デザインを知れば、社会はもっと前へ進めるーーグッドパッチ佐宗純

「ハートを揺さぶるデザインで世界を前進させる」をビジョンに、「デザインの力を証明する」をミッションに掲げるGoodpatch。「デザインの可能性を広げたいなら、うちに来たほうがいい」とストレートに語る代表・土屋尚史に、佐宗は突き動かされた。

「誰に」「どんな価値を」届けたいのか。

目指すターゲットが鮮明に見えているほど、生むべきプロダクトの形も明確になっていく。デザイン、ひいてはビジネス一般においてもセオリーとなる。

グッドパッチで事業責任者として、ReDesigner、Strapなどを率いる佐宗純は、入社時に、自らの活動の目標地をこれ以上ないほど具体的に設定した。それは「前職にデザインの魅力を伝える」こと。

元々、デザインに対してほとんど縁がなく、学生時代には経営学を専攻。新卒で選んだのは、NTTコミュニケーションズだった。今でこそデザイン組織『KOEL DESIGN STUDIO』立ち上げなどの取り組みで注目を集めているが、当時は少なくとも、デザインに対する取り組みで知られるような企業ではなかった。

しかし、同社で偶然にも「デザイン」と出会ってしまった若干23歳の若者は、その可能性に一気にのめり込む。デザインへの理解を世の中に広めようと挑む、戦いの幕開けだった。

新天地として選んだグッドパッチで、彼はどのようにして「デザインへの価値」を見出し、可視化していったのか? また、事業責任者として、その価値やスキルをいかに事業成長やマネジメントに生かしていったのか?

そのストーリーは、大学を卒業した2013年に始まった。

「デザインの発見」とその挫折

「デザインのデの字もない環境だった」

立教大学・経営学部で過ごした学生時代を、佐宗はこう述懐する。

世の中的にもまだ「デザイン」という言葉が、今よりも狭義に使われていた時代。佐宗は大学の授業における事業を通じクライアント企業に対する課題解決の提案を重ねた経験や、成長著しいIT企業でのインターンを通じ、新規事業の意義や生み出す価値に興味を抱いた。

インターンでは充実感を味わう一方、就活人気ランキングでは変わらず日系大企業が上位を占めることにも、「なぜだろう」と興味を持つ。考えた末、新卒としてNTTコミュニケーションズに入社することを佐宗は選択した。

そんな思惑が通じたのか、配属先は新規事業を開発するプロジェクトだった。新たなコミュニケーションアプリの創出を目指すチームの中で、運命的な出会いが佐宗を待ち受けていた。

佐宗「プロジェクトのパートナーとなったのが、世界でもトップクラスのデザインコンサルティングファームでした。彼らとともに、ユーザーインタビューやインサイトの抽出、プロトタイピングなど、デザインプロセスの基礎を経験させてもらったんです。

僕が大学で学んだ経営学では、『マーケット』中心の視点でビジネスを見ていました。しかし、デザインプロセスにおいて軸となるのは『ユーザー』を基軸とした視点。それを学ぶことで、サービスの見え方が180度変わりました」

デザインプロセスを経て考案された新規事業は、社内の幹部たちの心も動かしていった。佐宗はそこに、自らの目標である「日本社会をアップデート」への心強い武器になる可能性を見い出す。特に強く実感したのが、最終のプレゼンテーションだった。

佐宗「ただのスライドではなく、僕らはプロトタイプを作って実際に目の前で動かし、さらに利用シーンをイメージしたコンセプトムービーによって、ストーリーに乗せた提案をしていったんです。事業のプレゼンが終わると、出席者からは自然と拍手が生まれました」

だが、このプロジェクトが正式に動き出すことはなかった。

プレゼンの場を共有した人々はそのプロセスを含めて心を動かされた一方、聞き慣れない手法に戸惑う人も社内には多かったのだ。最終的に事業化は見送られ、チームは解散。佐宗はこのショックから、休職寸前にまで追い込まれた。

佐宗「この先どうしようかとずいぶん悩みましたが、あの場で感じたデザインの可能性を諦めることはできませんでした。むしろ次第に、自分がやるべきはその価値を『企業の中にきちんと広めること』ではないか』と考えるようになったんです。ならば、NTTのような事業会社の内部にいるよりも、外側からその価値を届けていく方が近道になる。そう考え、デザイン会社への転職を決意しました」

プロダクトではなく、デザインカルチャーを拡大する

2014年に佐宗が門を叩いたグッドパッチは、「ハートを揺さぶるデザインで世界を前進させる」をビジョンに、「デザインの力を証明する」をミッションに掲げるデザインカンパニー。

それらの言葉に加え、「デザインの可能性を広げたいなら、うちに来たほうがいい」とストレートに語る代表・土屋尚史に、佐宗は突き動かされる。前職で新規プロダクトの企画を行ってきた経験を買われ、まずはUXデザイナーとして、自社事業であるプロトタイピングツール『Prott』のチームへと加わった。

佐宗の加入する2カ月前にローンチされたProttは、2010年代中盤に起こったデザインに対する注目を追い風にして、その後毎年、倍々となるほどの成長速度を誇ることとなるプロダクトだった。佐宗はこのチームに3年ほど在籍し、破竹の勢いで伸びていく事業の成長を支えた。

佐宗「Prottのチームでは、いくつもの糧となる経験がありましたが、最も実になったと感じるのは『営業力』でした。それは、単に数字を上げるということだけを意味しません。

プロダクトを販売していくこと以上に、グッドパッチのビジョンや、デザインプロセスを重視するカルチャーを浸透させることを意識していました。導入先の企業にこのカルチャーが根付けば、自然とプロトタイピングへのニーズも生まれ、結果的にProttが選ばれていくはずだと。実際、おもしろいくらいに新規導入が決まっていったんです」

当時、30社以上の企業に向けたワークショップを実施するなど、デザインの啓蒙活動に明け暮れた佐宗。ソニーやパナソニック、トヨタといった日本でも有数の企業が軒並みProttを導入していく中で、少しずつ、現場のみならず経営層にまでデザインの重要性が浸透していく手応えを感じていた。

その後、競争環境の変化によってProttの成長は鈍化したものの、佐宗らが「プロダクトではなくカルチャー」を根付かようとしてきたことで、グッドパッチに次なる事業が生み出されていった。2017年にリリースされた、デザイナーに特化したキャリア支援サービス『ReDesigner』だ。

佐宗「Prottを成長させていく過程で、ユーザーのニーズを把握するために国内外200以上のデザイン組織や、デザインに興味がある企業との商談を重ねていました。そこで数多く寄せられたのが、デザイン組織の立ち上げやデザイン人材の採用についての相談だったんです。

当時、そこはグッドパッチが手掛けていなかった領域であり、相談を受けても『採用は大変ですよね……』と、お茶を濁していました。しかし、あまりの相談件数に、『グッドパッチだからこそ手伝えることがあるのではないか』と土屋と話し合い、デザイナーのキャリア支援事業を立ち上げることを決めたんです」

ReDesignerのサービスを設計するにあたり、大きな指針となったのが、グッドパッチの掲げるミッションだ。佐宗は「デザインの力を証明する」という言葉の意味を改めて噛み砕きながら、デザイナーにとってより良い環境を整えるべく事業を組み立てていく。

佐宗「ReDesignerにとって、デザイナーの転職はゴールではありません。デザイナーが組織の中で活躍すれば、デザインが生み出す『価値』の大きさを理解する企業が増え、デザインへの投資もさらに拡大していく。その一連の動きが生まれることで、僕たちが目指す未来に近づいていくんです」

ReDesignerでは、デザイナーを採用したい企業に対して、『なぜデザイナーを採用したいのか』『どのような事業課題や経営課題を抱えているのか?』などを丹念にヒアリングしていく。問われることで顧客が自らの課題と向き合うその設計には、佐宗自身がPrott時代、常に「Why」に向き合ってきた経験が投影されているという。

佐宗「創業者である土屋と行動をともにする過程で、彼が顧客に対して『なぜProttを開発しているのか?』『なぜ、グッドパッチがこの領域を手掛けるのか?』と語る姿をずっと見ていました。それは土屋自身が、Whyという言葉で自らに問いを重ねていく姿でもあったんです。

デザイナーとして常に本質に立ち返りながら、ユーザーを起点にプロダクトを生み出す。この視点を学んできたからこそ、ReDesignerはリリース直後から多くの企業、デザイナーの方々に利用いただけるサービスになったのではと感じています」

「ビジネス」と「デザイン」は二項対立ではない

現在、ReDesignerは学生向けの『for Student』、副業・フリーランス向けの『for Freelance』まで領域を拡大しており、これまで中途で3,882名以上、学生で12,826人以上のキャリアにコミットしてきた。その活動が評価され、2021年グッドデザイン賞も受賞している。

デジタル領域におけるデザイナーのニーズが高まる中で、デザイン会社が運営するキャリア支援サービスとして、独自の求人票などデザイナー視点にたったサービスデザインによって、実際に企業とデザイナーの高いマッチング率を実現し、実績を上げている。デザイン会社が社会に優れたデザイナーを輩出することで、ここから生まれた人材の活躍が、社会におけるデザイナーやデザインの役割や価値をさらに向上させていくことも期待される。

(審査委員評価コメントより)

ここまでの成果を見ると、いちデザイナーとしてだけでなく、事業責任者としての佐宗の手腕も感じずにはいられない。一度はビジネス領域のキャリアを歩み始めた後に、デザイナーへと転向、そしてマネジメントへ。この変遷を自身はどう捉えているのか。

佐宗「いまだに『事業を作ることとデザインを考えることは全く別の行為』というイメージって強いですよね? しかし、そういった区分にこだわらないキャリアを自分が歩んだことによって、デザインとビジネスは『二項対立ではない』ということが見えてきました。

事業を運営する中で、デザイナーだからこそできるビジョンづくりがあり、ブランドやサービスのあり方をデザインする力もある。一方、事業開発を担う立場だからこそ持てる視座もあります。ただし、プロダクトを作っていくにあたっては本来、全員が両方の視点を持たなくてはいけない。その前提があった上で、ユーザーを起点にリードしていくのが、デザイナーの役割になるんです」

誰もがデザインの価値を理解し、ユーザーを起点に考えるようになれば、デザインとビジネスの垣根は取り払われていくと考える佐宗。変化の萌芽は、すでにグッドパッチのサービスの中にも見えつつある。

例えばReDesigner for Studentでは、戦略コンサルタントを志望する人材が同時にUXデザイナーを目指したり、広告代理店を志望する学生が事業会社のデザイナーにも応募したり、といった事例が生まれているという。

佐宗「グッドパッチに転職してくる社員も、僕のように『デザイン』の文字がキャリアのどこにもない人間が増えている。しかし、コンサル出身者や大手企業で事業企画を経験しているなど、本質的な意味で『UXデザイン』の仕事をしてきているんです。今の日本には、そんな『隠れたデザイナー』たちがとても多いと感じています」

【後編】今こそ「デザイン」と「デザインシンキング」の対立に終止符を──田川欣哉×土屋尚史
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佐宗自身もまた、異業種からデザイナーへ転身した身。その上で、UXデザイナーを経て、今やReDesignerシリーズに加えて、2021年6月からはProttとオンラインホワイトボードツール『Strap』なども合わせた、複数の自社事業を見る立場にまで至った。

そうした重責を任される背景には、先述のような成果に基づく事業成長への期待もあるだろうが、チームメンバーから寄せられる信頼の厚さもある。実際、佐宗はどのようなマネジメントを心がけてきたのだろうか? 「事業責任者としてのスキルは、やりながら身につけてきた」と語るが、そこにはデザインにおける姿勢と同様に、「人」を起点とするまなざしがあった。

佐宗「メンバーはそれぞれが独自のストーリーを持って生きており、そのストーリーの中でグッドパッチを選び、仕事をしている。この視点を大事にする文化が、そもそもグッドパッチには根付いているんです。

だからこそ僕は、チームに所属する一人ひとりの意思を尊重しながら、彼らが理想に思う事業の状態や社会の姿を可視化したり、つなげたりしていくことに力を注いできました。その積み重ねが個々のモチベーションを高め、チームのパフォーマンス、ひいては事業の成長にも結びつくからです。

その過程では、デザイナーとして培ってきたスキルが役に立つことも、もちろんあります。つい先日行ったワークショップでは、メンバーのそれぞれが人生における『モチベーショングラフ』を書いて、チームの全員とシェアしました。それぞれの価値観やビジョンを理解することで、同じチームで働くメンバーをより「人」として見ることができる。こうした地道な積み重ねが、チームのパフォーマンスへつながっていくんです」

今ならデザインが届く。次こそ、社会のアップデートへ

グッドパッチに移籍して7年。この間に「デザイン」という言葉の定義は拡大し、世間での認識も拡大してきた。

佐宗にとっては、それを象徴する「事件」とも言える出来事も起きている。前職、NTTコミュニケーションズとの仕事だ。

佐宗「内部にデザイン組織のKOELが立ち上がり、その採用にReDesignerを活用してもらっているんです。7年前、僕らの力不足で伝えきることができなかった『デザインの価値』が、届くような時代に変化したのだと思います」

それは、かつて苦い挫折を経験した佐宗の夢が一つ、実現した瞬間だった。だが、かつて抱いていた究極的な目標は「日本社会をアップデートする」というもの。今、佐宗の視線は、改めてその難題へと注がれている。

「デザインの価値」を理解し、ビジネスとデザインの垣根を超えるプレイヤーの数が増えれば、企業は自ずと変わっていく。「そうした人材を社内の重要なポジションに就ける企業が次々と現れれば、社会はもっとダイナミックに変化するはずだ」という。

佐宗は1時間半にわたるインタビューの中で、繰り返し「デザインの価値」という言葉を語ってきた。いったいなぜ、こんなにも真っすぐに信じ続けられるのだろうか?

それは、かつて苦い挫折を経験した佐宗の夢が一つ、実現した瞬間だった。だが、かつて抱いていた究極的な目標は「日本社会をアップデートする」というもの。今、佐宗の視線は、改めてその難題へと注がれている。

「デザインの価値」を理解し、ビジネスとデザインの垣根を超えるプレイヤーの数が増えれば、企業は自ずと変わっていく。「そうした人材を社内の重要なポジションに就ける企業が次々と現れれば、社会はもっとダイナミックに変化するはずだ」という。

佐宗は1時間半にわたるインタビューの中で、繰り返し「デザインの価値」という言葉を語ってきた。いったいなぜ、こんなにも真っすぐに信じ続けられるのだろうか?

佐宗「デザインを突き詰めると『人間』に行き着きます。テクノロジーの発達によって、SNSなど今までになかったものが社会に溶け込むようになり、ツールもスマホ、ウェアラブル、VR等々変わり続けています。デザインが必要とされる領域も変化している。でも、人を起点とする意味において、デザインの本質は一貫しているように思えます。

その本質に触れたからこそ、僕は、デザインがデザイン業界の中だけにとどまっているのがもったいないと感じているんです。デザインを知れば、日本社会はもっと前に進める。全ての人がその価値を信じられる世界を作っていきたいんです」

デザインの魅力にとりつかれ、ビジネスと領域を横断しながら、その価値を啓蒙し続けている佐宗。その志の通り、デザインの可能性そのものに少しずつ目が向けられるようになってきた。

彼が指摘したように、デザインとビジネスの垣根が取り払われていったとき、この社会はどのようなアップデートを果たすのだろうか。

Credit
執筆
萩原雄太

1983年生まれ。演出家・フリーライター。サイゾー、CINRA.net 、美術手帖、XD、早稲田ウィークリーなどに寄稿する。『浅草キッド「本業」読書感想文コンクール』優秀賞受賞。

編集
佐々木将史

編集者。保育・幼児教育の出版社に10年勤め、'17に滋賀へ移住。保育・福祉をベースに、さまざまな領域での情報発信、広報、経営者の専属編集業などを行う。個人向けのインタビューサービス「このひより」の共同代表。関心のあるキーワードは、PR(Public Relations)、ストーリーテリング、家族。保育士で4児(双子×双子)の父。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

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