成熟事業の安住を「リブランディング」で打破──オプテージ「eo」に見る大企業の次なる可能性

我々が特に注力したのは、「自分ごと化」のプロセスです。トップダウンで「これをやりなさい」ではなく、現場で「自分たちの言葉」としてブランドを理解し共感してもらうことが重要でした。

Creative Intelligence

単なる創造性ではなく、創造的知性を——。

Creative Intelligence(創造的知性)という言葉をスローガンに掲げる、クリエイティブ集団がある。富士通初の総合プロフェッショナルファームRidgelinezの「Creative Hub」だ。クリエイティブとビジネスの交点ともいえる分野で活動するCreative Hubは、「論理」と「感性」を統合し価値を生み、そのスキルを、“創造的知性”という言葉で表現する。“創造的知性”とは果たしてどのように機能するのか。ビジネスシーンでクリエイティブが担う新たな価値発揮の可能性を紐解く。

日本の大企業や成熟事業の変革は容易ではない。強固な事業基盤というアセットを持つ一方で、サイロ化された組織や自社らしさに根差した優位性の希薄化、そして組織内部の「安住」という見えない壁が立ちはだかる。

この停滞感を打破し、持続的な成長を導くためのアプローチの一つが「ブランド投資」である。

本記事では、関西圏でトップシェアを誇るオプテージの光回線サービス「eo(イオ)」が、ブランド投資によって変革を駆動させた軌跡を追う。単なるイメージ刷新ではなく、事業・組織文化を含めた変革を「ブランド」という切り口で進め、停滞感を突き破る糸口を生み出した。

このプロセスに、Ridgelinez Creative Hubが伴走。ブランドから伝わる世界観や価値観を通じて、顧客や従業員が感じる象徴的な体験価値「ブランドエクスペリエンス」の構築を支援した。今回、Ridgelinez Creative Directorの平松広司が聞き手となり、オプテージでリブランディング・プロジェクトを主導した長尾博之、加福力にその変革の軌跡を問う。

ファクトベースの議論と意思決定プロセス、変革を駆動する組織設計、そしてブランドエクスペリエンスがいかに組織と個人のマインドを変えたのか──。

「eo」のリブランディングを事例として、大企業の変革を推し進める「変革駆動型のブランド投資」の意義と、経営と現場をつなぐ、変革の要諦を問う。

安住を拒否した関西No.1事業者が選んだ道

平松

昨今、多くの大企業や成熟事業において、これまでの成功の土台(100のアセット)を活かしつつ、停滞感を打破する「新たな成長の核(=1)」を生み出す変革が求められていて、Ridgelinezではこのアプローチを「100→1」というコンセプトで提唱しています。

そうした変革を駆動させる手段の一つとして、「ブランド投資」があります。単なるイメージアップではなく、事業全体や組織文化を変革する羅針盤としてブランドをつくる。既存の資産と、組織の内側からの共感と熱量を重視するこのアプローチは、まさに日本企業らしい変革の好例となり得ると考えています。

「eo」のリブランディングは、まさにこのアプローチの一つだと捉えています。そもそもこのプロジェクトはリブランディングありきではなく、その要否判断から始まりましたよね。まずはその経緯から、お話しいただけますか?

長尾

サービスが始まった2000年頃の「eo」は光回線を通じて大手通信事業者に挑む、まさに挑戦者でした。そこから25年ほどを経て、今では新規・累計加入者数、認知度、想起度などで、関西ではトップレベルのシェアを持つブランドに成長しています。

関西電力グループの中核企業で、事業基盤としても磐石な部分はあるものの、各機能がシステム化されて効率的に稼働しているために小回りが利きにくい、トップダウンだけでは動きにくいという一面もあります。特にトップシェアという「安住」が、組織全体から挑戦の気概を徐々に奪っているのではないか、という深い危機感が根底にありました。

この課題意識からまずスタートしたのが、ブランドの「健康診断」のようなプロジェクトでした。当時使用していたブランドのクリエイティブや訴求内容は、8〜9年ほど使い続けていたものでした。そこで、現在のお客さまや社内からeoはどのように見られているのか、この先も成長や挑戦をしていきたい思いとズレていないかを確認することで、リブランディングの「要否」から判断しようと考えました。リブランディングありきではなく、まず「eo」が社内外においてどういうブランドと認識されているのか、という整理から入ったのです。

長尾 博之|株式会社オプテージ コンシューマ事業推進本部 コンシューマ事業戦略部 部長/通信事業会社を経て1999年大阪メディアポート株式会社(現・オプテージ)入社。経営戦略部CS向上チーム、リスクマネジメント、サービスマネジメント、サービス開発などを経て、2023年より現職。FTTHサービスに関する事業計画の企画、推進、管理を担当

加福

経営層の多くが初期段階から「eo」事業の推進に参画し、強い思い入れを持っています。そのため、感情論ではなく、ファクトに基づく共通認識の醸成が必要不可欠と考えました。

そこで、外部環境、競合ポジショニング、そして社内外からのブランドイメージ(エクイティ、アクティビティなど)といった、多角的なファクトを収集しました。その結果は、非常に示唆に富んだ内容となっていました。お客さまから見たときの「eo」は、「中高年向けのブランド」イメージが強く、「革新性や先進性はあまり感じられない」ものの、「安心感、安定感が高く、関西で光回線と言えばeo」という、信頼性と保守性が際立ったブランドパーソナリティが見えてきたのです。

加福 力|株式会社オプテージ コンシューマ事業推進本部 コンシューマ営業計画部 部長/PHSサービスの事業会社を経て、ケイ・オプティコム(現・オプテージ)にてeo光ネットをはじめ各種サービスの立ち上げに従事。その後eo、mineoの新規獲得営業、デジタルマーケティング、CS向上やCRM、CX戦略、ブランディング業務等に携わる

長尾

品質や愛着といったブランドエクイティは非常に高い評価を得ていました。一方で、アクティビティ、つまり挑戦性や話題性といった部分が、社外から見ても、実は社内から見ても、以前と比べて弱くなっているのではないかという危機感で一致した点も示唆深かったですね。

このままでは、新しい価値を生み出す力が衰退してしまう──経営層にもこのファクトを共有し、そうした危機感と変革の必要性について、全社的なコミットメントが得られました。

加福

経営陣も、「かつてのeoは挑戦的で、業界に先駆けて新しい技術を率先して導入し、マーケットを開拓してきた」という自負を強く持っていました。しかし現状は、その挑戦者のマインドが弱まっているのではないか、との危機感も持っていました。

だからこそ、「ここで変化をつけたい」という、こちらの提案を受け入れてもらえたのだと思います。ブランドは事業活動そのものを表す約束事。事業活動をさらに活性化させるために、ブランドを再定義する、つまりリブランディングが必要だという認識の下でスタートしたという流れになります。

平松

私たちもさまざまな顧客接点におけるブランド体験を、定量と定性の両面から調査していきました。その中で、ブランドエクイティ指標により強く影響を及ぼす契約時や契約後の体験価値が高い一方で、契約前を中心としたアクティビティ指標に該当する部分に課題があることが分かりました。

「変えてはいけない核」と「生み出すべき革新性」

平松

このプロジェクトの前段には、Ridgelinezのストラテジーメンバーも協力させていただいたCX戦略の立ち上げやサービス設計などの取り組みがありました。それらの取り組みも含めて、単なるイメージアップではなく、「CX戦略や顧客体験と一体化したブランド」の確立が重要であることが共通認識になったと思います。

そうしたブランドの確立は顧客のみに向いた話ではありません。実際のサービスを企画・運営する従業員の体験(EX)も含めた、ブランドエクスペリエンスを描くことを考えていました。将来的には、社内浸透活動と連動し、新たなサービスや施策などが生み出されることも構想していたからです。

そこで、私もこの変革を推進するため、実際に店頭に行き、顧客接点のリアルを体感しました。その際、現場のスタッフの方々が誠実にお客さまにとってベストな提案を追求されている「eoらしさ」を肌で感じましたね。

Ridgelinez株式会社 Creative Director 平松広司

加福

まさにそうした「人による品質」、そしてそこから生まれる信頼こそが、「変えてはいけない核」としてブランドを形成していると考えていました。

コールセンターの対応品質はもちろん、覆面調査を通じて見えたのは、お客さまにとって何がベストかを考え、時には「他社サービスの方がお客さまの状況には合うかもしれません」とまで提案する、その誠実さです。インターネットの品質(高速性・安定性)を前提として、この「人による品質」に、立ち上げ当時からかなりの時間と労力をかけて注力してきた歴史があり、それがブランドの最も強固な土台になっているのは間違いありません。

平松

お客さまのインタビューでも、他社にはない「eo」への愛着や、サービスを超えた「人」への信頼を感じました。我々Ridgelinezが提唱する「100→1」のコンセプトで言えば、この信頼こそが、貴社がこれまで積み上げてきた確固たる競争優位性であり、「100あるアセットの中核」に当たります。この土台は絶対に崩してはいけません。

そのうえで、時代の流れとともにアップデートし、挑戦者としてのブランドを再定義するために、新たに提供すべき「価値」、あるいは「eo」が目指すべき「革新性」はどこにあるのか探っていきました。

加福

私としては、ブランドの将来を考えると、どうしてもボリュームゾーンである中高年層向けというイメージが強くなりすぎている現状を払拭する必要があると考えました。「新しい価値観を持つ若い世代をいかに取り込むか」が、喫緊の課題だと。

平松

私たちRidgelinezが開発した、人の価値観を捉えるフレームワーク「Human & Values」を活用した調査でも、既存の契約者の多くが属する価値観タイプと、若い世代がボリュームゾーンを占める価値観タイプでは、データとしても明らかな違いがありましたね。

長尾

かつてのタグライン「暮らしあと押し」も、当時の役割としては正しかったのですが、光ファイバーのインターネットが当たり前になった今、お客さまの期待値と認識にズレが生じていました。

加福

単なる通信インフラという機能価値だけでは、コモディティ化の中で埋没してしまう。自分たちの価値観にフィットした選択肢を求める若い世代にアピールできる新たな価値、つまり情緒的・体験的な価値が必要だと強く感じていました。

固定通信回線という無形商材でインフラである以上、ブランドパーソナリティを感じにくいのは事実です。それでも、お客さまが自分の価値観で物事を決め、自分らしさを表現できる時代において、「eo」が新しい価値を提供できないかと考えました。その結果、私たちは通信回線を通じて、「お客さまの無限の可能性に向かって一緒に挑戦する」という価値を届けていくべきではないか、という考えに至ったのです。

平松

そうして生まれたのが「こころ、はずむ。」というブランドエクスペリエンスを軸とした新たなタグラインでしたね。

加福

はい。これは「eoがお客さまの暮らしを後押しします」という「eo」が主語のコンセプトから打って変わって、「お客さまが主語になった心を弾ませる体験」という、お客さまの価値観にポイントを置いたタグラインです。我々のサービスはお客さまの気持ちを前向きにさせ、自分らしい一歩に寄り添い、共に挑戦する、というブランドストーリーをつくり上げていったのです。

長尾

タグラインを新しくした後、サービス面でも「申込み手続きやサポートをオンライン化したシンプルプラン」や、AIチャットなどデジタルサポートに特化するなど、デジタルネイティブや多様な価値観に合わせた取り組みを同時期に進めていました。新しいメッセージである「こころ、はずむ。」は、これらの事業戦略にも合致していると判断しています。むしろ、新たなタグラインが、これらの事業活動に統一した方向性を持たせたと感じています。

誰かが旗を上げ、やりきる──変革のキモは「個人の熱量」

平松

「暮らし」だけではなく、ライフステージや人生を見据えた「こころ、はずむ。」というメッセージを掲げる上で、組織全体を説得し巻き込んでいったプロセスもとても重要だったと思います。

長尾

 組織全体を巻き込む上で、まず不可欠だったのは、現場からの具体的なファクトを経営層に提示することでした。前のブランドでは成長や挑戦への障壁を感じているという評価と、新しいものに挑戦する機運は社内にあったという状況をデータで示し、トップの「漠然とした危機感」を具体的な「変革へのコミットメント」に変えるプロセスが最も重要でした。

加福

トップの意思決定においても、ブランドの方向性については、現場からの深い議論の積み重ねが必要です。だからこそ、ボトムアップで定性・定量のファクトを積み重ねていき、ロゴやタグライン、ブランドストーリーといった具体的なアウトプットでブランドの方向性を示しながら、トップの意向もスピーディーに反映していくというプロセスを経て合意形成を図っていくことが必須でした。

平松

こうした緻密な合意形成のプロセスを乗り越え、変革を駆動させる力は、最終的にはロジックだけでは生まれません。誰かが旗を上げ、やりきること。つまり、個人の熱量が非常に重要です。

特に大きな組織における変革のドライブ力は、データやロジックだけでは生まれません。

加福

まさにその通りで、プロジェクトを始めた時は「不退転の決意でやりきる」という思いだけでした。おそらく、当時「変えなくてもいいんじゃないか」と思っている社員は半分以上いたと思います。

こういった変革は、誰かが思いを持って旗を上げて推進していかないと動かない。議論を具体的な行動につなげるため、私自身が先頭に立ってその推進役を務める覚悟でした。

長尾

変革の推進力を支える組織設計として、2021年にCX(カスタマーエクスペリエンス)戦略チームが設立されました。これは、マイナス部分を改善してゼロにまで持ち上げる従来のCS(カスタマーサティスファクション)活動だけではなく、お客さまの期待を上回るカスタマーディライト(CSを超えた顧客の感動や喜び)を生むための戦略部隊。

お客さまの体験を専門に考えるCX戦略チームが、ブランドマネジメントを所管するというのは、お客さまの期待に応える事業活動そのものとブランドを一致させる上で、非常に自然な流れでした。

加福

新たな挑戦をしたり、既存のものを刷新していくのが好きなメンバーがCX戦略チームに集っていたことも、リブランディングの推進にはプラスに作用したかもしれません。

平松

CXの視点からブランドジャーニーを捉えると、大きな事業体であるがゆえに、それぞれの接点において担当組織が分散し、サイロ化しがちであることが分かります。今回のプロジェクトでは、「こころ、はずむ。」というブランドのベクトルを共通の羅針盤として指し示しながら、分散していた組織の力を一方向にまとめ上げることができました。

何もかもを新しくする「ゼロからの変革」ではなく、培ってきた「100あるアセット」を最大限に活かし、次の成長に向けた「1」を生み出すというアプローチで実現できたことが、このプロジェクトが駆動する最も大きな成功要因であると思います。

トップダウンではない「日本型変革」。現場の行動変容を引き出すために

平松

 最後にブランドの社内浸透活動についても一緒にプランニングさせていただきましたが、インナーブランディングについてもお聞きしたいと思います。特に「大企業を変革する」という視点から見て、さまざまな工夫をされてましたよね?

長尾

幸いなことに、これまでのブランドで培ったお客さまに対する誠実な対応や、顧客体験を重視する行動指針は、みなさんすでに実践できていました。新しいブランドはそれを総入れ替えするものではなく、「時代に合わせて磨き洗練させる」という位置づけでしたので、比較的スムーズに受け入れてもらえましたね。

加福

我々が特に注力したのは、「自分ごと化」のプロセスです。ローンチまでの半年間で、各チームからブランドリーダーを任命し、ワーキンググループを作って自ら行動指針を考えてもらいました。トップダウンで「これをやりなさい」ではなく、現場で「自分たちの言葉」としてブランドを理解し共感してもらうことが重要でした。

平松

浸透活動においては、ブランドリーダーが中核になると考えていましたが、その選定プロセスも重要だったと思います。

長尾

「eo」に従事する社員全員にブランドエンゲージメントに関するアンケートを実施し、エンゲージメントが非常に高い方に、「ブランド浸透活動に協力してくれませんか」とお願いしたところ、17名が快く引き受けてくれました。

加福

エンゲージメントだけでなく、組織変革に対する意識もスコア化しました。「もっと良くしたい」という意欲があり、かつ仕事へのエンゲージメントも高い、建設的に変化できる人を選んでいます。

平松

上司が選ぶのではなく、個人の特性をデータに基づいて捉え、お願いするというのはとても重要なアプローチです。この「変革のゴールを一人ひとりの自律性に置く」姿勢こそが、トップダウンではない日本型変革のアプローチだと感じます。

長尾

「変えるもの、変えないもの」という大事な価値をきちんと伝えれば、現場の方々は自発的に考えて動いてくれます。まるっきりピボットしてしまえば反発があったかもしれませんが、「今まで大事にしてきたものはこれからも大事にします」というメッセージが、このプロジェクトを受け入れてくれる土壌となりました。

平松

ブランドというものは、単なる認知やイメージを変えるだけでなく、社員の挑戦心やモチベーションを後押しし、組織の自立性を高めるための重要な経営資産として機能しています。

「eo」のリブランディング事例は、価格や機能だけでは競争優位性を築けない現代において、ブランドが企業変革そのものを加速させるピースになるということを力強く示唆しています。この変革の軌跡は、安定した事業基盤を持つ日本の大企業が、停滞を打破し、次なる成長を生み出すための確かなヒントを与えてくれるはずです。

Credit
執筆
長谷川リョー

文章構成/言語化のお手伝いをしています。テクノロジー・経営・ビジネス関連のテキストコンテンツを軸に、個人や企業・メディアの発信支援。主な編集協力:『10年後の仕事図鑑』(堀江貴文、落合陽一)『日本進化論』(落合陽一)『THE TEAM』(麻野耕司)『転職と副業のかけ算』(moto)等。東大情報学環→リクルートHD→独立→アフリカで3年間ポーカー生活を経て現在。

撮影
進士三紗

1998年京都生まれ。京都市立芸術大学卒業後、絵画制作の傍らフリーランスフォトグラファーとしてエディトリアルを中心に撮影を行う。主な雑誌に『WIRED』『STANDART』など。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

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