オーソリティからフロンティアへ。変わるデザインの社会的使命と、グッドデザイン賞フォーカス・イシューの軌跡

グッドデザイン賞を『権威付けをする場所』から、『デザインというものをどんどんアップデートしていくフロンティア』に、変えていかねば。そんな意識が、僕の中にはありました。

Focused Issues

本記事は、グッドデザイン賞2022 フォーカス・イシューと連動し、双方のサイトへ掲載されています。

社会における「デザイン」の役割は、時代と共に移ろい続けている。日本で唯一の総合的デザイン評価・推奨活動であるグッドデザイン賞は、その変化を引き受けながら、戦後日本の発展を支え続けてきた。

1957年に前身の「グッドデザイン商品選定制度」がスタートして以来、60年以上。「よいデザインとはなにか?」を議論し、提言し続けてきたグッドデザイン賞が、2015年にスタートさせた取り組みが「フォーカス・イシュー」だ。

審査委員の中から選ばれた担当者(=フォーカス・イシュー・ディレクター)たちは、デザインがいま向き合うべき重要な領域を“フォーカス・イシュー”として設定する。通常の審査プロセスは担当する専門領域(審査ユニット)別に審査対象を見るのに対し、ディレクターはユニットを横断して応募対象を観察。それぞれのイシューを起点に、これからの社会におけるデザインの役割や意義、可能性について思索を深め、審査後には自身の考えを「提言」として発表する。

一見、グッドデザイン賞の中にある、ひとつの“特別部門”に思えるかもしれない。しかしこのフォーカス・イシューは、社会におけるデザインの役割が大きく変わっていく中で、強い危機感に駆動されて生み出されたものだった。

時代が移り変わる中、デザインの社会的使命の変容が如実に反映された、フォーカス・イシューの軌跡と現在地をお伝えする。

「産業振興」という役割の終わり

「グッドデザイン賞の役割は、もう終わっているんじゃないか。正直に言えば、そう思っていました」

2015年度から2017年度までの3年間、グッドデザイン賞の審査委員長を務めた、クリエイティブ・ディレクターの永井一史は、審査委員長の職を打診された時に抱いた感情を、こう明かしてくれた。

遡れば1950年代末、産業発展を目的に、国策としてのデザイン振興の一環で始まったのが、前身となるグッドデザイン商品選定制度だった。その後名前や形を変えながらも、高度経済成長期、そして「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代と、20世紀後半の目まぐるしい経済成長に併走し続けてきた。

しかしこの産業振興の役割は、21世紀にはもはや求められなくなったというのが、永井の見立てだった。

永井「もともと模倣品なども多かった戦後間もなくの頃、『いかにしてデザインの水準を底上げするか?』という問題意識ではじまったのがグッドデザイン賞でした。産業をドライブしていく意味で、その歴史はとても大きな役割を果たしてきたと思います。

しかし2000年代以降、権威ある絶対的な誰かが『良い』『悪い』を決めるのではなく、一人ひとりの感性で好きなものを選ぶ時代に変わった。そうなったとき、旧来の意味でグッドデザイン賞が担ってきた役割は、終わったんじゃないかと思ったんです」

変化の兆しは、すでに見えていた。永井の前に審査委員長を務めた深澤直人の下では、モノ単体や視覚的に判断できるデザインではなく、その背景にある関係性や仕組みを評価する審査方針をとった。「デザインの領域が拡張しているのを感じていた」という。

クリエイティブ・ディレクター 永井一史(2015〜2017年度グッドデザイン賞 審査委員長)

そうした地殻変動を体感していた矢先の、審査委員長への打診。「ちょっと考えさせてください」と即決はしなかったが、1週間と経たずに引き受けると決めた。そして委員長として、賞全体の方向性を定めるべく掲げたのが、「オーソリティからフロンティアへ」という言葉だった。

永井「グッドデザイン賞を『権威付けをする場所』から、『デザインというものをどんどんアップデートしていくフロンティア』に、変えていかねば。そんな意識が、僕の中にはありました。

中でもとりわけ、デザインを『社会的課題の解決』に資するものへと拡張していく必要性を感じていた。少子高齢化をはじめ多方面での課題が山積している“課題先進国”の日本では、その解決の糸口となるような価値を創出することが、21世紀のデザインの役割ではないかと思ったんです」

フロンティア開拓の起点、フォーカス・イシュー

永井が志向した、グッドデザイン賞のシフトチェンジ。その実現のための装置として新たに考案したのが、フォーカス・イシューだった。

永井「21世紀に求められる、新たなデザインの役割を見出す『フロンティア』としてのグッドデザイン賞を体現していくために、フォーカス・イシューという仕組みを考えました。

もちろん、それまでも個々で見ていくと、『フロンティア』を開拓していると言える受賞作もありました。ですが、膨大な受賞点数の中ではなかなか目立ちません。また、そもそもグッドデザイン賞は機能性から審美性までさまざまな観点でトータルに審査をしているので、総体として今何を評価しているのかという傾向はわかりづらい。

だからこそ、重要課題を設定し、横串で再編集する視点を取り入れるべきではないかと思ったんです」

フォーカス・イシューは、単に「新しい審査部門」というだけの取り組みではない。社会の中でデザインに求められる役割が大きく変わっていく、マクロな地殻変動を牽引する役割を当初から負わされていたというわけだ。

そうして永井は、2015年当時とりわけ重要だと考えた12の課題を、フォーカス・イシューとして設定。それぞれの領域についての高い専門性を持つ俊英を、フォーカス・イシュー・ディレクターに選任した。

当時、事務局として永井をサポートしていた日本デザイン振興会(JDP)の秋元淳は、永井から感じ取っていた熱量をこう振り返る。

秋元「フォーカス・イシューは、『社会に対してデザインの可能性をもっと示していきたい』という永井さんの想いが乗った、肝いりのプロジェクトでした。今でも印象に残っているのは、永井さんが抱いていた危機感の強さです。

山中伸弥さんのiPS細胞など、サイエンスやテクノロジーなどの領域では世界的に話題になるトピックも出てくる一方、デザインという領域は置いていかれているのではないか……と語られていました。フォーカス・イシューを立ち上げた背景には、そんな切迫感があったのだと思います」

実際にフォーカス・イシューの立ち上げを進める中、秋元は、永井が発したこんな言葉をよく覚えているという。

秋元「フォーカス・イシュー・ディレクターはデザイナーじゃないほうがいい、とおっしゃっていたんです。グッドデザイン賞は、いわゆる“デザイナー”に限らない方々も含め審査委員に名を連ねていますが、その中でもデザインがど真ん中の専門ではない方の視点からデザインを捉える。そうすることで、他領域としっかり伍せるようになり、デザインが周回遅れにならないようにする……おそらく、そんな意図があったのではないでしょうか」

ガラリと変わった審査風景。“未来に続く芽”への注目が強まる

「グッドデザイン・ベスト100」の審査風景(2022年度グッドデザイン賞より)

「オーソリティからフロンティアへ」という明確な意図のもと立ち上げたこの取り組みは、確かな手応えをもたらす。その好例の一つとしてあげたのは、特に高い評価を得た100件「グッドデザイン・ベスト100」の審査プロセスにあった。

そもそも2014年以前は、100名弱いる審査委員全員でベスト100を選出する議論を行っていた。しかし、永井体制以後は、より深い議論をすべく、20あるユニットのリーダーだけで議論する方式に変更。この議論の場に、フォーカス・イシュー・ディレクターも参加することにしたというが、この判断が吉と出た。

永井「フォーカス・イシュー・ディレクターが加わってくれたことで、議論に多様性がもたらされた感触がありました。

それまでのベスト100審査は、各領域のデザインを専門とする面々がその知見を生かしたマニアックな議論をする場としての性格も強かった。しかしディレクターが入ったおかげで、もっとマクロな視点での議論ができたり、デザインが専門外だからこそできる本質的な指摘をしてもらえたり、風景がガラリと変わった感覚がありました」

フォーカス・イシュー・ディレクターがいたからこそ生まれた議論の例として、永井はこんな例を挙げた。例えば、医療系の出展作に対して議論する場合、永井のようなデザイナーが中心だと、アイデアの革新性やアウトプットの意匠性が論点になりやすい。しかし、医療を専門とするディレクターが入ると、専門的な観点で安全性や現場における意義を問えるようになったという。

受賞作品の傾向にも変化が現れはじめた。「もちろんフォーカス・イシュー以外にも要因はあるはずだが」と前置きしつつ、永井は感じ取った変化をこう振り返る。

永井「若くて、新しいデザインの担い手たちが、より高い評価を集めるようになった印象があります。スタートアップや、いわゆる社会課題にアプローチする人たちが、かなり高く評価されるようになった。

例えば、2015年度はスタートアップが開発した電動車いす『WHILL Model A』がグッドデザイン大賞を受賞しました。これは、とても象徴的なことです。それまでは大きな企業が上位入賞するケースが多かったのが、未来に続いていく芽を発見し、それに対して賞を与える方針に変わってきたんです」

パーソナルモビリティ [WHILL Model A]
「100m先のコンビニに行くのをあきらめる」 一人の車いすユーザーのこんな言葉から WHILLの開発は始まった。 100mというわずかな距離を移動する際にも、 社会的な不安や物理的なリスクを感じている人がいる。 スマートで機能的なモビリティがあれば、その人らしく、 行動範囲を広げられるのではないか。WHILLが作りたいのは電動車いすではない。 車いすユーザーの人も、そうでない人も乗ることができる、 乗ってみたいと思える、まったくあたらしいカテゴリーの 「パーソナルモビリティ」だ。

“ディレクター的”運営から、“プロダクトデザイナー的”運営へ

永井が主体となり「オーソリティからフロンティアへ」の変化を、着実に推し進めた後、続く2018年度から2019年度はプロダクトデザイナーの柴田文江が審査委員長に着任。そして2022年現在そのバトンを受け持つのが、2020年度から現在まで審査委員長を務める安次富隆だ。

プロダクトデザイナー 安次富隆(2020年度〜 グッドデザイン賞 審査委員長)

氏の思想は、フォーカス・イシューへどのような変化をもたらしたのか。大前提として永井の当初の問題意識や想いは踏襲しているというが、安次富は、自身と永井のクリエイターとしての“タイプの違い”に言及しつつ、次のように語る。

安次富「永井さんはアートディレクターやクリエイティブディレクターとしてのキャリアが長いだけあって、とても“ディレクター的”だと感じていました。明確な方針や社会へのメッセージを示してくれて、みんながそこに向かって動いていく、といいますか。言うなれば指し示す人です。

対して僕はずっとプロダクトデザイナーをやってきているので、自分で大方針を示すというより、他の人の示したビジョンを実装しようとするタイプ。プロダクトデザインにおいて最も大変で重要なのが、大勢の人を束ねて一つのデザインに落とし込む、言い換えればアイデアを具体化していくことです。それもあって僕は、自分の意見を強く押し出すというより、大勢の審査委員たちの得意や考えをリスペクトしながらまとめていき、表に出していくスタイル。どちらかというとまとめる人のようなイメージです」

安次富はそうした自身の「プロダクトデザイナー的な」特性も踏まえ、フォーカス・イシューのテーマ選定の方法に変化を与えた。従来の運営側でのテーマ選定をやめ、ディレクター自身が個々にテーマを決めてもらう方式に変えたのだ。

その結果としてテーマの方向性も、それまでの「防災・復興のデザイン」「ローカリティを育む」といった課題ジャンルが前面に押し出されたものから、「しくみを編むデザイン」「まなざしを生むデザイン」といった個々のディレクターの問題意識をベースとした抽象度の高いものに変わってゆく。

安次富「テーマよりも、個々のディレクターにフォーカスが当たるようにしたいという思いがありました。だからこそ、ディレクター個々人にテーマを決めてもらい、テーマそのものにそれぞれの個性が表れるようなものにしたいと考えたんです」

「これは多分、職業病かな」と苦笑しながら、安次富は「僕、人の得意なことを見つけるのが得意なのかもしれません」と語る。プロダクトデザインでは、(例えば工場で働いている人なども含めると)場合によっては数万人規模の人々がものづくりに携わることもある。自らでは選びきれないたくさんのメンバーがいる中で個々の得意な点を瞬時に見出さないと、良いものづくりはできないと安次富は考える。

安次富「永井さんは多分、いい人を選んでくるタイプ。でも僕は今いる人たちの得意を見つけ、活かしていくタイプなんです。むしろ、人を選ぶのは苦手。でも、『どんな人が来ても大丈夫』という、ちょっとした自信はあります。とにかく、信用からスタートするタイプなんですよ」

2020年度より事務局としてフォーカス・イシューの運営をサポートしてきたJDPの塚田真一郎は、安次富のこの指摘に対して共感を示す。

「個々のディレクターの個性をより一層尊重する方針に変えたことで、ディレクター陣の主体性が高まった」と塚田。安次富の「まず肯定から入る」スタンスが伝わったからなのか、より個々のイシューに対して思い入れを持ち、各々のテーマに対し深く考え、活発な議論を重ねるチームのような空気感が生まれているというのだ。

求められる「社会の期待に応え続ける」役割


時代状況に対応した「フロンティア」として生まれ、約7年にわたり活動を重ねてきたフォーカス・イシュー。創設から10年という節目も視野に入るなか、その歩みは今後どこへ向かうべきか。

その問いに対して、永井はあえて大元であるグッドデザイン賞自体、ひいてはデザイン振興という活動全体への視点を述べた。

永井「フロンティア的な領域は、まだまだ十分な課題解決の手段が提供されていません。だからこそJDPのような組織が、いい意味で何らかの『オーソリティ』を与えてあげることがとてもポジティブに働く。実際、小さなNPOがグッドデザイン賞を取ったことで社会的な信頼を獲得し、その後の発展につながったケースもあります。

僕はJDPの理事も務めているのですが、グッドデザイン賞そのものに限らず、グッドデザイン賞的な見立てや価値観を世界にもっと伝えていくことが必要ではないでしょうか。それを通し、デザインの貢献できる範囲を広げていくべきです」

永井、柴田と渡ってきたバトンを引き継いだ安次富も、同様の問題意識から呼応する。

安次富「フロンティアを切り拓いていくにあたって、グッドデザイン賞という手段にこだわる必要がないという認識は僕も同じで。だからこそ最近は、学生と新卒者を対象とする『グッドデザイン・ニューホープ賞』を新設したりもしました。こうした新しい取り組みとフォーカス・イシューをあわせて、『フロンティア』のディスカッションをする場を広げていきたいと思っています。

ただ、一方で僕は、急激な変化を考えているわけでもなくて。グッドデザイン賞は、最初はただの評価制度だったのが、60年かけてここまで変化しているわけじゃないですか。だから僕は、『今後100年でJDPやグッドデザイン賞がどうなっていくか』といったことばかり考えています。10年後、20年後、そして30年後……ちょっと長いスパンで見ながら次の一手を打っていくことも必要ではないでしょうか」

では、その上でフォーカス・イシューはいかに進むべきか。発起人である永井が真っ先に挙げたのは、当初より“宿題”だったという「リーチの拡大」だ。

永井「フォーカス・イシューは、グッドデザイン大賞のように、わかりやすくアイコニックな話題を提供できるわけではありません。それぞれのテーマについて、いかに多くの人々に関心を持ってもらうかは、僕が審査委員長を務めていた頃からの課題でした。

当時もよりシャープに伝わるようにイシューの数を減らしたり、ディレクターの提言をまとめた冊子を作ったりはしていました。今後も、最適な届け方を模索していく必要があるでしょう」

合わせて永井は、フォーカス・イシューに対し「より一層、社会の期待に応え続けてほしい」と続ける。

永井「フォーカス・イシューは、『デザイン業界の中でいま何が重要か?』という視点ではなく、『社会の側から見てデザインに何を期待しているのか?』という視点を提供する活動です。デザインの意味が拡張し、デザインがデザイナーだけのものではなくなりつつある中で、従来ではあまり光を当てられていなかった取り組みにも焦点を合わせていく。それによって社会的な課題の解決を後押しし、社会の期待に応え続けていく。これは創設当初から変わらず、フォーカス・イシューが担い続けるべき役割ですから」

Credit
取材・執筆
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

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