mountとしての純度を高め続けよ ーーデザイン会社の経営論 mountイム・ジョンホ

メンバーは10人前後ながら、12年で手がけたサイトは90件ほど。同時並行する大きめの案件は1人当たり1−2件。「1年間入金がなくても問題ないキャッシュフローにしている」、徹底的に高品質にこだわるmountに根付く経営思想を紐解く。

management theory

デザイナーにとって、「経営」は縁遠いものかもしれない。

ただ、多くのデザインファームは、トップクリエイターが独立・組織化し、経営までを担う。すべての経営者が経営を志していたわけではないとはいえ、技術を突き詰めるクリエイティブと経営とは少々距離があるのではないか。

この距離感を縮める上で、designingはデザインファームを経営する先人からその経営者としてのあり方を学ぶ連載『デザイン会社の経営論』をスタートする。初回でお話を伺ったのは、Webサイトなどデジタル領域を主戦場とするクリエイティブファーム・mount inc. CEOイム・ジョンホ。

近作には星のや、ホテルオークラ東京、サントリー山崎蒸溜所「YAMAZAKI MOMENTS」トヨタ自動車などが並び、「日本は優れた技術を持つ人を見捨てない。我々はよいものを作り続けるだけ」とクリエイターとしての矜持を見せる。

その一方、同社は創業以来、“mountとしてのアウトプットを出せるか”という観点で受注案件を徹底的に絞ってきた。メンバーは10人前後ながら、12年で手がけたサイト数は90件くらい。同時並行する大きめの案件は1人当たり1−2件。そのために「1年間入金がなくても問題ないキャッシュフローにしている」という姿勢には、経営者としての強さが垣間見える。

経営者としてのmountイム・ジョンホを紐解いていこう。

イム・ジョンホ
mount inc. CEO/ディレクター
1977年韓国 釡山生まれ。2000年にビジネス・アーキテクツ入社後、HTMLコーダー(プロジェクト・マネージャー、情報設計(IA)も経験)→アートディレクターを経験。2004年独立、フリーランスを経て、2008年に梅津岳城と共にmountを設立。カンヌライオンズ、One Show、Clio Awards、D&AD、NY ADC、London International Awards、Spikes Asia、Ad Stars、グッドデザイン賞など受賞多数。

“執拗”なまでの、前提を作る力

mountの手がけたサイトを見ると、同社の強みは徹底的な“クリエイティブの質“へのこだわりに見えるかもしれない。

だが、その本質はクライアントの課題と“執拗”とも言えるほど向き合い、アウトプットの質以上に、その“前提”の解像度を徹底的に上げる、事業・クライアントを知る力にある。

イム「お客さんの事業のことを徹底的に考え、課題を見つけ、それをどう解くか考えるーー僕たちの仕事は、この順番しかありません。ただ、それをものすごく細かいレベルで、丁寧にやっているだけなんです」

「星のや」のWebサイトリニューアルの事例がわかりやすい。

このサイトは、各施設の本質的な魅力を抽出し、それをユーザーに想起させ「行ってみたい」と感じさせることに注力した。そのために、ビジュアルやコピーワークなどにもこだわった。施設を知るところから予約までの体験設計も注力点の一つだという。

HOSHINOYA Luxury Hotels | 星のや 【公式】
https://hoshinoya.com/
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このサイトの役割や方針自体は、決して珍しいものではないだろう。ただ、このアウトプットを出すために、“前提づくり”に膨大な時間と労力をかけた。プロジェクト期間のおよそ1/3ほどをリサーチ〜コンセプト設計・ディレクションに費やしたという。

イム「星のやでは3カ月をコンセプト策定に費やしました。うち1カ月は、海外含めすべての施設を周り、実際に宿泊させてもらっています。もちろんクライアントからのインプットや既知情報から知れることも多いですが、“宿泊体験”を重視している『星のや』を体験せずして“何をすべき”とは言えません。かつ施設ごと体験の方向性や狙いが違うため、すべてに泊まることは実質必須条件でした」

リサーチでは、純粋に宿泊体験を身をもって知るだけではなく、ヒアリングなどを重ね他施設との違いや強みを把握、各施設が持つ提供価値の解像度を高めていった。

その経験と情報をもとに、サイトとしてのコミュニケーションのあり方やメッセージ内容、コンセプト等へ落とし込んでいったという。以下が当時の資料の一部だ。

もちろん、その他のプロジェクトでも星のやと同様「前提」づくりにプロジェクトの1/3〜1/4の期間を費やす。

イム「“オリエン返し”のような考え方に近いかも知れませんが、キックオフで提示される与件は基本的に“顕在化した課題”や“模範解答”でしかありません。その裏には“潜在的な課題”や“より本質的なアプローチ“が隠れていたり、僕らが主戦場とするWebの流儀で見ると、違った側面が見えたりする。だから、時間をかけてでも、丁寧に解像度の高い前提を作るんです」

こういった前提を作る仕事は、プロジェクト・クライアントごとに異なるため、質的な再現性を出しづらい。都度集めるべき情報も違えば、出すべきアウトプットの形も変わる。組織でやるにはあまり適さない手法だ。なぜ、mountはこのスタンスをとるのか。その糸口は創業からの歴史にある。

mountとしての“純度”を突き詰める理由

イムは新卒で福井信蔵や中村勇吾などスタープレイヤーが多数在籍していたビジネス・アーキテクツに入社。3年半ほど籍を置いた後、独立。フリーランスを経て2008年に梅津岳城と共にmountを創業した。

イム「ビジネス・アーキテクツやフリーランスを経て、自分が『できること』『できないこと』を痛いほど理解していました。だからこそ、自分に足りない部分を補ってくれる梅津と一緒に会社をやることにしたんです」

創業当初は、アートディレクション・デザインをイム、実装面を梅津が担う形で役割を分担。経営面は自然とイムが主に見るようになった。

ただ、当時考えていたのは「2人で抱えられる範囲で小さく回していこう」というものだった。起業といっても、背中を預けながら仕事をできる体制作りに近かったのかも知れない。

その姿勢は“仕事の受け方”に現れている。受注するのは2人が活躍できる企画〜デザイン〜プログラミングの全スコープに関われる仕事のみ。部分的な依頼はすべて断っていった。これをイムは「mountとしての(アウトプットの)純度を高めるため」と形容する。

規模が小さく営業部隊を擁さないデザインファームにとって、仕事が仕事を呼ぶサイクルは必須要素。そのサイクルを作るためには、社名が載った案件のクオリティを高めることは確かに欠かせない。イムの“純度を高める戦略”は妥当だろう。

結果仕事は順調に回り、人数も2年目にして4人まで拡大した。しかしここで苦戦を強いられる。半年近く仕事が一切ない期間が訪れたのだ。

イム「自分たちが“いい”と思える仕事がくるまで、ずっと我慢していました。ただ、ここでもし自分たちのスタンスを崩して『稼ぐための仕事』に手を出すと、本来やるべき仕事が来たときに手が足りず、すべてが中途半端になってしまう。そう考え、ただただ耐えた期間でした」

フリーランス経験もあるイム・梅津であれば、稼ぐための仕事は、いくらでも受けられたはずだ。にもかかわらず、“純度”を保つためーーと日々減っていく口座残高を片目に見続けるのはそうそうできる判断ではない。

それ以来、イムは最低1年分は経営状態をシミュレーションできるようにし、キャッシュフローもすぐに把握できる状態にしているという。また、役員報酬のカットも含めれば、1年間は一切の売り上げが立たずともキャッシュが持つようリスクヘッジも行うようになった。

イム「数十人規模の会社であればいくつかの部署で売上を補填し合えますが、少数精鋭ではそれが難しい。かつmountは長い期間のプロジェクトが多いので、入金タイミングは比較的重要です。それをふまえ、キャッシュフローはシビアに見るようにしていますね」

純度を保つ姿勢は、個々人が持つ案件数にも現れる。受注数が少ないのもあるが、1人あたりが並行して担当する大きめのプロジェクトは、基本1〜2件ほどに絞っている。

イム「売上至上主義ではなく、品質至上主義にしたい。だから、お金はよくてもスケジュールがタイトで品質を担保できない仕事は避けますし、案件相談が増えても断るリスクを高めたくないので、人数規模もあえて大きくしない。結果、少数精鋭のスタンスになりました」

少数精鋭だからこそ誰を船に乗せ、どう伸ばすか

少数精鋭を貫く上では“誰を船に乗せるか”、つまり採用が肝になる。

イムが重視するのは3つ。「mountの生き方に共感できるか」「思考プロセス」「人間性」だ。ポートフォリオは重視しない。価値観が、個々の成長曲線を決めるという。

イム「1つ目は、“よいものを作りたい”といった『mountの生き方』への共感。ここが擦り合っていないと、何を目指すべきか、なぜ成長すべきかが分からなくなってしまいます。同じ方向に向かっている感覚を持って働けるかは、欠かせない要素ですね。

2つ目は、思考プロセス。たとえ有名美大出身でポートフォリオの質や物量がすばらしくても、それがスキルに直結するわけではありません。僕が大切にするのは、どう考えてそのアウトプットを作ったかの経緯。ちゃんと自身で思考し、整理した上でアウトプットしているか。それができていないとmountでは苦労するからです。

3つ目は、人間性。“社員として”、“同僚として”ではなく“人間として”信用できるかです。当たり前のような話ですが、この規模だからこそ全幅の信頼を置ける人に絞ることは大事だと思っているんです」

少数精鋭の組織というと「各領域のトッププレイヤーが集結」といった雰囲気を想起するかもしれない。しかしmountでは技術は後からでもついてくると考える。もちろん、大企業のようにしっかりとした育成プログラムを用意できるわけでもなければ、丁寧にメンターを貼り付けられる訳でもない。

だからこそ、“責任を取るところ”はイムのようなシニアメンバーが見つつ、任せられるところはどんどん手放す。

イム「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすーーではないですが、まずは任せてみる。もちろん、問題が発生しそうになったり、mountとしての質が落ちそうなら介入しますが、まずはボールをメンバーに持ってもらうようにしています」

そう語りつつ、イムは一息つき「それもここ3〜4年の話ですけどね」と言葉を続けた。

イム「mountという会社の看板を背負っている以上、クライアントに社内事情は関係ありません。新人がやっているから品質が下がる、なんて言い訳は絶対に許されない。だから、数年前までは僕が前に立ち徹底的にディレクションしていました。でも、そのやり方ではメンバーの成長は遅くなってしまう。葛藤した時期が結構長かったんです」

mountの強みでもある前提を作る力は、経験値があるからこそできるものだ。プロセスも一点物のオーダーメイドに近く、フレームワーク化も難しい。メンバーが担当するには、品質面での再現性を出しにくいのは事実だろう。

ただ、この状況が続くといつまでもmountはイム抜きでは成立しなくなる。周囲からも「mount=イムの会社」という認知で仕事が来るという状態。メンバーのことを考えても、外からの認知をみても、このままではまずいという危機感がイムの中には常にあった。

イム「だから、あるときから品質が下がるかも知れないリスクを取って、全て任せるようにしてみたんです。もちろん、最初は怖かったですよ(笑)。手も口も出さないけど、プロジェクトのことは常に気になってました。でも、任せはじめるとどんどん成長して、あっという間に上手く回るようになる。そのとき、“あ、これで良かったんだ”と一気に気が楽になりました」

デザインは立場をわきまえるべき

採用、育成も形になり、少しずつ再現性を持って価値発揮できるようになったmount。採用も徐々に進み、13期目の2020年6月時点で13名まで拡大している。日本経済へ大打撃を与えたコロナ禍を体制整備の機会と捉え、次の仕事に備えた。この体制の元、mountは何を目指すのか。

イムは、「あくまで、少数精鋭のスタンスは変えない」としつつ、デザインが各領域から注目される現状に対し、「自分たちがなすべきことをしっかりと見定める重要性」を指摘する。

イム「僕は、“デザインは立場をわきまえるべき”と思っています。あくまでもデザインは手段のひとつ。注目いただくのはありがたいですが、なんにでもデザインを用いる必要はありません。クライアントを理解した上で、自分たちの提供価値が本当に必要か、どう活きるのかを今まで以上にシビアに見るべきだと思います」

逆に言えば、適切に価値を発揮できないにもかかわらず仕事をすると、売り上げは立つがクライアントは損をする。結果、“デザインなんて役に立たない”というネガティブな評価にもつながりかねないだろう。

デザインをすることが目的にするのではない。何のためのデザインなのか、そのデザインがどのような価値を生むかの意識は常に重視したいとイムはいう。以前制作した、トヨタ自動車公式Webサイトでも、その価値観は活きている。

イム「トヨタの案件は、その数十ページ程度(※テンプレート数)しか制作していません。ですが、そのために1年半を費やしました。なぜなら、その数十ページは時価総額20兆円規模の企業の顔になる。ビジネスへの貢献度や影響力はとてつもない規模になるからです。

我々はそこで価値を発揮できると思ったから受注しましたし、そのために、クライアントのビジネスを全力に理解し、あらゆるステークホルダーと合意を取りながらアウトプットを作りました。クライアントも自分たち双方が不幸にならないように、この判断軸だけはぶらせません」

自社の価値観を述べつつ、「これは他のデザイン会社にも大切にして欲しい」と語りイムはインタビューの場を締めた。

イム「これは、業界的にも考えてくれる人が増えるといいなと思うんです。もちろん、売り上げも、良いクリエイティブを作ることも大事ですが、価値を適切に交換できているかはビジネスである以上絶対に外せない。その意識が強くなれば、デザイン業界はもっと良くなる。日本は優れた技術を持つ人を見捨てない国だと思うので、デザインの捉えられ方はきっと変わると思いますよ」

Credit
執筆
ヤスダツバサ

Number X, Inc.代表取締役/DeeTeller Inc. CCO。デザインコンサルティングファームのWebプロデューサー・プロジェクトマネージャー・グロースハッカーとして、東証一部上場企業のオウンドメディア・Webサイト/コンテンツ制作に従事。2018年からソフトバンク株式会社の広報本部にて、副編集長としてオウンドメディア/SNSのプロジェクト・マネジメントやUI/UXグロースハック、編集に従事。

編集
小山和之

designing編集長・事業責任者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサルでの編集ディレクター/PjMを経て独立。2017年designingを創刊。2021年、事業譲渡を経て、事業責任者。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

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