3〜4年で(小規模を志向するとはいえど)組織規模が徐々に拡大し、二桁台前半にのぼった。今後はどのようなロードマップを描いているのか。そう問いかけると、二人からは予想外な答えが返ってきた。

上村

ロードマップって、今まで作ったことあったっけ?

宮内

ないっすね(笑)。“会社をこうする”と強く示して動かすことは、ほぼないかと。

虚を突かれたような返答だったが、これもUNITBASEの哲学が表れているとも捉えられる。前掲のように組織としても柔軟で、「こうでなければいけない」というルールを持たない。だからこそ、“こうなる”という理想像を描くことはあえてしないのだ。

上村

世の中や市場は刻一刻と変わり続けています。だからこそ、僕らはあえて長期的な目標を定めることはしないんです。むしろ決まっているのは「変わり続けられる状態にあること」だけ。だからこそ、小規模であり、肩書きもない。それでいいと思っています。

そうした姿勢はメンバーとの向き合い方にも一貫していると宮内は言葉を続ける。

宮内

メンバーに対しても目標の話を強くしないようになりました。当初は1on1の際に、個々に目標を定めつつ「目標との差分を、どうすれば効率よく埋められるか」を定期的に話し合っていました。しかし先を考えると、どうしても今できていないことにばかり目がいき、到達できない苦しさが募ってしまう。

そこで現在は方針転換し、「これからどう変わらなきゃいけないか」ではなく「何ができているか」を言語化・可視化することに1on1の時間を使っています。今できていることを認識した方が、さらなる成長や前へ進む推進力につながるんです。

こうした考え方も全ては「価値」を生み出すため——と言葉を続けたくなるが、二人が語る未来の話には、単なる“目的思考”だけに限らない「想い」が滲んでいた。

上村

僕らは「今あるものを活かし、どうすれば価値が最大化できるか」と考えています。資源を活かすという意味で経営として当然ではあるのですが、ありがたいことにうちの会社は創業以来ほとんど退職者がおらず、共に歳を重ねてきた面々ばかり。それゆえ自然と「このメンバーで何ができるのか」「このメンバーとなら何が一番面白いのか」「価値あることができるのか」と考えています。

もちろん“価値を生むこと”は第一ですが、その裏側で“自分たちだからこそ”をもっと深めていきたい。そのためにも、変わり続けられる状態であることを大事にしたい。それこそが僕らの指針なんだと思います。

Credit
執筆
長谷川リョー

文章構成/言語化のお手伝いをしています。テクノロジー・経営・ビジネス関連のテキストコンテンツを軸に、個人や企業・メディアの発信支援。主な編集協力:『10年後の仕事図鑑』(堀江貴文、落合陽一)『日本進化論』(落合陽一)『THE TEAM』(麻野耕司)『転職と副業のかけ算』(moto)等。東大情報学環→リクルートHD→独立→アフリカで3年間ポーカー生活を経て現在。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

編集
小山和之

designing編集長・事業責任者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサルでの編集ディレクター/PjMを経て独立。2017年designingを創刊。2021年、事業譲渡を経て、事業責任者。

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