
空気の解像度を上げる、静寂の旋律 — BALMUDA The GreenFan
一台の道具と長く付き合う上で、そのデザインがもたらす影響は計り知れない。特に、年間を通して稼働するものは、生活空間における視覚的なノイズになってはならない。
WHY THIS MATTER?建築・編集の視点を土台に、国内外のさまざまなプロダクトを見渡し独自の視点・美意識のもとセレクトする岡田 和路による連載『WHY THIS MATTER?』——氏の愛用品からモノの物語を紡いでもらう。
—
岡田 和路|Kazuyuki Okada
CXディレクター&編集者。建築学を土台に「作り手と使い手の架け橋」を探求。メディアで言葉を編む技術を培い、大手メーカーでは世界市場に向けたブランド戦略を担う。事業とクリエイティブを接続する視点を体得し、現在はIT企業にてデータを起点としたCXディレクションで企業の事業成長を支援する。
モノを選ぶことは、自らの生活を編集することだ。
椅子一脚、アプリのアイコンひとつ―――小さな決断が私たちの日常のレイアウトを静かに書き換えている。WHY THIS MATTER?は、選択の裏側に宿る思想を解剖し、つくり手の哲学をユーザーの感覚と言葉へ翻訳する試みだ。味覚、触感、重量感といった五感のシグナルを入り口に、素材や工程、そしてブランドストーリーを掘り下げることで、衣食住を横断する「価値の構造」を可視化する。読者には暮らしを編集するヒントを、企業には次のプロダクトやブランドシナリオを描くための手掛かりを届けたい。
当たり前を再定義した、一陣の風
世の中には、すでに多くの人がその存在を認知し、一定の評価が確立されたプロダクトがある。それらを改めて語る行為は、ときに陳腐に響くリスクを伴うだろう。しかし、私たちの暮らしに深く浸透し、もはや当たり前の風景となったモノの価値を、あえて現代の視点から再解釈する作業にこそ、見過ごされた本質が隠されているのかもしれない。
2010年のある日、一台の扇風機が発表されたニュースが目に留まった。その最大の訴求点は『心地良い、自然の風』。その言葉だけを頼りに、私は実物を体験することなく購入を決めた。それは合理的な判断とは言えない、直感的な選択だった。しかし、プロダクトが発するコンセプトそのものに、既存の常識を覆すだけの強度と哲学を感じ取ったからだ。
数日後、自宅に届いたプロダクトのスイッチを入れる。静かに回り出した羽根が送り出す、驚くほどに穏やかで、面となって広がる風。それは、これまで扇風機に対して抱いていた『人工的に作られた、断続的な風の塊』との認識を、根底から覆す体験だった。
肌を撫でる風の質感。稼働していることを忘れるほどの静寂性。この日を境に、私にとっての“風”の価値観は、間違いなくアップデートされた。それは、操作可能な対象として意識すらしなかったものの解像度が、飛躍的に上がった瞬間でもあった。
触れられないものを、体験へと翻訳する思想
私が十数年にわたり、完成された定番として歴代のモデルを買い替えながら使い続けているシリーズがある。『BALMUDA The GreenFan』だ。

BALMUDA The GreenFan
このプロダクトの価値は、単なる送風機能に留まらない。それは、バルミューダが貫く哲学、『道具を通して、素晴らしい体験を届ける』ことの結晶だ。2003年の創業以来、彼らは常に既存の製品カテゴリーに新たな視点を持ち込み、市場そのものを再定義してきた。
『The GreenFan』の核心は、特許技術である二重構造の羽根にある。外側と内側で速度の違う2種類の風を同時に作り出し、それらをぶつけ合わせることで、風の渦成分を打ち消す。この技術的なブレークスルーが、人工的な風の硬さをなくし、大きく広がる自然界の風の心地よさを再現している。つくり手の深い観察眼と、それを実現する技術力が、触れることのできない“空気”、その現象にこれほどまでの価値を与えたのだ。
これは、スペックシートを眺めるだけでは決して伝わらない。しかし、一度その風に触れれば、誰もがその違いを直感的に理解できる。機能ではなく、心地よい『体験』を実装する。その誠実な意志こそが、バルミューダ製品に共通する魅力の源泉なのだろう。
日常の定点となる、静かな佇まい
一台の道具と長く付き合う上で、そのデザインがもたらす影響は計り知れない。特に、このプロダクトのように年間を通して稼働するものは、生活空間における視覚的なノイズになってはならない。
完成度が高く、しばらくアップデートされていなかった『BALMUDA The GreenFan』、私はDark Grayカラーを愛用していた。2024年、コンセプトの異なる『BALMUDA GreenFan Studio』が発表され、そのBlackカラーも追加で購入した。現在は、この2台体制で空間の空気を委ねている。
クラシックな扇風機のアイコンを現代的に再構築した『The GreenFan』。そして、どこか業務用のファンを思わせる骨太な佇まいを、住宅のスケールへと落とし込んだ『GreenFan Studio』。どちらも過度な主張をせず、空間に溶け込む静かな質感を持っている。

GreenFan Studio
前者には便利なリモコンが付属し、設置場所に自由さが生まれる『Battery&Dock』がオプションで展開されている。面白いもので、私はそのどちらも使っていない。かつてどの家庭にもあった扇風機のように、本体まで歩み寄り、手で操作しているのだ。その少しのアナログな所作が、かえって愛着を深めている感覚がある。
デザインアプローチの異なる2台だが、部屋のどこに置いても美しいオブジェとして成立する点は共通している。それは、このプロダクトが暮らしのインフラとして、常にそこにあることを前提に設計されている証左に他ならない。
効率の先にある、暮らしの“ゆとり”
現代の住宅は空調設備が進化しており、扇風機が必需品ではないケースも多いだろう。ではなぜ、私はこのプロダクトを手放せないのか。その答えは、活用シーンの多様さにある。
一つは、この扇風機の用途を私なりに再定義し、空間全体の空気をデザインする、いわば“贅沢なサーキュレーター”としての役割を担わせること。冷暖房が稼働する季節は、その効率を最大化する穏やかな空気の流れをつくりだす。窓を閉め切っているにもかかわらず、まるで自然の風が吹き抜けるような、不思議な心地よさが空間に生まれる。春や秋には、窓から取り込んだ外気を、部屋の隅々まで行き渡らせる。これは単なる空気の循環ではなく、あくまで風の質感にこだわるからこその選択だ。
二つ目は、衣類乾燥の補助ツールとして。デリケートな服を傷めないよう、我が家では室内干しを基本としている。その際、『The GreenFan』の穏やかな風は、衣類に負担をかけることなく、効率的に湿気を取り除いてくれる。
そして三つ目が、夏のささやかな愉しみ。風呂上がりの火照った身体を、柔らかな風でクールダウンさせる時間。それは、一日の終わりを告げる、静かで満ち足りた儀式のようなものだ。

必然性のない豊かさ、という価値
これらの使い方は、必ずしもこのプロダクトでなければならないわけではないかもしれない。しかし、その一つひとつのシーンにおいて、得られる体験の質は明らかに違う。
プロジェクトを推進する際、私たちは常にリソースを最適化し、最大の効果を目指す。だが、日々の暮らしはそれだけではない。効率や合理性だけでは測れない“ゆとり”や“心地よさ”が、生活の質を大きく左右する。
この一台がもたらすのは、まさにその領域の豊かさだ。それは、必要だから選ぶのではなく、あることで日常がより味わい深くなる価値。未来の自分、そして家族が過ごす時間の質を高めるための、静かなる投資。
そう捉えるとき、このプロダクトは単なる家電製品の枠を超え、自らの暮らしを編集するための、信頼できるパートナーとなるのである。