経営・事業・組織を動かすクリエイティブの鍵は「創造的知性」——Ridgelinez・田中培仁
息の長いロングライフなデザインを分解してみると、人が本質的に求める価値を見抜いた『感性』と、その価値が変わりゆく経済・社会の中でも普遍的であるようにと考え尽くされた『論理』が浮かび上がってくる。
Creative Intelligence単なる創造性ではなく、創造的知性を——。
Creative Intelligence(創造的知性)という言葉をスローガンに掲げる、クリエイティブ集団がある。富士通系コンサルティングファームRidgelinezの「Creative Hub」だ。クリエイティブとビジネスの交点ともいえる分野で活動するCreative Hubは、「論理」と「感性」を統合し価値を生む。そのスキルを、“創造的知性”という言葉で表現する。“創造的知性”とは果たしてどのように機能するのか。ビジネスシーンでクリエイティブが担う新たな価値発揮の可能性を紐解く。
「『デザイン思考』や『デザイン経営』は、その真価を発揮できていないと思うのです」
そう語るのは、日本発の総合プロフェッショナルファーム・RidgelinezのクリエイティブをリードするChief Creative Director・田中培仁だ。
「デザイン思考」や「デザイン経営」といった言葉が注目を集め、ビジネスシーンにおいて普及して久しい。近年では、事業会社がCDO(Chief Design Officer)を設置したり、コンサルティングファームがクリエイティブエージェンシーを買収したりするケースも増えた。
それでもまだ、事業や経営において、クリエイティブの真価は十分に発揮されていない──建築家としてのバックグラウンドを持ち、長らく事業や経営へ寄与するデザイナーとして活動してきた田中は、そう指摘する。
Ridgelinezは2020年の創業後、クリエイティブの本懐とも言える「人起点」での変革を軸に据えて、日本の大企業の変革支援に尽力してきた。そして2024年1月からはクリエイティブのプロフェッショナル機能を集結させた「Creative Hub」を組成。クリエイティブを基軸としたソリューションを、戦略コンサルの主戦場である大企業の経営陣に向け広げていこうとしている。
「経営や事業においてクリエイティブが発揮すべきは『創造的知性』だ」。事業や組織においてクリエイティブが発揮する真価とは何か。その本質から具体的なプロセスまで聞いた。
「デザイン思考」「デザイン経営」の功罪
デザイナーの思考法を事業に活かす「デザイン思考」や、デザイナーの経営レイヤーでの価値発揮を目指した「デザイン経営」。デザインとビジネスが交差する現場で、こうしたコンセプトの興隆を見てきた田中は、その功罪を振り返る。
田中「『デザイン思考』や『デザイン経営』が注目を集めたことで、デザイナーの思考法や方法論が民主化されるという効果は一定あったと思います。
しかし一方で、デザイナーの役割が“伝道師(=方法論を教える人)”に矮小化されてしまったきらいがあるとも思うのです。さらには、デザイナーの役割が分散し、多角化することで、逆に自分たちの存在意義を見失ってしまった。
結果として、インハウスのデザイン部門は、マーケティング部門や事業部門の下支え的な黒子としての位置づけのままのケースも多い。経営から価値が見えづらい状況は、変わっていないように思えます」
例えば「デザイン経営」は、デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法であるが、「コーポレート部門が主導するブランディング領域の現場と、事業部門が主導するイノベーション領域の現場には大きな壁がある」と田中。
各活動が個別最適で動くため、デザイン経営という全社を横断した理想を掲げても、経営に寄与するほど大きな成果が生まれづらい。結果、一時期デザイン経営に寄せられた期待も尻すぼみになり、ビジネスの現場で経営層から「デザイン経営」という言葉を聞くこともなくなっていったと指摘する。
それでも、経営を含むビジネスのあらゆる領域でクリエイティブが果たせる役割は大きい、というのが田中のスタンスだ。デザイナーの対極の存在として語られることもある戦略コンサルと比較しながら、田中は「論理」と「感性」を統合する重要性を説く。
田中「いわゆる戦略コンサルは、主に左脳的にマーケットをMECEに分析し、経営のKGI・KPIから逆算して戦略を立案します。説明が論理立っているので、提案の内容は納得しやすい。
ただ、膨大な情報量で論理的に構成されたプレゼンテーションだけでは経営者が意思決定できないシーンも私は多く目にしてきました。納得するだけでなく、真に腹落ちして自ら行動をしてもらうには、論理とセットで感性にも訴えかける必要があるからです。つまり、『これを実現させたい』と相手が内発的に思えるような要素が不可欠なのです」
こうした論理と感性を統合するスキルを、田中は「創造的知性」と呼ぶ。論理と感性——具体を挙げるならば「企業としての論理」と「生活者としての感覚値」、「経済合理性」と「人間的な情動」、ひいては「ビジネス」と「人」。双方の観点を統合し最適解を見いだす。それが創造的知性の持つ強みだという。
田中「息の長いロングライフなデザインを分解してみると、人が本質的に求める価値を見抜いた『感性』と、その価値が変わりゆく経済・社会の中でも普遍的であるようにと考え尽くされた『論理』が浮かび上がってくる。歴史を遡ってみても、両者を統合する『創造的知性』を持ったデザイナーが活躍されてきたのだと私は考えています」
こうした創造的知性は、大企業の経営層に対していかなる価値を発揮するのか。その例として、田中は自らが率いるチームが伴走したオルビスの新規事業「cocktail graphy」の経験を紹介してくれた。
「cocktail graphy(カクテルグラフィー)」 は、オルビス発のパーソナライズスキンケアサービス。自宅で肌測定ができるIoTデバイスを用いて、肌の状態に合わせてパーソナライズされたスキンケア用品を定期的に届けるというものだ。ポーラ・オルビスグループの創業100周年となる2029年を見据えた「2029プロジェクト」の中で、パーソナライズ市場の黎明期に対するチャレンジとして、2021年4月から2023年9月末にかけて市場投入されたサービス実証プロジェクトだった。
田中を筆頭とするRidgelinezのクリエイティブはこの事業立ち上げの初期から伴走。プロジェクトに必要とされる高いクリエイティビティだけでなく、テクノロジーやビジネスの知見を兼ね備えた多様なプロフェッショナルメンバーを集結させ、ビジネス構想からサービス設計、実装・商品化、グロースに至るまで一貫して支援してきた。その日々では、「論理」と「感性」、「企業」と「人」の両面を捉え統合し続けることの連続だったという。
田中「まずは、顧客の価値観とオルビスらしさの両面を統合し、なすべきことを定める。そのうえで、顧客価値と自社の事業性の双方を見つつサービスのコアバリューを定め、ビジネスモデルなどに展開。そして事業やサービスのプロトタイプを作り、顧客とともにユーザー目線と事業実現性の両面のバランスをとりながら形にしていきました」
サービス開発のあらゆる局面において、クライアント側の決裁者やプロダクトオーナーとともに歩み、都度相反する要素を統合しながら、事業の立ち上げに伴走し続けた田中。
経済合理性や市場原理などの「論理」だけにとらわれず、人が本質的に求めていること、自分たちとしてなすべきこと、そうした「感性」で捉える要素を統合する。その両者が揃うことで、スピード感を持った市場投入や持続的な提供価値の進化を実現できる。そしてその知見で先行者優位を築いていくプロセスそのものが重要な資産になると田中は捉えている。
ビジネスづくりは総合芸術そのもの
「人は、感性抜きの論理だけでは納得しない」──田中のこの価値観が醸成されたのは、氏の出自が大きく関係している。
田中は建築/空間設計からキャリアをスタート。富士通のデザイン部門で、デジタル×空間設計の分野を担当し経験を積んだ。
「デザイナー」と比較した際の「建築家」の特徴として、田中は総合芸術的な側面を挙げる。建築家は小さな住宅でもビル一棟でも、実現するには多くのパートナーを巻き込んでいかなくてはならない。そのためには感性と論理、両輪を駆使して人を動かしていく必要があるという。
田中「建築は『総合芸術』とも言われますが、建築家はいわば、現場で手を動かしてはいけないクリエイターです。釘一本打ってはいけない。ただ『ここに(釘を)打ってください』と設計をするのが役割。ですから、感性と論理の両面から一貫性のあるストーリーと設計を練り上げ、現場の多岐にわたる専門家や職人と丁寧なコミュニケーションをとりながら設計意図を伝え完成まで牽引していかなくてはなりません。現場の職人と共感をつくりながら、阿吽の呼吸で動けなければ、完成までに起こる様々な壁を乗り越えていけませんから」
そんな田中が自身の「原点」と語るのは、イタリアの設計事務所での修行時代だ。「Driade」のブランドを率い、巨匠と呼ばれるAntonia Astori氏のミラノ事務所で、論理ではなく感性をベースにしたクリエイティブの真髄を学んだ。
田中「彼女(Antonia Astori)は設計のアイデアやスケッチを、『これは素晴らしい』あるいは『これは新しくない』と一瞬で判断します。まずは徹底的に感性で判断し、その後に論理でその理由を述べるのです。
理屈で納得させようとしても共感できないものは受け入れられない。逆に、理屈抜きで腹落ちしていれば、物事がどんどん進んでいくことを学びました」
この気づきが田中のクリエイティブに関する価値観の根幹になった。そうして、富士通という環境を最大限に活かしながら、空間・建築、まちづくりとデジタルの融合した体験のデザインに携わってゆく。
田中「多様な専門性と想いを持った人々に対して、求心力となるコンセプトやビジョンを提示し、一つのハーモニーをつくり上げていく。様々な役割の人々が調和しながら一つの目的へと邁進するさまは、建築とも通ずるところがありました。これを機に、『ビジネスは総合芸術』と考えるようになりましたね」
コンサルティングに「人起点」を組み込む
「総合芸術」たるビジネスを動かす。そんなクリエイティブのあり方を広めるべく、2018年に開設されたのが「Affective Design Studio」だ。
デザイナーを、社会や経済の後ろ支えではなく、むしろ牽引する存在へと昇華させるべく、自らの思想やコンセプトを多くの経営者や事業部門の責任者に体験してもらいながら会話する場をつくったのだ。オープンイノベーション・共創がトレンドの時代に、田中はあえてセミクローズドにこだわり、より近い距離で関係を育めるよう、この場を設計した。
自動車、美容、航空、スポーツ、建設……。この取り組みは、幅広い業界のクライアントから共感を呼び、次々にプロジェクトを創出。クリエイティブ起点でビジネスが動いてゆく成功体験を積み、日本発のコンサルティングファーム「Ridgelinez」の立ち上げにクリエイティブのリードとして参画することになった。
コンサルティングファームのベンチャーともいえるRidgelinezの立ち上げにおいて、田中は伝統的成熟企業の課題についてクリエイティブのまなざしを持って議論を繰り返した。そこからRidgelinezの思想の軸として導かれたのは、先述の「人起点」というコンセプトだ。
田中「これからの日本の成熟企業には、従来の『ビジネス起点』のクラシカルなコンサルティングではなく、『人起点』のコンサルティングが、より一層必要となるはずと考えました。かつ、それは単なる“お題目”ではなく、カルチャーとして定着・自律させるところまでやり切らなければいけない。本気で企業変革を目指すうえで、組織や事業を駆動させるには『人』にフォーカスを当てる必要があると考えたのです」
その一例として、田中は現在取り組んでいる自動車業界のクライアントの事例を挙げる。
例えばEVへ大きく舵を切るとなれば、企業戦略から、商品、現場のモノづくりに至るまで、全方位的な変革が求められる。その際、合意形成しなければならないステークホルダーは膨大だ。各々異なる行動原理で動いていることを考えると、それらを論理だけで自律的に動かすのは容易ではない。そこで「人起点」に物事を進めるクリエイティブの力が発揮される。
田中「企業の中で働く『人』へ目を向け、お題目としてのあり方や行動指針ではなく、そこにいる人が大切にしている『らしさ』、言い換えれば、時間をかけて築いてきたアイデンティティを探るのです。
そうした『らしさ』をもとに施策と掛け合わせることで、論理的な納得感に腹落ち感が加わり、初めて『人』を動かすことができる。目線の異なる人が各々の行動原理で動く大企業こそ、『人』という最小単位から考える必要がある。それは本来クリエイティブの得意とするところであるはずです」
こうした「人起点」を推進すべく、Ridgelinezは独自のコンセプトの探究や発信を進めてきた。本社内に展開した「共鳴する社会展」と題した常設展示は、その一例だ。
また、人の価値観を探求する研究所「Human & Values Lab.Ⓡ」も組成。体験型のコンテンツを用意するとともに、年次でレポートをまとめ、社外へ公開している。
いま日本企業に必要なのは「0→1」ではなく「100→1」
こうした活動、およびクライアント企業の支援を重ねる中、田中はある気づきを得た。それは「日本の成熟企業には、過去の経験や歴史に培われた独自の強みがある」という確信にも近いものだ。
田中「7、8年ほど前より日本企業は一斉にシリコンバレー流のイノベーション創出の仕組みを取り入れるようになりました。しかし、実態としては次々とイノベーションが生まれるような状態には至らなかった。その原因は、企業の本質的な価値を研ぎ澄ますことをおざなりにして、『0→1』をつくる活動にフォーカスしすぎたからではないかと私は考えています。
私たち自身、何百もの共創ワークショップを続ける中、モノ・サービスがコモディティ化していくのを感じていました。高い志を持った組織で、信念をもって新たな事業を立ち上げても、3年を待たずして解散させられてしまう状況を幾度も目にしてきましたから」
成熟企業では確立された成功モデルがある。それに基づき多角化を進め、個々に最適化を重ねることで生産効率を高め生き残ってきた。しかし、個別最適化されるがゆえに、戦略や施策はバラバラとなり、一貫性を失い全体としての推進力は弱まる。同時に、従業員は全体を見る意識が弱まり、企業理念や全社での取り組みに熱意を持ちづらく、短期的な部門の成果を偏重した守りの姿勢が強まってしまう。
この課題に対し田中は、原点回帰に根差す「100→1」という考え方が必要だと指摘する。
田中「『0→1』『1→10 』『10→100』を数多く経験してきた大企業だからこそ、その『100』の中からもう一度強い推進力となる新たな『1』を生み出すことが必要ではないでしょうか。
0から新しい1を生み出すのでも、100を1000にするのでもなく、100を一つの方向に向かせて、新たな1を生み出してもらう。それができれば、成熟企業の有する多様なアセットを活かせるのです」
「創造的知性」こそが、経営や事業を動かす
では、「100→1」を生み出すためには具体的に何が必要となるのか。その鍵こそ、田中がここまで再三語ってきた「創造的知性」だという。
論理と感性が統合されることで、納得感に腹落ち感が加わり、意思決定スピードが高まり、多岐にわたるステークホルダーを動かす。クリエイティブらしい経営や事業の動かし方だ。ただ、この「創造的知性」はデザイナーであれば誰でも提供できるわけではないと田中は警鐘を鳴らす。単なる「クリエイティブの力=創造性」だけでは不十分だからだ。
田中「近年、コンサルティング会社がクリエイティブエージェンシーを買収したり、クリエイティブの採用を強化したりする潮流があります。ただ、ここまで繰り返し説明してきたように、クリエイティブで真に経営や事業を動かしていくには、優れたクリエイティビティや感性だけでなく、それと論理を統合する力までもが不可欠。それによって組織や事業を動かした経験の有無が、これからのクリエイティブの価値を分かつのではないでしょうか。
クリエイティブの役割は、ふわっとした未来を描くことではありません。様々な論理に基づいた要素と人の感覚的でもある要素、両者を取り込み、具現化する。そうすることで、求心力が生まれ人が動くのです」
この想いのもと、Ridgelinezは2024年1月「創造的知性」を掲げたクリエイティブのプロフェッショナル機能を集結させた「Creative Hub」を組成。現在デザイン・コンサルティングファームや広告業界など、多様な経験を積んだクリエイティブ人材が集まってきているという。クリエイティブならではの提供価値を探究すべく、今後人員の拡大を計画している。
Ridgelinez全社をみても富士通出身者の割合は3割まで下がり、戦略コンサルやテクノロジーコンサル出身のメンバーなどの割合が高まっているそうだ。「人起点」で独自の成長を加速させる中、「創造的知性」を持ってその動きを加速させたいと田中は意気込む。
田中「創造的知性は、私たちだけが提唱する新しい考え方ではありません。従来、クリエイティブの営みには知性が内在していましたが、いつしか創造性だけがフォーカスされ、そこにある知性が抜け落ちて普及してしまった。我々はそれを掘り起こし、つなぎ直しているだけ。
ただ、その力が今、成熟企業で活きると確信しているからこそ、こうして旗を立てたのです。論理と感性を統合することで人は動く。『創造的知性』は、まさに今、経営や事業、組織に求められているのです」
- Ridgelinez Creative Hub
- https://www.ridgelinez.com/creative-hub/