「デザインを、一人ひとりの力に。」JDPの新パーパスの背景と未来構想

本記事は、日本デザイン振興会のWebサイトと当メディアの両方に掲載されています。

日本のデザインは、これからどこに向かうのか——この茫漠たる問いに、2023年10月1日、一つの文脈が生まれた。半世紀近くにわたって「グッドデザイン賞」を主催し、我が国のデザインを見つめ続けてきた公益財団法人日本デザイン振興会(以下、JDP)が、新たにパーパスを制定したのだ。

「デザインを、一人ひとりの力に。」

このパーパスに込められた想いと、JDPがこれから目指す未来とは。パーパス実現に向けて2030年までに実行する3つのプロジェクトと、そのために必要な議論とは。

本記事では、2023年11月に開催された「JDPパーパス制定記念イベント」の内容をもとに、新たに制定されたJDPのパーパスとその制定プロセス、パーパス実現に向けた今後の取り組みについて紹介する。

いま、デザインに何ができるのか。JDPがパーパスを制定することの意味

イベント冒頭では、JDP理事長・深野弘行の挨拶からはじまった。なぜこの機にパーパスの策定に至ったのか。その背景が次のように語られた。

深野「私たち日本デザイン振興会は、グッドデザイン賞の主催団体としてそれなりに知られた存在であった一方、この組織の使命や目指すところについてはあまり議論がされてきませんでした。ですが、デザインに対する期待や関心が日に日に増し、デザイン政策はじめ国レベルでデザインとの向き合い方の見直しが進む中で、私たちに何ができるのか、あるいは何をすべきなのか。今一度考えねばならないと思ったのです」

公益財団法人日本デザイン振興会 理事長 深野弘行

そうして、今回新たに制定されたのが、「デザインを、一人ひとりの力に。」という言葉だ。

このパーパスに込められた想いについて語ったのは、JDP事業部長の津村真紀子だ。

津村「デザインは、人やモノ、あらゆる関係性をよりよくする力を持っています。このデザインの力をもっといろんな人に届けていくことで、よりよい社会をつくっていこう。そのために、デザインの可能性を拡げ続けていこう……そんな意味が込められています」

公益財団法人日本デザイン振興会 事業部長 津村真紀子

また、今回はパーパスと同時に、事業指針と行動指針も制定された。事業指針は、「見つける」「伝える」「繋げる」「深める」「創る」という5つの動詞から成り、「グッドデザイン賞」を軸に未来の兆しを「見つけ」、デザインの価値や可能性を多くの人に「伝え」、ヒト・モノ・コト同士を「繋げる」。

さらに、そのデザインのどういう部分がよかったのかを「深める」ことで、課題解決や変革をサポートし、よりよい社会を「創る」というJDPの取り組み内容を表している。

5つの事業指針

行動方針は、パーパスの実現に向けて、普段の行動においてやるべきこと/やるべきではないことを言語化していった結果、「未知へのわくわく」「すべては対話から」「グッドの虫めがね」「これ三歩先でどうなる?」「どんなことにもフェアに」の5つに定められた。

5つの行動指針

火がつく瞬間をじっと待つ——パーパス制定に伴走する際のポイント

パーパス制定にかかった期間は約3ヶ月。議論には、理事長を含めたJDPの全職員が参加し、職員一人ひとりの想いがこもったパーパスが完成した。

このプロジェクトに伴走したのが、カルチャーデザインファームのKESIKI INC.だ。

限られた時間の中、しかも初めてパーパスを言語化をする組織において、どのようにプロジェクトを進めたのか。KESIKIの石川俊祐氏は、そのプロセスを次のように振り返る。

石川「グッドデザイン賞の審査会を裏で支えている皆さん一人ひとりに、JDPの取り組みを“自分ごと”化していただく。その機会や環境を、どうすればつくれるかを日々議論しながら進めていきました。

こうしたプロジェクトでは、『KESIKIが何とかしてくれるんじゃないか』と、外部の協力者を頼ろうとしてしまうもの。しかし、パーパス制定の当事者は、あくまでJDPの方々です。いかにして皆さんがやりたいことを引き出していくかが、一番のポイントになりました。

火がつくまでは、けっこうチャレンジングなプロセスでした。『突然、新しい事業を考えろと言われても……』というところから、一人ひとりが『実はこういうことを考えているんだけれど……』と語り始めるまで、いかに喋り過ぎずに、耐えられるか。『待つ力』を大事にしていました」

KESIKI INC. 代表取締役 Chief Design Officer 石川俊祐氏

では、何を皮切りに“火”がついたのか。「どんなことをやっていくのか」と考え始めたところからスイッチが入ったとJDPの津村。

津村「最初は現状認識から始めたのですが、そこから『こんなことができると、世の中のニーズに応えられそう』『こんなことができると、自分たちも楽しいかもな』と考えるようになっていきました。いろいろなアイデアが生まれるにつれ、自分たちで考える姿勢が強まってきたんです」

パーパス制定時の議論にあたって使われていたMiro

とはいえ、パーパス制定はあくまでスタートライン。むしろここから、組織にパーパスを浸透させ、行動指針を日々の業務に落とし込んでいくという真のチャレンジが始まる。KESIKIの石川氏は、「浸透とは、成功体験の機会提供」と表現する。

石川「パーパスの言語化だけをいくら頑張っても、それだけでは何も変わりません。一部の人たちで美しい言葉をつくっても、人の心には響かない。言葉をつくった人たちではなく、日々働く人たちがワクワクしないと、組織は変わっていかないのです。

そのためには、言葉ではなく行動を通じて、今までなかったマインドセットやスキルセットを自分なりに手に入れるフェーズが必要です。ある種の痛みも伴いますが、これが一度うまくいくと、モチベーションが勝手に高まっていく。

『パーパス浸透』とは、そうした成功体験の機会を提供することだと思っています。まずは小さなことで構わないので、行動指針に沿うような成功体験を積んでいく。それにより日々の業務がワクワクするものに変わり、次第に大きな変化につながっていくのです」

パーパス実現に向けた「公開作戦会議」

パーパスは、つくって終わりというものではない。JDPはパーパス実現のための具体的なアクションを起こしていくべく、「2030年までに実行すること」として、「DESIGN PLAYGROUND/デザインで遊ぶ」「DESIGN INSTITUTE/デザインを探究する」「DESIGN from JAPAN/デザインを世界へ発信する」という3つのコミットメントを掲げている。

しかし具体的に何に取り組むかは、いままさに議論の最中だという。イベントの後半では、これらを実行に移していくための手がかりを得るべく、「みんなで公開作戦会議」と銘打った座談会が開催された。

モデレーターを務めたのはKESIKIの九法崇雄氏、登壇したのはパノラマティクス主宰の齋藤精一氏、先端教育機構事業構想大学院大学学長/JDP理事の田中里沙氏、HAKUHODO DESIGN代表取締役社長/JDP理事の永井一史氏、経済産業省商務・サービスグループデザイン政策室長の俣野敏道氏、JDP常務理事の矢島進二の5名だ。

まずは、「DESIGN PLAYGROUND/デザインで遊ぶ」という1つ目のコミットメントについて。この言葉には、デザインの持つ「ワクワクさせる力」をより多くの人に届けていきたいという想いが込められている。では誰にどのようなデザインの力を届けたい、あるいは届けていくのか。

KESIKI INC. 代表取締役 Chief Narrative Officer / 編集者 九法崇雄氏

この問いに対し、「小学校4年生くらいまでの子どもたち」と回答した矢島と、「中高生」と回答した永井氏。2人の回答には「若い世代」という共通項があるものの、その意図は大きく異なる。

矢島「金沢21世紀美術館の初代館長だった方の書籍で知ったのですが、遊ぶことのワクワクをピュアに受け止められるのは小学校4年生くらいまでであり、その時期に体感したことが後の人生につながっていくと言われています。

また学校には、美術や技術の時間はあっても、デザインについてちゃんと学べるような時間はほとんどありません。だからこそ、物事をより純粋に受け止められる小学校4年生くらいまでの子どもたちに、デザインの魅力を伝える接点を設けていけたらと思っています」

公益財団法人日本デザイン振興会 常務理事 矢島進二

永井「デザインというのは、単なる自己表現ではありません。対象があって、客観的に引いた視点で、届ける相手に共感しながらつくる必要がある。ですから、あまり早すぎても難しいのではという意味で『中高生』としました。

特にいまは、総合学習から探究学習というのができ、なにをすべきかと迷っている先生方も多い。これはチャンスなのではないかと思います。好きなことを見つけるきっかけになりますし、中高生くらいの年齢で『自分は世界に関わることができるんだ』という経験を積んでおけると、自己肯定感が育まれたり、世の中との関わり方も変わってきたりするのではないでしょうか」

一方、「あらゆる人にデザインの力を届けていく必要がある」と強調したのが田中氏と齋藤氏だ。田中氏は「Everybody」と回答しつつも、順序的には「デザインの価値や魅力を意識せずにここまで来てしまった世代の人たち」から、齋藤氏は「デザインと気づかずに優れたデザインを享受している人たち」から、アプローチをしていきたいと意気込む。

学校法人先端教育機構 事業構想大学院大学 学長/公益財団法人日本デザイン振興会 理事 田中里沙氏

田中「デザインは、さまざまな物事の土台にあるものだと思います。すべての人にデザインは必要で、デザインの力を理解して使える人を増やすために、学校教育にデザインを取り入れていくことも、非常に重要でしょう。

ただ、このときボトルネックになっていくのが、デザインの価値や魅力を意識せずにここまで来てしまった親世代の人たち。この世代の人たちの意識が変わることがポイントだと思っています。なので、基本的にはすべての人に届けていきたいですが、順序としては子どたちの親世代からアプローチしていきたいですね」

齋藤「僕は、デザインの議論をデザインコミュニティの中で行っていくことに限界を感じているんです。デザイン業界の人たちがデザイナーを愛でるという関係ではなく、もっと広げていく必要がある。

実際、デザイン業界の外の人でも、『知らないうちに使っているものが実は素晴らしいデザインだった』ということが、結構あると思うんですね。石川さんは“成功体験”とおっしゃっていましたが、そうした気づきを生みやすい仕組みをつくることで、デザインの力が広がっていくのではないかと思います」

パノラマティクス 主宰 齋藤精一氏

一方、「そもそも“人”に届けるのか?」と問いに対する鋭い疑義を投げかけたのが俣野氏だ。より長い時間軸に立ち、自然や将来世代の人たちを視野に入れた議論をすることが重要だと指摘する。

俣野「パーパスやデザインの議論を広げる上で、いま生きている人だけを対象に問いを立ててしまうと若干バイアスがかかると思い、こう回答させていただきました。これからの社会の設計においては、自然やマルチスピーシーズ、まだ生まれていない未来の子どもたちの“声にならない声”を包摂していく必要があります。

これまで、ビジネスにおいては『非合理的』と外されていたものを、今後は含めて設計していく必要がある。デザインはそのための、すなわち、人と自然を調和させながら価値を創造していくための手段なのです」

続いて2つ目のコミットメント「DESIGN INSTITUTE/デザインを探究する」について。「これからデザインが必要になる分野/領域とは」というテーマで議論が交わされた。

セクションの前半であったのは、新たな価値を生み出す「起業・スタートアップ」領域や、これまで行政主導で運営が進められてきた教育・医療・福祉などの「準公共」分野、「地域」や「ビジネスセクター」にデザインの力がもたらされることで、大きなインパクトが生み出せるのではという議論である。

田中「最近は起業家やスタートアップの方と関わる機会も多く、みなさん『こんなことをやりたい』と熱く語ってくれるのですが、聞いている側の人からすると、内容がうまくイメージできず嚙み合わないことも少なくありません。

かつて名経営者の隣には、デザイナーやコピーライターがいて、彼らが経営者の頭の中にあることを言葉や形にすることで、素早く社会に浸透させていました。起業・スタートアップの領域にデザインの力が広がり、起業家の試行錯誤のプロセスすらも外部に伝えられるようになれば、いろんな人の力を借りてイノベーションを加速させることができるようになるのではないかと思います」

矢島「教育、医療、福祉など、従来行政が主体で進めてきた、しかし行政だけではもはや立ち行かないさまざまな問題を抱えている“準公共”の分野こそ、デザインが真っ先に必要な分野だと思います。ここにPFIのようなさまざまな仕組みが導入され、クリエイティブやデジタルの力が使えるようになることで、日本社会が活性化していくのではないでしょうか。

そうした“準公共”分野にチャレンジする若いデザイナーが、増えていってほしいなと思いますし、既にそのような兆しはあると感じています。JDPとしては、この動きを加速できるような何かができたらいいですね」

また、デザインコミュニティに分断が生じていることでデザインが行政やビジネスに浸透していかないという指摘もあり、であれば真っ先に「デザインそのもの」にデザインの力を取り入れるべきではという刺激的な議論もあった。

経済産業省 商務・サービスグループ デザイン政策室長 俣野敏道氏

俣野「デザイナーの賃金が低く、デザインに対する投資が本当に足りていないのだとすれば、まずお互いの中での『デザイン』の定義が揃っているのかを確認する必要があると思います。もしかしたら、齋藤さんがおっしゃったように『デザインと知らずにデザインの恩恵を享受している人』も多くいるかもしれない。その場合、これまでの蓄積の中で、デザインに投資することの効果をきちんと示せているのだろうか。こういったことを考えていく必要があります。

また、仮にデザイン界でコミュニティの分断が起きているのだとすれば、なぜ越境の手段であるはずのデザインの世界で分断が起きているのか。デザインの力を使って社会全体を変えていくためには、まずはデザインの価値について、みんなでまとまってしっかりと示していく必要があると思い、デザインの必要な分野に『デザイン』を挙げさせていただきました」

そして、座談会の最後のセクションでは、「DESIGN from JAPAN/デザインを世界へ発信する」というプロジェクトについてその可能性を探るべく、「これから『日本のデザイン』を世界に広めていくためのカギ」というトークテーマで議論がなされた。

日本のデザイン政策を牽引する俣野氏は、具体的な機能として、デザインカウンシル・デザインミュージアムの重要性をあげた。

俣野「世界各国を見てみると、デザインを経済成長・政策に盛り込めている国ではデザインカウンシル・デザインミュージアムが機能していると感じます。特にデザインを探求し経済社会にデザインを浸透させるデザインカウンシル機能という意味では、これからの日本デザイン振興会の役割が極めて大切です。また、日本のデザインとは何かを議論し、アーカイブするデザインミュージアム。この2つは、日本のデザインを世界へ発信していく文脈でも重要な存在になるはずです」

一方で、「日本のデザインとは何か」を言語化し、その魅力を発信することが重要であるという議論を切り口に、後半では、「心遣い」や「思いやり」などの目に見えない部分、あらゆるものに神を見出して大切にする「アニミズム」的な価値観こそが、日本のデザインの強みなのではないかという議論へと発展した。

永井「近年のグッドデザイン賞の受賞作を見てみても、そこには明らかに『心』が存在していると感じます。見た目や形の美しさだけではなく、その背景にある作り手の心を感じる。ここに日本のデザインの可能性があると感じます。

これは、たとえば新幹線が1分の遅れもなく時間通りに来たり、掃除をしたときにお辞儀をするといった文脈にもつながる、一つの精神的な価値なのではないかと」

株式会社HAKUHODO DESIGN 代表取締役社長/公益財団法人日本デザイン振興会 理事 永井一史氏

齋藤「『アニミズム』には宗教的な解釈もあると思うんですが、僕は『やおよろず』とか『ものを大切にする価値観』として捉えており、これは日本の大きな特性の一つだと考えています。

日本では『サーキュラーデザイン』とか『サステナビリティ』という言葉が生まれるはるか以前から、たとえば『柘植(つげ)の櫛が折れたらそれを継いでいく』みたいなことをやってきていて、そこに『美』を見出してきました。

このいろんなものに対して魂を感じたり、ものを大切にしていこうと思うアニミズム的な価値観は、日本人にとってはあまりに当たり前過ぎて、これまであまり注目されてきませんでした。しかしこれは、海外から見ると非常にユニークな素晴らしい価値観です。僕も含め、日本のデザインに関わる人たちは、その意識を持っておくべきなのではないかと思います」


2030年のパーパス実現に向けて、着実に動き始めたJDP。

ここから日本のデザインの新たなシーンが切り拓かれる、そんな確信をもたらしてくれたイベントだった。3つのプロジェクトのもと、デザインの可能性が拡がっていく様に、ぜひ今後も注目していてほしい。

Credit
執筆
藤田マリ子

1993年生まれ、新宿区在住。京都大学卒業。株式会社KADOKAWAにて海外営業、書籍編集に携わった後、『FastGrow』の企画・編集職を経てフリーランスへ。ビジネス・ノンフィクション領域の企画・執筆・編集を手がける。編集作に『人生を変えるサウナ術』『文豪どうかしてる逸話集』など。 2022年より、代々の家業である日本茶専門店・東京繁田園の企画としても活動開始。趣味は競技ダンス、0歳児子育て中。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

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