言葉が、サービスに「人と人のコミュニケーション」を宿す──書評『UXライティングの教科書』
UXライターとは、すなわち伴走者である。常にユーザーに寄り添っていることを、言葉を通して示していくのだ。
designing bookreviewデザインにおけるライターの役割とはなんだろう?
UXデザインの隆盛にともない、その言葉が指し示す領域は拡張しつづけている。「UXライティング」という、ともすると聞き慣れないこの言葉も、UXデザインが細分化した一領域として注目を集めはじめている。
UXライティングとは、基本的な思想をUXデザインと共有しつつ、それを“言葉のちから”によって成し遂げようとするものだ。これは特別に新しい概念でも取り組みでもない。この言葉が登場する以前から、実質的に「UXライティング」に従事していた人は数多くいただろう。
ただ注目したいのが、いま大手IT企業を中心に、「UXライター」を専門職として雇う会社が、アメリカやイスラエルを中心に増えてきているということだ。それだけUXライティングの持つ重要性が認知されてきていると言える。
本書『UXライティングの教科書』は、どうすれば効果的なUXライティングができるのか、そもそもUXライティングの仕事とはどういうものなのかを、いくつもの具体例を通して解説していく。ライティングは一見すると「誰にでもできる」ことであり、スキルとしてはややもすると軽んじられることが多い。
しかしそのスキルを効果的に扱うためには、それ相応のトレーニングを必要だ。ライティングは私たちにとって身近であるがゆえ、「深く身について簡単には打ち破れない習慣」(p.47)なのである。
もし、これまで自然と身につけていたライティングスタイルから脱却し、UXを高めるためのライティングを身に着けたいのであれば、ぜひ本書を読み進めていってほしい。
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人間同士のやりとりであることをリマインドし続ける
UXライティングがなによりも強調するのは、それが人間同士のやり取りであるということだ。アプリやウェブサービスのようなデジタルプロダクト、サービスにおいては、その画面の先に生身の人間がいることがしばしば忘れられてしまう。だがどのようにテクノロジーが進化していっても、結局それは人間同士のコミュニケーションだ。
なぜここまでUXデザインが一斉を風靡するようになったのか?逆説的だが、それは「人との直接的な交流を必要としない環境」が増えたからにほかならない。すなわちウェブやスマホを中心とした、デジタル画面を経由したコミュニケーションの増加である。デジタル環境は店先で行われるような、人と人との直接的なコミュニケーションとは違う。デジタル環境のコミュニケーションの質は、大きくUIに委ねられる。だからこそ、ここまでデザインが重要視されるようになった。
もちろん、対面でのコミュニケーション空間においても、デザインが及ぼす影響力は大きい。しかし対面でのコミュニケーションには、さまざまな要素が複雑に絡み合う。一方でデジタル環境で、デザインがユーザーに及ぼす影響はより直接的であり、甚大だ。たとえばUIが優れていなければ、それだけでユーザーはサービスに不安を抱いたり、離れてしまったりしかねない。逆に言えば、デザインが優れているプロダクトやサービスは、それだけで大きな市場優位性を持つようになる。UIが優れていれば、それだけ人間の行動に大きく干渉できるからだ。
それでも、たとえそれがデジタル環境だとしても、結局のところそれが人と人のコミュニケーションであることには変わりない。どれほどUIが優れており、こちらの望んだ行動を促せるプラットフォームだとしても、「人と人のコミュニケーションであること」を伝えなければ、ユーザーの心の芯に訴えかけることは難しい。
むしろ生身の人間が介在しないプロダクトであればあるほど、その背後に「人」を感じられる言葉で表現することが重要になる。結局のところ、私たちは人間同士のやり取りを欲している。生身の人間とのコミュニケーションであることを忘れた言葉は、空疎に響き、から回る。生身の人間に向き合うように、言葉はいつだって紡がれるべきだ。
「UXライティングは人とデジタルプロダクトとの結びつきを強める秘密兵器です。テクノロジーにぬくもりや人間らしさを与えること。これこそがAI時代のライターに求められるスキルであり、UXライターの活躍の場は今後も増えていくことでしょう」(p.271)
世界観を構築し、体験をデザインせよ
ビジョンやミッションにどのような言葉を載せるのかは言うまでもなく重要だ。しかしさらに重要なのが、その思想や世界観をプロダクト/サービスの文面すべてに浸透させることである。
たとえばサービス全体が、とても親しみやユーモアのこもった語調で書かれているのに、メールフォームの文言が事務的でそっけなかったりする場合、ユーザーはどのように感じるだろう? そのサービスの世界観を作り上げるのは、ビジョンやミッションだけでは不十分だし、UIのような視覚的情報だけでも達成できない。言葉も含め、プロダクトやサービス全体にしっかり行き渡らせる必要がある。
また、UXライティングの役割は世界観を伝えるだけではない。その本質は、言葉通りユーザー体験にある。このことは、コピーライティングとの違いを考えるとわかりやすいかもしれない。UXライティングもコピーライティングも、どちらも世界観を伝えるためのライティングであることは変わりなく、多かれ少なかれオーバーラップする。
だがコピーライティングは、プロダクトの特徴や世界観について、ときにはインパクトのある表現をもって、それを人々に周知するのが中心的な役割だ。そういう意味で、コピーライティングは多分にマーケティング寄りのアプローチだと言える。
一方でUXライティングは、同じく世界観を伝えることを重視しつつも、あくまで焦点はユーザー体験(エクスペリエンス)であり、行動を起こしてもらうことである。ユーザーが実際にアクションを起こしたら、その流れを止めないように言葉を紡ぎ続けるのが、UXライターの責務だ。ユーザビリティを向上させ、エクスペリエンス上の障害をできる限り取り除き、ユーザーがスムーズにプロセスを完了できるように整える。UXライターとは、すなわち伴走者である。常にユーザーに寄り添っていることを、言葉を通して示していくのだ。
本書の原著はもともと、『Microcopy: The Complete Guide』というタイトルで出版された。Microcopy(マイクロコピー)とは、UXライターの最終的な成果物だ。読み手に負担をかけないように最小限の言葉で、それが「人と人のコミュニケーション」であることを伝える。そんのためには、ユーザーがどのように世界を見ているのか、感情面だけでなく社会面、文化面から理解しなければならない。ちょうどUXデザイナーがそう努めているように。
UXデザインとライティング/編集は、今後ますますオーバーラップしていくだろう。改めてそう確信させてくれる一冊である。