
デザインの価値を、誰も説明しない理由——Visionalに根づく、事業にデザインが融ける土壌
踏み出している……というのは正直、意識していないです。それくらい、ごく当たり前のこと。事業を成長させるために、デザインが必要なだけ、という話で。
「デザインは何をすべきか?」——生成AIの急速な発展により、デザインはめまぐるしく民主化が進む。それはデザインの役割や価値の問い直しが改めて不可避な局面にあることを表しているとも言えるだろう。
そんな中、一つの示唆を与えてくれるのが、designingでもたびたび取材してきたVisionalだ。
同社は従来の枠組みにとらわれず「デザイン」の役割を探究し続けてきた。2018年には国内でもいち早くCDO(Chief Design Officer)を設置し、デザイン本部を組成。さらに2022年にはデザイン本部を解体し、デザイナーをプロダクトをはじめとした各組織へ配備した。
「デザインはいかに事業に対して価値を発揮できるか?」といった問いを過去のものとし、事業会社におけるデザインの最適解を常に模索しながら、実践的にデザインを推進力としてきた。
Visionalは、デザインの役割やあり方がめまぐるしく問い直されるいま、いかなる状況に置かれているのだろうか。
そんな問いを抱えてdesigningが訪ねたのが、Visionalグループの株式会社ビズリーチで働く二人のデザイナーだ。中途入社でプロダクトデザインチームのマネージャーを務める勝浦健人と、新卒3年目でHRMOS(ハーモス)シリーズのデザインシステムPOなどを担当する中島玲華。ともに2024年入社ながら、それぞれ経歴も立場も異なる二人から語られたのは、デザインをビジネスへ融和させることが“挑戦”ではなく、ごく当たり前の“土壌”として耕された組織の現在地だった。
「We DESIGN it.」から“融けるデザイン”へ——Visionalのデザインの軌跡
二人の現場から組織の輪郭に迫る前に、その前提となるVisionalのデザイン(Visional DESIGN)の軌跡を改めて押さえておこう。
ビズリーチがCDOを設置したのは2018年8月のこと。制作会社、DeNAを経て2017年に入社した田中裕一がCDOに就任し、デザイン本部を組成。プロダクトからコミュニケーション、組織、経営まで。デザインがはたらくべきフィールドはすべてである、という意思を込め、旗印としてデザイン・フィロソフィー「We DESIGN it.」を掲げた。

- CDOとしてリスクを取る。デザインを通した価値創造をするためにーービズリーチ CDO 田中裕一
- https://designing.jp/bizreach-tanaka
その後、2020年にグループ経営体制へと移行し、Visionalグループが誕生。グループを統合的に貫くブランディングやユーザー体験を構築するべく、組織から人、プロセスの順に包括的に変革を進めた。プロセス全体にデザインが浸透し、その過程でデザインに対する認知を変える——丁寧に合意形成しながら、「デザインによって事業が前に進む」という成功体験を一つずつ積み重ねている。

- デザインはVisionalの文化へーーCDO田中裕一が振り返る3年間の軌跡
- https://designing.jp/visional-tanaka
そうした地道な反復の先に、デザインを文化として根づかせようとしてきた。
そして2022年8月、Visionalはデザイン本部を解体し、デザイナーを各プロダクト組織・事業へと配置する再編に踏み切った。事業の内側に融け込み、課題の定義から事業のKPI達成まで責務を担う。「融ける“デザインのチカラ”」と名づけられたこの転換は、それまで積み上げてきた文化醸成の到達点の一つであり、さらなる出発点でもあった。それが個人の挑戦ではなく、組織文化として体現されているのが、Visional DESIGNが目指すデザインのあり方だった。
ビジネスとプロダクトを分けて考える必要はない
それから数年。生成AIの加速度的普及によりデザインのあり方が否応なく問い直されつつあるいま、Visionalの現在地はどうなっているのだろうか。実際の現場から紐解きたい。
まずは中途採用者の比較的フラットな視点を見てみる。ビズリーチ事業でデザインマネージャーを務める勝浦健人は、UI/UXデザインを主軸としてキャリアを重ねてきた。事業責任者やプロダクトマネージャーとして事業に深く関わり、事業成長にコミットするという考えから、ブランディングやコミュニケーションデザインへと領域を広げてきた。デザインはあくまで事業成長のための手段——そうした考え方が、氏の実践の軸にはあった。
所属する企業も制作会社から事業会社へと、より深く顧客と向き合う環境へシフトしていく中、ビジネスにコミットできる組織を求めて2024年にビズリーチにジョインした。
勝浦健人|株式会社ビズリーチ プロダクトデザイン部 CRSプロダクトデザイングループ マネージャー。広告代理店での企画職、デザイン会社でのサービス立ち上げ、ベンチャー企業を経て、2024年に株式会社ビズリーチへ入社。「ビズリーチ」のプロダクトデザインを担当し、企画から開発、ユーザーへのデリバリーまで責任を持って携わる。KNOTS2026では「生成AIの不確実性を価値に変える、『ビズリーチ』の体験設計」を発表。
勝浦 「過去の経験で、自分のアウトプットによって、良くも悪くも事業の売上がこれほど変わるのか、と痛感したことがありました。その経験から、事業とユーザーの接点を設計するプロダクトデザイナーだからこそ、もっと事業成長に深く関われるのではないか、と考えるようになったんです。
そんな折、ビズリーチとカジュアル面談する機会を得ました。お会いしたデザイナーたちがどのポジション、レイヤーでも自社のビジョンや目指す方向性を熱く語ってくれたのが印象的でしたね」
入社以来、一貫してビズリーチの採用企業向けプロダクト、および自社カスタマーサクセス(CS)向けプロダクトを担当し、2026年にマネージャー職に就任した。その中で勝浦は、ビズリーチにおける「ビジネス」と「デザイン」の境界のなさを体感してきたという。
勝浦 「入社して改めて実感しているのは、どの社員も職種にかかわらずお客様に価値を届けるのを最も重視しているということ。お客様に最も近いビジネスのメンバーは当然、ニーズに応えることに課題意識を持っているし、私たちもそれを当たり前だと考えている。ビジネスとプロダクトを分けて考えてもいないというか、分けて考える必要性すらないと個人的には思います」
一方で、同社の文化が色濃く映し出されるという意味で、新卒メンバーの視点も重要だ。中島玲華は新卒1年目から自分なりのやり方を模索し続け、勝浦が「当たり前」と語った、ビジネスとデザインの境界が存在しないビズリーチの現場を、自然に生きていた。
HRMOS事業でプロダクトデザイナーを務める中島は、非デザイン専攻ながら、学生インターンとして制作会社2社で研鑽を積み、2024年に入社。以来、HRMOSのプロダクトデザインや、デザインシステムPO、社内向けのDXプロジェクトなど、職務や領域の枠組みにとらわれず仕事を重ねてきた。
中島玲華|株式会社ビズリーチ プロダクトデザイン部 HRMOSデザイングループ プロダクトデザイナー。2024年新卒入社。HRMOSのプロダクトデザインやデザインシステムPOなどを担当し、2年目で社内アワードにてプロダクト部門優秀賞を受賞。社内向けのDXプロジェクトに参画するなど、幅広い領域での成果創出に関わっている。
中島 「私は入社時から『人事領域の課題を解決したい』という思いを強く持っていました。プロダクトで、多くのお客様の課題を早く解決したいと。しかし実際に動き始めると、スピードと品質を両立することの難しさをすぐに痛感して。その歯痒さを上長に相談したとき、返ってきたのが『毎日頑張れ』というシンプルな言葉でした。どんな打席に立って、仮説検証のサイクルを多く回せるか。それだけを考えて動けばいいと。
それからは領域を問わず、関われる機会にはとにかく手を挙げました。ビジネスのメンバーとゼロから社内向けの業務用AIプロダクトを開発するなど、異なる職種と物事を進める経験を重ねながら、成果を出すことだけを考えて全力で挑み続けました」
デザイナーとしてのスキルも、事業領域への理解もまだ不十分な新人でありながら、中島は重要事案に臆せず手を挙げ続けた。壁にぶつかった時、社内の縦横のつながりを活用し、ときに経営メンバーまでを巻き込みながら課題に向かう。顧客や事業の課題に向かい続ける中島に、ビジネスとデザインの境界ははじめから存在しなかったという。
「デザインが事業成長に寄与している」という確信
プロダクトが本当にユーザーに支持され、本質的なニーズを満たしているのか——そこには複合的な要素が複雑に絡み合うからこそ、デザイン「だけ」を切り取り、存在価値を証明することが難しい。それゆえ社内でのプレゼンスを高めることに苦慮するデザイナーは多いが、勝浦はプロダクトデザイナーとして、事業成長に貢献しているという確信を得ていると語る。
勝浦 「ある機能開発に際して、お客様の課題やニーズの特定から参画して、価値定義からソリューションの設計、リリース後のデリバリー、モニタリングや検証まで、一気通貫で携わっています。
その過程では、現場ヒアリングとデータの両面から課題を特定し、事業KPIとの接続を意識しながらソリューションを設計してUIに落とし込みます。そして、リリース前には検証を重ねて成功確率を高め、リリース後もモニタリングを続けながら改善のサイクルを回していく。ここまで一連で関わるからこそ、意図した通りに機能が使われているか、お客様の課題解決につながっているか、ひいては事業成長に寄与できたかまで見届けられる。逆に言えば、そこまで関わらなければ分からない。だからこそ、事業に貢献できていると確信を持って言えるんです」
そして事業成長に貢献するために、デザイナーからも積極的にビジネス領域に足を踏み出すことが当たり前の環境ができている。たとえば中島は新機能開発に際し、セールスやエンジニアらとクライアントのもとへ足を運び、顧客の声を集め、PoC(概念実証)まで担う。
中島 「立ち上げたばかりのプロダクトなので、実際にお客様からニーズや課題を聞いて、狙い通りの機能になっているか検証は不可欠です。セールスから『こういう課題を持っているお客様がいるのだけど、プロダクトでどう解決できたりする?』と言われれば、迷わず話を聞きに伺います。お客様から直接お聞きした課題感を元に機能開発を行い、デリバリーをしています。
特に、社内だと気軽に話しかけられるので営業やCSとの定例ミーティングやSlackなどで気軽に実際のユースケースを聞いて手触り感のある開発を進めています。自分としては当たり前のことなのですが、本当に社内の営業・CSとも、お客様とも『一緒に作っている』感覚なんです」
価値創出のために「足を運ぶ」姿勢は、社内でも同様だ。中島が最近取り組んでいるのは、福岡オフィスで進むDXプロジェクトだ。社内の情報基盤を整備するにあたり、当初集まったのは福岡オフィス責任者とエンジニアだけ。「デザイナーに情報設計をしてほしい」という声を受け、ここでも中島は即座に手を挙げた。
そこから中島が取り組んだのは、現場でヒアリングして情報を集め、課題を特定し、業務フローに起こして意思決定の判断材料とし、チームがスタックすればまた現場へ赴きヒアリングする……という地道な積み重ねだった。
中島 「デザインツールを使って表層を作るようなことは特にしてないんですよね(笑)。でも私の理解としては、物事を前へ進める役割がデザイナーなんじゃないかな、と。課題を特定して、ボトルネックとなっている要素を取り払っていく。理想となるゴールからバックキャスティングして、とにかく前へ進める。そのために必要なことを担うのが、デザイナーだと思っています」
物事を前へ進める——デザイナーという役割の再定義
立場も部署も異なる二人だが、それぞれの現場を俯瞰すれば、ビズリーチにおけるデザインの現在地が浮かび上がってくる。
それは、誰もが顧客への価値提供と事業成長を最優先事項とし、デザイナーはあくまでその手段として、デザインを活かしているということ。デザイナーがビジネスへ「踏み出している」感覚すらない、と勝浦は語る。
勝浦 「踏み出している……というのは正直、意識していないです。それくらい、ごく当たり前のこと。事業を成長させるために、デザインが必要なだけ、という話で。
事業KPIに接続しなければ、自分たちが作ったUIが成長につながっているか判断できません。ビジネスの業務フローやお客様のインサイトを知るため、とにかくオンラインでもオフラインでも足を運ぶ。同時に、データからユーザーが実際にどう行動しているかも見ています。そうやって声と数字の両面から実態をつかんだうえで、最適なソリューションを検討します。そしてさまざまなメンバーとコミュニケーションを取って、何度も壁打ちして、プロトタイプを起こしてまた意見をもらう。その繰り返しです。
プロダクトデザインにおいて、私たちの最終アウトプットは、ユーザーとの接点そのものです。その接点の良し悪しが、お客様が目標を達成できるか、課題を解決できるかを直接左右する。そして、お客様が成果を出せれば、事業もおのずと成長していく。だからこそ、事業成長を意識しないなんてあり得ない。お客様の目標達成につながるアウトプットをデザインすることで、結果として事業が成長する、ということなのだと思います」
二人の働き方から見えてくるのは、デザイナーという職種そのものの再定義だ。「手を動かす(デザインする)」のはあくまで一部でしかない。時に、セールスやCS、エンジニアらとともに現場の最前線に出て、顧客の声や客観的事実を自ら取りに行く。その場で課題を分解、構造化し、可視化しながら、チームの意思決定を促す材料とする。定量的な事業数値やKPIに接続し、成果に責務を持つ。
そのスタンスは、デザイナー同士の会話にも表れており、レイヤー問わず常に『何のためにこの機能にこの画面を作るのか』とか『このUIによってどういう価値になるのか』『事業の成果につながっているのか』といった議論が飛び交うという。
さらに組織全体として、デザインの価値は自明のものという認識があり、デザイナーの価値を説明する必要さえなく、活かせる土壌があるのも大きな特異性だろう。長年かけて事業における「デザイン」の価値を最大限発揮させることに取り組んできたからこそ、「まずはデザイナーに相談する」「プロジェクト立ち上げからアサインする」というのが当たり前となっているという。
勝浦 「うちのデザイナーは『デザインを作る』というより、『先頭に立って課題を分解して構造化する』という役割が求められているし、それが得意でもある。組織としてそれが前提になっているからこそ、デザイナーの可能性が広がるのだと思います」
中島 「いろんな方からDMで直接相談が来るんですよ。ごく自然に呼ばれるというか、『デザイナーが必要』と無理に意味づけしているというより、『いるのが当たり前』みたいな感じ。みなさんにそれぞれ課題があって、物事が前に進んでいないのなら、なんとかするために全力を尽くす。そうしたシーンが珍しいものではなく、日常として存在しているんです」
デザインを手段としてビジネスの課題へ踏み込み、成果を出し、チームとしてデザインの価値を再認識する。その信用がまた次の仕事を引き寄せ、さらなる成果につながる。そんな信頼の積み重ねがデザイナーの可能性をさらに広げる——。そうした価値の循環が、Visionalには根づいている。
「デザイナー」ですらなくなる日へ
二人の現場から見えてくるのは、「ビジネスとデザインの距離感をいかに近づけるか」という、ありがちな問いそのものが、もはや過去のものとなっていることだ。近づけるもなにも、そもそも距離がない。組織のプロセスにごく自然にデザインが融け込み、事業を前へ進めるドライバーとして機能している。
そしてその現場は今、さらなる変化のただ中にある。AI活用が当たり前になり、業務プロセスそのものが組み替わりつつあるのだ。AI駆動を想定したデザインシステムそのものを構築している。AIにプロトタイプを生成させ、すぐに検証にかける。そうやって検証のサイクルを速く回せるぶん、より早くユーザーに価値を届けられる。
なぜ作るのか、何を、どう作るのか。それを考え、最後に判断するのは、あくまで人間だ。AIが形にし、一貫性やガイドラインの担保まで引き受けるぶん、これまでのレビュー負担は軽くなり、人間は企画や検証といった本質的なことに時間を使える。
中島 「以前なら『UIデザイン』という仕事がはっきりあったかもしれません。でも今は、そこは個人としてもチームとしても仕組み化してショートカットできるので、本当に人間がやるべきことに軸足を置けています」
勝浦はこの変化を、むしろ追い風と捉える。実装はAIへ、価値判断と意思決定は人間へ。デザインが事業の価値創出を担う比重は、むしろ増していく。その先で「デザイナー」という名称さえ変わるかもしれない、と言う。
勝浦 「あまり『デザイン』という言葉を使わないようにしています。事業そのものに入り込んで、サービス自体を設計するところに注力していく。UI作成の実行はAIに任せて、より本質的な価値を判断する人、設計する人になっていく。もはやそれは『デザイナー』でもなくなっていくんじゃないか、名前が他のものに変わるかもしれない、と。それは組織としても起きつつあると思います。
重要なのは、事業成長やお客様の課題解決にコミットすること。デザインはその手段にすぎない。その価値観に共感した上で入社しているからこそ、変化を恐れるのではなく、むしろ変化の中でこそ、自分たちの価値が高まると考える人が多いのではないでしょうか」
かつてVisionalは「デザインを文化にする」という構想を掲げた。デザイン本部をつくり、人を育て、プロセスに思考回路を埋め込み、やがて組織を解体して、デザインを事業のただ中へ“融かし”込もうとした。無数の対話と合意形成と、大小問わず数多の成功(あるいは失敗)体験を、積み重ねてきた。
その土壌があるからこそ、デザイナーの役割が急激に変動するいまも、変わらず「デザイン」の価値を最大限発揮するための探究に取り組めている。勝浦や中島らは「融け込もう」と意識すらせずに事業の当事者として振る舞い、AIという変数すら自分たちの武器に変えようとしている。その一つひとつの動きが、後に続く者たちへの豊かな土壌として、また積み重なっていく。
Visionalのデザインの現在地は、理念としてどこかに掲げているのではなく、現場の“当たり前”の中にある。実際、冒頭でも触れたように2018年から掲げているデザイン・フィロソフィー「We DESIGN it.」の現在地に、CDOの田中はこう語っていた。
「大切なのは、人間が何かしらの都合で決めた『形式』でもなければ『役割』でもない。一番大切なものに向き合う『姿勢』や『やり方』を追求し続けられる、楽しみ続けられる。その “純粋な想い”が『We DESIGN it.』の本質であり、私たちのデザイン・フィロソフィーです。
Visional DESIGNの発足から、いや、『ビズリーチ』というサービスが産声を上げた時からかもしれません。私たちが持ち続ける『デザイン・フィロソフィー』は、まさに『一人ひとりのアタリマエ』として根付きつつあるのです」
同じ志向を持つ人たちが動き続けてきた軌跡が、いつしか環境そのものになった。Visionalにとって、それはゴールではない。デザインという言葉さえ手放しながら、組織は新たな価値創出を続けていく。