デザインを、コ・リデザインし続ける未来へ――人類学者・中村寛【連載:デザインと人類学のフィールドノート】

多様なバックグラウンド、専門知、技能、気質、感性をもつ者たちが集まり、デザインという営みのプロセス——デザインする行為、その背後にある発想や産業構造、それらを支える地球環境、デザインされたモノやコトの廃棄などを含む——自体を、ともにデザインしなおすこと。つまり、デザインをコ・リデザインしつづけること。これが、デザイン人類学の課題のひとつになるだろう

Design and Anthropology

以前からデザインと人類学は互いの知を交換し、刺激を与え合ってきた。デザインが機会発見として人類学の手法を用いれば、人類学はデザイン実践を対象とする調査を行う。また近年では、人類学者がデザインの現場に参画する「デザイン人類学」の可能性も耳にするようになっている。

両者がともに幅広い対象を持つからこそ、多様な接点が生まれている。そう考えれば、上述したものにとどまらない、多様な実践と学びが繰り広げられているのかもしれない。

連載「デザインと人類学のフィールドノート」では、デザインと人類学が接近する領域で実践や研究に取り組む人々が、そこをどのように歩み、なにを感得したのかを探索する。「フィールドノート」と称したように、明確な結論を出すことが目的ではなく、この領域が持つ可能性を広く取り上げていく。

第1回に寄稿してもらったのは、多摩美術大学教授で文化人類学者、またデザイン人類学の実践者でもある中村寛氏。前編に引き続き「デザイン人類学の可能性とはなにか」をテーマに、これからの実践やそれによって変容し続けるデザインのあり方について論じてもらった。

事後的な批評・反省の「甘美さ」をこえて

デザイン人類学には、先行事例だけにかぎらない、さまざまな可能性がある。先に述べたように、そのなかでもデザインと人類学が協業するというあり方に、大きな潜在力があると考える。とくに現時点でもっとも大きな可能性を感じるのは、デザイナーと人類学者が長期的連携を保ちつつ、ある時期に一緒になって集中的にプロジェクトに取り組むというスタイルだ。

人文・社会科学における批判的な考察は、事後的になされることが多かった。資料やデータが出揃わないと研究できないため、歴史学などはある時代・時期区分が終わらないと検証できないことすらある。人類学や社会学、心理学のように、比較的現代や現在をあつかう学問ですら、フィールドノーツや観察データ、統計資料などの1次資料が抽出されてはじめて成立する。

過去の事例をていねいに研究し、分析し、それを参照可能なかたちに示しておく——それはそれで必要な営為であることは間違いない。しかし、それだけが学問の役割ではないだろうし、そのような事後的な分析・検証・批評だけでは、非効率であるばかりか、間に合わない問題というのが数多く存在する。気候変動、戦争、パンデミックなどの、生死に即時的に直結する問題がそうだし、地域づくり、少子高齢化、分断、一票の格差、貧困などの、公共政策や社会制度にかかわる問題もその代表例である。私自身は、これまで暴力を研究テーマにしてきたこともあり、暴力の事後的な分析は、それがどれだけ精緻で鋭いものでも、どこか虚しさがつきまとった。

また、事後的な批評や反省には、どこか「甘美さ」が落とし穴としてつきまとう。リフレクシヴィティ(反省性)を社会学や人類学のような人間科学の基礎のひとつにおいたピエール・ブルデューが、「ナルシス的反省」と呼び批判した態度である(*1)。批評や反省を繰り返すことが、自身の正当性を確保するためのゲームになるというわけである。それに対し、ブルデューが提唱したのが、「反射的反省性」というもので、これは過去や他者の断罪ではなく「改良主義的」で、なおかつ、分析のそのさなかで、自らの分析作業そのものに作用するものだと述べた。

デザイン人類学を構想するうえで、このブルデューの指摘はきわめて示唆的である。「抵抗」について論じた別の論考でも、ブルデューは「抵抗」は「外」から既成の文化や価値意識をひっくり返すことではなく、文化の内にありながら、それから距離を取ることができることだと強調している(*2)。

こうしたブルデューの指摘を念頭におきつつ、同様に、事業展開や製品開発についても、企画段階からつくる工程に携わることで、批判的思考を実装していくことができる、と私は考える。

たとえば、現代社会に生きるデザイナーや作り手にとって、つくる前とつくった後のことへの想像力は必須になってきているが、それはまだ短いタイムスパンにかぎられていることが多い。つくる前だと、素材が掘り起こされたり、製造されたり、加工されたりして利用できるかたちになり手元に運ばれてくるまで。つくった後だと、製品が使い手のもとに運ばれじっさいに使用されるまで前後のプロセスを考える際に、時間的想像力がおよぶのは長くても数年、短いと数日といったところが現実ではないだろうか。しかし、ここに人類学のような人文知が入ることで、長いタイムスパンでものごとを見ることができるようになるし、それは結果的に、持続可能な製品づくり、会社/組織運営、社会設計に寄与することになるだろう。

つくるという営みの前後への想像力については、時間的なものだけでなく、空間的な想像力も含む。製品がつくられるまでのプロセスにはどのような土地や非人間的要素(自然など)がかかわるのか、そのかかわりは持続的なものか、製品が使用されたあとはどうなり、それは人間やその他の生命に、どのようなインパクトを持ちうるのか。そうしたことを根拠をもって想像するためには、個別科学の知が必要とされることはいうまでもない。だがそれだけでは、ますます細分化していく研究領域が分散していく一方である。それらを総合し、ファシリテートする役割をデザイン人類学が担うことができれば、ひろがりのある空間を思い描き、自分たちから遠いと思っていた地域の人びとや生命の営みを考えることができるだろう。

時空間の想像力の開拓は、デザイン人類学ができることのひとつにすぎない。それ以外にも、前篇で述べた、UXリサーチにおける方法論・認識論的な貢献や、デジタル技術/最新テクノロジーの研究開発における人間中心設計、環境再生やサーキュラー・エコノミーのグランドデザインにおける人間の再定義などがあげられる。現在、20世紀的な暴力や社会問題に加え、新しい技術の躍進と環境破壊・気候変動のなか、近代という時代が創造・捏造してきた人間像の更新がもとめられ、「人間」の捉えなおしがせまられているからこそ、デザイン人類学の力が必要とされているといえる。

デザインだけでも、人類学だけでも成し遂げられなかったことを、デザイン人類学は成し遂げることができるだろうし、それをビジネスとかけあわせることで、会社(company)は、その語源の意味するところにたちかえって、本来の存在意義を果たすことになるだろう(companyの語源は、古フランス語のcompaignieやラテン語のcompanioなどに通じ、「パンをともにする仲間」のような意味をもつとされる)。

デザインの(暴)力と向き合う

デザイン人類学の可能性は、なにも民間企業の研究開発やUXリサーチ、経営判断への寄与だけにかぎらない。より大きく複雑な社会課題に取り組むことが可能で、それには必然的に、中央政府や地方政府の行政官、関連分野・地域の起業家やキーパーソンとのコラボレーションが不可欠である。

たとえば、環境問題や気候変動には、人間による非人間に対するふるまいや触れ方が大きく関係している。そして人間のかまえが、やがては還流し、人間を痛めつける結果になっている。そういう意味では、私を含むあらゆる人間が、日常的に、無自覚に、あたかも「自然に」とる行動が、ゆっくりと、静寂のうちに、いつのまにか種としての人間の滅びにつながっていく種類の暴力である。ロブ・ニクソンが「緩慢な暴力 slow violence」とよんだ、ゆるやかに進行し、目につきにくい暴力。ギャネンドラ・パンディが「ルーチンの暴力 routine violence」とよび、特殊な非日常的な出来事ではなく、日常化され、自然化された現象として問題視した暴力である(*3)。

その他にも「構造的暴力」や「制度的暴力」など、さまざまな概念が提示されているが、これらの概念の重要なポイントは、暴力の責任所在(簡単にいうと「加害者」)を、特定の個人や集団に定めず、より気づかれにくく、したがって問題化しにくい、制度や慣習行動、語彙や文法、法律や政策などにおいたことにある。暴力をふるうアクターとしての主語を、特定の個人や集団においてしまうと、問題の焦点がぼやけてしまうのだ。

その意味では、たとえば「私たちのふるまいが環境を破壊している。自らがうみだす地球への環境負荷を自覚し、一人ひとりが責任をもった行動をとろう」といった類のさきほどの私の語り口——それは完全に間違っているわけではいないし、賛同する点もあるのだが——は、責任を個人に、しかも多くの場合、そうした小さく、かき消されがちな声に反応しやすい「繊細な個人」に押しつけてしまう。

ある程度タフな人や鈍感な人は、そんなこととは関係なく、いくらでも消費的に生きていくことができるだろうし、ひょっとするとそのタフさと明るさをもって、「環境問題の解決」に乗り出すことすらあるかもしれない。だが、自覚や反省をうながす語り口にひきつけられ、ゆさぶられ、それをきっかけに立ち止まって非人間の声に耳をすましてしまう人たちは、重荷を背負って生きることになる。したがって、その語りは、部分的に誤りであるばかりか、弊害が多い。

そうではなく、制度や慣習行動、語彙や文法、法律や政策などをリデザインすることで、人が図らずもとる行動が、環境再生と持続可能な社会の発展に寄与してしまう仕掛けをつくることを提案したい。「倫理」を前面にだすのではなく、むしろ剥き出しの欲望(楽しい!嬉しい!気持ちいい!美しい!いい感じ!儲かるかも!など)をとことん体現した結果、図らずも「他者」を救い、「非人間」と交感し、兵器を含む暴力のメカニズムを解体・無化し、環境や人や社会のためになってしまうような設計である。

20世紀をかけて、ますます加速化する資本主義経済と商業主義のなか、デザインと産業界は密接にからみあい、行動科学や経済学、心理学、社会学などが提示するモデルを利用しつつ、ある種の欲望をつくりだし、増大させてきた。そのことはひるがえって、資本主義経済の強化と過剰な商業主義を呼び込んだといってよい。「個人や集団のニーズをつかむ」とか「欲求をとらえる」といった表現を頻繁に耳にするが、ニーズや欲求は、諸個人や集団から自発的、自律的に、自由意志に基づいて発現するのではなく、じっさいには制度や慣習などによってかなりの程度、創造/捏造されることが明らかになっている(*4)。

構造主義人類学は、すでに1940年代に、「自由意志をもつ個人」という幻想を打ちくだいてみせていたし、その後サイバネティックスや生きた世界の認識論の発展に寄与したグレゴリー・ベイトソンや、アクターネットワークセオリーを唱えたブリュノ・ラトゥールたち、といった人類学者らが、異なる角度や関心から、「個人」は閉じたユニットではなく、多種(multi-specieis)と多層(multi-layers)からなる系(system)で、「外」の非人間(non-human)もふくめた環境との連関や交感で生成変化することを示してきた(*5)。

しかし、このことを自らの「作品」において具現化してきたのはデザイナーたちで、みごとな広告によって人の行動はうながされ、それほど欲しくないものも購入するにいたるし、空間のなかにおく物や照明、音楽次第で、人の流れ、購買意欲、滞在時間がおおきく変わることを彼らは知っている。プログラムやアプリケーションのデザイン次第で、一国の大統領の選挙結果がうごくことがあるし、グローバリゼーションと新自由主義のもとでデザインされた「自由で平等な競争」が実装された社会では、人が自らの身体を商品とおなじように扱うようになる。そして、呪術が生きられた社会で、黒魔術が物理的な力をつかわずに、共同体の力によって人を死に至らしめるのと同様、20世紀のデザインとそのもとに生成した欲望もまた、物理的な力なしに人を死に至らしめることができる。ひらたくいえば、デザインは、人の生き死にを左右する。

そうだとすれば、そのデザインの(暴)力を、ソーシャル・グッドの方向に傾けることができるはずである。20世紀をつうじて培われてきたデザインの営みをリデザインすること——これがデザイン人類学にできることになる。ただし、それによって、「理想郷」を目指すとか、「完璧な社会」ができあがるなどと言うつもりはまったくない。

誤解のないようにこの点もあわせて強調しておきたい。「理想郷」や「完璧な社会」を目指す試みは、その見かけ上の「良心」や「論理性」とはうらはらに、きわめて危険な志向性だといえる(たとえば、優生思想や全体主義、ユートピアの建設など、数々の過去の試みがときに残虐で悲惨な帰結をもたらしたことを想起すればよい)。ソーシャル・グッドにむけてデザイン人類学の実践をなすことは、デザインにつきまとうこうした「完璧さ」を求める傾向性を修正することをも意味する。

社会に潜在・顕在する暴力に関連していえば、デザイン人類学の実践をつうじても、暴力はゼロにならないだろうし、ゼロにすることを目指すこと自体が、より大きな暴力を呼び込むことになるだろう。だが、暴力を縮減していくことは可能だ、と私は考える(*6)。

デザインをコ・リデザインし続ける未来へ

近年では、これまでの常識にとらわれず、大胆にシステム設計や構造そのものを見直し、リデザインしようとする試みもはじまっている。自然環境については、「再生 regenerative」の取組み、司法の現場では、「修復的司法 restorative justice」や「治癒的正義 therapeutic jurisprudence」の試み、経済の現場では、「ポスト資本主義」の模索や「贈与交換」の見直し、国家システムでは、代議制民主主義の見直し、ヴァナキュラーな民主主義や土着の合意形成への注目などが、はじまっている。

「新しい」議論のように思えるかもしれないが、じっさいにはそうではなく、じつは以前からあった実践や試行錯誤、そして議論や理論が、より解像度があがり、アップデイトされたかたちで再生していると言ってよい。すでに、ローカルな、土着の人の営みのなかにあったことが、より洗練されたかたちで論じられるようになったのだ。

たとえば、デイヴィッド・グレイバーの『民主主義の非西洋起源について』という論考を読むと、民主主義の起源が、私たちの多くが教科書でそう教わるように、アテネからはじまり西欧や北米で花ひらいたのでも、優秀な理論家や哲学者の書いた書籍のなかにあったのでもないことが了解できる(*7)。理念としての民主主義が語られるようになるのはずっとあとのことで、即興性の求められる日常的実践のさなか、比較的対等な合意形成のやり方が生成するのが先と見るのが必然である、とグレーバーは述べる。それを「民主主義」と定義するなら、「民主主義」と呼びうる合意形成の方法が、さまざまな意匠をまとった土着のかたちで、世界中に存在していたといえる。たとえばそれは、前篇でふれた宮本常一の記録した、「村の寄り合い」の記録のなかにみいだせるかもしれない。村の古文書を貸すかどうかを決めるのに、三日間かけ、誰にも角が立たないような合意形成のあり方のなかに。

「リジェネラティブ・デザイン」「修復的司法」「治癒的正義」などーーこれらの一連の試みに共通点があるとすれば、先に述べた「人間」のとらえなおしであり、そのうえでそのあらたにとらえなおされた、《多種の生命や非生命との連関や応答の連鎖のうえに生成変化する人間》を、どのようにして「中心」においてコミュニティ/地域社会/惑星社会をリデザインするかが課題となっている。

すでにお気づきのとおり、これはリスクをともなう営みである。たとえば一部の有能なエリートや専門家、リーダー、資本家、企業、政治家らが、自分たちにとって「すばらしい」デザインを目指すかもしれない。デザインする行為も、デザインされたあとの人のふるまいも、不均衡な権力関係のなかで成立することを、私たちが忘れるかもしれない。社会集団が、つねにすでに、排除と包摂の論理でうごくことを忘れれば、私たちは非常に素朴なモデルで人間社会を把握することになり、そこでのデザインは、全体主義や監視社会、官僚主義や管理社会を加速化させるかもしれない。だからこそ、(近代の夜明けにはそうであったように、あるいは今日でもそうであるように)特定の優秀なデザイナーや設計者、プログラマやエンジニア、起業家や経営者、政治家や行政官だけにデザインを委ねるのではなく、さまざまな専門バックグラウンドをもつ者たちのチームによって、コ・デザイン(co-design)のプロセスを踏むことが不可欠になる。

多種多様なバックグラウンド、専門知、技能、気質、感性をもつ者たちが集まり、デザインという営みのプロセス——デザインする行為、その背後にある発想や産業構造、それらを支える地球環境、デザインされたモノやコトの廃棄などを含む——自体を、ともにデザインしなおすこと。つまり、デザインをコ・リデザインしつづけること。前編でも述べたが、これが、デザイン人類学の課題のひとつになるだろう。

今後の展望

私自身は、アトリエ・アンソロポロジー(Atelier Anthropology LLC.)という会社を2022年7月に立ち上げ、現在、いくつもの企業やデザイナーと一緒にさまざまな取り組みをはじめたばかりである。すべての仕事内容を記述する余裕はないが、一部だけ、出せる範囲で紹介したい。

カルチャーデザイン・ファームのKESIKIとは強い連携関係にあり、いくつものプロジェクトをともにしている。たとえば、旭川市が出資するデザインプロデューサー育成事業で協働し、旭川市と周辺地域の未来のためにあつまった「文化の作り手/担い手 culture creatives」と、リサーチと議論を重ねている。固有の魅力とパトスをもった人たちが、仕事などの忙しい時間のあいまに、それぞれのアイディアと技能を持ち寄って、デザイン思考や人類学的フィールドワークを試しつつ、未来を構想し(ヴィジョン)、それと連動させたかたちでビーコン・プロジェクト(*8)をうちだし、社会実装のかたちを考えている。

富士通デザインセンターの主導する社会課題の括りだしにかかわるプロジェクトでは、一企業の枠をこえ、他企業連携のチームが組まれ、さまざまなバックグラウンドからなる約10人のメンバーとともに、佐渡島に入っている。ここでは、佐渡市役所の職員や地域のキーパーソンと連携をはかりつつ、やはりフィールドワークや対話的インタビューなどを含むデザイン人類学的アプローチをつうじ、社会課題をとらえなおすことに伴走している。

多摩美術大学では、2023年4月からサーキュラー・オフィスを立ち上げ、美術大学という特性をいかしつつ、循環型社会の構築にむけて、研究・教育・社会実装の3本柱を実践していくことになっている。青柳理事長の声掛けからはじまったプロジェクトだが、石川俊祐氏(KESIKI Partner)、大貫冬斗氏(KESIKI Project Lead)、私の三人で構想をねり、さまざまな学内外のアーティストやデザイナー、そして企業や行政と連携しつつ、輸入概念に終始しがちな「サーキュラー」概念を、アート&デザインと組み合わせ、ヴァナキュラーなかたちでとらえなおしたうえで、さまざまな実践に挑戦したいと考えている。これもまた、デザイン人類学の視座が強く反映されたものになるだろう。

デザイン人類学の試みは、日本ではまだはじまったばかりだが、もちろん、企業との連携などをつうじて社会実装に踏み出す人類学者は私だけではない。北陸先端科学技術大学院大学の伊藤泰信氏は、かなり以前から企業人類学の重要性を説き、自らもさまざまなプロジェクトで企業との連携をはかってきている。メッシュワークという会社を起業した比嘉夏子氏と水上優氏は、「人類学者の目をインストールする」をミッションにかかげ、活動を展開している。そのほかにも、独立して人類学者として生きる選択をした磯野真穂氏(じつはお会いしたいのにまだお会いできていない!)、大阪大学の森田敦郎氏、立命館大学の小川さやか氏、岡山大学の松村圭一郎氏、明治学院大学の猪瀬浩平氏など、まだまだいるかもしれないが、人類学のひろい意味での「応用」を構想する人たちが目立ちはじめている。

また、人類学者のようなうごきをするデザイナーたちの存在も目立つ。私が直接知るデザイナーにかぎられるので、かなり偏っていると思うが、たとえば、石川俊祐氏は、すでにイギリスなどで人類学者と協業した経験があり、デザイン人類学のコラボレーションがすぐにできる。原田祐馬氏(UMA/design farm 代表)とは、一緒に横須賀を複数回にわたってフィールドワークした経験があるが、彼ほど日本全国をあるきまわっているデザイナーを私は知らない。まさに「あるく、みる、きく」デザイナーである。坂本大祐氏(オフィスキャンプ代表)は、デザインと人文知の親和性について語っているし、そのほかにも上平崇仁氏(専修大学)、吉田勝信氏(吉勝制作所)、内田友紀氏(リ・パブリック)、安次富隆氏(SAAT DESIGN)、西村佳哲氏(リビングワールド)、佐藤直樹氏(アジール)といったデザイナーたちと言葉をかわすと、人類学とデザインとのコラボレーションの可能性がひらけるし、彼らとのやり取りがなかったら、そもそも私もデザイン人類学の実践に向かおうとは思わなかったかもしれない。

うえにあげた人類学者やデザイナーが、デザイン人類学についてどのように考えるか、聞いてみたいと思う。それぞれにフィールドやバックグラウンドも、根や来し方(roots and routes)も、感性や繊細さも違っている。なかには、正面からの批判もあるかもしれない。だからこそ、おもしろい。このあとの連載に登場する執筆者たちが、どのような具体的な実践をおこなっていて、その背景にはどのような原体験や着想があったのか、デザインや人類学の実装においてなにを考え、どのような課題に直面したのかなど、尋ねてみたい。

最後に、2022年11月におこなった展示「デザイン人類学宣言!」(六本木ミッドタウン、デザインハブ内スペース)での、宣言文を補遺として記載しておく。2022年から2023年3月現在にかけての時点で、私の考えるデザイン人類学のかたちである。

補遺:デザイン人類学宣言!

2022年11月に六本木ミッドタウンのTUBでおこなった展示「デザイン人類学宣言!」から、入り口に展示した宣言文をここに再掲しておきたい。展示は、私に加え、石川俊祐氏、上平崇仁氏、本橋弥生氏、鄭呟采(チョン・ヒョンチェ)氏のメンバーで構想した。

Exhibition Archive|デザインと人類学の共創の可能性を探る
https://tub.tamabi.ac.jp/exhibitions/2595/
サイトを開く

また、展示に際しては、TUBの運営メンバー、とりわけ加倉井美香氏、横井絵里子氏、古川礼規氏にお世話になった。なお、以下の文章は私によるもので、誤りがあるとすればその責任はすべて私にある。

窓から叫びが聴えてくる
誰もいない部屋で射殺されたひとつの叫びのために
世界はある

――田村隆一「幻を見る人」『四千の日と夜』

《幻想が向ふから迫つてくるときは
もうにんげんの壊れるときだ》

ーー宮澤賢治『春と修羅』

1.「社会は表立って表現されることのない苦しみであふれている」(*9)。生存にかんする過去から現在にいたるまでの記述やデータは悲惨だが、絶望している余裕はわたしたちにはない。「惑星社会 planetary society」(*10)の生存の観点から、あらゆる知的・創造的活動を、やわらかく、ふかく、つくりなおす必要がある。それは、デザインと人類学の実践をふくむあらゆる生存にかかわる活動を、《コ・リデザイン co-redesign》する試みであり、不可避的にコンヴィヴィアル(convivial)な営為である。

2.デザインには、《つくる》という営みの前後に、これまで以上に繊細な《人類学的想像力》がもとめられる。デザインとは、それによって人間や非人間が、よく生きることも、死に向かうこともできる「仕組み」ないし「仕掛け」であり、すぐれて社会・政治的な実践である。デザインをそのように、時代や文化的境界をこえた「仕組み」と定義するなら、現在にいたるまでのデザイン行為とその生産物(デザインアウトプットやプロダクト、そしてその帰結)との関係は、かならずしも幸福なものではなく、バッドデザイン、ないしプアデザインと呼びうるものが多く含まれてきた。

3.人類学には、《探究》という営みを《つくる》に結びつけつつ切り結び、《宇宙-世界-社会-地域-身体》のうちに探究の成果を実装していくことがもとめられる。人類学は、研究-議論-執筆からなる一連の実践だったが、書籍や論文、報告書の大量生産-消費-廃棄の呪縛( 「出版せよ、さもなくば死を publish or perish」 )からみずからを解き放つとき、より直接的な応答責任(responsability)や交感(correspondence)を実践することができる。人類学を時代や文化的境界線をこえておこなわれる、「人類に関する探究」と定義するなら、現在にいたるまでの人類学的探究とその生産物(書籍や論文、そしてその帰結)との関係は、かならずしも建設的でも創造的でもなく、バッドデザイン、ないしプアデザインと呼びうるものが多く含まれてきた。
 反省している場合ではない。「ここがロドスだ、ここで翔べ Hic Rhodus, hic saltus」(*11)である。

4.うたわぬ詩人たち、したたかな生活者たち、かれらとともにあろうとした宮沢賢治は、「職業芸術家は一度亡びねばならぬ」(*12)と書いた。それに倣うなら、すべての職業的デザイナー、職業的人類学者は、一度亡びねばならないのかもしれない。そのうえで、デザインと人類学とを、その存在論的基盤、認識論的前提、想像力と創造力とを、つくりなおす道がある。

5.デザインと人類学とは、両者とも西洋近代の存在基盤と認識枠組みとを基底に制度化され発展してきたが、その営みじたいは西洋起源のものでも、近代の産物でもない。あるいは、「西洋」ないし「近代」は、想像上の産物でもある。デザインと人類学との両者を、いまだにそれを呪縛する西洋および近代概念から解き放つ必要がある。それならば……
「登場せよ、デザイン人類学! Enter Design Anthropology!」

6.デザイン人類学は、脱西洋中心主義を通過し、非-近代的な観念をふくむ実践である。それは、「反射的反省性 reflexivity」(*13)を内装した介入の試みで、みずから手を汚しつつも介入されるなかで成立する《観察参与》、《学問の応答》、《交感》である(*14)。

7.デザイン人類学は、知的かつ批判的で、創造的な実践であり、《現在》と《未発》を冷徹に見据え、ことがらの《生成変化 becomings》に耳をすます、人類学にもとづくデザイン(anthropology-based designing)である。

8.《デザイン人類学/人類学デザイン》の出発は、「すべてのデザイナーのかたわらに人類学者を! すべての人類学者のかたわらにデザイナーを!」である。デザイン人類学、あるいは人類学デザインは、たがいに領域を侵犯し、人間と人間の関係、人間と非人間の関係のうちに介入し、介入され、浸透し、やがて溶けあっていく協業の試みである。

9.《デザイン人類学/人類学デザイン》は、介入しつつ介入の暴力を縮減しようとする点で、ケアリング(caring)に近い営みである。人や生きもの、ものごとを、それらの身体や精神、心や魂を、そしてそれらすべての関係を、癒そうとする営みであり、ときとしてそれは、加勢すること、伴走すること、時間をともにすること、そっとかたわらにあること、でもある。

10.「すべてこれらの命題は/心象や時間それ自身の性質として/第四次延長のなかで主張されます」(*15)

【注釈】

*1 参考文献:
ピエール・ブルデュー(加藤晴久訳)「コレージュ・ド・フランス最終講義 社会科学はなぜ自己を対象化しなければならないのか」『環』 vol. 9.、2002=2001.

*2 参考文献:
ピエール・ブルデュー(田原音和監訳)「言葉に抵抗する技術」『社会学の社会学』藤原書店、1991=1980.

*3 参考文献:
Nixon, Rob. Slow Violence and the Environmentalism of the Poor. Harvard University Press, 2011
Pandey, Gyanendra. Routine Violence: Nations, Fragments, Histories. Stanford University Press, 2006.

*4 参考文献:
たとえば、以下を参照。
ミシェル・フーコー(渡辺守章訳)『性の歴史 Iーー 知への意志』新潮社、1976=1986.

*5 参考文献:
グレゴリー・ベイトソン(佐藤良明訳)『精神の生態学』新思索社、2000
グレゴリー・ベイトソン(佐藤良明訳)『精神と自然ー生きた世界の認識論』新思索社、2006
ブルーノ・ラトゥール(川村久美子訳)『虛構の「近代」ーー科学人類学は警告する』新評論、2008.
ブリュノ・ラトゥール(伊藤嘉高訳)『社会的なものを組み直すーーアクターネットワーク理論入門』法政大学出版局、2019.

*6:
「暴力の縮減」は、社会学者である新原道信が繰り返し言及してきたテーマである。たとえば、下記を参照。
新原道信『境界領域への旅ーー岬からの社会学的探求』大月書店、2007.

*7 参考文献:
デヴィッド・グレーバー(片岡大右訳)『民主主義の非西洋起源についてーー「あいだ」の空間の民主主義』以文社、 2020.

*8 ビーコン・プロジェクト:
進むべき方向性を示すビーコン(灯台)を立て、異なる専門性や多様なメンバーで取り組むようなプロジェクトのこと

*9 参考文献:
ピエール・ブルデュー( 荒井文雄・櫻本陽一監修/翻訳)『世界の悲惨』藤原書店、2020.

*10 参考文献:
アルベルト・メルッチ(新原道信・長谷川啓介・鈴木鉄忠訳)『プレイング・セルフ――惑星社会における人間と意味』ハーベスト社、2008.

*11 参考文献:
『イソップ寓話』より

*12 参考文献:
宮沢賢治『農民芸術概論』 Aozora Bunko、2003.
宮沢賢治の詩の理解については、次を参照。
池田晶子『事象そのものへ!』宝藏館、1991(1987).
見田宗介『宮沢賢治――存在の祭りの中へ』 岩波現代文庫、2001(1984).

*13 参考文献:
ピエール・ブルデュー(加藤晴久訳)「コレージュ・ド・フランス最終講義――社会科学はなぜ自己を対象化しなければならないのか」『環』vol. 9.2002=2001.

*14 参考文献:
「observant participation 観察参与」や「correspondence」については、Caroline Gatt and Tim Ingold, “From Description to Correspondence: Anthropology in Real Time,” Wendy Gunn, Ton Otto and Rachel Charlotte Smith Eds, Design Anthropology: Theory and Practice, London: Bloomsbury Academic, 2013.

*15 参考文献:
宮沢賢治「春と修羅」『宮沢賢治詩集』岩波書店、1950.

中村寛(なかむら ゆたか)
人類学者。アトリエ・アンソロポロジー合同会社代表。多摩美術大学教授。2020〜2022年度、グッドデザイン賞外部クリティークを担当。2022年より、人類学に基づくデザインファーム《アトリエ・アンソロポロジー》を立ちあげ、さまざまな企業、デザイナー、経営者と社会実装をおこなう。2023年4月より、多摩美術大学にサーキュラー・オフィスを立ち上げる。研究テーマは、「周縁」における暴力、社会的痛苦、反暴力の文化表現、脱暴力のソーシャル・デザインなど。著書に『アメリカの〈周縁〉をあるく――旅する人類学』(平凡社、2021)、『残響のハーレム――ストリートに生きるムスリムたちの声』(共和国、2015)。編著に『芸術の授業――Behind Creativity』(弘文堂、2016)。訳書に『アップタウン・キッズ――ニューヨーク・ハーレムの公営団地とストリート文化』(テリー・ウィリアムズ&ウィリアム・コーンブルム著、大月書店、2010)。

Credit
企画・編集
中塚大貴

空間デザイナー、リサーチャー。株式会社ツクルバにて空間デザインと不動産事業企画に携わる傍ら、webメディアでの企画や執筆を行う。デザインのなかの無意識、デザインの外側の可能性に興味があります。

デスク
小山和之

designing編集長・事業責任者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサルでの編集ディレクター/PjMを経て独立。2017年designingを創刊。2021年、事業譲渡を経て、事業責任者。

Tags
Share