語られ過ぎたデザイン。“過熱”の先に求められるデザイナーの役割とは?

経産省の「デザイン経営」宣言が発表され、企業にCDO(Chief Design Officer)というポジションが新設され、新たにインハウスデザイン組織が編成されるなど、ここ数年企業におけるデザインに対する期待は確実に高まってきた。designingもまた価値創造におけるデザインの力を信じ、積極的に企業の実践例を発信し続けてきた。

ただその一方で、デザインの価値について“語られすぎた”ことによって、デザインに対する期待値が過剰に高まり、現実との乖離を引き起こすような、ある種の「過熱」状態に陥っているのではないか──。designingではそんな“自省”も込めて、「語られ過ぎたデザイン、過熱の先」と題したクローズドイベントを開催した。

登壇したのは、それぞれ異なる背景を持つ3人のデザインリーダー。note立ち上げに携わり、株式会社ビズリーチのプロダクトデザインを統括する大河原陽平。Goodpatch、TBSテレビを経てAlgomaticでCXOを務める野田克樹。そしてSmartHRでプロダクトデザイングループを立ち上げた宮原功治だ。

3人から語られたのは、デザインブームを経て見えてきた現実的な課題解決への道筋と、CDOとしてあるべき「経営にコミットする」姿勢だった。

過度な期待から起こる「認識のズレ」

デザイン経営、デザイン思考、インハウスデザイン──。designingでも企業におけるデザインのプレゼンスを高める試みにフォーカスを定めてきた。その数年を経て、デザイナー以外からデザインの可能性について語られることも増えてきた。

ビジネス文脈でデザインがバズワード的に取り上げられることもあり、半ばブームの様相を呈してきたのは、異論のないところだろう。その過熱ぶりを当事者たちはどのように見てきたのだろうか。

2019年SmartHRへ入社し、プロダクトデザイングループを立ち上げた宮原は「正直なところ、当初からあまり変わった実感はない」と語り、デザイン組織の構築と他部署との協働を模索し続けてきた数年だったと振り返る。

宮原

社内では今でもわりと腫れもの扱いというか、「こいつらと話すとややこしいぞ」みたいな雰囲気はあります(笑)。まぁ、定例会でサブカルやアングラの話をしているような集団だからかもしれないですが……。

入社したときがまさに過渡期。SmartHRとしてもまだ社員が100人いかないくらいの規模で、プロダクトが次々とリリースされる中、コミュニケーションデザイナーとプロダクトデザイナーがともに一つのデザイン組織に所属していて、一緒にプロダクトを作る仲間なのに、「設計はわからない」「コードの仕組みはわからない」みたいな状態がまかり通っていました。

入社して初めての仕事が「PMとデザイナーが噛み合っていないから、なんとかしろ」。話を聞いてみると、PMは「デザイナーがワイヤーフレームをちょっと整えただけで返してくる」、デザイナーは「PMがワイヤーフレームを描いてくるから、クリエイティブが阻害される」みたいな感じでした。そこから5年ほどかけて、期待値がそれぞれ違う中で否定することなく、コミュニケーションしながら組織を形作ってきました。

宮原 功治|株式会社SmartHR 執行役員 兼 VP of Product Design
イベントオーガナイザー経験後、音楽スタートアップを共同創業しデザイン責任者を務める。2016年以降、プロダクトデザイナーとして複数社のプロダクトデザインを請け負う。2019年にSmartHRへ入社しプロダクトデザイングループの立ち上げとコンポーネントライブラリ『SmartHR UI』のリニューアルを主導。2021年1月より現職に就任し、現在はメンバーの活躍支援や環境整備も担う。

2018年から株式会社ビズリーチに勤める大河原は、「今まさにデザイナーが必要だ」といった空気が醸成されたことに「助けられた」と語りながらも、デザインに対する期待値にはズレがあったと振り返る。

大河原

ずっと現場でやってきた身としては、デザインに興味を持ってくれた人が増えてきたのはありがたく感じていました。なんかよくわからないけど、盛り上がってくれているな、と。ただ、「デザイナーってなんでもできるんでしょ?」みたいな期待を寄せられても、実際のパフォーマンスとして何ができるのかは人それぞれ。かなりギャップが生じていたのではないかと思います。

大河原 陽平|Visionalグループ 株式会社ビズリーチ プロダクトデザイン部 部長
大学卒業後、制作会社やフリーランスでの活動を経た後、「note」の立ち上げに携わる。その後、株式会社ディー・エヌ・エーでデザイン組織のマネジメントに従事。前職では事業投資会社にて投資先業のプロダクト開発および、投資家支援に取り組む。2018年、株式会社ビズリーチにジョインし、人財活用プラットフォーム「HRMOS」シリーズのプロダクトデザイン責任者を務めた後、現在は株式会社ビズリーチのプロダクトデザインの全体統括を担う。

デザイナーによるパフォーマンスの違いを「デザイナーガチャ」と表したのは、Algomaticの野田だ。野田は“過熱”による恩恵はあったと好意的に捉えながらも、ネガティブな影響も否定できないと冷静に語る。

野田

過熱のおかげで仕事ができていたのも確かにありますからね。給与が上がったのは僕だけじゃないはずです(笑)。ただその一方で、結局は「個」の力がすべてなんじゃないか、と感じたのも事実です。ちょうどTBSテレビに在籍していた当時、ロゴが今の青色のものにリニューアルされた際「これはかなり本気でデザイン経営に舵を切るんだな」と感じていました。実際、新規事業を立ち上げるにあたって、デザイナーが真っ先に呼ばれるようになったんです。

けれどもそれまで、番組プロデューサーから「明日までにこれ作っておいて」と依頼されるような環境で働いてきたデザイナーが多く、「経営の意思決定の場に呼ばれる」という経験がほとんどなかった。結果として、期待されたようなアウトプットを出せず、「使えないじゃん」みたいな反応になってしまうこともありました。そうして「デザイナーガチャ」――つまり、担当するデザイナーによって結果が大きく変わる、という現象が起きていった。

最終的に感じたのは、どの現場でも高く評価される人は、やはり「個」として強い人であるということ。デザインの潮流がどんなに変わっても、最後は「個」の力がものを言う、という結論に至りました。

野田 克樹|株式会社Algomatic 執行役員 CXO
千葉大学工学部情報画像学科を卒業後、GoodpatchにてPM/UXデザイナーとしてキャリアをスタート。デジタル新規事業の立ち上げや大手企業のデジタルデザインにおいて、数多くのプロジェクト推進とチームマネジメントを担う。2021年よりTBSテレビにてUXディレクターとしてデジタルデザインを牽引すると同時に、Bison Holdingsの非常勤取締役に就任し、デザインマネジメントに携わる。2023年よりAlgomaticに参画し、CXOとして全社横断的な事業開発を推進するほか、エンターテインメント領域における生成AIネイティブな新規事業創出に取り組んでいる。

PMとデザイナーの「健全なコンフリクト」を起こすには?

「人それぞれ」「個の力がすべて」という結論はまさに「デザイン経営の理想と現実」の一端をよく表しているようだが、その中で明暗を分けるのはどういったポイントにあるのだろうか。デザイン組織の立ち上げ期や「1人目デザイナー」が直面しがちな課題から、議論が進んだ。

宮原は自身の経験を踏まえながら、「1人目デザイナー」のケイパビリティにとらわれず「アンラーン」する姿勢が大切だと語る。

宮原

当時1人目デザイナーが特集されることもあって、なんか”キラキラ”したコミュニティになりつつあったのを「この野郎!」なんて気持ちで見ていたんですけど(笑)、確かに1人目デザイナーって、キャリア的には幅広くいろんなことをやれるから豊かなチャンスなんです。でも僕自身、バナー作ってコード書いて、営業もやって……みたいな当時のケイパビリティを今活かしているかというと、そうでもない。「なんでも自分でやる」というより、組織や人を動かすために、自分から手を伸ばしてコミュニケーションしていかなければならないことが圧倒的に多いんです。

組織も1,500人くらいの規模になり、事業もアプリ数も増えてきたSmartHRの中で、意外と「1人目デザイナー出身者」の方が苦戦している姿を目にすることがあります。組織が変わっていくと、結局必要なのは「アンラーン」できる姿勢なのかなと感じています。

大河原も宮原の考えに同調しながら、組織の変化に対応できる「柔軟性」がデザイナーにも求められていると語る。

大河原

もちろんデザイナーとしての基礎となるスキルセットは備わった上で、「個」として活躍できる力というのは、いわゆる「論理思考」や「目的から逆算してデザインできる」みたいなところに集約されていく。ストーリーを紡いで、周辺の人と合意を得るためのコミュニケーションができるかどうか。

逆に言えば、意匠に対する思い入れが強すぎて、「わかってもらえない」と思ってしまうような人は、組織で働くことに向いていないかもしれません。組織にはさまざまな人がいて、それぞれ考え方も違う中で、相手が理解できる言葉で話したり、相手の知りたいことを伝えることも仕事の一つ。

相手が何を考え、何に興味があるのかを理解し、対話できるかどうかが重要です。結局、メンバー層だろうが経営層だろうが、大企業だろうがスタートアップだろうが、変化に柔軟に対応できるのがいちばん活躍できる人だと思います。

組織におけるデザインを考える上で、「PMが要件定義し、デザイナーが形にする」といった従来型の分業モデルから、より協働的なアプローチへの転換が求められている中、デザイナーに寄せられる期待は高まっている。

宮原は「PMとデザイナーの境界線」をどこに引くべきか模索しながら、むしろ双方の役割を明確にし、あえて「衝突」させることでパフォーマンスが高まるのではないかと考えているという。

宮原

PMにはどうしてもセールスコミットがつきまとう。ロードマップ、Go To Market……そうした現実的なラインを明確にすることは、短期的な視点がより強くなりますが、結果を出すにはとても役立ちますし、大切なことです。

一方プロダクトデザイナーは、それに対するカウンターパートとして「理想はこうだよね」というビジョンを作って、互いにディスカッションする中で現実的な着地点を見いだす役割を担う。基本的にうちのメンバーはPMやPOとずっとケンカしてるんですよ(笑)。彼らは「このタイミングでリリースしたい」という思いがあるけど、我々としてはつねに「いや、絶対にこうしたほうがいい」と提案する。高い値を設定しなければ思考が広がらないし、可能性も追求できないと思うんです。

大河原も「うちのメンバーも基本的にPMやBizDevと必要なコンフリクトは起きている」と共感しながら、まずはデザイナーがドラフトとして理想的なロードマップを形にすることの重要性を指摘する。

大河原

制約がある中でも、我々としては未来を見据えた上で常に松竹梅の複数パターンを提案する。むしろ、要求要件を洗い出して最低限のロードマップを作って、3割変えるくらいでもかまわない。理想がなければ、そこに近づけることすらできないわけですから。すぐに作り出せる状態にして、余力をどう活かすかが重要だと考えています。

PMとデザイナーの「健全なコンフリクト」を起こすには、当然組織として心理的安全性が担保され、明確なゴールに向かってともに歩んでいるという認識が必要となるだろう。宮原の「組織マネジメントに時間をかける」という言葉が裏付けられる背景だとも言える。

デザイナーの価値は測れるか──「共通のプロトコル」の重要性

さらにデザイナーのケイパビリティの不確実性も増している。生成AIの進化によって「デザイナーの仕事がAIに置き換わる」説が現実味を帯びる中、デザイナーにしか発揮できない価値とはどういうものなのだろうか。野田は「デザイナーが減っていくのは避けられない」とシビアに現実を見つめながらも、「インタラクションを作れるのはデザイナーしかいない」と指摘する。

野田

Algomaticには今、僕を含めて3人しかデザイナーがいないんですけど、この2年で15以上のサービスをリリースしているんですよ。単純に言えば、1人当たりの生産性が”爆上がり”している。ですから、アイデアを形にするだけの仕事なら、デザイナーの数は減っていかざるを得ないと思います。

でも最終的に人の心を動かす「インタラクション」は、デザイナーにしか作れない。Algomaticで最初に採用した正社員デザイナーが、ブランドコミュニケーションを専門にしている人だったのも象徴的です。サービス名やロゴ、LPの文言、SNSで拡散される動画......それぞれ単体ならAIでも生成できます。けれども、それらを統合して一貫した体験を構築し、「人の感情を揺さぶるデザイン」に昇華させること。それこそが、デザイナーという職能の本質だと思うんです。

宮原は自身の立場から「デジタルプロダクトデザイナーを減らそうとは思わない」と明言しながらも、デザイナーに期待するのは「豊かな問いを立てる」役割だと語る。

宮原

僕らがやりたいのはつまり、良い意味での「破壊」なんです。お客様の業務をそっくりそのままアプリケーション化するだけでは、真の価値創造にはつながらない。「この業務って必要ですか?」「なんでまだこれをやってるんですか?」と問いかけなければ、これからの社会に必要なサービスにはなりません。

既存の答えから最適解を見つけるのはAIが得意かもしれませんが、「いや、それはいりませんよね」と提案できるのは、デザイナーだからこそだと考えています。

一方、どれだけデザイナーの価値を強調しても、なかなか組織内でプレゼンスを高められないと悩むデザイナーも依然として多い。今回のイベントでも切実な悩みとして数多く寄せられたが、野田の回答は明快かつシビアだった。

野田

よく聞かれる質問ですが、答えは毎回同じです。「プレゼンスを高めるのは無理なので、辞めたほうが良い」。「今から頑張ってプレゼンスを高める」なんて、時間がもったいないと思うんです。それよりも、最初からデザインを大切にしてくれる人たちと仕事をしたほうがいいと思います。

だが宮原は自らの経験から、組織変革の可能性に賭けるスタンスを示した。

宮原

僕、頑張って変えたことがあるんですよ(笑)。組織のテーマにもしているのですが、大切なのは「デザインを魔法にしない」こと。デザイナーはどうしても直感やセンスに基づいて判断してしまうけど、言語化せずに「こっちのほうがなんか良いよね」と魔法使いみたいな仕草をしてしまうと、経営層の意思決定の中で改善できないし、そもそも他の部署の人の判断基準から離れてしまう。

なぜこういう判断になって、こちらのほうがいいのか、すべて説明責任を果たしていくことが大切。そうやってマイナスを0にした上で、事業に即した活動や成果を出していくことでじわじわとプレゼンスを高めていくしかないのかなと考えています。

野田はその組織のフェーズや事業ドメインによって変数は大きく、個人の努力だけでできることには限界があるとしながら、組織構造としてデザインのプレゼンスを高めることが重要と指摘する。

野田

結局、相手の期待値をきちんと上回れるかどうかなんですよね。相手が望むものに対して、もう一歩踏み込んだ提案をしたり、「このデザインには意味がある」と感じてもらえたりすれば、それが結果的に個人やチームのプレゼンスにつながっていくと思います。

ただ、そもそも「組織のどこにデザインチームが置かれているか」で経営陣の意志はだいたい見えてしまうんです。たとえば、マーケティング部門の傘下に配置されている時点で、デザイナーにどんな期待があるか、ある程度ジャッジできますよね。上長と同じプロトコルで話せないと、デザイナーが正当に評価されず、「給与が上がらない」といった話にもなりかねない。そこでお2人みたいに「給与上げてくれ」と率直に言える人がトップにいるかどうかでも変わってくるじゃないですか(笑)

ですから、まずは強い「個」として成果を出すこと。そのうえで、それを1人の属人的な成功で終わらせず、仕組みとして再現できる体制を作ることが大切だと思います。レポートラインを通じた適切なコミュニケーションや、事業部門とのバランス設計など。そうした構造の上に初めて、デザインが“組織の言語”として機能し始めるのだと思います。

デザインの過熱が語られる一方で、実際の組織では「デザイナーのプレゼンスが高まらない」といった悩みが尽きないのは、野田の言うようにデザイナーと非デザイナーとの「プロトコルが違う」問題が大きいのだろう。宮原は前提となる価値観を共有することの重要性を指摘する。

宮原

給与の源泉は結局、会社の利益、ないしは企業価値を高めて株主から資本を集めるしかない。すべてのビジネスはそうだよね、という価値観を前提としていかなければ、さまざまな人とギャップが生まれてしまうんですよ。趣味も興味も違う中、同じ目標を追いかけるツールとして有効だし、共通の価値はお金しかない。

ただ、デザイナーを定量的に評価できるかというと、無理だと思っています。デザイナーのコストは結局、R&Dの開発費にあたるわけで、売上とは単純に比較できない。しっかりお金の話をしつつ、「デザインを大切にする」「デザインの価値を上げる」という理念を追求していくしかないんだと思います。

野田も売上目標をデザイナーの評価軸に加えるべきではないと同意する。

野田

利益構造で語ろうとすると、そもそも市場選定によってまったく前提条件が違ってくるじゃないですか。たとえば不動産や商社であれば、単純に利益規模が大きい分だけ給与も高くなる。でも利益というのは、経営陣の意思決定や市場環境、営業・マーケティング・バックオフィスといった複数の要素が絡み合って生まれるものです。それを単純にデザイナー個人の評価に紐づけるのは、やはり難しいと思います。

少なくとも大切なのは、ジョブディスクリプションを明確にして、マネージャーがしっかりとコミュニケーションを重ねて合意形成していくこと。Algomaticでは、むしろ評価制度そのものをなくしてしまっているんです。まずは今、目の前で最高のものを作って、半年後も最高のものを持ってきてください、以上、と。そんなシンプルなルールのもとで、グッとコミットメントを高めてもらったほうが、結果として良いアウトプットにつながると感じています。

まずはビジネスの話を。CDOに求められる「Chief」としての姿勢

デザイン組織としてしっかりと期待以上のアウトプットを出しながら、「お金の話」からは逃げずにコミットしつづける──。そんなビジネスパーソンとしての誠実さを重要視してきた当事者だからこそ、近年、企業にCDO(Chief Design Officer)が新設され、デザイナーのキャリアパスの理想形として提示されることも多い状況に懸念が示された。

宮原は最近の流れが言わば「CDOブーム」となりつつあることに警鐘を鳴らし、CDOが増える一方で、本質的な役割を理解していないのではないかと危惧する。

宮原

イベントやアワードが毎月のように繰り広げられているけど、CDOの本質的な役割が見えづらくなっているんじゃないかと思うんです。

CDOはつまり、経営メンバー。僕自身、経営会議に参加して、「デザイナー」として意見を求められることなんてないんです。他社のCDOやデザインリーダーで集まって、知見を共有しても、事業は一歩も進まない。そんな時間があるなら、隣の部署……セールスやマーケティング、エンジニアのVPとかCTOとコミュニケーションして、経営会議の場で心理的安全性を高めた上で、経営メンバーとして豊かなディスカッションができるように努力すべきじゃないか、と。

野田も「超ウルトラ賛成」と宮原に共感しながら、デザイナーからCDOへの転換には「違う海へ飛び込む」ほどのパラダイムシフトがあると語る。

野田

デザイナーのうちは、それぞれ専門領域がありながらも「デザイン」という共通言語があります。でも、CDOになれば、CMO、CTO、CIO……CxOと呼ばれる人たちに共通しているのは「Chief」なわけです。これはまったく別の海に飛び込んでいるようなものなんですよ。「Chief」を名乗る以上は、ビジネスを理解し、経営の言葉で語れるようになることが不可欠です。そして、いったんデザイナーとしての視点を脇に置いて、会社の成長にコミットする存在になるべきなんです。

1時間半近くにわたる議論を通じて浮き彫りになったのは、デザインの「過熱」期を俯瞰しながら、地に足の着いた活動を続けてきた実践者の姿だった。デザインへの過度な期待や幻想を廃しながらも、デザインの価値を信じ、企業に実質的な価値創造をもたらしてきた彼らの背景にあったのは、経営にコミットする強い意志だ。

宮原

デザイナーとして……みたいな枕言葉で「経営に食い込む」とか「リーダーシップ」とか言い出すのは危険だし、それを助長する流れはちょっと過熱しすぎですよね。デザイナーとしての生存戦略としてCDOを目指そうとしている人がいるなら、めちゃくちゃ危険だよ、と。CDOは他のCxOと議論して、同じゴールを目指さなければならない。数字や課題、人材について議論しながら、共通言語を形成していかなきゃならないんです。

なのにイベントでは「CDOとしてデザインシステムをこう定義しました!」「こんな素晴らしいデザイン企業になりました!」みたいな、デザインの話が多い。そんなんじゃなくて、ちゃんとビジネスの話をしてほしい。そういう世界を作っていきたいです。

技術は進歩し、組織は変化し、市場の流れは移り変わる。そうした変化の中で、人間だからこそ発揮できる価値を追求し続けること。「豊かな問いを立てる」ことで、固定観念を疑い続けること。そして何より、デザインという専門性を、事業や社会の課題解決のための手段として位置づけること──。それこそが、「過熱の先」を生き抜くデザイナーに求められる姿勢なのかもしれない。

Credit
執筆
大矢幸世

ライター・編集者。愛媛生まれ、群馬、東京、福岡育ち。立命館大学卒業後、西武百貨店、制作会社を経て、2011年からフリーランス。鹿児島、福井、石川など地方を中心に活動。2014年末から東京を拠点に移す。著書に『鹿児島カフェ散歩』、編集協力に『売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放』『最軽量のマネジメント』『カルチャーモデル』『マイノリティデザイン』など。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

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