
「正解」のない家に、ひとつの解を——NOT A HOUSE 申真衣
我々がやってきたことを抽象化すると、あくまでデザインやクリエイティブ、テクノロジーの力で感動体験をつくること。NOT A HOUSEはそれをもっと幅広い人に届けようと考えています。
2026年10月5日、NOT A HOTELは社名をNOTAに改めるとともに、住宅事業を担う新会社「NOT A HOUSE」の設立を発表した。
建築家とともに国内でも指折りの優れた体験を提供する別荘をつくり、それを分割して販売してきた同社が、新たに進出した住宅事業。別荘という“非日常”から家という“日常”へと、市場を広げる新たな打ち手だ。
この事業を率いるのが、申真衣——GENDAの共同創業者であり、2019年からは代表として経営のトップを担ってきた人物である。積極的なM&A戦略や海外展開、上場後も続く急拡大で記憶にある人も多いだろう。
申は2024年から社外取締役として関わりがあったが、この新たな挑戦は申自身が「やりたい」と進言したことで始まったものだという。
エンターテインメント企業の急成長を牽引してきた申が、なぜいま住宅なのか。そしてなぜ、その場所がNOT A HOTELなのか。申という経営者のまなざしから、その事業までを紐解いていく。
市場や合理性ではない、心が動く選択
申が経営者として歩み始めたのは、2018年。GENDAの創業からだ。それ以前はゴールドマン・サックスで金融商品開発部長を務めていたが、共同創業者となる片岡尚(アミューズメント施設運営大手・イオンファンタジー元代表)との出会いが契機だった。
「一緒に世界一のエンターテインメント企業をつくろう」——そんな言葉とともに語られた未来図に共感し、その日のうちに起業を決めていたという。ただ、その選択の起点にあったのは、個人的な趣味嗜好よりも、社会の変化に対する確信だったという。
「自分が好きかどうかというより、人の余暇がどんどん増えるなかで、エンターテインメントがより大事なものになっていると強く感じていました。昔は『50代男性』といえば、なんとなくこういう人だな、というイメージがあったと思うんです。でもいまは、属性だけで人を想像するのはかなり難しい。
それよりも、好きなIPや趣味のほうが、その人の輪郭が見えてくる。“何が好きか”がアイデンティティになっているんです。だからこそエンターテインメント市場は伸びるという確信があり、そこに挑戦したいと考えました」
申真衣|NOT A HOUSE株式会社 代表取締役CEO/東京大学経済学部卒業。2007年、ゴールドマン・サックス証券に入社。金融商品開発部長、マネージング・ディレクターを経て、2018年、株式会社GENDAを共同創業。2019年より代表取締役社長を務め、2023年に東証グロース市場へ上場。2025年に社長を退任。2024年12月よりNOT A HOTEL社外取締役を務め、2026年10月、NOT A HOUSE株式会社代表取締役CEOに就任。
人がどう変わり、どの市場が伸びるか。判断の軸はあくまで市場、そして知的好奇心だった。
「エンターテインメントはとても広いので、自分が好きなものはもちろんあります。ただ、自分が好きなものにもっと多くの人に共感してほしいというより、みんなが好きなものをもっと生み出せるようにしたい、より効率よくしたい。そういった関心がドライバーでした」
振り返ると、その前職であるゴールドマン・サックスも、大学で出会った「金融工学」という分野への関心や知的好奇心から選んだという。両者ともある意味“左脳的”な意思決定と言える。
NOT A HOTELは、そんな申の仕事観を後に大きく変えることとなる。
出会いにも、その片鱗があった。
2024年12月に申はNOT A HOTELの社外取締役に就任している。きっかけは、NOT A HOTELを所有する友人から宿泊する機会をギフトでもらったこと。そこでの体験があった後、創業者の濵渦伸次から声を掛けられた。
だが実は「当時、社外取締役の打診は基本的にお断りをしていた」と申は言う。GENDAの代表として多忙な日々を送っており、“GENDAに注ぐべき時間を割くことになってしまうから”だ。その中でも引き受けた理由にこそ、申の変化が垣間見える。
「“仕事の時間”ではなく、“仕事以外の時間”として受けたいと思えたからなんです。仕事の時間はGENDAのために使いたい。ただNOT A HOTELは純粋にプロダクトのファンだったからこそ、“仕事以外の時間を使ってもいいな”と思えた。だから、引き受けさせていただいたんです」
その後、2025年にGENDAの代表を退任。次の予定は定めず意識的にゆっくりと過ごすことだけを決めていた。もちろん、さまざまな話が舞い込んだが「自分から手を挙げたいと思えるものには、まだ出会えていなかった」という。
そんな申が唯一、自分の意志で選択したことこそ、NOT A HOTELの住宅事業だった。社外取締役として関わる中、NOT A HOTELの知見を住まいにも生かせるのではないか——そんな思いが膨らんでいったという。これまでのように市場のポテンシャルや業界構造などに詳しかったわけでもない。それでも、「住宅事業をやるなら私がやりたいです」と自ら申し出た。2026年初頭のことだった。
価値観の変化、目の前にある“ペイン”
かつては市場の可能性や知的好奇心から事業を選んでいた申が、内発的にキャリアを選択した——その変化の理由を問いかけると、申は少し考えてこう言葉を紡いだ。
「GENDAを共同創業して上場し、みんなにバトンを渡していくなかで、この先の人生、何をしたら心が豊かになるのかを考えたんです。そのとき、もっと自分の個人的な興味に近いところのほうが豊かかもしれない、と思うようになった。年齢やライフステージを重ねたこともあり、価値観が変化したのだと思います」
とはいえ、ただの“個人的な興味”だけでもない。申の目には、住宅市場が抱える大きな課題も映っていた。
「消費者側では不動産価格の高騰がまず大きいでしょう。地価も建築費も大きく上がり、家を買うこと自体が難しくなってきている。一方の供給側も、人口減少で新築の着工件数も縮小し、職人の高齢化や資材高騰で限界を感じている。これまでNOT A HOTELが手掛けてきた別荘は人生を豊かにするものですが、家は必需品。だからこそ、その課題とちゃんと向き合う必要があると考えていました」
個人的な興味と、市場の課題。その二つをつなぐのが、一消費者としての実感だ。衣食住のうち、衣と食は変わった。住だけが、まだ変わっていない——申はそう見ている。
「衣で言えば、ユニクロは服のあり方そのものを変えたと思うんです。食も同じで、価格を抑えたり、冷凍食品も含めて手軽な選択肢は大きく広がりました。ですが住に関しては、性能が良くなるといった進化はあっても、家と人との関係を変えるほどのイノベーションは起きていません。既存の延長線上に、社会課題を解決できそうな可能性もあまり感じられないんです」
その実感は、消費者としての体験に根ざしている。
「例えば、私が以前リフォームをしようと思って、あるサイトに自分の情報を入れた瞬間、10件を超える電話がかかってきて、とても戸惑ったことがあったんです。電話をくださる方はみなさん、一生懸命自社の良さを伝えようとしてくれているのですが、こう一度に来ると誰を信用していいのかもわからなくなってしまいます。こうした顧客体験をなくせないかという思いもありました」
家を建ててうまくいかなかった、こうしておけばといった経験もある。「新しいクリエイティブな何かではなく、いま普通に目の前にある“ペイン”なんです」と言う。
別荘ではなく、住宅。申が自らやると決めた理由は、そこに自分の“得意”が重なると感じたからでもある。
「住宅は、こうした一つひとつのペインを丁寧に解いていくことで、確実に良くなっていくものだと思うんです。小さなことを積み重ねて、目の前の課題を一つずつ解決していく。自分はそういうことが得意ですし、そこでなら力になれるんじゃないか、と感じたんです」
規格住宅に見出す、可能性と豊かさ
そうした思いや課題に対する解像度が、結果的にファーストプロダクトとなる「POD」へも接続されていく。10月5日から予約販売が始まったPODは、いわゆる規格住宅。間取りはStudio〜3ベッドルームから、内装や造作、エクステリアは複数の選択肢から選ぶ型で、NOT A HOTELと同じスマートホームの仕組みも備える。セミオーダーと呼ばれるような形態で、価格は1棟6,980万円から。
POD外観(提供画像)
NOT A HOTELが住宅をやる——その言葉だけみると“超ハイエンド”を想像してしまうが、この規格住宅が目指すのは、そこではない。
「これまでのNOT A HOTELから想像しやすいのは、著名な建築家による唯一無二の建築だと思います。ただNOT A HOUSEがまず見据えるのはそこではありません。我々がやってきたことを抽象化すると、あくまでデザインやクリエイティブ、テクノロジーの力で感動体験をつくること。NOT A HOUSEはそれをもっと幅広い人に届けようと考えています。
そこへのアプローチとして考えたとき、“規格住宅”という繰り返し同じものをつくる方法論は、練りに練ったものをより多くの人に体験していただける手段になるのではと考えています」
“練りに練ったもの”という言葉にも、申自身の経験が重なっている。家を建てたりリフォームをした経験があるからこそ、そこに要する時間や労力、そして難しさは理解している。“練りに練ったもの”を求めると、消費者側にも相応の覚悟と努力が求められるのは事実だ。
「今回リリースしたPODは私たちが長い時間をかけて議論を続けて、これが本当にベストなのかを詰めてきたプロダクトです。同じものを繰り返しつくれるからこそ、間取りやデザインを徹底的に考え抜きましたし、幅広い人がアクセスできるような努力も重ねました。規格住宅にはそうした間口の広さがあるんです」
NOT A HOTELは、一棟の建築を分割して販売することで、著名建築家が手がけた建築を所有し、滞在する体験を「一部民主化することに成功している」と申は言う。規格住宅もまた、その延長線上にある。分割が“所有”の民主化とすれば、規格は“設計”の民主化といえるのではないだろうか。
とはいえ、建築家による規格住宅というフォーマットは、既存のハウスメーカーやビルダーにも存在する。そのなかでNOT A HOTELならではの価値はあるのか。そう問うと、申は「自分たちで言うのはとてもはばかられるのですが」と前置きしたうえで、“信頼”を挙げた。
「規格住宅は、ある意味『これが私たちのベストです』を提示するプロダクトで、会社やブランドへの信頼がなければ成立しません。NOT A HOTELは創業から6年で、世界中の素晴らしい建築家やクリエイターの方々と協業する機会をいただいてきました。またご購入いただいたお客様からもその体験やメンテナンスを含めて信頼していただけている実感もあります。そうした蓄積があるからこその事業だと思います」
売り方にも特徴がある。PODのオーナーは、有料オプションとして全国のNOT A HOTELに年間3泊できるのだ。ただこれは販促という類いのものではない。「住まい方の提案」という明確な意志が込められている。
「年間3泊ではあるものの、生き方を少し変えることができるのではと思っています。年に数泊でも、ほかに拠点があることで豊かになったり、家族との思い出の重ね方が変えられたりする。そういった入り口から、生き方や住まいとの関係、どこに住むかまで変えていけたらいい、という野心もあります」
オーナーのみに開かれていたNOT A HOTELのコミュニティへの参加権とも捉えられる。
「建物だけではなく、“NOTAの生活”というものを考えています。年に何日かでもNOT A HOTELで暮らすことを選べることで、販売後も関係が続いていく。“建てて売って終わり”ではない関係をつくり、住宅という体験を進化させていきたいと思っています」
その進化はまだ具体的でこそないものの、申は「あくまでアイデアですが」と前置きしつつ一つの視点を共有してくれた。
「これまでは“家を買ったら一生住む”が前提でしたが、もっとフェーズによって変わってもいいのではないかとは思っています。家族が増えたら大きいところに、子どもが独立したらコンパクトな住まいに、場所も変わる。そういうことが、よりフレキシブルにできるといいなと思っています」
どういう人に住んでほしいか。この問いへの答えも、既存の住宅産業の常識とは異なる。セグメントを切ることも、あえて行わないという。
「これくらいの年収帯の人が買うべき家、こういう用途で使ってほしい家という定義はしたくないんです。もちろん、家族で住む家でも、いくつかの拠点を行き来する暮らしのなかのひとつに選んでいただいてもいい。それもあって今回のデザインでは、都市の住宅街から豊かな自然の中まで、さまざまな土地に建つことを想定しています。住宅街でも、豊かな自然の中にぽつんとあってもいい。お客様を、私たちのほうから『あなたです』と選びにいくようなことはしたくないんです」
POD内観(提供画像)
土地と建物の釣り合い——ハウスメーカーの常識のような発想も意図的に避ける。
「家づくりでは、土地と建物の釣り合いを大切にする考え方がありますよね。いい土地を選んだなら、建物にもそれに見合った予算をかけたほうがいい、というような。もちろんそれもひとつの考え方ですが、私たちはそこにとらわれなくていいと思っています。都市の住宅地でも、自然豊かな地方でも、どんな土地に建てる住まいとしても選んでいただきたいんです」
スタート地点にも立っていない、長い道のり
この価格がすべての人が買えるものではないことは、申も自覚している。それでも「私たちが家をつくるとしたら、これだという一つの解を出したい」。誰のための家かではなく、どんな家かで語る。それがNOT A HOUSEの立ち位置だ。
もちろん、PODが特効薬になるとは考えていない。「すぐに社会課題を解決できるとは思っていません。とても長い道のりになると思っています」。
申が規格住宅に見る可能性は、もう一つある。資産価値だ。
「これは希望でもありますが、規格住宅にすることで、10年前に建てたPOD、今日建てたPODというように、同じものがいくつも存在することになりますよね。そうなったときに、資産価値がより保たれやすくなるといいなと思っているんです。
いまの住宅は長持ちして十分住めるのに、売ろうとすると価格が下がる。同じものがいくつもあれば、新品ならいくら、10年落ちならこれくらい、ということが、個別性の高い建物よりもわかりやすくなるかもしれない。値段が保たれれば、売ってもいいし住み続けてもいい。家との関係がもっと自由になると思うんです」
日本の戸建て住宅は、個別の状態にかかわらず築20〜25年で建物の価値が一律ゼロとされる取引慣行が長く続いてきた。国土交通省が2014年に改善の指針を出したほどだ。一方で、早稲田大学の小松幸夫らの推計では、木造戸建ての平均寿命は60年近い。家というプロダクトの答え合わせには、それだけの時間がかかると言っても過言ではない。
リリース直前に手応えを聞くと、申は途中でかなり紆余曲折したと明かす。一度ほかに思考を広げた結果、最初に話していたアイデアに戻りつつある。
ただ、それが正しいのかどうかは、まだわからない——申は覚悟を持ってそう言い切る。
「ちゃんとリリースして、お客様の反応を見て、実際に建ててお届けするところまでいかないと、やっていることが合っているのかはわかりません。まだスタート地点にも立っていない。まだ何も始まっていませんから」
市場の可能性で事業を選んできた人が、初めて“当事者”として選んだ“住”の領域。家と人との関係を変えるイノベーションを起こす。その道のりは、申自身が言うように長い。
それでも、この記事を読んだ人にどう受け取ってほしいかと聞くと、申の答えは驚くほどまっすぐだった。
「住みたいと思ってくれたら、それがなにより嬉しいです。家は、誰にとっても毎日を過ごすいちばん身近な場所。だからこそNOT A HOUSEも、多くの方にとって身近な選択肢のひとつになれたら嬉しいです」