表面的なグリーンウォッシュの終焉。いま必要な「惑星のためのデザイン」——Synflux・川崎和也【連載】デザイン倫理考 #4

私たちはいま、大量生産・大量消費の恩恵を受けて生活しているわけですよね。それを完全否定するだけでは何の意味もありませんが、違和感を持ってデザインをすることは、デザイナーにとっての職業倫理の一つになるのではないでしょうか。

design ethics

変化し続ける社会の中で、デザインを取り巻く人々の間で「倫理」を議論する場所をつくれないか──そんな問題意識から、designingでは一線級のデザイナーや論者に「デザイン倫理」のあり方を問う連載「デザイン倫理考」。

連載第4回では、「ファッションデザイン」の観点からデザイン倫理を考える。

「デザイン倫理」を考えるうえで、「ファッション」は最重要領域の一つだと言えるのではないか。昨今はヨーロッパを中心にサステナブルファッションやエシカルファッションの法整備化が着々と進んでいる。

デザイナーはいかにしてファッションの「デザイン」に向き合えば良いのか?

この問いについて探究すべく話を聞いたのが、スペキュラティヴ・ファッションデザイナー/Synflux株式会社 代表取締役 CEO・川崎和也。

「先端的なテクノロジーを駆使し、惑星のためのファッションをつくる」をミッションに掲げ、スペキュラティヴ・デザインラボラトリーとして活動するSynflux。2019年の創業以来、持続可能なファッションを実現するための次世代デザインシステム「Algorithmic Couture」をコアテクノロジーとして、ファッションデザインのためのソフトウェア開発、循環型衣服設計・製造支援など、多様なデザイナーやブランドとのコラボレーションに取り組んできた。

ファッションとテクノロジーを融合させ、ファッションのあり方の問い直し・リデザインをしてきた川崎に、ファッションデザインの現在地、そしてこれから向き合うべき「デザイン倫理」について問う。

川崎和也(かわさき かずや)|1991年生まれ。スペキュラティヴ・ファッションデザイナー。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科エクスデザインプログラム修士課程修了(デザイン)、同後期博士課程単位取得退学。専門は、デザインリサーチとファッションデザインの実践的研究。 主な受賞に、Kering Generation Award Japanファイナリスト、第41回毎日ファッション大賞 新人賞・資生堂奨励賞、H&M財団グローバルチェンジアワード特別賞、文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品選出、Wired Creative Hack Awardなど。Forbes Japan 30 under 30 2019、WWD JAPAN NEXT LEADERS 2020選出。経済産業省「これからのファッションを考える研究会 ファッション未来研究会」委員。監修・編著書に『SPECULATIONS』(ビー・エヌ・エヌ、 2019)、共著に『クリティカル・ワード ファッションスタディーズ』(フィルムアート社、 2022)、共編著に『サステナブル・ファッション』(学芸出版社、 2022)がある。(撮影=新津保建秀)

強まる「グリーンウォッシュ」への批判。急速に規制が実装されるヨーロッパ

——Synfluxが手がけてきたスペキュラティブ・デザインは、ファッションデザインの「倫理」を問い直し続ける営みとして捉えうると考えています。そんな川崎さんの視点から、「ファッションデザインと倫理」というテーマにおいて、昨今関心を寄せている動きについて教えてください。

最近注目しているのは、ヨーロッパにおける政策の流れです。

発端となったのは、欧州委員会による「欧州グリーンニューディール」および「新循環型経済行動計画」に端を発する、2022年「持続可能な循環型繊維産業戦略」だと思います。そこでは、「ファストファッションは時代遅れとなる」という明確な意思表明が採択に盛り込まれ、過剰生産や過剰消費からの脱却や、グリーンウォッシング(実状を伴わない環境訴求)の禁止が急速に進められることになります。「環境に優しい」「エコロジカル」「グリーン」「自然に優しい」など、根拠のない「エコ広告」はますます過去のものになっていくことでしょう。

「完全に潮目が変わったな」と思いました。サステナブルファッションやエシカルファッションが「表面的にでも掲げられていれば良い」というフェーズから、「具体的にどのように戦略を実行するのか」というつくり手の責任が問われるフェーズに移行したと考えています。

改めて大きな流れを整理すると、1987年のブルントラント報告で「持続可能な開発」が提唱されて以降、2000年にSDGsの前身である「MDGs(ミレニアム開発目標)」が採択され、「環境の持続可能性確保」が掲げられました。そして2010年代には、SDGsおよびパリ協定の採択へと繋がり、ファッション産業においてエポックメイキングであった「ファッション協定」の実現に至ります。これは、ラグジュアリーやスポーツなど、多国籍ブランドが生物多様性、温室効果ガス削減などに合意したもので、フランスのマクロン大統領のイニシアティブが重要な役割を果たしたと言われています。

このように、サステナブルファッションやエシカルファッションは国際政治と密接に連動しながら実践が進みました。新しい素材の可能性や、AIによるデータ分析を活用し、衣服の生産から流通、販売の効率化を図る企業やスタートアップが増加しています。

しかし、こうした実践の中でさまざまな課題が出てきて、サステナブルファッションの完全なる実装には至っていないのは事実です。特に大きな問題の一つが「グリーンウォッシュ」です。「環境に優しい」衣服として製造し、販売されていたとしても、本質的な環境対策はまだまだ足りないのです。

たしかに、意欲のあるブランドは確実に増えています。Fashion for Goodの調査では、世界のブランドの51%が2030年までに推奨される持続可能な素材の使用を宣言、約束しています。一方で、次世代素材の世界生産量は世界生産量の1%にも満たないのです。

興味深い技術革新は着実に増えています。さらなる拡大には、ますますの投資、サプライチェーンにおける多様なアクターの連携、そして何よりも各国の国際政策や企業の動向を見極めた「戦略」および「投資」が重要になってきていると感じます。「なぜ、サステナブルファッションが重要なのか?」というミッションの明確な設定です。

そうした背景もあり、定量的に「環境負荷の低減」が評価されるべきではないかという気運が高まっています。実際に、製品やサービスの製造・生産から消費、廃棄、リサイクルに至るまでの過程でどれだけ環境負荷がかかっているかを定量的に評価する手法「LCA(ライフサイクルアセスメント)」が重要になっていくでしょう。

こうしたファッションにおける「グリーンウォッシュ」をめぐる問題に対する一連の問い直しは、デザインが価値を発揮する領域がマテリアルやプロダクト、サービスだけでなく、政策にまで拡張しているという、デザイン領域全体の流れとも呼応していると考えています。

——定量的な「環境負荷の低減」を評価するために、具体的にはどのような要件が定められるようになっているのでしょうか?

EUでは「①どうつくるか」「②どう捨てるか」「③どう公開するか」に関して、具体的な要件と共に規制が厳しくなってきています。「指令(Directive)」と「規則(Regulation)」を区別して、特に拘束力が強い「規則」においては、単なる努力目標ではなく、加盟国の国内法との関連の中での強制力を明確化しています。

まず「①どうつくるか」に関しては、2024年に「持続可能な製品のためのエコデザイン規則(ESPR)」が発表されました。

ESPRの施行によって、ほとんどの商品を対象に耐久性、修理可能性、リサイクル可能性、カーボン/環境フットプリント……幅広い「持続可能性要件」が定められました。「ものをつくるのであれば、この条件を満たしてください」というチェックポイントを満たすように、衣服の生産を行う必要が生じているのです。

ただ、ESPRの制定によって新たな課題も生まれています。例えば、EUに進出する国外アパレルブランドにもESPRが適応されるため、EU進出のハードルが高くなりました。そして、製造において満たすべき要件が多くなり、要件同士で矛盾をしていることもあります。

「②どう捨てるか」については、「拡大生産者責任(EPR)」が政策の一環として導入されました。

EPRとは「生産者が、その生産した製品が使用され、廃棄された後においても、当該製品の適切なリユース・リサイクルや処分に一定の責任(物理的又は財政的責任)を負う」という考え方。これは、製造する側に廃棄の責任を内部化する制度であり、「ものを量産するのであれば、あらかじめ廃棄のコストを折り込んでくださいね」という内容です。政府がEPR未対応企業には金額負担を課し、逆に対応企業は軽減するといった「エコモジュレーション」もフランスで実施されています。

そして最後は、「③どう公開するか」。

「①どうつくるか」で触れた「持続可能な製品のためのエコデザイン規則(ESPR)」を背景とした、「サステナブルなプロダクト」と呼ばれるものがどのようにつくられてきたのか、製品ライフサイクル全体にわたる情報を記録したデジタル証明書「デジタル製品パスポート(DPP)」の導入です。

ESPRにはDPPの導入が含まれており、製品情報の透明性を高めることで消費者や企業がより持続可能な選択を行えるようになっているわけです。例えば、洋服を購入する際には、タグなどに付いているQRコードをスキャンすることで材料構成や、推定寿命などの詳細情報を閲覧できるようにする必要があります。そうすることで、どれだけサステナブルなプロダクトであるかを生活者が判断できるようになります。このDPPの導入スピードは凄まじく速く、2024年7月のESPRの発表によってDPPへの関心が高まり、EU加盟国は2026年から2028年までにDPPを公開できるよう、各企業は準備に追われています。

——日本への影響も気になるところです。

日本のファッションブランドがEUに進出する際は当然、EUの規則に備えなければなりません。私も委員として参加した経済産業省のレポート「ファッションの未来に関する報告書」(2022)で言及されていますが、少子高齢化が進む中で、日本のアパレルファッション産業は内需だけでなく海外進出していく必要があります。

そのため日本政府もヨーロッパ進出を見越した法整備には積極的です。既に、経済産業省が主体となって「繊維・アパレル産業における環境配慮情報開示ガイドライン」の発行や、「​​これからのファッションを考える研究会 ~ファッション未来研究会~」の開催を進めています。

日本がEUと全く同様の立ち位置を示すべきとは必ずしも言い切れないでしょう。しかしながら、それは自らのスタンスを表明しなくてもいいというわけではないと思います。サステナブルファッションが2020年代に入り、急速に政策やシステムとの連動を図りはじめているという動向を批判的に捉え、次なるデザインの構想とミッションを掲げることが求められていると思います。

厳格化する規制の中で「デザイン」がすべきこと

——こうした規制がどんどん増えていく中で、「デザイン」にはどのような役割が求められるようになるでしょうか?

エコデザイン規制の観点からは、スポーツブランドのアディダスと、Fashion for Good、EUが主導した「T-REX」プロジェクトにもっとも注目しています。これは、繊維から繊維へとリサイクルする技術をもつ複数のスタートアップも参加し、ヨーロッパ圏内で可能な限り循環可能な衣服生産を実現しようとするプロジェクトです。政府が支援して、ブランド、スタートアップ、NPOが連携する協同のあり方は、これから参考にするべき事例だと思っています。

Driving textile recycling excellence - T-REX Project
https://trexproject.eu/
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それに、衣服の生産プロセスの最適化、デジタル化を目指すスタートアップのUnspunとフランスのスポーツブランド大手のデカトロンによる協業プロジェクトもリリースされましたね。Unspunは、これまで3Dでテキスタイルを製造する技術を開発し、適量生産やカスタマイゼーションを実現しようとしてきた企業で、いよいよ量産への移行が期待されています。エコデザイン規制の広まりによってUnspunのようなデジタル化の取り組みや、EPRとの関連によってT-REXのような次世代素材のプロジェクトが今後ますます盛り上がっていくことが予想されます。

unspun - Decathlon
https://www.unspun.io/partnerships/decathlon
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DPPとの関連では、フランスのラグジュアリーブランドであるバレンシアガとスタートアップ「EON」の協業が面白いと思いました。実際の服に近距離無線通信(NFC)チップが組み込まれており、これをスキャンすることで、バレンシアガのためだけにつくられた曲やプレイリストにアクセスすることができます。製造に関わる情報公開にファンダムの包摂という価値が組み込まれていて、複数のメディアを統合してコミュニティを設計するコンバージェンスカルチャーの視点からも良いデザインだと思います。

About
https://www.balenciaga.com/ja-jp/about
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——Synfluxではどのような取り組みをしているのでしょうか?

Synfluxは、「惑星のためのファッション」というミッションを掲げ、コアテクノロジーである「Algorithmic Couture(アルゴリズミッククチュール)」を用いたビジネスをファッションブランドやサプライヤーの皆さんと一緒に実施しています。

特に集中的に取り組んでいるのが、衣服のサプライチェーンにおける「廃棄」の問題です。衣服の設計では型紙を使用するのですが、パターンカッティングの工程でどうしても生産されるテキスタイルの約30%が捨てられてしまうという問題があります。布は四角形で生産されるのですが、人体にフィットするために曲線やカーブを多用するため、その差分が余分になってしまい捨てられてしまうのです。

SynfluxのAlgorithmic Coutureは、「廃棄 VS フィット」という問題をアルゴリズムで最適化し、ファッションデザインの包括的なデジタル化によって、可能な限りテキスタイル廃棄を最小化できる次世代のデザインシステムです。具体的には、曲線の表現をデジタルなプロセスを通じて効率的に調整したり、どう裁断すればいいのか直線のパターンをテトリスのように配置したり。AIによって生成された直線の型紙が指定した布に自動的に配置され、裁断時には約5%まで廃棄する布を削減することができます。

Algorithmic Coutureを活用し、2024年にはA-POC ABLE ISSEY MIYAKEとの協業プロジェクト「TYPE-IX Synflux project」の発表や、アウトドアウェアブランドであるTHE NORTH FACEを展開する「ゴールドウイン」とのプロジェクト「SYN-GRID」でプロダクトの製造・販売をしています。今後はさまざまなブランドや企業と連携を取っていきながら、サプライチェーンに介入し、廃棄ゼロを目指していきたいと考えています。

TYPE-IX Synflux project ©︎ ISSEY MIYAKE INC.

SYN-GRID ©︎ GOLDWIN

——廃棄がゼロに近づくように、設計や製造プロセスを変革するテクノロジーを開発されてきたと。

こうした製品レベルの取り組みから拡張し、ファッション産業における多用な関係者を接続し、共に問題解決するための「アライアンス」のアプローチにも取り組み始めています。その一つが、先ほど紹介したようにヨーロッパを中心に強まっていく規制を再解釈し、ユニークな製品やサービス開発プロセスを実現するための方法論です。

具体的には、経済産業省による「みらいのファッション人材育成プログラム」で開発した「Provocative LCA Workshop-サーキュラーデザイン戦略ワークショップ」です。これは、ファッション・アパレル企業がサプライチェーンにおける関係者と共に、循環型設計による新たなアイデア、製品、サービス、システム、環境規制について共に学び、構想し、実装するためのツールキットです。ここで参加者は、「惑星思考を基盤にした世界観のデザイン」「エコデザイン規制を通じたLCA世界観構築」「デザイン態度を反映したサービス試作」の3つのフェーズを体験していきます。

「Provocative LCA Workshop-サーキュラーデザイン戦略ワークショップ」での様子

「惑星思考を基盤にした世界観のデザイン」のフェーズでは、地球システム科学などで議論が進んでいる「惑星」の概念を基盤に、チームが目指すべき世界観をつくります。この目指すべき世界観を設定したうえで、望ましい製品やサービスを設計していくのです。

このフェーズは、著名な「プラネタリーバウンダリー」を考案したヨハン・ロックストロームらによる論文「Safe and just Earth system boundaries」における、「iから始まる3つの正義」を大いに参照しています。これらの正義とは、同世代、世代間、人間以外の種間の正義を検討する思想です。

「エコデザイン規制を通じたLCA世界観構築」では「惑星思考」で思索した望ましい世界観に対して、EUのエコデザイン規制の要件を参考に、現実的な観点からツッコミを入れ、クオリティの高い循環プロセスに仕上げていきます。

最後の、「デザイン態度を反映したサービス試作」では、実際に事業化に向けてプロダクト実装をするときの要件をまとめます。直近だと、ゴールドウインで環境配慮への取り組みを行うみなさんに向けてワークショップを実施しました。

いま重要なのは、ブランド、サプライヤー、行政までを巻き込んだ、循環型ファッションのためのアライアンスを構築することだと考えています。このツールキットがその第一歩となるように、Synfluxとしてはコラボレーションするみなさんを増やしていくつもりです。衣服は大量生産が前提で、我々もその恩恵を受けているわけですが、その責任を自ら省みながら、かつ、新たな創造性を生み出すような試みを継続していきたいです。

いま必要な「脱未来」。二項対立を超えた理想像へ

——そうした「創造性」と「倫理」を両立させていくために、デザイナーはどのようなスタンスを取っていくべきでしょうか。

いかにして、既存のシステムに対して批評的になりながら、新たな実践を探求できるかだと思います。

我々デザイナーが陥りやすい罠として、現状のシステムや価値観を肯定するための実践、あるいは現状の仕組みを「持続可能」にするための実践にとどまってしまいがち、ということがあります。私たちはいま、大量生産・大量消費の恩恵を受けて生活しているわけですよね。それを完全否定するだけでは何の意味もありませんが、違和感を持ってデザインをすることは、デザイナーにとっての職業倫理の一つになるのではないでしょうか。

——具体的には、どういう方法でしょうか?

私が参考にしているのが、デザイン理論家のトニー・フライの「脱未来(defuturing)」という概念です。

A New Design Philosophy (Radical Thinkers in Design) : Fry, Tony
https://www.amazon.co.jp/dp/1350089532
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フライは近代化による影響を「西洋中心主義的なひとつの未来に向かったことで、逆に未来が破壊されてしまった」と警鐘を鳴らしています。西洋中心主義的な普遍主義に基づく「単数形の未来」から、文化的多様性を持つ「複数形の未来」へ移行しようという考えが、脱未来の背後にあります。

しかし、そのような思考を巡らせる際に気をつけるべきは、「未来像の二項対立をつくっていないか」ということです。複数形の未来を描くためには「西洋中心主義的な単数形の未来を否定すればいい」というわけではありません。

人類学者であるアルトゥーロ・エスコバルが2018年が刊行した『Designs for the Pluriverse: Radical Interdependence, Autonomy, and the Making of Worlds』(邦題:多元世界に向けたデザイン:ラディカルな相互依存性、自治と自律、そして複数の世界をつくること(ビー・エヌ・エヌ、2024)はまさに「持続可能な世界に向けた倫理的なデザインをいかに推進していけばいいか」をテーマにしていると思います。

多元世界に向けたデザイン ラディカルな相互依存性、自治と自律、そして複数の世界をつくること : アルトゥーロ・エスコバル, 水野大二郎, 水内智英, 森田敦郎, 神崎隼人, 増井エドワード, 緒方胤浩, 奥田宥聡, 小野里琢久, ハフマン恵真, 林佑樹, 宮本瑞基
https://www.amazon.co.jp/dp/480251252X
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同書では、近代のデザインから取り残されていた「グローバルサウス(アフリカ、ラテンアメリカ、アジアの新興国・途上国)」が、「グローバルノース(経済的な発展を遂げている先進国)」によって「開発」という名目で人的・自然的資源の搾取がされていた状況に対して、問題意識を投げかけました。その点では非常に意義深かったと思います。

とはいえ、一人のデザイン実践者としては、「どのようなスタンスで読めばいいのか」かなり注意をしなければいけないとも感じました。

エスコバルは「グローバルサウス」VS「グローバルノース」の二項対立をつくりながら、グローバルノースによる「経済成長」や「開発」は否定されるべきものとして明確に断定します。そのうえで、グローバルサウスにおける前近代的な「母なる大地」や「ブエン・ビビール(ラテンアメリカの思想に基づく善い暮らし)」をデザインや開発における倫理的な振る舞いであるとして再定位しようとするわけです。

「成長」VS「脱成長」、「グローバルサウス」VS「グローバルノース」といった二項対立にもとづく価値観を提示することを目指そうとするのではなく、デザイナーそれぞれが第三の未来像を提示することが批評的な実践なのではないかと思いはじめています。それがフライの言う「複数形の未来」を描くことでもあり、自分が置かれているデザインの存在意義を真に批評的に捉え、再設計することなのではないでしょうか。

「惑星」のためのデザインへ

——最後に、ファッションデザインと倫理に関して、今後の中長期的な展望を教えてください。

これからファッションデザインの対象は、単一のプロダクトではなく、インフラストラクチャーの再設計、あるいは「ガバナンス」に向かっていくのは明らかだと思います。

Synfluxも、廃棄ゼロのデザインからスタートしながら、多様なステークホルダーとの共創を進める「アライアンス」、そして、デジタル技術やサーキュラーデザインの考え方を活用したファッションシステム全体の「ガバナンス」に貢献する事業を進めていくことを、ミッションとして掲げています。

これまではファッションの現場はアトリエであり、カリスマのデザイナーがペンを振って、クリエイティブなものづくりをするのがアパレル産業でした。しかしこれからのクリエイティブなものづくりは、服という「プロダクト」のみならず、持続可能で、循環可能な「サプライチェーン」をつくることに、焦点が移り変わっていくと考えています。主導権は、デザイナーではなく、あらゆる産業のステークホルダーの集合知になっていくはずです。

——ファッション業界の中心が、「服づくり」から「インフラづくり」に移り変わっていくと。

コロナ過における極端な言説として、「ファッションデザインをやめた方が地球にとっていい」と発言したファッション評論家がいました。たしかに、ファッション産業は、労働力、材料、電力など、ものをつくるには、膨大なエネルギーが必要ですから、脱成長論を叫ぶ人々が現れるのも当然なのかもしれません。

でも、人間がこれまで行ってきたデザイン、ものづくりという営為について深く思索する必要があるのではないでしょうか。人類の本質の中に、「つくる」という行為が備わっている。それを「ホモ・ファーベル」とベルクソンは言いましたが、人類は近代という時代を使って、惑星全体を人工的に作り変えてきたし、それこそが人間の本質と言えるのかもしれません。

惑星は今や、人間や植物、動物、微生物が住み着きながら、同時に、インターネットなどの情報インフラや、巨大なサプライチェーン、ロジスティックスなどの物理インフラが張り巡らされた「人工環境」と化しています。

惑星に存在する種の一つとして、人間がインフラの再設計───デザイン思想家のベンジャミン・ブラットンの言葉を借りれば、再び「テラフォーミング」を行うことによって、惑星の「生存可能性」を保ち続けられるかが問われていると思います。私も一人のデザイナーとして、そして、Synfluxを経営する者として、ファッションシステムに介入し、インフラづくりに関わることを通して、「惑星のためのデザイン」を探求し続けたいと思っています。

Credit
執筆
並木里圭

2001年千葉県生まれ。関心は民藝、アナキズム、フェミニズム。立教大学観光学部卒。2025年から大学院進学予定。1番好きな花はチューリップ。

取材・編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

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