アシュアードが体現する、Visional流「デザインが文化になる組織」——ビズリーチ田中 × アシュアード戸谷

Assuredのメンバーと働くと、自分がどう価値発揮をすべきか悩むことがあります。特別デザインという言葉が出るわけではなく、それすら意識せずとも一人ひとりにデザイン的な考え方が行き渡っているからです。

デザイン経営という言葉は、形骸化しつつある。

実態の有無を問わず言葉が一人歩きし、採用のメッセージングで便利に使われる場面も目にすることは少なくない。この文脈でさまざまな企業を取材したが、真の意味でその力を発揮している企業はそう多くないと近年強く感じている。

その中でもVisionalグループは「デザイン経営」の可能性をまっすぐに示してきた希有な存在だ。

「ビズリーチの会社」だったVisionalグループだが、今では人財活用プラットフォーム「HRMOS」や法人限定M&Aプラットフォーム「M&Aサクシード」、物流DXプラットフォーム「トラボックス」、脆弱性管理クラウド「yamory」など事業領域を拡大。2020年にグループ経営体制に移行し、2021年東証マザーズ(現グロース)上場、2023年東証プライム市場への市場区分変更など、企業としても歩みを進めてきた。

そうした変化しつづける同グループにおける羅針盤のひとつにデザインがある。一人ひとりがその言葉を意識するわけではないが、デザイナーに限らないあらゆる面々がそのチカラを活かしている。そうしたグループ内で一歩先行く新規事業がある。サイバーセキュリティ領域で事業を展開するグループ会社・株式会社アシュアード(以下、アシュアード)だ。

Assured デザイン責任者の戸谷慧は、2014年にビズリーチに新卒で入社し、そのデザイン組織の中枢で活躍してきた、文字通り“たたき上げ”の人物。Visionalらしいデザインを体現するような氏がいるからこそ、Assuredはデザインを通した躍進を続けているとも言える。果たしてその現在地はどのようなものだろうか。アシュアード 戸谷の挑戦を紐解きつつ、それを見てきたビズリーチCDO田中裕一との対話を通して深めていきたい。

変わり続ける組織と人、創造する新たな価値

designingではこれまで、ビズリーチ(Visionalグループ)におけるデザイン組織の構築と組織文化の醸成、課題解決と価値発揮の実践をつぶさに追ってきた。その最前線で変革を牽引してきたのが、ビズリーチCDOの田中裕一だ。2017年に株式会社ビズリーチに入社し、2018年にデザイン本部を組成。デザイン本部長兼CDOとしてブランドと事業、さらには採用戦略と多面的にデザインの価値を示してきた。

各カンパニー内のデザイン組織を切り出し、CDO直下にデザイン本部として再編。「We DESIGN it.」をデザイン・フィロソフィーに、グループ全体のブランドやユーザー体験の一貫性を担保しながら、人材開発や採用広報の機能なども包含する独自のデザイン組織を構築。さらに2022年8月にはデザイン本部を解体しプロダクト組織へ再編。「融ける“デザインのチカラ”」をテーマに、デザインを象徴や権威ではなく文化として企業内に浸透させてきた。

未来のアタリマエをつくるため、経営、組織、プロセス、あらゆるものにデザインの考え方が融けこみ、すべての人々が“デザインのチカラ”を息を吸うように活用できるようになることを目指します。

Visional Designer Blog『企業の進化に変化をもたらす「融ける“デザインのチカラ”」』より

その中で事業の多角化、グループ体制への移行、上場、市場区分変更と企業としては激動の日々を過ごしてきた。デザインドリブンの文化醸成は、その支えのひとつとなってきたはずだ。

そんな変化を続ける組織の中で推進力となるのは、組織とともに「変わり続けられる人」であるのはいうまでもない。同社のデザインという文脈においてそのロールモデルの一人が、現在Assuredのデザイン責任者を務める戸谷慧だ。氏は新卒入社の後、Visionalグループにおけるデザインの変遷とともにそのキャリアを積んできた。本記事では時間を少しさかのぼり、戸谷と田中の出会いから振り返りたい。

2017年、新卒3年目の戸谷が「今度入社する人がいるから会ってみて」と紹介されたのが、DeNAからの転職が決まった田中だった。戸谷は当時、サービス立ち上げから携わってきた求人検索エンジン「スタンバイ」のデザイナーとして奮闘していた。

入社後の田中は、現在のHRMOSの前身となるプロダクトのリードデザイナーを務めながら、デザイン組織そのもののあり方を検討していく役割を担っていった。当時のデザイナー陣は、それぞれの事業にコミットするものの、横のつながりはほとんどなく、ほぼ“孤軍奮闘”の状態。その一員だった戸谷にとって、田中は「聞けばなんでも体系化して教えてくれる」頼りになる存在だったという。

戸谷

戦略や組織体制を大きく変えたタイミングで、企画やUXデザインについて検討するために、いろいろと定性調査をしているところでした。田中さんに尋ねてみると、ただノウハウだけではなく、実践で得た知識を体系化して、なんでもスラスラと教えてくれる。自分のケースに当てはめるとどうすればいいのか、といったところまで一緒に考えてもらえるので、本当に頼りになる人が来たと当時は心強く感じました。

戸谷慧/株式会社アシュアード Assured事業部 デザイン責任者 |2014年、株式会社ビズリーチに新卒入社。求人検索エンジン事業の立ち上げにおいて、UIデザイン、UXデザインを担当した後、プロダクトオーナーとして開発を推進。2018年より、デザイン戦略組織にてデザイン・ブランディング業務、マネジメントに従事するかたわら、Assuredの一人目デザイナーとして事業立ち上げを担う。2022年8月、株式会社アシュアード設立に伴い同社に転籍。サービスデザインをリード。

統合人材が10年後の組織を作る

その後、田中がデザイン本部長兼CDOとしてデザイン本部の組織改編を主導し、プロダクトデザイン、コミュニケーションデザイン、デザイン戦略推進室など5部門からなる全社横断のデザイン組織として編成。それに伴い、スタンバイのプロダクトオーナーに就任していた戸谷もデザイン戦略室に異動することとなった。

戸谷

当時はプロダクトオーナーとしての重責に押しつぶされそうになりながら、もがき苦しむ日々を送っていました。そんな中、田中さんにキャリアの相談をしたところ、デザイン戦略室でマネジメントに挑戦するという選択肢を提示してもらえたんです。

田中

当時のビズリーチは様々な経験を持つメンバーがそれぞれの力を発揮し、大きく成長してきていました。ただ長期的な視点を考えれば、新卒をはじめ若手社員が組織文化を体現し、10年後、20年後の組織を作っていかねばならない。私自身、前職のDeNAでそのカルチャーを目の当たりにしてきたこともあり、デザイン組織でも率先して次世代の人材育成を考えていたんです。戸谷さんもその一人でした。

当時考えていたのは、20代後半の一番伸びる時期に、ビジネスやマネジメントに必要な感覚を実践で身につけて欲しいということ。プロダクトの現場での経験ももちろん大切ですが、モノづくりを中心に統合的に価値創造できるように......と考えた時、マネジメントを深めることが後々活きてくるのではないかと考えていました。

田中裕一/Visionalグループ 株式会社ビズリーチ 執行役員 CDO|通信販売会社でのEコマース事業立ち上げ、インターリンク株式会社での複数企業のプロジェクト推進を経て、2012年株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)に入社。Eコマース事業のデザイン統括、新規事業のプロダクトマネジメント、デザイン人事に従事。2017年、株式会社ビズリーチに入社。2018年、デザイン本部を組成し、デザイン本部長兼CDOに就任。2024年2月より現職。

戸谷は、全社のデザイン戦略を包括的に管轄するデザイン戦略推進室において、デザイン・ブランディンググループの立ち上げから新卒デザイナー採用にも携わるなど、デザイン経営の最前線でスキルを磨いていった。中でも象徴的だったのは、デザイン・フィロソフィー「We DESIGN it.」策定に携わったことだ。当時のデザイン組織を象徴するプロジェクトだが、デザイン本部組成の初期段階から旗印となるフィロソフィーが言語化・可視化されたことで、それに共感するデザイナーの採用が加速し、組織としての一体感も生まれた。

戸谷

もともとそれに近い考え方は土壌にあったのですが、改めて言語化することによって『デザインにはそれだけの力があるんだ』と社内外に浸透し、採用にも追い風になったと思います。そもそもVisionalは事業としても『採用はもっとも重要な経営課題である』という共通認識がありますが、組織自体としても採用によって強くなってきた実感があります。

田中

発表した当初はまだ“耳なじみのいい言葉”だったかもしれませんが、今やマーケットとしてもアカデミアとしても、デザイナーは価値をつくる人であり、ビジネス、テック、クリエイティブを統合的に考える力が重要だという認識が広がってきました。先行してフィロソフィーとして打ち出してきたことが、実感を伴って受け入れられ、体現する人が実際に活躍するようになってきていると感じます。

デザインで加速し続けるAssured

こうしたVisionalのデザイン文化の強さの一端が窺えるのが、2022年1月にローンチしたセキュリティの信用評価プラットフォーム「Assured」だ。Assuredは取引先のセキュリティ評価を行い、その情報を共有管理するサービスだ。クラウドサービスや委託先企業といった取引先のセキュリティ対策状況を第三者機関として評価することで、取引締結の意思決定のスピードアップに寄与することができる。

戸谷はデザイン戦略推進室に在籍中から兼務でAssuredに携わり、事業のインキュベート段階から“一人目デザイナー”としてプロジェクトを推進してきた。アシュアード代表取締役社長の大森厚志をはじめ、プロダクトマネージャーやエンジニアなど10名足らずのチームの中で、戸谷はデザインの観点からプロジェクトをファシリテートしていった。その関わりの中で戸谷は再び事業運営の現場への熱意を高めていったという。

戸谷

Assuredのメンバーと働くと、自分がどう価値発揮をすべきか悩むことがあります。例えばサービス名やロゴを考えるとき、あるいはプロダクトやビジネスの仮説検証をしていくときにも、職域に関係なく各自が自然と数年先の事業構想を見据えた上で、それを体現するコンセプトを考える……特別デザインという言葉が出るわけではなく、それすら意識せずとも一人ひとりにデザイン的な考え方が行き渡っているからです。

ただ、その分このチームとならもっとデザインを活かして遠くへいけるのではという感覚もありました。そんなとき、デザイン本部を解体する話があり、兼務していた自分はどこに軸足を置くか考える機会にあたりました。その中で、改めてデザイナーとして事業づくりに携わってみたいという思いが強くなっていきました。

2022年8月、デザイン本部解体・再編とセキュリティ事業の法人化を機に、戸谷はアシュアードへと転籍。「デザインっぽいことはなんでもやる」との言葉通り、お客様の声を聞き、プロトタイピングで機能やデザインの検証を重ねていった。代表の大森とも壁打ちを重ね、ミッション・ビジョンの策定や採用サイトの刷新、採用など、プロダクトづくりと組織づくりの両面を進めていった。

戸谷

本格的に事業に携わって3年。デザインが融けた組織では『デザイナーの立場での事業貢献』段階を越え、『ビジネスパーソンとして事業づくりへコミットする』ことが前提なんだと強く感じています。デザインの専門性はもちろん、田中さんの言う『統合的なチカラ』に相当するジェネラリスト性が求められる。私は、点在する情報を横断的に結び付け、チームの目線を揃え、意思決定をドライブするチカラだと捉えていて、現在も、新しい事業コンセプトをさまざまな観点を踏まえながらまとめ上げています。

ありがたいことにアシュアードは代表の大森さんをはじめ、自らデザインの考え方を自然と体現しながら、デザイナーやモノづくりへリスペクトを持ってくれている仲間ばかり。プロダクトマネージャーやビジネス、エンジニアの各メンバーと連携しながら、デザインをする際にも、メンバーから『こうしたほうがお客様も使いやすいのでは?』『こちらのほうがMVPとして、より早く価値提供できそう』といった意見が自然と出てくる。職能問わずデザイン的なマインドで価値を生み出している感覚があります。

Assuredというサービス自体も、その価値観が反映されている。そもそも代表の大森が事業構想したのは、社内で日常的にやり取りされていた、大量のセキュリティチェックシートを目にしたのがきっかけだった。SaaS事業者であり、かつSaaSをはじめとする数々の他社サービスを活用するVisionalグループにおいて、年間数百件にも及ぶセキュリティチェック対応が日常的に発生するという非効率性に課題意識を持ち、その解決手段としてAssuredが生まれた。

さらにAssuredは、単に「セキュリティチェックの効率化」に留まらず、専門家が中立的にセキュリティ評価を行い、その情報をプラットフォーム上で共有する「セキュリティの信用評価プラットフォーム」という新たな概念を提示している。つまり、各社が個別に自社やセキュリティコンサルに依頼して安全性を担保する代わりに、第三者機関であるAssuredによる評価情報をもとに安全性を確保することができるわけだ。田中はこれを「意味と価値のビジネスデザイン」と評する。

田中

各社のセキュリティ担当者だけでは難しいリサーチを第三者機関として行い、かつセキュリティの専門家がしっかりチェックすることでその信頼性を担保する。単に『セキュリティチェックの効率化』ではなく、世界観として『こういう世の中になったら良いな』というコンセプトを提示することで、お客様に心から望まれるようなサービスとなる。新しい価値や意味を提案するという、デザインのチカラをまさに示していると思います。

その結果、Assuredはサービス開始以来着実にユーザー数を伸ばし、サービス開始から約3年で、三菱UFJ銀行などセキュリティ評価基準の高い150以上の金融機関をはじめ、上場企業を中心とした1,000社以上の企業で導入が進んでいる。

変化をも糧にするデザインのチカラ

未だデザインを表層的な意味でしか取り扱えない企業も多い中、なぜVisionalにはデザインが文化として醸成され、土壌として根付いたのか。田中は「意志の力」あってこそだと語る。

田中

やはり『We DESIGN it.』という、自分たちが『こうありたい』というビジョンが明確にあって、それが組織レベルで統合されていた。うまくいかないときに立ち返り、うまくいくときはさらに力がブーストされる……そんな推進力になっていたとも思います。

ただ、その中でもいろんな変数があって、どう作用していたのかを精緻に説明するのは難しいところです。そもそもVisionalの人たちは熱量が高く、好奇心もあって、変化への適応能力が高いというのが大きかったのかもしれません。代表の南(壮一郎 氏)もまさにそういう人ですが、お客様やマーケットと向き合いながら、世の中の流れ、波をしっかり捉える。今で言うと生成AIが挙げられるのでしょうが、当時はデザインで考え、職人的にひとつの物事を追究するより、統合的に一人ひとりのクリエイティビティを発揮するほうがいいよね、と誰もが信じてきた。その結果として今があると考えています。

Visionalではグループミッション「新しい可能性を、次々と。」を掲げているが、Assuredはまさにその最たるものだろう。「『デザイン経営』宣言」で言うところの「イノベーションに資するデザイン」とも符合するところだ。では、Visionalは「デザイン経営」の先に何を見据えているのだろうか。田中は、近年の変化も踏まえつつ、もはやAIを抜きに語ることはできないという。

田中

ビッグテックでも人員削減が報じられ、人とAIとの共創が現実のものとなってくる中、仕事は根底から変化していくでしょう。ビジネス、デザイン、テクノロジーを越境、横断、そして統合するチカラが前提となっていく。なぜなら、AIは『何ができるのか?(What Can Be Done)』『どうやるのか?(How)』に強く、創造のツールとしてアウトプットを支えることができるからです。

けれども何か新しいものを生み出すとき、必要なのは『なぜやるのか?(Why)』『何をやるのか?(What)』を考えられる能力。それをAIに完全に置き換えることはできないでしょう。これからのデザイナーは、これらを俯瞰で捉え、かつWhyとWhatを基点として新たな価値創造を統合的に考えられる人になっていくのでしょう。そうなったとき、やはりクリエイティブスキル、つまり「人間らしく、創造的なしごと」をできる人が強みを発揮できるはず。WhyとWhatを基点に物事を考えるのが当たりまえで、AIと人間の接点を見極めて最適な協働関係をデザインして、ストーリーテリングやWillを世の中へ届けていく。デザイナーはそんな役割を担うことになると思います。

そんな世界で、これから戸谷はAssuredでどんな役割を果たそうとしているのだろうか。

戸谷

今頭にあるのは、『探索・啓蒙・一貫性』という3つのキーワードです。Assuredを『セキュリティの信用評価プラットフォーム』と表現していますが、多くの人にとってはまだよくわからない世界だと思うんです。けれども代表の大森、あるいはお客様が思い描く『こうなったらいいな』という世界と社会実装を橋渡しするのが、デザインにできることだと思います。デザインによる具現化とアブダクションを通じて、プロダクト的な探索とブランディング的な啓蒙を推進する。そのなかで、社会とユーザー、事業、そしてともに働く仲間たちが見ている景色の一貫性を担保する。そうした役割をデザイナーとして果たせると良いなと考えています。

また、そうした期待役割を発揮できるポテンシャルをもったデザイナーに仲間になってもらうこと、デザイナーがそれぞれの持ち場で役割を発揮できるようにすることがデザインリーダーとしての責務であり、今後の組織の課題です。現在のデザインが融けた文化が拡大とともに薄まらないよう、アシュアードらしい良い仕組みをつくっていかなければなりません。まだまだ実現したい世界に対しては道半ば。全員で世の中を大きく変える事業を実現していきます。

Credit
執筆
大矢幸世

ライター・編集者。愛媛生まれ、群馬、東京、福岡育ち。立命館大学卒業後、西武百貨店、制作会社を経て、2011年からフリーランス。鹿児島、福井、石川など地方を中心に活動。2014年末から東京を拠点に移す。著書に『鹿児島カフェ散歩』、編集協力に『売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放』『最軽量のマネジメント』『カルチャーモデル』『マイノリティデザイン』など。

編集
小山和之

designing編集長・事業責任者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサルを経て独立。2017年designingを創刊。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

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