
企業の創造性は“内側”から変わる───アマナ 杉山諒・山根尭
人材を溜め込みながら淀みを生むのではなく、常に流れながら淀みを生まない組織。そして、そこで生まれる大河の一滴が多くの生き物の恵みとなり、文明をつくっていきます。それは、ひとつの組織だけではなく、社会全体のことも意味しているんです。
いったい、これまで何百万の人々が「これからは創造性の時代だ」と語っただろう? 価値観の多様化、インターネットの時代、もう常識は通用しない……、会議室で、居酒屋で、メディアで、幾度となく繰り返されてきたその話に、「もうわかってるよ」と、あなたは言いたくなるかもしれない。
けれども、本当に「わかっている」のだろうか?
いったい、創造性とはなにか?
なぜ、創造性が必要なのか?
これから、社会と創造性とはどのような関係性を描いていくのか?
アマナで創造性人材循環事業「Great RIVER」を立ち上げたクリエイティブサイエンティストの山根尭と、プロジェクトデザイナーを務める杉山諒は、何度も何度も語られた「創造性」という問いに対して、現場レベルで真摯に向き合ってきた人物。彼らは、それを巡る生態系を変えることによって、本気で日本社会の改革を狙っている。
「これからは創造性の時代だ」
この長い記事は、誰もが知っているそんな言葉を結論とする。でも、その言葉の裏側を、ほとんどの人は知らない。
問いを疑い、観点をずらしていく
デザイン、UXなどの文脈で都市伝説のように知られた、ある話がある。
アメリカ・ヒューストン空港では、預入荷物ピックアップの待ち時間が10分ほどかかっており、苦情が頻発していた。そこで、空港は巨額の費用をかけて改修を実施。その結果、待ち時間を2分短縮することに成功したが、クレームは止まらなかった……。
そこで、考えついたのが、こんな方法。荷物を早く出すのではなく、空港内の順路を変え、乗客に長い距離を歩かせることだった。これによって、乗客の「待ち時間」は劇的に削減。荷物をピックアップするまでの時間は変わらないのに、魔法のようにクレームはなくなったという。
山根 「「早く荷物を運ぶ」のではなく「待つ」という負荷を感じさせない。このように、前提条件を疑い、観点をずらしていくき解くべき問いを定める思考こそが創造性であり、本質的に人間の価値なのではないかと思います」
こう語るのはアマナでクリエイティブ・サイエンティストとして仕事を行う山根。アマナとともに所属しているNTTコミュニケーションズでAIアプリを開発している彼は、AIが社会の中心に置かれつつある今、人間が発揮すべき創造性を「問いの設定」にあると考えている。

山根尭|株式会社アマナ クリエイティブ・サイエンティスト。クリエイティブを活用した価値創造に従事。コンセプト開発、ブランディング、サービスデザイン、CX設計の企画立案から実行まで手掛ける。自身がアマナとNTTコミュニケーションズの2つの組織で活動した経験から「GreatRIVER」の立ち上げをおこなう。また生成AIを活用し共創を加速させる「社会可能性発見AI」の立ち上げをおこない、生成AIによる人の創造性の拡張にも取り組んでいる。
山根「AIは論理的思考ではすでに人間をはるかに凌駕している。そのとき、人間が担うべきはさきほどの例ように、そもそもの問いを疑うことや、従来の枠組みにとらわれない方法で物事を見れること、あるいは「問い」そのものを生み出すことではないでしょうか」
テクノロジーが発達することで、創造性はテクノロジーを駆動するための「前提や根本を変えること」へとその意味を変えていく。
一方、アマナでプロジェクトデザイナーとして活動する杉山は、ビジネス環境という切り口から創造性の意味を次のように語る。
杉山「これまで、企業は社会に不足しているものを届ければよく、そこで求められる人材は、経営が考えた企画を忠実に実行する人でした。
けれど、いまは、情報も商品もあらゆるものが行き届いている。その環境でビジネスをするためには、与えられた正解を実行する人ではなく、内発的な好奇心、おもしろさに反応し自ら動ける人が必要になっています。小さな気づきをすくい上げ、それを膨らませて、チャレンジをすること。そのような、人々の創造性によって事業が成り立っていく時代になるのではないでしょうか」

杉山諒|株式会社アマナ プロジェクトデザイナー。企業のブランディングや新規事業開発、人材育成など幅広いプロジェクトに参画し、プランニングやファシリテーションを中心にプロジェクトを成功に導く為の企画・設計に従事。またクリエイティブ人材育成プログラムamana Creative Campや、創造性人材循環事業Great RIVERを主催。NTT Communications、Anchorstarへの出向も経験。
不足を補うのではなく、それがあることで喜びや刺激が得られるものが必要とされる社会。そのとき創造性は、一部の人々に必要とされるものから、仕事を行う誰もが必要とするものに変わる。別の言葉で置き換えれば、それは、創造性が民主化される時代と言えるかもしれない。
NTT で働く人がトヨタでも働くような社会に
そうした時代を見据えつつ、ふたりはアマナにおいて創造性の未来を考える活動を続けてきた。例えば2020年にローンチした、企業向けのクリエイティブ研修サービス「amana Creative Camp」では、座学とワークショップの両面から、クライアント企業スタッフたちの創造性を伸ばすために尽力してきた。
その後、研修という「点」ではなく、より長い時間軸の「面」で創造性のサポートができないか?と考え生まれたのが、2024年にローンチしたのが「Great RIVER」だったという。
このサービスは、一言でいえば、デザイナーを中心とする「クリエイターの人材派遣」と表現できる。しかし、それは「ただの人材派遣業ではなく、クリエイティブの未来を変えるサービス」と二人は形容する。
山根「解決したいことが、三つあります」
これまで、何人もの企業担当者やクリエイターなどにプレゼンテーションをしてきたのだろう。企画背景を説明する山根の言葉には、少しのよどみもない。
一つ目は、企業と人材とのミスマッチをなくすこと。人材サービスであれば誰もが掲げるようなモノでもあるが、山根はこの課題に高い解像度と違和感を持っていた。
山根「自分も杉山も、これまで出向という形で過去さまざまな企業の中に入り込み、自らがクリエイターとして支援をしてきました。その中で出会った出向先の企業では、こうしたミスマッチが少なくない数起こっていたんです。
経歴やスキルだけを見れば確かにマッチしてるようにみえるが、人物像や価値観、企業やプロジェクトの課題から考えればマッチしていない人が、人材会社からは次々と提案される。この溝はクリエイターという職種を深く理解した人が間に入らないと埋まらないだろうと感じました」

二つ目は、さきほどふたりの口からも語られた、AI以降の時代における創造性の価値発揮を実現すること。従来のロジック偏重のビジネスシーンにおいて、創造性はこれまで以上に多くの人々に必要とされるからだ。
そして、最後の三つ目が「創造性の循環」だ。
山根「創造的な人材が、ひとつの組織にとどまるのはもったいないと考えています。わたし自身アマナとNTTコミュニケーションズに所属しつつ、地方自治体のアドバイザーも手掛けているし、杉山も、アマナに所属しながら他の企業のアドバイザーを行っています。こうした異なる立場を持つと、複合的な視点が得られる。
たとえば、「メタバース」というテーマがあったとします。NTTであればインフラ的な視点からそれを観ることになるし、アマナであれば、広告的な視点から観ることになる。多角的な視点を持つことで、前提を疑うような創造性を伸ばすことができるんです。ゆくゆくは、 NTT で働く人がトヨタでも働くような社会にしていきたいですね」
ひとつの企業にとどまるのではなく、複数の立場から複眼的に物事を眺めること。彼らが、このサービスに「Great RIVER」という一見わかりにくい名前をつけたのも、そのような思想が背景にある。
杉山「この名前を付けるにあたって影響を受けたのは、アマナの創業者である進藤博信の言葉。彼は、いつも『組織はビッグレイクではなく、グレートリバーであるべき』と話していたんです。
人材を溜め込みながら淀みを生むのではなく、常に流れながら淀みを生まない組織。そして、そこで生まれる大河の一滴が多くの生き物の恵みとなり、文明をつくっていきます。それは、ひとつの組織だけではなく、社会全体のことも意味しているんです」

創造性という恵みが流れ出すことで、その流域に恵みをもたらし、新たな文化や文明が生まれていく。Great RIVERが生み出す生態系が、新たな価値を生み出していくことを、彼らは意図している。
関わり合いの中で生まれる創造性
アマナの本社は、寺田倉庫やヨウジヤマモトといったクリエイティブ企業が立地する天王洲アイルにある。アートフェスティバルや展覧会なども開催され、街全体がクリエイティブな雰囲気に包まれるここで、彼らは創造性について思考をめぐらしている。
では、ふたりはそれぞれ、どのようにして現在のキャリアへたどり着いたのだろうか?
杉山「僕がクリエイティブに関わるようになったのは、メディアアートやデジタルインスタレーションのプロデューサー、ディレクターとしてでした。プロトタイピング・ラボラトリーの「FIGLAB」で、5年あまり、真剣にメディアアートの制作をしていたんです」
杉山のMacBookに収められたポートフォリオには、トヨタやソニーなどのコミッションを受けて開発されたレーシングゲーム用のイベントの企画演出、エプソンのロボットアームを使った描画システム、King GnuのMVにおけるドローンの演出など数十のプロジェクトが並ぶ。しかしあるとき、彼はひとつの疑問を無視できなくなった。
杉山「はたして、これは課題解決となっているのだろうか?」
杉山が手掛ける作品の多くが、企業からの出資で成り立っていた。イベントなどに向けてインスタレーションをつくるだけでなく、より企業の本質的なサポートができないか? そこで彼は、アマナに所属しつつも、NTTコミュニケーションズ、コンサルティングファームなどに出向し、新規事業やブランディング、コミュニティの立ち上げなどの経験を積んだ。

杉山「アマナから外の企業に出向すると、出向先の中にいい意味での違和感が生まれることに気づきました。中に入ると、プロジェクトや与件が整理されていない段階や課題にもなっていない状況にも関われる。
すると、そもそも何を議論すべきかから話せたり、どう物事を進めるべきかや、プロダクトをつくるときの手付きまでもを共有できたりする。そのような関わり方や振る舞いが、組織にとって刺激となり、組織全体の文化を変えていくことにもつながるんです」
出向を経ることで、本質的な課題解決の可能性を感じた杉山。それと同時に、“中に入る支援”の強みも強く感じたという。一見出向というと、“(半分)外部からの支援”のように見えるかもしれないが、杉山の経験はそのイメージとは大きく異なるものだった。
杉山「クリエイティブのプロセスとしても、内側に入ったほうが遥かにスピード感をもって進められます。例えば、外部の制作会社が入る案件で「そもそもから考えましょう」と、制作を進める前に前提を整理したりまとめることがあるかと思います。
ですがそのプロセスで数ヶ月掛けてやるようなことも、内側にいれば半日や一日で終えられてしまう。内側にいれば知りうる背景や持っている情報量も段違いに多いですから。外部からの支援もやっていたからこそ、その差は顕著に感じられます。
そんな理由もあり、Great RIVERでは規定された業務を担う外注的なタスクコミット型ではなく、解くべき課題や向き合うべき問いを定めたメンバーシップ的なミッションコミット型の人材サービスとしました」
一方の山根は、理系大学院で表現者やクリエイターを支援する文脈で知的財産の研究を行った後、アマナへ入社。クリエイターと協業する立場、ないしは自身もクリエイターとして、創造性をいかに活かすかに注力してきた
山根「ぼくは昔からクリエイターの支援に尽力してきました。アマナ入社当初はプロデューサーとしてプロジェクトを動かしたりもしていましたが、より大局的にクリエイティブに関わりたいという思い、徐々により企業の根本でクリエイティブを活かすような仕事をしていくようになりました。
NTTコミュニケーションズと出会ったのもその中でのこと。今、同社ではAIのプロジェクトを手掛けています。「社会可能性AI」と呼んでいるもので、社会にひっそり隠れているイノベーションの種を提案するAIです。Great RIVER が創造性の循環であるとすれば、社会可能性AIは創造性の拡張のようなもの。いずれにしても創造性が自分の活動の根幹にあります」

どのような組織にいても、どんなプロジェクトに参画しても、彼らは創造性の可能性を本気で信じ、それを活かす方法を模索してきた。では、彼らのような創造性を発揮できる人々が活きるのは、どのような企業なのだろうか。
まだ力を入れていない企業であれば余白も大きいかもしれないが、例えばdesigningでも取り上げているような先進的な企業では、それなりの規模のインハウスデザイン組織を抱えていたりもする。そうした環境下ではGreat RIVERは不要なのか?そう問いかけると、杉山は首を横に振る。
杉山「インハウスのデザイン組織をつくる動きは増えている一方で、そこに風通しの悪さを指摘する声もまた聞こえてきています。先程の例でいえば、組織が「ビッグレイク」になってしまっている。Great RIVERは、クリエイティブについて深く理解しつつ外の目線も持った人材が内側で活躍する。いわば通気口のようなものとしても機能させることもできるんです」
大河が循環させる恵み
実際、2024年にローンチされたGreat RIVERは、デザイナー不在の余白の大きい企業から、大規模デザイン組織を有するような先進的企業でも採用が進んでいる。とはいえ、日本全体が必要とする創造性の総量からすれば、まだまだ小さな湧き水のような規模。だが、そこで生まれる循環は、確実に新たな大地を潤しているという。
山根「デザインやクリエイティブに対して感度の高い企業のみならず、これまで全く付き合いのなかった法律事務所やセキュリティ企業などからも相談が寄せられています。これまでアマナと取引のなかった新たな企業も多く、事業自体を評価いただいている確かな感触があります。
新しい事業をつくったり顕在化していない問題や課題と向き合うときは、お題が漠然としすぎているために、タスクコミット的に外注するのは難しい。しかし、ミッションコミット型であれば要件からいっしょに定義してくれる。そんなクリエイターを、これまでクリエイティブに対してあまり積極的ではなかった企業や業界含め探し求めているのかもしれません」
この湧き水が変えるのは、企業ばかりではない。もう一方の当事者であるクリエイター側もまた、このサービスの登場によって変わりつつあるという。
山根「優れたクリエイターほど、企業の外から働きかけることの限界にも気づいています。本当に根本的な解決をしたいならば、内側に入り込まなければならない。
同時に、企業の中で活動すると、今まで積み立ててきた専門性が喜ばれ、役に立っていることを実感できる。それは、彼らにとって、大きなやりがいにつながります」
クリエイティブを巡る環境は大きく変わり、その環境が定義する「創造性」の意味も変わりつつある。そのような中で、Great RIVERという新たな水脈が、クリエイティブの生態系を更新し、大地を、より肥沃なものとしていくだろう。だから、わたしたちは、改めて言う必要がある。
「これからは創造性の時代だ」
