自律分散な意思決定を実現するために、SmartHRはデザインを特殊能力にしない:連載「クリエイティブ組織の要諦」第6回

特殊能力のようにデザインを演出するのではなく、「きちんとお金を生んでいるからだ」と答えられる努力をすればいい。

Creative Organization

連載「クリエイティブ組織の要諦」では、デザイナーをはじめとしたクリエイティブ職の組織作りのヒントを得るため、注目企業にインタビューを重ねています。数々のデザイン組織立ち上げを支援してきたMIMIGURI 代表取締役Co-CEO ミナベトモミを聞き手に、組織デザイン/組織開発の両面からヒントを探っていきます。

第6回に登場するのは、4年連続で国内シェアNo.1(*1)のクラウド人事労務ソフト「SmartHR」を開発するSmartHRです。同社は2021年にユニコーン企業になり、現在700人を超える組織に成長しています。

組織拡大の途上ではプロダクトに関する意思決定フローが複雑化し、軋轢が生じたり、品質が低下したりするスタートアップは少なくありません。しかしSmartHRは、こうした事態を「組織とプロダクトの構造を一致させる」ことで防ぎ、各チーム内で意思決定が完結し、裁量と自律性が担保されているといいます。

本記事では、VP of Product Designの宮原功治さんとVP of Engineeringの森住卓矢さんにインタビュー。「スタートアップの教科書ができそうだ」とミナベが驚いた、同社のプロダクト組織を徹底解剖します。

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※デロイト トーマツ ミック経済研究所「HRTechクラウド市場の実態と展望 2021年度」 労務管理クラウド市場シェア

本記事は、組織ファシリテーションの知を耕す学びの場『CULTIBASE』との共同企画です。

小さなチームに権限移譲しても、事業と組織の足並みが崩れない理由

ミナベ:スタートアップであっても組織が大規模化すると、どうしてもプロダクト組織の構造が複雑になり、意思決定のプロセスが煩雑になりがちだと思います。SmartHRは700人を超える規模ですが、現状はどのような組織構造になっているのでしょうか?

森住:SmartHRのプロダクトには「人事評価」「文書配付」「従業員サーベイ」などオプション機能がたくさん存在しているのですが、それぞれに独立した小さな開発チームが存在する構造になっています。そして、それぞれのチームが、機能開発の意思決定を柔軟に行える裁量権を持っているかたちです。

ミナベ:機能ごとに独立で意思決定できる開発チームを置いていると。経営レイヤーから各チームに対して、指針となるロードマップが与えられていたりするのでしょうか?

宮原:いえ、開発内容を具体的に指示するようなロードマップがトップダウンで決められることはありません。全社の方針を元に各チームのメンバー内で相談し合いながら、「どんな機能を開発するか」「どのように機能をアップデートするか」を柔軟に決め、仮説検証のサイクルを回していますね。

ミナベ:それはすごいですね。いくら小さなチームに権限移譲をしても、「権限移譲ができているように見えて、実質的にはできていない」状況に陥ってしまう企業は少なくありません。組織規模が急拡大すると、チームをまたいで横断的に情報を取りに行ったり、他の組織やプロダクトチームに承認を取ったりしないと意思決定しづらくなるんです。

森住:うちではそうした状況は生じていないと思います。というか、プロダクトと組織の構造を揃えているので、意思決定プロセスが複雑化しようがないんですよね。

オプション機能はSmartHR基本機能のAPIから引っ張ってきたデータを使用するので、基本機能や他のオプション機能への影響を常に意識する必要はなく、日頃の開発はチーム内に閉じたコミュニケーションで進めることができます。境界を乗り越える変更の頻度は低いので、変にぐちゃぐちゃになることは基本的にないんです。

ミナベ:淡々とおっしゃっていますが、これはイチローが「毎日練習してるからヒットが打てるんです」と言うのと同じくらいすごいことだと思います。かなり初期からこの状況を見据えて構想していないと、うまくいかないのではないでしょうか?

森住:僕たちとしては、昔からやっていることを淡々と続けているだけですね。元・取締役CTOで現・代表取締役CEOの芹澤雅人が、「逆コンウェイの法則(*2)」を念頭に構想したと聞いています。

SmartHR基本機能しかなかった頃は一つのチームだけで開発を進めていましたが、ある時に新しく大規模な機能開発が必要になった。そこで基本機能を拡張して開発を始めるのではなく、切り分けて別のアプリケーションとして開発することにして、専属のチームを新たに組成したんです。

この方法がうまくいったので、あとは同じ手順を続けてきました。新しいオプション機能を増やす時は、もう一つ別のアプリケーションを作り、対応する開発チームを新設する……こうすればプロダクトと組織の構造のズレは発生しないですし、組織的なしがらみも生まれません。

ミナベ:プロダクトと組織の構造がしっかり噛み合っているから、各チームに権限移譲してその場の状況に合わせて意思決定してもらっても、事業と組織の足並みが崩れない仕組みになっているのですね。逆コンウェイの法則が、ここまで組織に浸透している事例はあまり聞いたことがありません。

*2 逆コンウェイの法則

コンウェイの法則とは、「組織の設計するシステムは、その組織のコミュニケーション構造をそのまま反映する」という理論。これを逆手に取った「逆コンウェイの法則」は、今ある組織からシステムの設計を決めるのではなく、望ましいシステムの設計を考慮した上で、組織の編成を調整するという戦略を指す

SmartHR 執行役員・VP of Engineering 森住卓矢

自律性の高いチームを実現する「クロスファンクショナル」

ミナベ:ただ、大きな裁量を渡されたチームがパフォーマンスを発揮するためには、組織構造が優れているだけでは不十分なはず。自律性の高いチームをワークさせるため、何か施策を打っているのでしょうか?

森住:一つ思い当たるのは、2021年初頭から全社的に推進している「クロスファンクショナル」という取り組みでしょうか。

これはメンバーに自分の専門分野の深堀りだけでなく、他の職能の人が持つスキルも獲得してもらうというもの。例えば、エンジニアリング、デザイン、QAなど複数のスキルを持つメンバーを育成しています。特定のスキルを要するタスクが開発フロー内でボトルネックになる問題を緩和し、リリースまでの時間を短縮したり、コミュニケーションコストを削減したりする意図で実施しているんです。

ミナベ:なるべくチーム内で開発を完結させられるように、さまざまな職能のスキルを持った人材開発を行っていると。ですが、エンジニアがデザインも担当するのであれば、デザイン組織はどのような役割を果たしているのでしょうか?

宮原:まずSmartHRのデザイン組織は、コミュニケーションデザイン組織と、プロダクトデザイン組織の2つに分かれています。前者はブランディングやマーケティングに関連したデザインを、後者、すなわち僕たちは機能開発に関連したUIデザインや情報設計などを担当しています。プロダクトデザイン組織のメンバーは、基本機能やオプション機能などの各開発チームにそれぞれチームメンバーとして参画し、日々開発を行っています。

クロスファンクショナルの取り組みが始まる前は、事前に開発チーム内のプロダクトデザイナーが各機能のインターフェース設計を作り、デザインモックを開発メンバーに渡してから開発が始まる、という役割分担で開発が進んでいました。しかし、明確に工程を分けることによって「デザイナー待ち」の時間が開発現場では生まれていたんです。

そこで、僕たちはインターフェースの設計業務を開発チームメンバー全員と共有していくことにしました。もちろん、プロダクトデザイナーが作業を完結させてしまうこともまだありますが、なるべく各開発チームでデザインに関する意思決定は完結させられるように、教育活動やデザインシステムの整備なども進めています。「さらば全てのプロダクトデザイナー」を合言葉に、チームにスキルと作業を移譲して、プロダクトデザイナーは存在感を消していくことを理想としているんです。

ミナベ:なるほど。ただ、クロスファンクショナルは導入に失敗するケースも多い印象があります。メンバーにかかるストレスが大きいですし、何年経っても根付かずに反発を受けることもしばしばで、最悪の場合は離職に繋がります。SmartHRでは、なぜうまく定着しているのでしょうか?

森住:個々人の興味関心に合わせて手を広げる職能を決めたからでしょうか。

そもそもこの取り組みは、「最短距離をいこう」という2021年上半期のプロダクトサイドのミッションを実現するために始まりました。目的は開発の効率を上げることであり、メンバーに無理強いしてパフォーマンスが下がってしまっては本末転倒。「できる人がやればいい」というスタンスを大切に、1on1などで個々人のやりたいことや志向性についてじっくり対話した上で、各メンバーが担当する範囲を決めているんです。

ミナベ:マネジメントコストをしっかりかけて、個人ごとの適性を見ながら拡張する範囲を決めることで、クロスファンクショナルを根付かせることができたと。

森住:もちろん、浸透するまでは地道に活動を積み重ねました。最初は「クロスファンクショナルってどういうこと?」という人が多かったですし、ある程度定着するまでに丸1年ほどかかりましたね。

ミナベ:いやいや、丸1年でも相当早いですけどね(笑)。

森住:あとは「変化に対して前向きな人が多い」ことも上手くいった要因かもしれません。これはSmartHRのバリューが影響していると思います。例えば「ワイルドサイドを歩こう」というバリューがあり、それを採用基準にしているから、失敗を恐れずに挑戦する意識が強い人が集まっている。また、一見すると当たり前な「人が欲しいと思うものをつくろう」というバリューがあるからこそ、それに必要な変化であれば前向きに取り組もうとする人が多い気がします。

ミナベ:自律的なスモールチームで力を発揮できる人が評価されるバリューが設定されている点が興味深いですね。その結果として、プロダクトと組織の構造を合致させる組織編成を、最大限に活かせる組織文化が形成されていると。

SmartHR 執行役員・VP of Product Design 宮原功治

デザインを特殊能力にせず、「お金」を意識するデザイン組織

ミナベ:ここまで自律的なチームを実現する組織デザインや組織文化について伺ってきました。ただ、組織横断でさまざまな機能に関わるプロダクトデザイン組織にとって、各開発チームでデザインが本業ではないエンジニアが意思決定をする状況では、プロダクト全体のクオリティを維持するのは容易ではないですよね。

例えばクロスファンクショナルを始めたばかりの組織では、「デザイナーがPdMも兼ねる」という曲解的な落とし穴にはまりがちです。もちろんPdMなどの他職能と対等に対話する知見は持っておくべきですし、プロダクトフェーズによっては、タスクレベルでデザイナーがビジネス寄りの仕事までこなすことも必要でしょう。ただ、その状態が平常運転になると、デザインに意識を向ける時間が減り、会社全体のデザインの品質が低下していくんです。

宮原:たしかにクロスファンクショナルには落とし穴が多いと思いますね。SmartHRで特に悩んだのは、各オプション機能ごとのUIのブレでした。各チームに意思決定が任されている以上、製品全体を俯瞰すると、どうしてもデザインにバラつきが生まれてしまうんです。

我々の場合、それを避けるためにコンポーネントライブラリを開発して共有し、同じ構成要素でインターフェースを設計できるようにしています。また、デザインの基盤となるデザインシステムも日々アップデートし、インターフェースを意思決定する際の判断軸を共有するようにしています。とはいえ全てのデザインパターンを網羅できるわけではないので、ブレたUIを直し続ける作業が今でも発生していますが……。

ミナベ:SmartHRほど大きな企業で、デザインシステムがきちんと機能しているのもすごいですよね。一般的には、いくら共通基盤としてのデザインシステムがあっても、前述したように他の組織やプロダクトチームのステークホルダーへの根回しや調整をしないと意思決定ができず、結局はチームごとに開発が回らないからです。しかし、SmartHRはそうではないと。

宮原:そうですね。僕たちは「どうすればユーザーに価値ある製品を作れるか?」という課題にフォーカスできていると思います。デザインはそのための手段にすぎないとみんな理解しているので、説明や説得のハードルは低かったと思います。
また、これは社内のプロダクトデザイナーたちの考えなのですが、「デザインとは一握りの人だけが持つ特殊能力ではない」ということを実践していきたいなと考えています。

ミナベ:デザインの価値を認めてもらうため、自分たちの能力を示そうと焦るあまり、デザイン組織がうまくいかなくなるケースはよくあります。多くの場合、ビジネス側の部門から定量的な成果を求められることにデザイン組織が反発し、悪循環に陥るんです。SmartHRがそうならないのはなぜでしょうか?

宮原:徹底的に「お金」を意識するデザイン組織を設立当初から目指したからでしょうか。国内のデジタルプロダクトデザイナーたちは「見た目が綺麗になって、それでいくら儲かるんですか?」という問いをさまざまな現場で突きつけられてきました。そしてその答えがないと、会社の「コスト」として見られ、価値もどんどん下がっていく。

特殊能力のようにデザインを演出するのではなく、「きちんとお金を生んでいるからだ」と答えられる努力をすればいい。「ユーザビリティが向上することでサービス離脱率が下がる」「開発の生産性を向上させることでプロダクトの提供速度を上げる」など、ビジネスへの貢献を明確に示せればいいんです。

ミナベ:デザイン組織が他部門からの評判に悩まなくていいのは、「お金」に対してのコミットメントが強いからなんですね。それが結果的に、デザイナーが全社的なデザインの品質向上という目的や成果に集中できる環境を生んでいるように感じます。

宮原:「組織全体でデザインしていくために、デザイナーは存在感を消して後方支援に徹するべき」という思想に賛同できる、自分の役割に対してシニカルに考えられる人を採用しているんです。だからこそ、全社的なインパクトに集中したデザイン組織が作れているのかもしれません。デザイナーだけが特別扱いされるのではなく、エンジニアやUXライター、QAの方たちと同じ「開発者」として、一緒に価値ある仕事ができることが理想です。

ミナベ:エンジニアやデザイナーなど職能が主語になるのではなく、みんな共通して「開発者」であると。「チームのために何ができるか」が徹底的に共通言語になっているのが素晴らしいですね。

口座残高やマネージャー選びの背景まで公開する、徹底した透明性の高さ

ミナベ:ここまでSmartHRが築き上げた制度や組織文化についてお聞きしました。しかし、人数が増えて組織が大きくなると、社員の多様性が高まり、一様なコミュニケーションではその文化や価値観を共有するのも難しくなっていく。個々のメンバーに対する丁寧なコミュニケーションもより一層重要になりますよね。

森住:その点、SmartHRは社員への説明がとても丁寧だと思います。新しい取り組みは全社会で事前説明されますし、週一回のペースで社内共有される経営状況のレポートでは、「いま口座の残高は○○円」など赤裸々な情報が開示される。結果、情報の透明性は非常に高くなっていると思います。

クロスファンクショナルを始める際にも、しっかり開発チーム内でメリットを説明しました。「お互いを信頼してしっかり説明し、きちんと納得感を醸成したうえで物事を進める」という文化が根付いているんです。プロダクトデザイナーたちが開発チームに配属されるにあたっても、「どんな働き方が得意で、どんなことはやりたくない」「どんなことにコミットしていくか」をすり合わせる「期待値調整会」を実施してもらいましたしね。

ミナベ:すごいですね。一般には組織規模が大きくなるにつれて、情報公開に対してセンシティブになってクローズドなコミュニケーションが増える印象がありますし、メンバー同士で自分自身で期待値アラインをするまでにコミットしてもらうのもなかなか見ません。

宮原:「オープン」が重要な評価項目にもなっており、全社的にかなり徹底されているんです。例えば、体制変更や誰かを役職に任命した背景も全社に共有されている。僕も一緒に働く人たちと「共犯関係」になることを心がけていて、チームメンバーにも、自分の考えや困っていることを積極的に自己開示しているんです。

ミナベ:マネージャーの任命などは揉め事が起こりやすいポイントですが、そこまでオープンだとは。SmartHRでリーダーの立場にいる方には、言いたいことを言いやすい雰囲気がある人が多いのでしょうか?

森住:たしかに「役職を持っている人がイジられやすい」という文化はありますね(笑)。できるだけフラットな関係性を構築できることが大事で、メンバーから意見を吸い上げて反映できる対話力がマネージャーの任命時には重視されます。

ミナベ:自己開示してフラットに議論できる文化を作れることと、「言うべきことは厳しく言う」こと。これらを両立させるバランス感覚を持つマネージャー層はなかなか採用市場にいないですよね。

森住:マネージャー層は全然足りていないですね(笑)。でも、マネージャーを担うのは生え抜きの人材であることがほとんどで、基本的に社外からマネージャーのポジションは募集していません。

ミナベ:本当ですか!この規模の会社になると、ほとんどマネージャーは中途採用になり、社内からの抜擢は少なくなりがちです。にもかかわらず、SmartHRが内部でのマネージャー育成を中心として組織が成立しているのは、自律的なチーム、そして徹底的な情報透明性とフラットさが、チームメンバーが主体的に意思決定に関わり自然に成長しやすい環境を生み出しているからかもしれませんね。多くのテック企業はこれに苦戦している印象を受けるので、SmartHRの規模感で実現できているのは本当にすごい。

創業初期の段階から、プロダクトと組織の構造が一致するような組織開発を行い、自律的なスモールチームが生まれる環境を整備。その上で自律的なチームが活きるように、クロスファンクショナルな取り組みや、徹底した情報透明性とフラットさによって組織全体を舵取り。そして、各チームの成果物のクオリティは、プロダクトデザイン組織など横断組織が作った仕組みにより担保されている……。

まさに「スタートアップの教科書」が出来てしまいそうな組織をSmartHRは構築しているという印象を受けました。今日はありがとうございました。

Credit
執筆
石田哲大

ライター/編集者/BizDev。国際基督教大学(ICU)卒。ITコンサルタント、農業ロボットのPdM、建設DX領域のPjMを経て独立。関心領域は人文思想全般と、農業・建築・出版など。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

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