創造力と想像力が後押す、最短距離でのミッション達成——前田瑶介×水谷翔×草野美木

プロダクトのストーリーからユーザーや生活者とのコミュニケーションまで、事業をつくりだすデザインの領域は多岐に渡る。デザインはいかにしてミッション達成に寄与することができるのだろうか。

2024年5月に開催された、多様なデザイナーが一堂に会するデザインフェスティバル「Featured Projects 2024」。同フェスティバル内のトークセッション「事業を前進させ、社会を良くする“そうぞう”の力」では、WOTA株式会社 代表取締役 兼 CEOの前田 瑶介、Duolingo Country Manager, Japanの水谷 翔が登壇。モデレーターはポッドキャストを中心に米国スタートアップやビジネストレンドを発信する番組『Off Topic』の共同創業者である草野 美木が務めた。

WOTAとDuolingoの二社はいかにして、“そうぞう”の力──すなわち創造力と想像力をドライバーとして、ミッションに掲げる未来の実現に向けて歩んでいるのだろうか?

意思決定や開発体制は「最短でのミッション達成」に最適化

本セッションの序盤ではまず、WOTAとDuolingo、それぞれが目指す未来像が語られた。

「全世界に上下水道が普及しても、水問題は解決されません」。危機感を露わにしながらそう語るのは、WOTA株式会社 代表取締役 兼 CEOの前田 瑶介だ。同社は「世界中のだれもが水に困らない未来」の実現をミッションに掲げ、小規模分散型水循環システムの技術開発と社会実装に取り組んでいる。

前田

水問題解決のためには、上下水道を普及させる“大規模集中型”だけでなく、各建物単位で水を再生循環させる“小規模分散型”の仕組みが必要だと思っています。仮に世界中に上下水道を一瞬で普及させることができた場合、全体として赤字構造になりますし、そもそも世界人口とその増加に対して使用可能な水資源の量が不足しているからです。

また、ビジネスの観点では、建設業から製造業へのシフトも必要だと思っています。水道配管を通す場合、末端の細い配管でも1kmあたり1億円かかります。山間部など少ない家屋が点在する地域において、例えば10kmの配管で40世帯分を賄うとすると、一世帯あたり2,500万円程度の負担が生じる。しかし、各家庭に水循環システムを設置することができれば、費用は十分に抑えることができます。

WOTA株式会社 代表取締役 兼 CEO 前田 瑶介

一方のDuolingoのミッションは「誰もが利用できる、世界最高の教育を開発すること」。英語だけでなく40言語以上を学べる、無料の語学学習アプリを提供している。Duolingo Country Manager, Japanの水谷 翔は、創業者 兼 CEOのルイス・フォン・アーンの生い立ちを引き合いに出しながら、同社が大切にしている「最後まで完全無料」という点の意図を語った。

水谷

ルイスが生まれたグアテマラはスペイン語圏ですが、そこでは英語学習が、貧困から抜け出すためのサバイバルツールとなる側面が強いといいます。しかし、英語を学ぶためには参考書やテキストを買わなければならない。

購入する費用を用意できなければ学ぶことができず、貧困から抜け出せない……という状況をルイスは見てきたそうです。だからこそ、インターネット環境があれば誰でも無料で言語を学ぶことができるアプリとして、Duolingoを立ち上げたのだと。

Duolingo Country Manager, Japan 水谷 翔

両社の共通点は、そうした未来像の実現を目指し、「ミッション達成への最短距離」を最重視した経営スタイルを取っている点だ。

「地域の水問題は、地域の方々自ら解決できるのが一番いい」と考える前田は、ミッション達成までの速度を早めるため、WOTAの技術やツールを広く利用してもらえるように、できる限りオープンにしていきたいという。

前田

私たちは、自分たちがつくったもので世界を埋め尽くすために、100年かけるようなモノづくりを目指しているわけではありません。むしろ、あらゆる人が自分たちの地域で、自ら水問題の解決ができるよう、つながるモノづくりがしたいんです。例えば、私たちの技術を使って誰かがWOTA BOX(WOTA株式会社が製造するポータブル水再生システム)よりも良いものを作れば、災害の水問題の解決スピードは早まる。ならば、基本的に成功した技術は広く利用できるようにした方がいいですよね。

Duolingoでも同様に、ミッション達成までのスピードを大きな判断基準としている。同社ではかつて、Duolingoアプリ上で生徒に宿題を共有し、進捗も一元管理できる学校向けのツール「Duolingo for Schools」を提供していた。しかし、現在では完全撤退はしていないものの、特にフォローアップはしていないという。

水谷

このサービスを推進して数字を伸ばすこともできましたが、「誰もが利用できる、世界最高の教育を開発すること」というミッションを達成するためには、To Cに集中してユーザーを増やすことが当時は最優先だったのです。そのため、カスタマイズの要望が増えて人手が取られるようになったとき、To B向けのサービス優先度を下げる決断をしました。

ミッション達成に向けた最適解を柔軟に探るため、新しい機能を導入する際も、迅速にテストや改善を行える体制を構築している。

前田

水処理は、使用する人数や状況などによってプロセスが変動するため、ラボで全てのR&Dを完了させることはほぼ不可能です。そのため、開発段階から実際に使っていただき、その中でデータを集めながら改善を繰り返していきます。

水谷

ラボで完結しないというのはDuolingoも同じです。社内テストや議論を重ねてサービスを世に出したとしても、想定外の反応があったり、そもそも変化に気づいてもらえなかったりする。そのためABテストを行い、ユーザーからフィードバックをもらう期間(ロールアウト)を1〜2週間程度設けた上でローンチしています。

メンテナンスは自然とのコミュニケーション。及ぼした影響に「責任」を取るために

こうした「ミッション達成への最短距離」を追求し続ける開発プロセスの中で、“そうぞう”の力──創造力や想像力は、いかなる価値を発揮しているのだろうか。

Off Topic株式会社 共同創業者 草野 美木

WOTAのデザインにおいては、各家庭や災害地などにおいて誰でも初見で使えるように「プリンターのトナー交換くらいの簡単なユーザビリティを目指す」ことを意識しているという。

前田

水インフラの仕組みは普段は見えにくいものですが、WOTAのプロダクトにおいては、計測系機器やフィルターなど水処理に必要となるものをわかりやすくレイアウトすることを大事にしています。また、プリンターのインク量のようにフィルターの消耗具合を可視化することで、フィルターの交換タイミングがわかるようにしました。こうすることで、水処理の仕組みを理解しやすくなるとともに、誰でも簡単にメンテナンスができるようになります。

フィルター交換などのメンテナンスも、自然とのコミュニケーションだという。そしてそれは「ミッション達成への最短距離」につながる。

前田

どういう風に水を使うかでフィルターの消耗は変わります。私たちは、自分が与えた自然への負荷に責任を取る必要があります。しかし、現状の上下水道システムでは、自分たちが出した排水が、自然にどんな影響を及ぼしているのかがわかりづらい。フィルター交換などのメンテナンスを通して、個々がその消耗具合を意識することで、自然と流す水をきれいに保とうと考えるようになります。インフラは、人と自然の間のインターフェースだと思っています。だから私たちは、ブラックボックス化したインターフェースではなく、人と自然のコミュニケーションの可能性が開かれたインターフェースをデザインすることを目指しているんです。

さらにWOTAでは、微生物による水処理も行っているが、そのプロセスにもユーザーが関わる余地を残している。

前田

微生物が嫌がるような(非活性)水の使い方をすると、微生物のパフォーマンスが下がり、フィルターの膜負担は上がるのでコストが上がる。微生物が元気になる(活性)使い方をすれば、パフォーマンスがよくなり、膜負担が下がりコストが下がります。

そうすると、ユーザーの中には「今日も微生物が頑張ってくれている」と生き物の働きを感じてくれている方もいらっしゃいます。今後は、こうした微生物の「頑張り」を可視化するインターフェースも、デザインのひとつとして考えていければとも思っています。

キャラクターが生み出す、ポジティブなユーザー体験

Duolingoでも、“そうぞう”の力を活用することで、ミッションに掲げる未来像を体現するユーザー体験が創出されている。

キャラクターを活用した、SNS上でのユーモア溢れる投稿やコミュニケーションはその一例だ。“Duo”と呼ばれる緑色のフクロウを、公式キャラクターとして起用。水谷は「キャラクターパーソナリティがDuolingoのブランドを体現している」という。

水谷

キャラクターがいるからこそ、思いっきりふざけることができるんです。そうしてエンタメ要素の強いコミュニケーションを取ることで、多くの人にリーチし、知ってもらえる。その結果として、例えば、ある人が言語学習に取り組もうとした時にDuolingoを思い出す——リマインダーとして機能してくれればいいなと思っています。

Duoはワイルドでクレイジー、ネジがぶっ飛んでいるキャラクター。彼の魅力を最大限に引き出すことによって、Duolingoのブランドの魅力がユーザーに伝わるよう、常に気をつけています。

キャラクターによるブランドイメージの醸成においては、グローバルなプロダクトだからこその工夫もある。グローバルで共通のイラストを使ってイメージを統一しつつも、国や地域に応じたローカライズの際には“キャラ付け”に気を配っているという。

水谷

グローバルでウケているものが日本でウケるとは限りません。そこで必要なことは“キャラ付け”だと思います。アメリカのTikTokをご覧いただくと分かるのですが、Duoが人を誘拐するような過激さがあるんです。対して日本の場合は、もう少しかわいさやおせっかいさなど、日本に馴染むようにローカライズしたキャラ設定をしています。

キャラクターを活用したコミュニケーションは、SNS上だけではなく、アプリの中にも取り入れられている。

水谷

キャラクターを活用することで、「喜び」を感じる要素をアプリの中に加えています。例えば、レッスンとレッスンの間に5問連続で正解したら、キャラクターたちが「5問連続正解やったね!」とかわいらしいアニメーションが出る。一見すると無駄なことだと思われるかもしれませんが、そういったポジティブな経験が「明日もやろう」とDuolingoで学習する意欲を高めてくれるのだと思います。

“そうぞう”したい未来に向けて

セッションの終盤では、ここまで議論してきた内容を踏まえ、これからいかにして“そうぞう”の力でミッション達成を推し進めていくのか、展望が語られた。

前田は能登半島地震の際、WOTAで水循環システムをカバーするのに約1ヶ月かかったことを振り返りながら、「まだまだ社会システムをデザインしきれていない」と課題感を語った。

前田

災害時の水の供給に関わる誰もが水循環システムを知っている状態をつくり、有事の際は即座に合意がとれ、日本中から被災地にプロダクトが届く形にする。今後はそういった、有事の際に助け合う互助のネットワークの仕組みを整えたいと思っています。

そして、日常においても、個人が直接問題解決ができる世界——“Direct to Problem”をつくり出したい。今は水循環システムにおいて「誰でも使える」を目指す段階ですが、これから先の未来では「誰でもつくれる」を実現したいと考えています。人間は自然の一部であるとともに、他者論においては人間にとって自然は究極の他者でもあります。直接問題解決に関わることができることで、人と自然とのコミュニケーションを生み出すことができれば、自然と人間のパーセプションが変容し、結果的に自然環境との調和をはかる動きも加速すると考えています。

そして水谷はDuolingoの展望について、「事業を営むことで、社会を変えることに直結させていきたい」と意気込みを語った。

水谷

Duolingoのユーザーは多様です。ビル・ゲイツがDuolingoでフランス語を学んでいる一方で、シリアの難民も同じプラットフォームで言語を学んでいます。この裾野の広さも我々が誇りに思っているところです。

アプリの中に表示される広告収益でのマネタイズと、非表示にすることによる有料のサブスクリプションの二軸でマネタイズしているため、途上国やファイナンシャルメリットのない方々には無償で提供し、金銭的余裕がある方はサブスクリプションを選択いただく、という形が実現できている。こういった富の再分配が社会を変えることに繋がると思うので、これからも引き続き事業を推進していきたいと思います。

ミッション達成に向けた「あえて」の選択をしている両氏。一般的に考えれば「無駄」と切り捨てられてしまうところを、ミッションを達成のために「あえて」行う。そうしたプロセスこそ“そうぞう”の力──すなわち創造力と想像力の活かしどころではないだろうか。

Credit
執筆
並木里圭

2001年千葉県生まれ。関心は民藝、アナキズム、フェミニズム。立教大学観光学部卒。2025年から大学院進学予定。1番好きな花はチューリップ。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

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