デザイナーの神格化と苦しみ。大出才無『デザイン馬鹿』(1970)を読む:上平崇仁「デザイン古書探訪」#1

ここ10年くらい、特に震災以降、デザインは社会を良くするためにあるはずだ、というニュアンスが強まってきました。しかしみんなそう思いながらも、実際のプロの仕事は、この『デザイン馬鹿』で嘆かれているような問題ばかり。この根本的な矛盾、出口のない悩みをみんな抱えている気がするんです。

デザインのトレンドは、目まぐるしい速さで移り変わっていく。

それは意匠に限った話ではない。注目される概念、価値発揮する領域、担うべき役割……「○○デザインから●●デザインへ」という標語とともに毎年のように新たなキーワードが浮上し、このdesigningもそうした移り変わりを追いかけ続けている。

しかし、歴史から振り返って見てみると、果たして“デザイン”とは次から次へと入れ替わってゆくものなのだろうか?「過去」には、立ち返るべきポイントはないのだろうか?

連載「デザイン古書探訪」では、その重要性にもかかわらず近年はあまり顧みられていない、過去のデザイン書を取り上げていく。コ・デザインやデザイン人類学など領域を横断しながら活動するデザイン研究者の上平崇仁の導きのもと、designing編集部の小池真幸が聞き手を務め、“デザイン古書”を再読してその現代的示唆を考えていく。

第1回で取り上げるのは、大出才無『デザイン馬鹿』(鳳山社、1970)。

半世紀以上前のデザイナーたちの「集合無意識」から見えてくる、現代のデザインの行き詰まりとは。

上平 崇仁(かみひら・たかひと)  
デザイン研究者。1972年鹿児島県阿久根市生まれ。1997年筑波大学大学院芸術研究科デザイン専攻修了。グラフィックデザイナー、東京工芸大学芸術学部助手、専修大学ネットワーク情報学部教授、コペンハーゲンIT大学インタラクションデザイン・リサーチグループ客員研究員等を経て、2025年より立命館大学教授。日本デザイン学会理事。大阪大学エスノグラフィラボ招聘研究員。㈱ACTANTデザインパートナー。著書に「情報デザインの教室」(丸善出版/共著)、「コ・デザイン―デザインすることをみんなの手に」(NTT出版/単著)など。2000年の草創期から情報デザインの研究や実務に取り組み、情報教育界における先導者として活動する。近年は社会性や当事者性への視点を強め、デザイナーだけでは手に負えない複雑/厄介な問題に取り組むためのコ・デザインの仕組みづくりや、人類学の視点を取り入れた自律的なデザイン理論について研究している。

多様な「デザイン」の文脈に光を当てる

──この連載では、デザインに関する古書を毎回一冊ずつ取り上げていきます。いまでは知られてはいないけれど、いまのデザイナーが読むと大きな示唆を得られる、そんな本を紹介していきたいと考えています。

いいですね。特に近年は、インターネット上の情報でデザインを勉強しようとしてもデザインのTIPS的な話ばかり上位に出てきて、その周辺にある話はなかなか見つかりにくくなっている。情報量は爆発的に増えましたが、その背景や深層にある多様な話が見えにくくなっている印象を受けます。

──たしかに、デザインにかかわる新しい議論は毎年のように出てきますが、数年後には忘れられてしまうような印象も受けます。時代が変わってもストックとして残り続ける、普遍的な議論をしている古書を紹介できたらいいですよね。

デザインのトレンドや変化は、一本の線だけで捉えられがちな印象があります。本来、デザインには多様な考え方があって当たり前なのに、古いものが新しいものに書き換わっていくイメージで、「デザインとはこうだ」という一つの流れに定式化されてしまっている。

例えば、「グラフィックデザインはもう古い。これからはサービスデザインの時代だ」というように、過去の話として切り捨ててしまう。「デザインとは問題解決である」「イノベーションだ」といったように、手短に一つの言葉で理解しようとしてしまう。でも本当は、それぞれが並列で進んでいくものですし、いろんな見方やいろんな姿があっていいはずです。

デザイナーの「集合無意識」を読む

──そうした中で、連載の一冊目として選ばれたのは、大出才無『デザイン馬鹿』(鳳山社、1970)です。

半世紀前のマイナーな本ですが、読むたびに「すごいな」と思わされる本です。まず著者の「大出才無(おおで・さいな)」というのは、「大デザイナー」をもじったペンネームです。あえて匿名で、波風が立たないように、あるいは本音を隠すために書いているわけです。

ちなみにその正体は──これは関係者から直接ご許可をいただいたので明かしてしまって問題ないと思うのですが──「GK道具学研究所」を立ち上げたことでも知られる、道具学・生活学・住居学の研究者の山口昌伴(やまぐち・まさとも)さんです。

ただ、大事なのはp8で「この椅子に座った人」と書かれている5名──安藤貞之、榮久庵憲司、河原淳、小原二郎、今和次郎という、当時「デザイン」の周辺で活躍していた俊英たち──から話を聞いて書き起こしているという点。つまり、聞き書きなんです。

デザイン世界にはあまりに多くの語られない真実があり、それが語られなければ私達の仕事に打解のみちはない。「デザイン馬鹿」はそういった怒りをぶちまける座席である。そこに座ると誰もが怒り出す、そういう怒りの椅子から本書はうまれた。

第一集でこの椅子に座った人(五十音順)
安藤貞之(第3章)
榮久庵憲司(第4章)
河原淳(第1章)
小原二郎(第5章)
今和次郎(第2章)
クロイワ・カズ(表紙カバー・本文マンガ)
*栄久庵・河原・今各氏からは、編集部がお話を伺い、構成、文章化を担当した。

(p7-8)

「大デザイナー」という個人は実在せず、彼らへの聞き書きをもとに、架空の「大デザイナー」という人格をつくり上げている。その結果として、この本には当時のデザイナーたちの「集合無意識」というか、その時代の空気感がうまく抽出されていると感じます。

特定のいち個人が書いたのではなく、当時のデザイナーたちが舞台裏でうっすらと思っていたであろう本音や悩み、苦しみが映し出されている。その構造が、一番大事なところだと思うんです。

──いわゆる日本の産業デザインが、戦後の1950年代〜60年代に急速発展していったことを考えると、この本が出た1970年は、今から見ればまだ黎明期だったはずです。それにもかかわらず、「専門分化しすぎてダメだ」と、かなり手厳しく既得権益化・形式化した業界を批判している。

1970年というのは、最近日本でも主著『生きのびるためのデザイン』の新版が刊行されたヴィクター・パパネックがデザインを猛批判する議論を展開するようになったのとほぼ同時期。ほとんど知られていませんけど、実は日本でも同じようなことが言われていた、というのが面白いところです。当時はカウンターカルチャーが世界を席巻し、既存の体制に異議申し立てをしていた時代の直後で、そうした空気感も背景にはあったのでしょう。

ヴィクター・パパネック

1923年、ウィーン生まれ。少年時代にアメリカに移る。フランク・ロイド・ライトの弟子。ロードアイランド・デザイン学校、インディアナ州バーデュー大学教授を経てカリフォルニア・インスティチュート・オブ・ジ・アーツのデザイン学校長。その間ユネスコの専門委員として、とくにインドネシア、アフリカなど発展途上国の生活向上のためにデザインの面で協力。また身障者のためのデザインにも意欲的に取り組む。没後 20 年を経過しても回顧展が開かれるなど、今なお功績を賞賛されている。(参考

特に第一章の河原さんの部分は皮肉が効いている。この本は全部で267ページあるうち、第一章だけで100ページ近くあります。この本のパワーの3分の2くらいは第一章に集中していて、おそらく河原さんと対談してまとめた内容が中心なんでしょう。第一章の結論、101ページにある「デザインになっていないほど、よいデザインだ、と私は極言したい」というあたりは、いかにも河原淳さんらしい。

河原さんの経歴を見ると、工業大学から文系大学に行き、そこからファッションデザインの名門である文化学院に入っています。おそらく、夢を持ってデザインの世界に入ったけれど、現実との違いを痛感した。そうした葛藤が出ている気がしますね。

デザイナーによるデザインの自己批判

──たしかに、1960年代のカウンターカルチャーの空気感と連動していると考えると、この苛立ちの背景も少しずつイメージできる気がします。

それにしても、まだデザインを語る言葉も少なかった時代にこの言語化能力はすごいですよね。皮肉の。これも、彼だけでなく編集した山口さんとの共作だからでしょう。山口さんは1937年生まれなので、この本を出したときは33歳くらいですね。彼のお父さんである山口 正城(やまぐち・まさき)さんは、インダストリアルデザインの領域では日本で最も実績のある千葉大工学部の礎を築いた伝説の人で、その息子です。サラブレッドですね。日本のデザイン史の中心部にいたような人が、こういうカウンター的な自己批判をしている、という構図です。

──本当に皮肉が上手ですよね……。たとえば、「馬鹿の見本(アラカルト)」という箇所で出てくる「末端馬鹿」「植民馬鹿」「下請け馬鹿」。本のタイトル「デザイン馬鹿」からは、ポジティブな意味での「〇〇馬鹿」を想像しましたが、中身を読むとまったくそんなことはなく、シンプルにネガティブな意味で使われている。それから38ページの「現実的に、デザイナーは、クライアントから仕事の発注をうけるクライアントの道具であり下請職人である。これをおこがましくもデザイナーと自称するのは、欺瞞か、もしくは自慰である」とか。その是非はさておき、現代でも十分に通用する皮肉です。

●末端馬鹿
エリートくさいデザイナーなんて呼び名を自称しながら、その実、末端色ぬり屋にすぎないのが実情である。社会の底の底にぬけおちたのが河原乞食なら、枝葉、梢の末端にひっかかっているのがエリート乞食だ。このエリート意識が邪魔して、仕事が忙しいからデザイナーになれたなどと錯覚し、色ぬり屋の現実に気付こうともしない。えた非人的創造集団に自らを位置づける社会の価値の架構を足もとから塀崩すデザイン土方が望まれる。

(p82)

当時も今もデザイナーたちは、理想と現実の狭間に立たなければなりません。一部のデザイナーは、そこで起こりがちな欺瞞にちゃんと気づいていたということです。

ただ河原さんも、本当にデザインが嫌いだったらこんな本なんて書かないはずです。事実、1970年以降の河原さんの著作を見ると、もっとピュアに楽しいことを提唱しています。この本を書いたのは40歳くらい。葛藤の中でそれまでの自分を「アンラーン」する、そういう時期だったんじゃないかな、と思います。

──河原さんは1929年生まれですよね。ということは、当然、敗戦によって価値観がガラリと変わるという体験をしている。

ええ。戦争には行っていない世代ですが、思春期に価値観が真逆になるという体験をしていると思います。昨日まで「日本万歳」と言っていたのが、急に180度変わってしまう。この世代には、そういう経験があったはずです。価値観が激変し、その後の高度経済成長期を経験する中で、「思っていたのと違う」という鬱屈した思いがすごく蓄積していた世代なのではないでしょうか。

2020年代の『デザイン馬鹿』

──こういう議論は、その後の80年代以降のバブル、高度消費社会化の中で忘れ去られていったのでしょうか?

そう思います。まさに「炭鉱のカナリア」ですよね。そうやって矛盾をいち早く察知して鳴いた人もいたんだけれども、その後バブル時代に向かっていけいけどんどんで大量消費の方に向かっていった。そのかすかなカナリアの鳴き声を、僕らは今見て身につまされる、という。

──しかし、現代のデザイナーはこれをどう読んだらいいのでしょう。「昔は尖ってたね」で終わらせるだけではもったいないですよね。

そこは極めて大事なところです。去年邦訳が出たシルビオ・ロルッソ『デザインにできないこと』(ビー・エヌ・エヌ、2024)という本がありましたが、あれはこれと非常に近い、プロのデザイナーの幻滅感をすごく描いています。

ここ10年くらい、特に震災以降、デザインは社会を良くするためにあるはずだ、というニュアンスが強まってきました。しかしみんなそう思いながらも、実際のプロの仕事は、この『デザイン馬鹿』で嘆かれているような問題ばかり。この根本的な矛盾、出口のない悩みをみんな抱えている気がするんです。

僕自身が今これを読むべきだと思うのは、トニー・フライの言う「デフィーチャリング(未来を奪うデザイン)」という言葉を借りるなら、「今の時代の営みは未来を壊しているじゃないか」という前提から始めるためです。そういう思考実験として読むべきなんです。現代の営みをいったん否定してみるところから、じゃあ何をすべきか、というカウンター的な発想が出てくる。

デザインになってないほど、よいデザインだ、と私は極言したい。モダン・デザインなり、スチャラカ・デザインなりの洗礼をうけていないデザイン以前の人間営為の中に、私はいっそう根深く、デザインらしくあるものを見る。地方都市で目にする商店のおやじさん自ら手を下したディスプレイ、客の目をひくためにぶらさげた看板、デザイン不在のデザイン、ぎりぎりのところに、人間を込みにしたデザインがあるのを私は感じる。いわゆるエリート職業として余裕のあるところでやっているようなデザイン、そのようなデザインがなくても、世の中は、やっていけるのである。むしろ、よりうまくやっていけたのである。

(p101)

職業として大量生産に加担することは職務上、仕方ないかもしれない。でも、仕事の配分を変えることはできるかもしれないし、仕事以外の時間を使って自分で何かすることも本当はできるわけじゃないですか。デザインを一度「アンラーン」して、違う何か、例えば自分のためのライフプロジェクトを作っていくときに、一つの参照点になる。現状を言語化するために、こういう批判的な本を読むことに意味があると思うんです。

──なるほど、『デザインにできないこと』に象徴される近年のデザインに対する幻滅や反省の空気感。その中で、本質的に近いジレンマを50年以上前に抱えていた人たちの考えを読むのは、大きな意味がある気がします。

「我々はこの50年で進化したんだろうか?」と思わされますよね。そして僕が大事だと思うのは、こういう議論が「古典的な教科書の著者のパパネックが言ったから」とか「イタリア人のシルビオ・ロルッソが言ったから」ではなく、日本の中からもしっかり生まれていたという事実です。僕らはどうしてもデザインのメインストリームが海外にあると思いがちですが、実は日本の中でもみんな真剣に考えていた。それを忘れてはいけない。

我々はこの半世紀で前進したのだろうか?

──近年「新しい議論」として紹介されているようなトピックが、半世紀前の日本で既に出ていたと。

それから、今回この『デザイン馬鹿』を読み返して印象に残ったんですが、あとがきを見てください。寺田寅彦の随筆を引きながら、「庭」の話をしているんです。最近はデザイン業界でも庭師ジル・クレマンの議論への注目が高まっていますが、似たようなことを、すでにここで予見している。

寺田寅彦

 物理学者、文学者。物理学者としては、初期にX線に関する研究を行い、学士院恩賜賞受賞。また、震災に関する研究も多く、「天災は忘れられたる頃来る」などの言葉で有名。寅彦の研究はあまり経費をかけないものが多いが、着想は素晴らしく、実証を重んじた。文学者としては、主に随筆を執筆。科学者のまなざしで日常を切り取った随筆の他、「団栗」など叙情性に富んだ優れた小品を残している。(参考

しかし、虐待されても、かき切られても、理念の樹、思想の花をうち負かして生存を続ける雑草の勢いはかわるまい。むしろ自然発生した雑草のもつ原理を、私たちがもっと興味をもって眺め、研究してみたら、自然のもつ原理に忠実な、したがって強烈な繁殖力をもったデザイン世界がうまれるのではないか。

(p269)

さらに、ここで寺田寅彦を引いているのもすごい。寺田寅彦は、原子炉を研究するような時代に、線香花火やひび割れ、キリンの模様と田んぼの地割れの類似性など、自然界に潜むパターンを見出していた人です。彼の随筆『茶わんの湯』(青空文庫で全文を読めるので、よければ読んでみてください)は、目の前の茶碗から始まって、最後には宇宙まで到達する。このあとがきも、そういう思想とつながっている。

茶わんの湯

「日本の名随筆33 水」井上靖編、作品社。1985(昭和60)年7月25日第1刷発行。

──トピックレベルでも、現代でも通ずる議論が散りばめられている。

もう一つ言うなら、「意識産業」という言葉。ドイツの詩人エンツェンスベルガーの言葉を引いて「意識産業にデザインは奉仕せざるを得ない」「意識というものを盗まれてしまう」と書いてある。この指摘はすごい現代的で、今のAIって、意識を盗んでいませんかね。

(……)どんなデザイン、どんな造形も一つの広い意味での視覚言語として意識にかかわってくるような、そういう情報性が加わってきてはじめてデザインとなるのである。エンツェンスベルガーというドイツの詩人のいう意識産業に、デザインは属さざるをえない。

(p52)

(……)たしかに物質的には豊かになったけれども、 他面、そういうものに目を奪われているうちに「意識」というものを盗まれてしまう。そういう時代になってきているのだ。物質的に、文明的には豊かな社会になってきているが、逆に文化的には「意識の貧しい社会」というものが到来しつつある。(……)ほかならぬデザイナー自身が、意識搾取業に加担することによってその業を成り立たせてきた。という事実、ことに保守性をもってそれを果してきたという事実をデザイナーは意識しているのだろうか。意識的に搾取に加担していれば、意識搾取産業のプロモーターであり、無意識的だとすれば、デザイナーは意識産業下の被搾取者、物質的搾取下における労働者のなれの果て、ということになろう。

(p53-54)

この本を読むと、一見、毒舌で受け止めにくいと感じるかもしれません。それを引き受けたらデザインを否定することになってしまう、と。でも読み進めていくと、単に毒を吐いているんじゃなくて、しっかりと現代社会の矛盾を言い当てている。当時のデザイナーがすでにここまで到達していたという事実に、「我々はこの半世紀で前進したんだろうか」と突きつけられるんです。

──デザイナーという職業にかかわる本質的な問題が、昔から変わらずにあるということがわかるだけでも、すごく意味があると思います。

そう思います。デザイナーという職業はどこか神格化されているところもありますが、だからこそ、彼らは苦しめられる運命にある。そのことに、昔のデザイナーの一部は気づいていたんです。

みんな、昔のデザインの言説は原始的で、色や形の造形の話をしていただけだと思い込んでいる。でも、この本を読んで見れば、その間違いに気づかされると思います。デザインの本は新しければ新しいほど良いと思われる節がありますが、実は逆かもしれません。ときどき違う視点から見てみると、普段気づかないことにふと気付かされますよね。

Credit
聞き手・執筆・編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

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