Aesopによる意味のデザインとは?ブランドの表現から探る

"不完全な美しさ"という「侘び寂び」を伝えるAesopは、硬直した完璧とは対照的な存在である。

飾り気のないパッケージ、陰影の濃い照明、礼儀を重んじる接客——。

Aesopの創り上げたプロダクトや体験に深く魅せられた、デザイナーのParker Simons氏。世界中のシグネチャーストアを巡りながら、彼らがどのように思想やバリューを表現しているのか、どのように新たな意味や価値を創出しているのかを観察していった。

本記事は、その観察結果をまとめたブログ『The Architecture of Meaning: Aesop』を、公式に許可をいただき、翻訳したものだ。ブログ自体は2015年に公開されたものだが、Aesopの思想や一貫した表現のあり方は、変わらず示唆に富んでいる。

Simon氏は、デバイスのプロダクトデザイン、個人の内発的動機にもとづく組織デザインに携わった後、現在は組織におけるラーニングやリーダーシップ支援のためのプラットフォーム『Torch』に関わっている。

オーストラリアのスキンケアブランドAesopは、1987年の設立以来、最も美しい方法でブランドを構築、表現してきた。

それは決してAesopが美容業界に属しているからではない。ブランドの核として共有されている信念が、プロダクトからサービス、コミュニケーションのデザインまで貫かれているからだ。

Aesopは、プロダクトそれ自体を売り込むより、その価値を伝えようと試みてきた。“美”という、より高次の価値を追求することに興味を持っている。その意味で、美容業界における一般的なブランドを超越した存在とも言えるだろう。

業界トップレベルの品質、高い企業倫理、デザイン賞の受賞歴、優れた事業・組織のためのコミットメントなど、外から見えやすい成功はもちろんのこと。一貫したコンセプトとバリューによって、物質的な価値と組織的な価値を蓄積し続けてきた。それは容易に他のブランドが真似できるものではない。

なぜブランドを観察するのか?

モノや体験がどのように響き合い、一つの意味を表現しているのか。どのようにバリューを方法論に反映しているのかを探るためには、ブランドの表現形式を観察することが有効だ。注意深く観察することによって、私たちが見たり感じたりしたものが、どのような要素によって構成されているかを理解できるからだ。

近年、ブランドは物質的な価値を創造するだけでなく、どのような新たな意味を生み出し、価値を創出するかを考える必要に迫られている。モノの背景にあるコンテクストを扱うということだ。

従来のブランドは、主にビジュアルを魅力的にデザインすることで差別化を図り、意味を伝えてきた。しかし、Aesopのように、より高次の、哲学的な信念にもとづいて、事業を行うプレイヤーもいる。彼らはビジュアルのレイヤーを超え、“ブランド”という豊かな経験を生み出そうとしている。

こうしたアプローチは、『Rethinking Prestige Branding』のなかで「逆さの氷山」、あるいはデザイン人類学では「文化の氷山」と表現される。

どちらの氷山でも、表面に見えているのは、それらをデザインした人の生み出した文化的成果物(プロダクト)だ。そして水中にバリューが隠れている。その見えづらい部分こそが重要であることを、氷山モデルは比喩的に示している。

消費者向けのブランドの提供するモノや体験は、根底にあるブランドのコンセプトや文化、バリューと一貫しているときに、真摯で確固たるものになる。

観察からみえた「意味のアーキテクチャ」

私は、世界中にあるAesopのシグネチャー・ストアを訪れ、そこでみた表現形式の意味やパターンについて探究してきた。

並行して、いくつかの哲学書を読んでいくにつれ、Aesopという“氷山”の全貌が見え、より一層、理解と敬意が深まっていった。

そして、さらに学び続けるため、Aesopの文化や組織の誕生の地であるオーストラリア、メルボルンにも足を運んだ。

ここまでAesopに惹きつけられるのは、彼らがプロダクトをつくる企業でありながら、自社のフィロソフィーを独自の優れたやり方で表現しているからだ。

ブランドの創始者であるDennis Paphitisは、「(自身が)哲学者になるには忍耐力が足りず、建築家になるには寛容さが足りなかった」だけだと語っている。Dennisと仲間たちは、哲学者と建築家、2つのアプローチを融合させ、見事に“意味のアーキテクチャ”を作り上げたのだ。

ここからは、私がAesopを観察して抱いた個人的な見解を紹介する。Aesopにおいて、プロダクトと体験が、どのように哲学的なバリューを表現し、物質的な価値を形づくっているのかがわかるはずだ。

1.侘び寂び

侘び寂びとは、日本の美的哲学や世界観で、不完全な美しさを好むものだ。Leonard Korenは『Wabi-Sabi for Artists, Designers, Poets & Philosophers』のなかで、侘び寂びは「不完全、無常、不完全」なものを敏感に察知すると述べている。

完璧な美しさを求める西洋の理想とは対照的な、侘び寂びの意味や価値を、Aesopは自社の理念やプロダクト、サービスに反映させてきた。それは一つの“意味のアーキテクチャ”を成している。

どのように表現されているのか?

メッセージ、パッケージ

侘び寂びは、不完全な美を自分らしく、ありのまま生きるために欠かせない要素として愛する。AesopのプロジェクトアーキテクトであるJo Nagasaka(編註:スキーマ建築計画を主宰する建築家・長坂常氏。Aesopでは複数の店舗設計を担当している)は「弊社のアプローチは、伝統的な美容業界のファンタジーに息苦しさを感じる女性に好まれています」と述べている。

Aesopの全体的なスキンケアのルックは、健康的な肌やケアに焦点を当て、力の抜けた雰囲気をまとっている。きらびやかであること、欠点を隠すことを、社会的なメッセージとして発することはしない。

理想的な美を掲げないAesopの哲学は、ジェンダーにまつわるアプローチにおいても同じだ。コミュニケーションやプロダクトも、ジェンダーにとらわれない、ジェンダーニュートラルなものになっている。そのユニセックスなパッケージは、「自分らしさをなくしてまで、男性らしさ、女性らしさを追求しないで良いのだ」と伝えている。また、ブランドにまつわる写真において、人間は被写体として登場していない。

既存の美容業界では、Axeの『Armor』のようなプロダクト(※1)が、男性にプロパガンダを続けている。一見とるに足らないコマーシャルに見えるが、その社会的な意味は無視できないだろう。

※1:Axe『Armor』

訳者注:ユニリーバの展開するシャンプーブランド。プロダクトを使った途端に男性が女性に言い寄られるストーリーのCMで知られる。

Aesopのパッケージは、使うにつれて、形を変えていく。愛するプロダクトと一緒に年齢を重ねていく、ユーザーの“人生”を支えている。

こうしたユーザーとプロダクトの関係は、彼らのフィロソフィーに根ざしたものだ。Aesopを代表するプロダクトの写真にそれがよく表現されている。

例えば、以下の写真は、プロダクトに焦点を当てているが、生身の人間が手で触れたことを感じさせるだろう。

パッケージを通じて、不完全で使い込まれた美しさといった「侘び寂び」の価値観を伝えている。それは他のプロダクトにみられるような硬直した完璧さとは反対だ。

他にも、一部の店舗では機能に問題のない不良品(例えば、チューブの印字の色に誤りがあるものなど)を、商品のディスプレイに再利用している。それは、まさに“不完全な美しさ”という意味を表現している。

侘び寂びを掲げるプロダクトと完璧なプロダクトの例

店舗の接客

Aesopの店舗では顧客を一杯のお茶で出迎える。日本の茶道に敬意を表しているという。特徴的な湯呑みは、侘び寂びを体現した湯呑みを模したものだ。

Aesopのコンサルタントは、クレジットカードや紙幣を両手で扱う。店舗のカウンターの周囲を歩き回り、購入した商品は必ず両手で手渡す。こうした振る舞いは、日本文化の基本である、礼儀正しさと敬意を表している。

店舗の照明

Aesopの店舗は照明も特徴的だ。特注の照明に投資をし、光と影を使った空想的な世界を表現している。日本の陰影にまつわる随筆『陰影礼賛』も感じさせる。これらも彼らのフィロソフィーに根ざしたものであり、隅々まで明るく照らす小売店とは対照的だ。

オーストラリアのメルボルン、Flinders LaneにあるAesop店舗

2. Robin Boydによる機能主義への批判

オーストラリアの建築家Robin Boydは『The Australian Ugliness』のなかで、機能主義を批判した。機能主義は、「パーツを分離し、単純な平面を壊し、直線を中断し、視線の向かう先には、価値のない余分なものを置く。それによって本来は一つであった実体」を解体してしまうからだという。

Boydは、1960年の時点で、オーストラリアでAesopが成し遂げようとすることを予感していたのかもしれない。当時、彼は自身のマニフェストのなかで次のように語っている。

機能的なデザインと本物のスタイル、カームな広告を生み出すためには、揺るぎない事実をクールに表現できる広告の担い手と確固たるプロダクトが必要だ。これらは、オーストラリアの街角やキッチン、雑誌、新聞などでは滅多に見られない。登場する度に大いに注目されるほど稀なものである。

どのように表現されているのか?

Aesopの実験室をイメージしたパッケージは、アルベール・カミュの「白い文体(※2)」を思わせる。一貫性のあるコンセプトのもと「揺るぎない事実(成分表や規定の使用法)」を伝えている。

※2:白い文体

訳者注:『異邦人』などの淡々と状況を述べる文章を評した表現。

パッケージについては、要素が凝縮して配置されている点を評価する声も上がる。

この一貫性のあるシンプルなパッケージは、以下のように哲学的なコンセプトを表現している。

  • Aesopのプロダクトは、顧客に向かって視覚的に何かを叫ぶことはしない。前述のBoydが『The Australian Ugliness』で述べた見解と重なるものだ。

「これら(複数の家)は同じような材料で作られ、木々のなかに調和しているように見えるだろう。なぜなら、それらが誰かを支配しようとしていないからだ。訪れた人は好きな玄関を探すことができるが、玄関が彼を探し出そうとすることはありません」

  • Aesopの店舗では、ユニークなデザインの内装と、控えめなパッケージがコントラスを成している。店舗を訪れた人の視点は、商品か内装か、どちらかにはっきりと向かうよう構築されている。


さらに商品が並べられるだけで、価格は示されない。その控えめなレイアウトは、訪れた人を温かい顧客体験に誘う。物理的な静けさが、スタッフの提供する人の温もりを感じられるサービスとのコントラストを強く感じさせる。

※ 余談
一部のプロダクト(マウスウォッシュやフレグランスなど)のラベルは、他のプロダクトのラベルと一致していない。その理由はいまだにわかっていない。もしかしたら、特定のプロダクトは主要なラインの外にある、補助的なプロダクトという位置付けだから、別の“モノ”として提示されているのかもしれない。つい、どのような背景があるのか気になってしまう......。

Aesopのプロダクトのなかで他と違うデザイン

Boydの建築にまつわる言論は、Aesopがより高次のコンセプトを追究しているという観察を裏づけている。

重要なのは、家々が常に何らかのアイデアを表現しており、それらが集まって、高次のアイデアを形づくってるということだ。アイデアと一貫性をもって生み出されたモノは、見た目がどれだけ違っていても必ず調和する。

Aesopは、創業時から、プロダクトや地域を越えて、一貫した美意識を提示してきた。ボイドが示したUgliness(醜さ)をもつ機能主義よりも、美しさを追求する。その点においても彼らは比類ない存在なのだ。

3. 価値と品質の哲学的な捉え方

シグネチャーストアのスタッフから、興味深い言葉を何度か聞いた。それは「価値がどういうものであるか。そして、どうすれば人は大切にされている、価値ある存在だと感じられるかについて、Aesopは深く理解している」ということだ。

小売業界にとっては耳の痛い言葉だろう。また、Aesopが価値と品質に対し、哲学的かつ、ホリスティックなアプローチを採っていることを示している。

AesopのカントリーマネージャーであるMatteo Martignoniは『Rethinking Prestige Branding』のなかで次のように述べている。

当初から、私たちは“sold-to”(売りつけられること)はあってはならないと考えていました。そのプロダクトがお客様の望みを何でも叶えますと言って、プロダクトを押しつけることはしてはならない、と

Aesopは営業トークを用いるのではなく、ただ価値を率直に伝え、プロダクト自体でユーザーを説得してきた。

どのように表現されているのか?

Robert M. Pirsigは『Zen and the Art of Motorcycle Maintenance』のなかで、モノの表面的な経験のみに目を向ける近視眼的な鑑賞方法を、文化的な病だと述べている。

何かしらの仕事を教えるとき、私たちの文化では、その品質について、単一の理解しか与えてもらえない。つまり、包丁を研ぐときの包丁の持ち方や、接着剤の混ぜ方、塗り方など、基本的な方法さえ身につければ、自然と「良いもの」ができあがるという前提がある。“何が良いか”に目を向ける能力は無視されるのだ。

Aesopはブランドコミュニケーションのなかで、間接的にこの文化的な病に対処をしていると言える。

例えば、彼らのステートメントには「私たちは、健康的な食事、適度な運動、適度な赤ワインの摂取、刺激的な文学の定期的な摂取など、バランスのとれた生活の一部として、私たちのプロダクトを使ってほしいと考えています」という表現がある。

このステートメントは、Roberto Vergantiが、著書『デザイン・ドリブン・イノベーション』のなかで、デザインによってイノベーションを生み出すための問いとして掲げたものと重なる。

この進化する人生の文脈のなかで、人々はどのようにモノに意味を与えることができるのか?

Aesopは「肌の手入れを含めた人生の豊かさの追求」というビジョンのため、より広く「意味」と「価値」を構築する。それらは彼らのプロダクトに強さと謙虚さを与えている。

例えば、店舗やプロダクトをめぐる言葉からも、Aezopが高次の価値を目指していることがわかる。

  • 店内やプロダクトのパッケージには、哲学的な言葉がちりばめられている。思索を促し、体験への意識を高める


  • 「頭」ではなく「頭皮」という言葉を選択するといったように、サービスにまつわる語彙は緻密に設計されている。これはうまくデザインされたブランドに共通する特徴でもある


  • プロダクトの説明では、競合商品のように付加価値や表面的なきらびやかさを伝える代わりに、ケアの有効性や高品質を価値として伝える。例えば「香りは付随的なものです」といった説明もある


他にも価値を表現する体験として、以下のようなものがある。

  • あらゆる物事に決まった方法がある。例えばギフトラッピングのプロセスはこれまでに見たなかで、最もよく訓練されていた。こうしたプロダクトへの手入れや保護といった“儀式”は、生み出したプロダクトの価値を表現するために重要だ


  • フェイシャルトリートメントの体験やシグネチャープロダクトの提供など、限定的な体験を提供している。これは『Rethinking Prestige Branding』で定義されている「ベルベットロープ(※3)」だ


  • イソップの店舗では、一番人気のプロダクトであったハンドバームをあえて隠し、訪れた人に別のプロダクトに興味を持ってもらおうとしたことがあるそうだ
※3:ベルベットロープ

訳者注:ロイヤルカスタマーに限定的なサービスやプロダクトを提供するブランディングの方法論。

新しい意味を想像するために

モノで溢れ、物質的な価値の消費を重んじてきた先進国において、新しい意味の提示は重要な意味を持つ。

より深く、高次の価値を一貫して掲げる。そうした組織が示す意味や表現、ビジョンは、私たちが社会をクリアな視点で見つめる手助けをしてくれる。Aesopが引用するHenry David Thoreauの言葉にある通り「世界は私たちが見ている世界よりも広い」のだ。

理念というレンズを通して、ブランドが意味と美を体現し続けるためには、何が必要なのか。美容業界だけでなく、世界中の消費者が哲学的あるいは美的な啓蒙を得られるよう、どのように貢献できるのか。個人的な観察を経て、今後も注目していきたいと強く感じた。

Credit
文・翻訳
大畑朋子

1999年、神奈川県出身。inquireにて執筆を担当。INFINITY AGENTSにて、複業メディア『DUAL WORK』を運営する他、SNSマーケティングを行う。関心はビジネス、複業など。

編集
向晴香

大学在学中にBIツールの翻訳アルバイトを経て、テック・ソーシャル系のメディアで執筆に携わる。卒業後は教育系ベンチャーのマーケティングチームでオウンドメディアの運営を担当し独立。inquireにフリーランスとして関わり2019年から社員としてジョイン。関心領域は、よりよい意思決定を支えるメディアのあり方、マイノリティのレプリゼンテーション、女性とメディアなど。海外のコメディーとハロプロ、TBSラジオが生きる活力です。

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