“一人目デザイナー”ゆえの責任と役割──Akari×ウエタニマサユキ×takejune

日本のスタートアップエコシステムが急伸するのに足並みを合わせ、デザイナーの活躍の場も広がっている。事業成長を支えるインハウスのデザイナーとして、スタートアップに参画する選択肢も当たり前になった。

「不確実な未来を切り拓くキャリア観」をテーマにReDesignerとdesigningの共催イベント「Design Perspectives」。1つ目のトークセッション「スタートアップ一人目のデザイナーの変遷」では、そうした環境変化も背景としつつ、これからのデザイナーのキャリア戦略について議論がなされた。

登壇者は、400F リードデザイナーのAkari、Nstock デザイナーのウエタニマサユキ、スマートバンク CXOのtakejune。ファシリテーターはD4V Design Directorで、創業初期の会社で働くデザイナーのためのコミュニティ「First Designers」を運営する高橋亮が務めた。

Akariとウエタニは創業間もないスタートアップへ“一人目デザイナー”として幾度も飛び込んだ経験を持つ。一方、takejuneは共同創業したFablicで経営者兼一人目のデザイナーとしてプロダクトを生み出し、グロース、組織化、楽天への売却、PMIを経験した後、再び起業している。

本記事では、三者三様のキャリアをたどりながら、“一人目デザイナー”のあり方や期待される役割を探ったセッションの内容をダイジェストする。

三者三様な「一人目デザイナー」への道筋

セッションの冒頭では、各々が一人目デザイナーを選んだ経緯を入り口に話が展開されていった。

一人目は、FinTech企業の400Fで“一人目デザイナー”として働くAkariだ。氏はデザイン会社を経て、サイバーエージェントのアメリカ支社の立ち上げに参画し、北米向けのゲーム制作に従事。帰国後、立ち上げ期にあったロボアドバイザーの「THEO[テオ]」の開発に参加。現職は三回目の“一人目デザイナー”となる。

株式会社400F リードデザイナー Akari

ただ、Akariにとって“一人目デザイナー”という選択は、決して戦略的なものではなかったという。

Akari「制作会社に務めていた時、『サイバーエージェントのアメリカ支社を立ち上げるから、来てくれない?』と声をかけられました。迷う間もなく、一週間後には飛行機のチケットが送られてきたんです。最終的には『面白そう!』という思いで、引き受けることを決めました。現地はとにかくやらなきゃの連続で、奮闘する日々でしたね」

アメリカで経験を積んだ後、次なる挑戦の場として選んだのが、当時はまだデザイナーがいなかった「THEO[テオ]」だ。サービス自体に可能性を感じ、「ここに(デザイナーである)私が入ることで、いいサービスにしたい」と覚悟を持って再び“一人目”として転職を決めた。

Akari「世の中には『デザイン面が変わったらもっと良くなる』と感じるのに、デザイナーがしっかりと入っていないサービスが少なくありません。そうしたサービスを見ると、私はうずうずしてしまうたちで(笑)。特にFinTech領域はその傾向が強いと感じ、二社連続で従事しているのだと思っています」

二人目はNstockのウエタニだ。

ウエタニもデザイン会社からキャリアをスタートし、スタディプラス、Supership、メルカリといった複数スタートアップでのデザイナー経験の後、二度の起業を経験。その後フリーランスなどを経て、2022年よりNstockに参画した。

Nstock株式会社 デザイナー ウエタニマサユキ

氏が“一人目デザイナー”になった最初のきっかけは、ファーストキャリアのデザイン会社でのことだった。「納品ベースのクライアントワークとは違うことをしてみたい」と思っていた折に出会ったのが、たまたま創業間もないスタートアップだったという。

入社当時のメンバーは社長とエンジニアのみ。いわゆる創業期のスタートアップらしく、渋谷の古いマンションの一室だったが、不安はなかったという。ただ、想定はしていたものの、それ以前のデザイン会社とスタートアップでの仕事は大きく異なるものだった。

ウエタニ「両方の環境を経験したことがある人であればイメージがつくかと思うのですが、デザイン会社とスタートアップは何もかもが違いました。特に創業期は仕組みも整っていないのでカオスの状態の中では、主体的に動いていくのが必須。仕事の進め方やコミュニケーションもまるっきり異なる環境でした」

二人とは少々異なる形で“一人目デザイナー”の道を歩んできたのが、現在スマートバンクCXOのtakejuneだ。

株式会社スマートバンク CXO takejune

2012年、フリマアプリの「フリル」を開発するFablicを共同創業したtakejuneは、起業家かつ“一人目デザイナー”、二つの顔を持ちながら現在まで活動を続けてきた。シリアルアントレプレナーであるtakejuneにとっては、最初の起業が“一人目デザイナー”人生のはじまりでもあった。

takejune「自分の場合、前回も今回も三人での共同創業なので、自分はデザインを、ビジネス面は主にCEO、テクノロジー面は主にCTO、と役割分担する座組が前提にありました。いずれも熱量の赴くままサービスの立ち上げに向かい合っていたため、不安を感じることもなく、ただ駆け抜けていたのが立ち上げ期だったと思います」

自らにマッチした“一人目デザイナー”環境の見つけかた

三者はキャリアの歩み方や順番こそ異なるものの、現在に至るまで一人目のデザイナーとして複数社で経験を重ねてきている。

ただ、「カオス」とウエタニが形容するように、創業期のスタートアップは成長フェーズに至るまでは組織制度も未整備で、個々のプレイヤーにかかる負荷も大きい。にもかかわらず、この面々はなぜこのキャリアを選択し続けてきたのだろうか。

ウエタニ「もちろん、しんどい側面も少なくありません。それでも、『楽しい』と思えるポジティブな出来事が上回るから、苦しかった記憶を忘れてしまうのかもしれません」

takejuneも首を縦に振る。同氏も一社目の起業で、ゼロイチからの立ち上げ、グロース、エグジット後のPMIに至るまでを一通り経験。「一定『やり切った感覚』があった」という。しかし楽天を退職した後は、起業以外の選択肢は浮かばなかったという

takejune「Fablicでの経験を振り返ると、事業が成長するにつれ、自分が『やりたいこと』から『やらないといけないこと』に仕事が変化し、自分で手を動かせなくなっていった感覚がありました。もちろん最初は何から何まで自分で作っていましたが、徐々にその割合は減っていき、最終的には調整だけ行う役割になった。

だからこそ楽天を退職した後は、『また手を動かしたい』という気持ちが芽生えていた。ですから、また自分たちでサービスを作ろうと思ったんです」

D4V (Design for Ventures) Design Director 高橋亮(モデレーター)

一方、自分で会社を創業するのではなく、すでに存在するスタートアップに入社を決めたAkariは、転職プロセスの重要性を次のように語る。

Akari「とてもマッチョな物言いになってしまうのですが、大前提は『環境から自分で作る』気概が一番大事になると思います。その上で、私は転職を考える上ではまず経営者をはじめ決裁権を持っている人と飲みに行っていました。

話をしていて楽しいと思えるか、あるいは考え方に共通項があるかどうか。あとは、経営層がデザインの価値を信じてくれているのか。事業を一緒に進める中で絶対に重要になる、感覚の部分でのつながりは確認するようにしていますね」

経営メンバーのデザインに対する姿勢や解像度を確認することの重要性に関して、ウエタニも同意しつつ、自身も意識しているという点を教えてくれた。

ウエタニ「デザインに限らず、マイクロマネジメントに寄り過ぎている経営は要注意だと思っています。特にアーリー期の段階からマイクロマネジメントに寄っていると、メンバー間に信頼が醸成されません。

たとえば、検討中の会社がシリアルアントレプレナーの会社であれば、過去の実績があります。なので、どういったスタイルで事業づくりを進めるのかは情報としてインターネット上に開示されていることも少なくない。それを確認したり、その会社で働いていた知り合いのデザイナーがいるなら、実際に聞いてみたりするのが早いでしょう」

「​​気づけばビジネスに対する解像度が上がっている」──事業フェーズで移ろうデザイナーの役割

セッションの最後には、そうしてキャリアを積み重ねる中で、三人が獲得してきた「視点」について振り返りがなされた。

takejune「僕は元々、器用貧乏タイプというか、デザインであれば何でも楽しめてしまう性格。起業の経験を経て、その傾向がさらに強まった感覚があります。

創業初期は、グラフィックやUIのデザインから、マークアップまで全部自分で担っていました。ただ、事業が成長するのに合わせて自分の役割も徐々に変化していく。それでもデザインの視点を捨てずに楽しめた方が仕事自体が充実しますし、自分の力も発揮し続けることができる。自分の中で『デザイン』と捉える範囲が広がったと思いますね」

創業期のスタートアップでは、デザイナーであっても事業の最前線に立たなくてはならないことがある。「だからこそ、気づけばビジネスに対する解像度が勝手に上がっている」とウエタニは指摘する。当初は無意識でも、デザイナーという肩書きに関係なく、事業づくりへのリテラシーが高まっていくのが創業期の環境ならではだろう。

また、アーリーからミドル、そしてレイターへとスタートアップのステージが移行するにつれて、デザイナーの役割も変化していく。その中で発揮する価値の変化も一人目デザイナーならではのものだ。

Akari「“一人目のデザイナー”として入った段階では、とにかく何でもやる。業務オペレーションも作るし、CSも手伝う。次のフェーズに進んで大きなテーマになるのが『採用』。仲間を集めながら、新設される部署のいろんな職種の人とも連携しながら一つのモノを作り上げていかなくてはなりません。組織規模が100〜200人単位になってくると、今度はより専門性の高いことが求められます。

このように、“一人目のデザイナー”はフェーズによって役割がどんどん変わっていくので、常にやらなければいけないこと、学ばなければならないことに溢れている。なので、強いオーナーシップを持って役割を広げていける人に向いていると思います」

スタートアップでは、規模が小さければ小さいほど、各メンバーが負う責任も大きくなる。一人目デザイナーは、創業初期から所属しているがゆえに、そうした決断の重みに向き合わなければならないシーンが比較的多いと言える。事業を伸ばしていくため、デザインにどれだけ投資をしていくのかの決断に対する責任を、大きく担わなければならないのだ。

一方、そうした意思決定の責任にこそ、スタートアップで“一人目デザイナー”を選ぶ醍醐味ではないかとウエタニは指摘する。

ウエタニ「プロダクトのコアな方向性を決めたり、キーマンを採用したり、“一人目のデザイナー”が関わる意思決定は重たい。ですが、その場数を踏むことでしか伸びない能力があると思うんです。

たとえば、いわゆるリーダーシップやコミュニケーションと呼ばれるソフトスキルの部分。一定以上の責任を負いながら、リアルの実務で意思決定を重ねていく。この経験を積みたい人にとっては、絶好のポジションです。

一方で、ハードスキルが伸びづらくなる可能性もあるので、自分のスキルをどんなバランスで伸ばしていきたいのかを考えてキャリア形成していくことをおすすめします」

デザイン会社、スタートアップ、あるいは起業——。デザイナーが採り得るキャリアの選択肢は多様化している。

登壇者のtakejuneのように、シリアルアントレプレナーが再び立ち上げるスタートアップも増えてきた。その意味でも、日本のスタートアップエコシステムは一定成熟してきたともいえよう。だとすれば、スタートアップの“一人目デザイナー”という未開の地を切り拓くような道筋にも、一定の再現性が生まれていくはずだ。

最後にウエタニが語ったように、ソフト/ハードのスキル、そして自分が目指すデザイナー像をまず棚卸ししてみる。その上で、事業ステージや領域、そしてカルチャーと照らし合わせながら、デザインの価値を発揮できる場所を見つける——。これからスタートアップでの活躍を目指すデザイナーにとってヒントが詰まったセッションだった。

Credit
執筆
長谷川リョー

文章構成/言語化のお手伝いをしています。テクノロジー・経営・ビジネス関連のテキストコンテンツを軸に、個人や企業・メディアの発信支援。主な編集協力:『10年後の仕事図鑑』(堀江貴文、落合陽一)『日本進化論』(落合陽一)『THE TEAM』(麻野耕司)『転職と副業のかけ算』(moto)等。東大情報学環→リクルートHD→独立→アフリカで3年間ポーカー生活を経て現在。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

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