CTO・CPOが語る、NOT A HOTELのあらゆる体験に溶け込むテクノロジー

意識しないことこそ、ストレスのない状態とも言える。だから、ポジティブな驚き以外では、意識しないような存在であるべきという感覚がありますね。

スマホからワンボタンで数億円の不動産を購入申込ができる体験。スマホでチェックイン/アウトし、タブレットであらゆるスイッチ・家電を操作するホテル。多様なチャネルからの予約、複数のユニークな拠点を一括で管理するホテル運営システム。世界最高峰レベルの顧客体験を提供するために不可欠な、綿密な顧客管理の仕組み……。

NOT A HOTELの、これまでにない唯一無二の体験、スタートアップ的成長角度を支える上で、テクノロジーの存在は避けて通れない。ユーザーが直接触れるプロダクトはSmart Homeやオーナーアプリといった珍しさのないものかもしれないが、その裏側ではこの“かつてなかった事業体”を運営する上で必要となった多様なテクノロジーが存在する。

その浸透具合からすれば「テックカンパニー」と呼ぶにふさわしいほどではあるが、CTO・CPOの両名はあくまでテクノロジーが言葉として前面に出てくることに少々違和感があるという。テクノロジーは目的ではない。NOT A HOTELにおいては、「意識されないことが理想」とも言う。オーナーや宿泊者が“テクノロジーの力”を感じることを(基本的には)望まない。

このテクノロジーへの向き合い方にこそ、NOT A HOTELの本質が垣間見える。

「体験」という絶対的な軸足

NOT A HOTELのテクノロジーに携わる部分には、二人の責任者が存在する。

2021年よりテクノロジー全般を管掌するCTOの大久保 貴之、2024年よりプロダクトを管掌するCPOの八代 嘉菜だ。エンジニアリングとプロダクト面で棲み分けているようにみえる両者だが、両者とも「見ているものは同じ」と口をそろえる。

「組織図上はプロダクトマネージャーを見ている、ソフトウェアエンジニアを見ているという棲み分けはあるんですが、CTOとCPOの二人でソフトウェア全体を一緒に見ています」と大久保。八代も「濃淡はあるが、二人でプロダクト全体を見ている」と言葉を重ねる。役割分担がない、というわけではない。ここにも彼らの「テクノロジーとの向き合い方の前提」が垣間見える。

八代

ソフトウェアだけでNOT A HOTELは成り立つものではありません。建築があり、ソフトウェアがあり、運営サービスがあり、はじめてひとつの体験になるんです。

大久保

いろんな意思決定に対して二人で議論をしますが、角度は違うけど見据える先は一緒という感覚がすごくあります。

大久保 貴之|NOT A HOTEL 上級執行役員 CTO / 九州工業大学博士課程修了。博士研究員を経て、2012年株式会社カラクルを創業。2018年M&Aにより株式会社ZOZOグループ入り。株式会社ZOZOテクノロジーズ執行役員に就任。2021年10月、NOT A HOTELに参画。

テクノロジーという角度、プロダクトという角度から、それぞれが眼差しを向けているだけで、目線の先にあるものは同じ。ただ、それはソフトウェアではなく“体験”にほかならない。

この“体験”こそが、NOT A HOTELのテクノロジーの在り方を規定する。

大久保

NOT A HOTELでソフトウェアやテックを意識してる人って少ないと思ってて。お客様にとっては意識しないことこそ、ストレスのない状態とも言える。だから、ポジティブな驚き以外では、意識しないような存在であるべきという感覚がありますね。

意識されないことこそが、理想。これ自体はテック企業ではよく聞くあり方ではある。だがNOT A HOTELの場合、その意味が多少異なる。

意識されないのは、テクノロジーが優れているからではなく「溶けて」いるから。建築に、サービスに、体験に。溶け込んでいるからこそ、境界も存在も感じさせない状態を目指す。

八代

実際、裏側は複雑です。新たな建築や、販売方法、サービスの種類などが増えるほど、積み上げが必要で、複雑性も増している。さらに新しくやりたいことも次々と生まれてくるので、それらのうまい落としどころを見出した結果がいまの状態になっている。ただ外から見たときにはそうした複雑さを感じることなく、心地よくシームレスな体験にする。これがソフトウェアチームが常々挑戦していることです。

八代 嘉菜|NOT A HOTEL 執行役員 CPO / メルカリにてインターンとして新規事業立ち上げを経て、新卒入社。その後メルペイに異動しKYCやIDPチームのプロダクトマネージャーを務める。2021年6月、NOT A HOTEL参画。主に社内向けオペレーションツールの開発を担当。2024年5月、執行役員 CPOに就任。

体験という絶対的な存在。それが、すべての意思決定の軸になる。技術選定も、最適なシステムもプロセスもすべては体験から逆算される。だからNOT A HOTELは、自らをテックカンパニーと呼ばない。テクノロジーが目的化した瞬間、体験からは遠ざかるからだ。

顧客体験と運営を支えるテクノロジー

たしかに、NOT A HOTELの体験は唯一無二かつ非常に優れていることは想像に難くない。華やかさよりも本物を求める顧客に対して、高い満足度を提供するのは並大抵のことではない。

唯一無二の建築、シームレスで手間や負担の一切ない施設内の体験、星付きレストランをいくつも立ち上げてきたオーナーが率いる運営や接客・飲食サービス。世界中の優れた体験を日夜研究する経営者によるディレクション……。たとえ訪れたことがなくとも、わかりやすそうな要素を並べるだけで、そこでの体験の質には期待せざるを得ないだろう。だが、そのなかにわかりやすいテクノロジー的要素はない。

そもそも、NOT A HOTELのソフトウェア、テクノロジーはどこに存在しているのだろうか。

溶け込んでいるがゆえに分かりづらさもあるが、実態を聞けば聞くほど、興味深いほどあらゆる体験の中にテクノロジーが存在していることが分かってくる。

顧客目線では、あらゆる顧客接点にテクノロジーが関わっている。まず宿泊の手前の段階から。NOT A HOTELには、多様な宿泊の形が存在する。オーナーが自分の物件を使う自己利用。他の物件を使う相互利用。誰かに滞在を贈るギフト利用。ギフトは、日付を指定して贈ることも、受け取った人が自由に選ぶこともできる。OTAからのゲスト予約、アプリからの予約、NFT、NOT A HOTEL DAOでの利用……。

大久保が「全部を空で言える自信ない」と笑うほど多様な入り口の顧客がおり、そのすべてがデジタル化されている。

そして、実際に予約・宿泊をするとなれば、オーナーアプリ経由で予約や移動手段の手配、チェックイン、現地でのやりとり、チェックアウトと一貫してアプリが“体験のハブ”となる。

もちろん、建築の体験にもテクノロジーは統合される。照明・音響・温度・セキュリティなどを直感的に制御するSmart Homeは、建築や空間と一体となり知覚品質を高める重要な存在だ。

NOT A HOTELでは1台のiPadで建物内のあらゆる機能を操作できる。壁面のスイッチや操作盤などもなく、どの施設に訪れても同じ操作性が貫かれている。(写真提供:NOT A HOTEL)

他方で興味深いのは、運営目線だ。多様な顧客を受け入れながら、予約管理や顧客情報の管理、チェックイン/チェックアウト、会計等を担う業務システムPMS(Property Management System)が存在する。

加えて、所有する物件や泊数の管理ツール、CSの業務ツールなど、あらゆる業務の裏にシステムは存在する。さらには、彼らがBusiness Acceleratorと呼ぶ、IT基盤・データ・AIを全社で統合的に活用し、迅速な事業革新につなげるチームも組織内に有している。裏側を見れば各所で多様なテクノロジーが運用されているのだ。

それらのほとんどを同社は内製している。これも“体験”を起点に考えた上での、必然だ。

例えば、既存のPMSは『泊まる前提』で設計されているが、NOT A HOTELは『暮らす』『所有する』『シェアする』を統合する必要がある。ホテルのような宿泊の前提がありつつ、自分の家でもあり、他人が泊まるホテルにもなる。購入した権利を売買することもでき、使わないときは他のオーナーにも貸し出せる。こうした唯一無二の価値はそのままシステムや体験の複雑性につながる。

予約スタイルの複雑さも同様だ。先述の通り多様なパターンが存在するということは、それぞれに異なるルールやキャンセルポリシー、優先度が存在する。

こうした複雑性をユーザー体験に反映せず、「ただ快適でワクワクできる状態を享受できる」ことこそNOT A HOTELの矜持であり挑戦である。

八代

私たちが目指しているのは『ホテルでも別荘でもない、あたらしい暮らし』。それはこれまで世の中に存在しなかったものであり、オペレーションと体験を統合していく上では、自分たちで作ることが必然でした。むしろ、内製することで効率的に、そして私たちが本当に実現したい体験を構築できると考えています。

建築ゆえの、時間軸と不可逆性

こうした唯一無二の挑戦に加え、NOT A HOTELのテクノロジーにはもうひとつ、他と異なる大きな挑戦がある。「建築」を伴うという点だ。

例えば、建築は計画から完成までに2〜3年を要する。常に数年先を見据えながら理想とする体験やオペレーションを設計し、ソフトウェアへと落とし込まなければならない。

八代

建築物がある性質上、2、3年後に『こういうことをやりたい』という話を、建築を建てるタイミングで議論する必要があります。常に数年先の“やりたい”を見ながら走り続けているんです。

市場も、技術環境も、自分たちの事業やプロダクトも大きく変わる可能性がある中、数年先を見通すことはほぼ不可能に近い。一棟一室のものと、複数室あるもの、分棟で共用部のあるものでは使われ方も異なる。そうしたバリエーションは当初から計画されているものもあれば、新規で生まれることもある。そうした変化の余地を残しながら、ソフトウェアは対応していかなければならない難しさがある。

先日各種アップデートが発表されたNOT A HOTEL KITAKARUIZAWA。すでに一期開業が済んでいるエリアで、周辺に新規の物件と共用施設が建つ予定。(写真提供:NOT A HOTEL)

また、建築物にはある程度「不可逆」な部分も存在する。自社運営でアップデートは重ねられるとはいえ、過去に販売した物件には、当時の契約やルールが紐づいている。建物の色ひとつとっても、オーナーはそれを気に入って購入している。単純に新しい建物ができるたびに、そのルールを積み上げていくだけでは、矛盾が生じることもある。

大久保

私たちは世の中にないものを常に作り続けてきています。その時々にベストだと思うものをオーナー様に届けても、次のプロダクトでは別の視点で良いものを考えて、建築物から売り方まで変えることもある。それに伴って既存のものもアップデートする場合もあれば、あえて残すものもあります。

当時購入いただいたオーナー様は、それを気に入って選んでくれていたり使ってくれているので、その想いを大切にして、新しい仕組みとの共存・バランスをとることを考えます。

いまだかつてない領域での挑戦、内包される複雑さ、数年先を見据える必然性、過去のものも統合しながらの運用——エピソードを聞くほど負荷の高さを感じるが、こうした難易度を抱えながら、NOT A HOTELのテクノロジーは、あらゆる体験のなかに溶け込ませていくことが大久保・八代の挑戦だ。

八代

建築やデザインがお客様の目に触れることが多いですが、テクノロジーは滞在全体を一つの体験として統合する重要な役割を担っています。ソフトウェアはその体験の基盤となり、建築だけでなく、運営サービスなどあらゆる要素を融合させることで、はじめてNOT A HOTELらしい体験が生まれると考えています。

全社が体験と向き合う組織

こうした複雑性を統合するのは、もちろん二人だけの力ではない。

プロダクト開発組織、ひいてはNOT A HOTELのあらゆる面々がこうした課題と各々の局面で向き合っている。「私の領分じゃない」という言葉は、この組織に存在しない。

八代

『ここまでしかやりません』と言う線引きが本当になく、誰もが横断的な視点に立って、手を動かしています。運営の方もプロダクトマネージャー的な動きをしてくれたり、検証までやってくれる人がいる。逆にプロダクトマネージャーやエンジニア側も運営の現場に行き、サービスを一度やってみて課題やオペレーションの理解を深めることもあります。

最近は、運営のスタッフの方々が課題を背景とセットで提示してくれるんです。さらにはHowまで考えてチケット化もしてくれる。当初は『どういうところが課題ですか?』とヒアリングしていたのですが、今は、運営メンバーから『こういう課題があります。なぜならこうです。こうなったら解消するかもしれません』まで提案してくれています。

なぜこれが可能なのか。同社には「超自律」というバリューがあり、それが組織に浸透しているという観点もある。だが、そうした単純な話だけでもない。それこそ「体験」という明確な優先事項があるからこそ、そこへ全員が向いているのではないだろうか。

NOT A HOTEL AOSHIMA MASTERPIECE(写真提供:NOT A HOTEL / Photo by KOZO TAKAYAMA)

最初に開業したNOT A HOTEL AOSHIMAでは、「まず体験に振り切った」と大久保。要望されるものは、テックも人も関係なく全部やる。お客様の期待はどこなのか。それを探りにいったという。

大久保

目指すところにあたりをつけ、理想の体験に必要な要素を人とソフトウェアの両面から実現してきました。当初は運営の負荷が高くなりますが、徐々に裏側の効率化も行い、継続的に提供できる仕組みにしてきています。

今も新しいことをやるたびに運営の負荷が高くなりますが、それをテクノロジーを含めて実現できるようにしていくのも私たちの役割。特にお客様が触れる面に関しては、運営やCSと一緒に体験を作っている感覚が強いですね。

プロダクト組織に限らず、全員が一丸となり“体験”を作り込んでいく。その目線はお互いのフィードバックへも現れている。NOT A HOTELには旅行補助制度があり、社員もNOT A HOTELへ宿泊する機会を得られる。その際のレビューが、領域を問わず示唆に富んでいる。

大久保は「忌憚ないんですよ、ほんとに」と笑う。コーポレートも、建築士も、エンジニアも、互いの領域に踏み込んで意見する。その眼差しがよりよい体験へとつながっていくと確信を持っているからだ。

無論、ユーザーの声を反映した上での話だ。同社では毎日15時に宿泊のアンケート結果がまとまりSlackに流れてくる。あらゆるスタッフが、それをもとに各々の領域での課題を特定したり、改善点を把握したりしている。回答率が約7割というこのアンケートが「体験の質」の土台にありつつ、それと並行して、社内の厳しい目もある。

大久保

みんな限界までやってるんですが、そのさらに先のクオリティを求められますね。

こうした解像度、互いに妥協を許さない姿勢により、NOT A HOTELの体験はかたちづくられていく。この組織の在り方が、複雑性を飲み込む力になっている。

テクノロジーが溶けた先にある社会OS

では、テクノロジーという断面で見たときに、体験はどこまで進化するのか。

すでに高い水準で優れた体験を提供しているはずだが、言うまでもなく、二人はそのさらに先を見据えている。抽象・具体様々な観点があるが、両者は「操作をしない心地よさ」について言及した。

大久保

現状、すべての機器類の操作をひとつのタブレットで実現していますが、極論を言えば、タブレットがなくなってもいいんじゃないかと思っています。テクノロジーが生活に溶け込んでいるような状態ですね。

八代

今は、選べる/自分の思った通りに調節できる状態ですが、究極は調節しなくても自分の思い通りになる、操作せずとも心地いい状態を実現していきたいです。

もちろん、それは各種機器や照明等の操作に限らずあらゆる体験においてだ。かつ「選ばない」は必ずしも正義ではないというのも前提にある。

大久保

もちろん、選ぶことが楽しいものもあります。食事が楽しい人は食事を選びたいでしょうし、アクティビティを楽しむ人は、その日の体験を考えること自体が楽しみかもしれない。逆に、その選択がストレスになる人は選ばなくて済む状態を作る。それぞれにとって最適な溶け込んだ体験があると思っています。

また、その体験は「滞在先」だけにとどまらない。2025年7月に発表された「NOT A GARAGE」を皮切りに、その体験は「点」から「線」へ、「線」から「面」へと拡張していこうとしている。

2025年7月に発表されたNOT A GARAGEは、モビリティの共同所有サービス。ジェット、ヘリ、クルーザーなどを所有できる移動体験版のNOT A HOTELのようなサービス。なおホテルのオーナーは宿泊日数を消費する形で本サービスも利用できるという。(写真提供:NOT A HOTEL)

八代

これまでは滞在が中心にありましたが、NOT A GARAGEによって、移動も含めてNOT A HOTELの体験になっていく。裏側を考えるとさらに複雑さは増していますが、体験はよりシームレスなものになると確信しています。

眼前にも、すでにより優れた体験の可能性が見え隠れする。加えて、二人はその先により壮大な構想を持つ。OSという捉え方だ。

大久保

ここまでお話ししたように、NOT A HOTELの体験の基盤/中核がソフトウェアだとすれば、これは『暮らしのOS』とも言えると思います。このOSがいい意味で社会にも出ていくことを考えていて。

私たちのソフトウェアやノウハウ、テクノロジーが、NOT A HOTELの外でも使われ、別事業・サービスとして世の中によい体験、よい暮らしを流通させるハブのような存在になっていきたいと考えています。

八代

NOT A HOTELのOSみたいなものが、インフラとして流通することで、新しい価値が生まれたり、地域に新しい体験が生み出されることで、私たちのミッションでもある“日本の価値を上げる”ことまで紐づいていくといいなと考えています。

NOT A HOTELが社会インフラになる——こうした壮大な構想を聞くと「意識されないことが理想」という言葉が腑に落ちる。

彼らにとってテクノロジーは、目的ではなく手段だ。だからこそ、最高水準のテクノロジーを内製し、あらゆる面に溶け込ませる。それは矛盾ではない。「体験」という絶対的な目的のためなら、どこまでも複雑な技術に挑む——これがNOT A HOTELのテクノロジーと向き合う上での哲学なのだろう。

そしてその先に見据えるのは、こうして磨き上げた「暮らしのOS」が、社会インフラとして広がっていき、人々の暮らしに溶け込んでいく。それこそが、真の到達点なのではないだろうか。

Credit
撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

取材・執筆
小山和之

designing編集長・事業責任者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサルを経て独立。2017年designingを創刊。

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