視界のノイズを消す、寡黙なる建築 — BLANC..

あつらえた服のように身体に馴染み、それでいて主張しすぎない。そんな、寡黙なる共犯者のような存在をずっと探していた。

WHY THIS MATTER?

新連載『WHY THIS MATTER?』をスタートする。キュレーターは建築・編集の視点を土台に、国内外のさまざまなプロダクトを見渡し独自の視点・美意識のもとセレクトする岡田 和路。氏の愛用品からモノの物語を紡いでもらう。


岡田 和路|Kazuyuki Okada
CXディレクター&編集者。建築学を土台に「作り手と使い手の架け橋」を探求。メディアで言葉を編む技術を培い、大手メーカーでは世界市場に向けたブランド戦略を担う。事業とクリエイティブを接続する視点を体得し、現在はIT企業にてデータを起点としたCXディレクションで企業の事業成長を支援する。

モノを選ぶことは、自らの生活を編集することだ。

椅子一脚、アプリのアイコンひとつ──小さな決断が私たちの日常のレイアウトを静かに書き換えている。WHY THIS MATTER? は、選択の裏側に宿る思想を解剖し、つくり手の哲学をユーザーの感覚と言葉へ翻訳する試みだ。

味覚、触感、重量感といった五感のシグナルを入り口に、素材や工程、そしてブランドストーリーを掘り下げることで、衣食住を横断する「価値の構造」を可視化する。読者には暮らしを編集するヒントを、企業には次のプロダクトやブランドシナリオを描くための手掛かりを届けたい。

情報を浴びる時代の、静かな抵抗

現代の生活は、意識せずとも絶え間なく情報に晒されている。PCやスマートフォンの画面から流れ込む光の洪水、街を彩る無数のサイン。私たちは、その情報のシャワーを浴びながら日々を過ごしている。それは豊かさの証左であると同時に、時として、思考の純度を下げ、静かな疲労を蓄積させる要因にもなり得る。

私自身のことで言えば、どうやら少しばかり目の色素が薄いようで、日差しの強い日は特に光の刺激を強く感じてしまう。それは単に物理的な眩しさだけの話ではない。現代の生活は、過剰な視覚情報がもたらすノイズにも満ちている。だからこそ、外界に対して意識的に一枚のフィルターをかける、言わば知的な『防御』が、思考の解像度を保つために不可欠なのだ。

降り注ぐ紫外線がもたらす物理的なリスク、そして情報による負荷。その双方を適切にフィルタリングし、社会をより深く観察するための思考の余白を確保することこそ、極めて重要なセルフマネジメントだと考えている。

顔の上に、思想を乗せるということ

多くの人にとって、アイウェア選びは難しい課題だろう。ほんの数ミリのラインの違いが、顔の印象、ひいてはその人の佇まいまで変えてしまう。機能性はもちろんのこと、自らのアイデンティティを雄弁に物語る、パーソナルなステートメントでもあるからだ。

私の顔立ちは、どちらかと言えばフラットな方で、海外ブランドの彫りの深い骨格を前提とした設計では、どうにもしっくりこないことが少なくない。もちろん、それはプロダクトの優劣ではなく、単なる相性の問題だ。

ただ、日々身につけるものだからこそ、ストレスのないフィット感は譲れない条件だった。まるで、あつらえた服のように身体に馴染み、それでいて主張しすぎない。そんな、寡黙なる共犯者のような存在をずっと探していた。

いくつかの試行錯誤を経て、ようやく理想的なパートナーと出会う。心地よく馴染んだのは、日本のブランド『BLANC..』が手がける一本だった。このプロダクトには、私がアイウェアに求めるすべてが、静かに、しかし明確に実装されていた。

BLANC.. サングラス

ファッションとプロダクトの交差点

『BLANC..』は、2012年にスタートした日本のアイウェアブランドだ。世界有数の眼鏡の産地である福井県鯖江市の職人たちが、その細やかな技術を注ぎ込み、一つひとつ丁寧につくり上げている。その最大の魅力は、ストレスを感じさせない軽やかなフィット感と、時代性を捉えたコンテンポラリーなデザインの見事な融合にある。

ブランド名である『BLANC』は、フランス語で“白”を意味する。何色にも染まることのできる無垢な存在。その名の通り、彼らのデザインは特定のスタイルに縛られないニュートラルな魅力を持つ。プロダクト単体の美しさだけでなく、それを身につけた人の全身のバランス、その人自身の“空気感”までをデザインの一部として捉えているのだ。

デザイナーの渡辺利幸氏は、アイウェアを「ファッションを格上げする名脇役」と語る。主役はあくまで、身につける人。その思想は、過度な装飾を排したミニマルなデザインに、色濃く反映されている。

私が惹かれたのも、まさにその点だ。コレクションには多彩なバリエーションが並ぶが、その中には必ず、時代に流されない普遍的な美しさを湛えた、ごくシンプルなモデルが用意されている。私が求めていたのは、視界から物理的なノイズを遮断する機能だけではない。

自らの存在から発する“ノイズ”をも消し去ってくれるような、寡黙な佇まいだった。最も暗いレンズカラーと、最もシンプルなフレーム。その選択は、思考をクリアにするための、ひとつの儀式のようなものかもしれない。気がつけば、同じブランドのものを3つも所有していた。

公私の境界線を、滑らかに繋ぐ

プライベートな時間を豊かにするために選んだこのパートナーは、今、私のワークスタイルにも静かな問いを投げかけている。

普段、仕事中はPCモニターと向き合う時間が長い。視力は悪くないものの、長時間の作業による負担を和らげるため、眼鏡をかけている。今使っているのは、ミニマルなデザインに惹かれて選んだ米国ブランドのもの。これもまた、私の良きパートナーだ。しかし、プライベートでは気分に合わせて複数の選択肢を使い分けているのに、一日の大半を共にする仕事用のパートナーがひとつだけ、というのも面白い話ではないか。

公私の別なく、すべての選択が地続きで“自分”をかたちづくっていくのだとすれば、仕事用のレパートリーにも、この『寡黙なる建築』を加えたい。次は、新たな一本をこのブランドであつらえようと、そう考えている。

Credit
執筆
岡田和路

CXディレクター&編集者
建築学を土台に、「作り手と使い手」の間に横たわる溝を思考の出発点とする。メディアの編集者として言葉を編み、大手メーカーでは事業開発からグローバル規模でのブランド戦略までを横断。リサーチ組織のメディア立ち上げや、事業構想をブランドの物語として紡ぐプロジェクトを通じ、スケールの異なる「価値の翻訳」を実践してきた。現在はIT企業にて、データを起点としたCXディレクションに従事。デジタルとリアル、戦略と実行を往復しながら、新たな体験価値を創造し続けている。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

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