“I”と“We”の壁を壊せるか——Takramの「越境」が生むデザイン駆動型のイノベーション #Designship2018

2018年12月1日、2日の2日間にわたり、デザインカンファレンス「Designship2018」が開催された。あらゆる業界から第一線で活躍するデザイナーが集い、2日間でのべ20名以上のデザイナーがセッションをおこなわれた。

1日目の最終セッション『越境するデザイン』に登壇したのは、Takram代表の田川欣哉氏だ。Takramはアプリやプロダクトのデザインにとどまらず、ブランドデザインや空間デザイン、さらには未来を考えるビジョンデザインまで、多種多様な領域のデザインを切り拓くデザインイノベーションファーム。

この時代において新たな価値を創るためには、ビジネス・デザイン・エンジニアリングの3つの領域の「越境」が不可欠であるという。田川氏からは、Takramの原点から、これからの時代に求められるデザインの役割が語られた。

田川欣哉
株式会社Takram / 代表
大学在学時、プロダクトデザイナーの山中俊治氏と出会いデザインの道へと進む。学部卒業後は英国のRoyal Collage of ArtのIDE(インダストリアル・デザイン・エンジニアリング)コースで2年間の修士課程を修了し、現在は同校の客員教授も兼任。2006年にTakramを設立し現在に至るまで、デザインとエンジニアリングを融合させた数々のプロジェクトを成功させている。

「選ばない」を選び、デザインエンジニアリングの道へ

Takramは「エンジニアリングとデザインのどちらかを選ばない」という選択の延長線上に生まれた。田川氏は、大学時代、メーカーでエンジニアとしてインターンをした際に、アイデアを形に落とすという工程をたどるデザインの仕事に衝撃を受けたという。

田川

「大学時代、エンジニアリングはこの世にあるすべてのものを作れると思っていました。しかし、インターンを経験するなかで『自分もデザイナーのように、アイデアから形を作れるようになりたい』と強く思うようになり、面談で『デザインとエンジニアリングの両方をしたい』という話をしたんです」

しかし期待とは裏腹に「エンジニアかデザイナーか、どちらか選ばなくてはならない」と諭され、半年以上の時間を費やして悩み抜く。

田川

「あるとき気づいたんです。こんなに悩んでいるのにどちらかを選べないっていうことは、選んじゃいけないってことなのかなって。自分の気持ちに嘘をついたら後悔しそうな気がして。だったら20代のうちは『選ばないこと』をやってみようと思い、デザインエンジニアリングに辿りつきました」

現在、Takramには総勢40名ほどのエンジニアやデザイナーが集う。いわく、そのほとんどは一般的な企業に居場所を見つけられなかった、いうなれば「社会不適合者」だと田川氏は述べる。しかし、革新的なプロジェクトを創り出す彼らにとって、「普通への違和感」は非常に価値のあるものであり、これが「越境」へと繋がるのだ。

デザイン、テクノロジー、ビジネスをジャンプする仕事が新たな時代の価値を生む

Takramはなぜ「越境」というテーマを掲げるのか? その背景を理解するためには、デザインの歴史を紐解く必要がある。インターネットがあらゆる壁を壊した第四次産業革命の真っ只中にある今こそ、「越境」は真価を発揮するのだ。

田川

「歴史をたどると、デザインの発展には必ず産業革命がかかわっています。第一次産業革命が起こったことで工業製品が発達し、プロダクトの提供が一対一ではなく、一対多へと変化しました。このときにマスプロダクションされたインダストリアルデザインが生まれ、それをより多くの人に届けるために、グラフィックデザインが力を持つようになりました」

第一次産業革命からほどなくして起こった第二次産業革命は、電力と電気の時代だった。ソニーやキヤノン、パナソニックといった日本を代表するメーカーはこのときに誕生し、メカトロニクスデザインの技術が開花した。そして第三次産業革命は、コンピューターの時代の夜明けの時。インターネットの進化に対応するために、インタラクションデザインが発展した。

田川

「第三次産業革命でフィーチャーされたのが『デザイン思考』と『デザインエンジニアリング』。UIは実装を考えたデザインが必須ですし、WebサービスはサービスモデルとUIの接合を分けて考えることはできません。このように、デザインと他の領域との関わりが深まったのが2000年頃のことです」

そしてIoTが浸透し始めた今は、第四次産業革命の時代。リアルとバーチャルがつながり、その距離は縮まりつつある。デジタルテクノロジーが現実世界に染み出し、既に医療や農業の現場では実際に活用が行なわれている。

マスプロダクションが社会を席巻した2000年頃まで、人は生身の人間としてではなく、「何万台売れたか」という消費の単位として捉えられた。しかし、インターネットの登場により一人ひとりのユーザーが可視化され、ヒューマンファクターが観察されるようになった。ここにこそ、デザインの力が最大限に生きるチャンスがあるという。

田川

「今、僕たちの最大の関心は『デザイン駆動型のイノベーションをいかに起こすか』ということです。イノベーションを起こすためには、BTCトライアングルと呼ばれる3つの領域を越境することが非常に重要になる。Bがビジネス、Tがテクノロジー、そしてCがクリエイティブ、クリエイティブはデザインにあたると考えてください。この3つのなかで唯一デザインだけが、一人ひとりのユーザーを観察する技術を持っている。個人が可視化された今の時代こそ、デザインが最も力を発揮できるときなのです」

Design Thought Leadershipをいかに発揮するか?

しかし、デザインが単体でイノベーションは起こせない。観察により生まれたアイデアは、テクノロジーの力で形になり、ビジネスの力でユーザーの元へと届く。このように3つの視点が混ざり、包括的なアプローチが実現されたとき、大きなイノベーションが起こるのだ。

その包括的なアプローチのため、Takramに所属するメンバーは、特定の領域におさまらない仕事に携わる。あるエンジニアはモバイルサービスのUI設計から空港のラウンジの空間デザインまでをこなし、あるデザイナーは本の装丁も、食品の商品企画も手がける。各メンバーはおよそ3ヶ月に1回のスパンで、業界や職分を超えプロジェクトを担当するという。

田川

「一人ひとりの中に、多眼的視点を養ってもらおうと思っています。あるときはデザイナー、あるときはマーケター、あるときはエンジニアとして考えられるように。これからは、ビジネスとテクノロジーの両方のフィールドからも、デザインを考える時代です」

加えて、この流れを後押しするかのように2018年5月、経済産業省は「デザイン経営」宣言を発表。国が政策としてこのような指針を明確に言葉で定義して打ち出すのは、デザインにとってまさにエポックメイキングな出来事だ。

田川

「企業のなかでデザインの位置付けを変えることで、デザインが仕事のプロセスの上流から関わることができます。CDOやCXOと呼ばれる人々は、デザインが中心となる時代の先駆者として、その世界観を引っぱっていく役割を担うことになるでしょう。

その役割が広まっていくにあたり、僕が皆さんと一緒に考えたいと思っているのは『Design Thought Leadership』についてです。Thought Leaderとは、複雑で抽象的な課題に取り組む人。自分たちの会社やサービスが、社会にどのようなインパクトを与えるのか?——これまで、それはビジネスやテクノロジーの領域の課題とされてきました。しかし、デザインがその強みを発揮し、Thought Leaderとしてこの課題に取り組むこともできるのではないでしょうか」

「違和感」は、時代に新たな価値を生むコンパス

Takramが掲げる「越境」とは、「自分の住んでいる枠を飛び越えること」と定義される。たとえば国境や文化の枠をまたいだとき、人は強い違和感を覚えることが多い。自分の枠を飛び越えることとは、これまでの自分のやり方が通用しないことに対する違和感を抱くことと同義なのだ。

田川

「デザインかエンジニアリングのどちらかを選ぶことは、自分にとって大きな違和感であって、自然なこととは思えなかった。であれば、20歳のうちは『不適合感』を問題にせず、自分にとって自然なようにやってみよう、と考えたところから、今の僕があります」

これは、ピーター・ドラッカーが教育に関して残した言葉であり、RCAのIDEコースの教育指針にも使われている。直訳すると「イノベーションの時代において我々が育てなくてはならない人々は、まだ存在し得ないものや、明確に定義できない物事に取り組む人々だ」となる。

イノベーションの時代において、未来にどのような仕事が成立しているかは誰もわからない。若い世代は、抱えた違和感を解消するために、目の前に広がる新しい景色に向き合い、これまでにない物事に取り組んでゆくことになる。

田川

「皆さんの中にも、違和感を抱えている人がいるはずです。それをあまり問題視せず、そのままそっと自分なかで優しく扱っていただけたら、と思います。その違和感の正体は、まだ認識されていない、誰も知らない価値なのかもしれない。感覚が未来に向きすぎているのかもしれない。時代があとから追いかけてきて、時代と社会と自分がフィットしたとき、それは素晴らしい価値になります。そのときまで、じっくり待ってください」

その違和感を価値にするべくTakramが発見したのが、「越境」という言葉であった。越境を繰り返すことで、人は何度も違和感と対峙する。その違和感こそが、まだ認められていない価値をコンパスとして示すのだ。強制的に自分たち自身を越境させ続けることにより、違和感を蓄え、それを羅針盤として、Takramは今日も革新的なイノベーションを創り出す。

最後に、ドイツの生理学者であるクロード・ベルナールの言葉を引用し、本セッションは締めくくられた。

田川

「これも僕の大好きなフレーズです。デザイナーは『自己表現をしなさい』と訓練されるので、自分というものをものすごく大切にする。一方、デザイン思考や越境しての協業において、『わたしたち』という視点は欠かせません。

『わたし』と『わたしたち』のどちらを優先させるのか、多くのデザイナーは悩みます。この壁こそが、第四次産業革命を担う僕たちの世代がデザイナーとして乗り越えるべき壁なのではないでしょうか。IとWeの両方を獲得し、必要に応じて組み合わせることができるか―その挑戦が、この時代におけるデザインの新たな価値の創造へとつながるはずです」

Credit
写真
小山和之

designing編集長・事業責任者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサルでの編集ディレクター/PjMを経て独立。2017年designingを創刊。2021年、事業譲渡を経て、事業責任者。

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