
「ほしいものが、ほしいわ。」は何を問うていたのか。雑誌『広告批評』を読む:上平崇仁「デザイン古書探訪」#3
アーティストの人は「アートの価値は歴史が証明する」とよく言いますよね。価値は同時代ではなく、100年後、1000年後の人類が決める、と。その意味では、これは少なくとも30年後の人類が見ても、ちゃんと語り継ぎたくなるような、深みを持った仕事であることは間違いありません。
デザインのトレンドは、目まぐるしい速さで移り変わっていく。
意匠に限った話ではない。注目される概念、価値発揮する領域、担うべき役割……「〇〇デザインから●●デザインへ」という標語とともに毎年のように新たなキーワードが浮上し、このdesigningもそうした移り変わりを追いかけ続けている。
しかし、歴史から振り返って見てみると、果たして“デザイン”とは次から次へと入れ替わってゆくものなのだろうか?「過去」には、立ち返るべきポイントはないのだろうか?
連載「デザイン古書探訪」では、その重要性にもかかわらず近年はあまり顧みられていない、過去のデザイン書を取り上げている。コ・デザインやデザイン人類学など領域を横断しながら活動するデザイン研究者の上平崇仁の導きのもと、designing編集部の小池真幸が聞き手を務め、“デザイン古書”を再読してその現代的示唆を考えていく。
第3回で取り上げるのは、雑誌『広告批評』(1979年創刊、2009年休刊)。今回は、バブル絶頂期に刊行された1989年1月号を中心に読み解いていく。昭和が終わろうとするさなかで発行されたこの号には、西武百貨店のあの名コピー「ほしいものが、ほしいわ。」をめぐる糸井重里のインタビューが収められている。
たった12文字のコピーは、いったい何を問うていたのか。消費社会の爛熟期に生まれたその問いは、現代のデザイナーに、何を投げかけるのか。
上平 崇仁(かみひら・たかひと)
デザイン研究者。1972年鹿児島県阿久根市生まれ。1997年筑波大学大学院芸術研究科デザイン専攻修了。グラフィックデザイナー、東京工芸大学芸術学部助手、専修大学ネットワーク情報学部教授、コペンハーゲンIT大学インタラクションデザイン・リサーチグループ客員研究員等を経て、2026年より立命館大学デザイン・アート学部教授。日本デザイン学会理事。㈱ACTANTデザインパートナー。著書に「情報デザインの教室」(丸善出版/共著)、「コ・デザイン―デザインすることをみんなの手に」(NTT出版/単著)など。2000年の草創期から情報デザインの研究や実務に取り組み、情報教育界における先導者として活動する。近年は社会性や当事者性への視点を強め、デザイナーだけでは手に負えない複雑/厄介な問題に取り組むためのコ・デザインの仕組みづくりや、人類学の視点を取り入れた自律的なデザイン理論について研究している。
コピーライターが「最もカッコイイ職業」だった時代
──第3回で取り上げるのは、雑誌『広告批評』です。バックナンバーに一通り目を通してみて、いかがでしたか?
とても面白かったです。特に最初の頃からバブル期頃までの号には、創刊者である天野祐吉さんの問題意識が、色濃く反映されている。やはり広告というのは、非常にアンビバレントなメディアですよね。広告ですから、当然、商品を宣伝するためにある。一方で、クリエイターはそれを美意識を持って鋭く表現しようとする。そういうジレンマの中から、独自性の高い表現が生まれていたわけです。
あの時代には、何か狂気のようなものがあったんじゃないかな、という気がしますね。1960年代〜70年代の高度経済成長が終わり、成熟がはじまった頃に、広告というものが「無駄なもの」から最先端の「文化」になりはじめた。前々回に読んだ『デザイン馬鹿』(1970) とはまた、空気感が変わった感じがありますよね。
──そもそも『広告批評』は、どういう雑誌だったのでしょうか?
当時の風景をかたちづくっていた広告について、きちんとした批評を載せている硬派な雑誌でしたね。グラフィックデザインの方はまた別の媒体があって、『広告批評』は基本的にはコピーライティングについての雑誌だったと言って良いともいます。
当時、コピーライターになりたい人がみんな読んでいた雑誌です。コピーライターはデザイナーのようにビジュアルをつくったりするわけではないけれど、ものごとの核心を捉えて鮮やかに提示する。時代に対して敏感な人がなるような、最もカッコイイ職業の一つでした。都市部の大学ではイケてる連中が集まって「広告研究会」を作って、代理店の先輩を呼んでイベントしたり、あわよくば「斬新な広告で世の中をあっと言わせたい」と妄想している若者たちが夜な夜な友人の部屋で熱く語り合っていた……そんな時代の雑誌です。
良くも悪くも、圧縮された一行の言葉に大きな力があった時代と同期して生まれて、時代とともにまた力を失っていった雑誌だと思います。
──その時代の空気感がよく表れているなと感じたのが、今回主に取り上げる1989年1月号の巻頭言です。1980年代という時代を、主に3つの観点から総括しているのが印象的でした。少し長いですが、とても興味深かったので全文引用します。
さて、一九八〇年代もついにおしまいの年の始まりです。というわけで、この八〇年代の広告模様を眺めてみたら、あえて「広告革新」と呼んでもいいような八〇年代の広告の変動が、ここにきて、それなりにまとまった一つの形を取り始めているように思えてきました。
まず、①商品のあり方、が変わった。「もの」がはっきりと「こと」化し、「情報」化して、そのなかで、広告の制作者が商品企画に積極的に噛んでいく姿勢も自然に求められるようになってきています。
②広告のスタイル、が変わった。八〇年代に入って一斉に若者たちをとらえた「面白広告」や「気分」を売る広告が、いまは、ゲリラとしてでなく、広告のメインストリームになってきています。
③メディア感覚、が変わった。新聞やテレビがメディアの王道では既になくなりつつあります。テレビ一つを例にとっても、それは「モニター」となり、テレビ以外のさまざまなものを映し出し、そのつきあい方も各人各様です。
といったところで、実はこれらの傾向は、もう既に出つくし、飽和して、いま停滞期に入っている。この停滞の中から、どういう新しい局面が出てくるのか、ちょっと目が離せない八九年です。
(『広告批評』1989年1月号、p6)
──「モノからコトへ」「マスメディアの終焉」といった、インターネット以降の時代に言われてきたことと同じような話が、この時点でかなり指摘されているのが興味深いです。21世紀のインターネット社会の素地が、既に80年代に準備されていたんだな、と。そして同時に、最後の段落の「停滞」という言葉からは、広告というものに対する、ちょっとした「諦め」のようなものがにじんでいるのも感じました。
逆に言うと、そういう行き詰まりを人々が感じ始めたからこそ、文化としては面白い事件が起こりやすかったのだと思います。
この号は1989年1月1日発行。昭和天皇崩御(1989年1月7日)の直前です。本当に昭和最後のタイミングで出ていて、当時の痛覚のようなものが、色濃く表れています。激動というよりは、ゆるやかな絶望の中にいるような感じがしますね。その直後から「昭和が終わった」というリフレクションがものすごい勢いで始まるわけですが、この頃はまだあらゆるイベントが自粛されながら、まだまだ昭和が続いていくようなマンネリ感がありました。
「ほしいものが、ほしいわ。」という12文字
──ここから1989年1月号に掲載されている糸井重里のインタビュー「コピーと愛の関係について」の話に入っていきます。このインタビューでも中心的に取り扱われていますが、糸井重里を語る上でやはり外せないのが、西武百貨店の「ほしいものが、ほしいわ。」というコピーですね。
そう、すごく有名なコピーですよね。「デザインは時代を映す」というのが僕の持論なのですが、その意味でも、このコピーは当時の日本の人々の潜在的な意識をよく表現していると思います。
このコピー、実は「答え」を言ってないんです。何を言っているんだろうと何回解釈をくり返しても、主語も動詞もないから意味が定まらない。だから人ごとに受け取る解釈も違う。「ほしいものが、ほしいわ。」というトートロジカルなつぶやきのなかに、どこまでも広がっていきそうなストーリーを感じさせる。その余白の面白さが、いまでも伝説として語り継がれている理由なんでしょうね。
──インタビューの中でも、「良いゲームは自由度が高いように思わせる。これはコピーライティングと同じだ」といった指摘がありました。
糸井 (前略)どれだけプレーヤーの自由度を確保できるかに、ゲームデザイナーのセンスが問われる。自由意志でこのゲームに参加していると思わせるのが基本なんです。広告も、「オレはこの言葉を気に入った」というのと「お前もこの言葉を気に入れ」というのは大いに違うわけで、やってることは「気に入れ」と言ってるんだけど、自分の意志で選んだと思わせないとダメなの。
天野 "クソコピー"になるわけですね。(笑)
糸井 そうですね、専門用語では。
(同、p27)
ええ。そしてどんな解釈の広がりがあるんだろうと気になったので、ちょっと書き出して、「ほしいものが、ほしいわ。」が含意しうる状態を15通りに場合分けしてみました。
1)ほしいものが、わたしはわかっている
2)ほしいものが、わたしはわかってない
3)ほしいものは、(わたしのなかに)あると信じている
4)ほしいものは、(わたしのなかに)あると思わされている
5)ほしいものが、(わたしのなかに)ないけどあると思いたい
6)ほしいものが、(わたしのなかに)ないけどあるかもしれない
7)わたしは(他者が)欲しがっているものがほしい
8)わたしは、(他者に)説明し得ないものがほしい
9)わたしは(他者を羨ましがらせるような)ものがほしい
10)わたしは(他者と欲しいものが一致して安心するような)ものがほしい
11)わたしは、ほしいものがあるという状態自体がほしい
12)わたしは、欲望を更新してくれる環境がほしい
13)わたしは、(ポスターの中のあなたが)欲しがっているものがほしい
14)わたしは、(ポスターの中のあなたが)欲しがっているものとして選ばれたい
15)西武百貨店は(ポスターのふたりを眺めているあなたが)欲しがっているその欲望そのものがほしい
まず、自分が欲しいものの対象がわかっている場合。これが意味としては一番、面白みがない。
そしておそらくみんなが共感していたのが、欲しいものの対象がわかっていない場合。欲しいものが何かはわからないんだけど、欲しい。あえて「何が欲しいか」を言わないことで、広がりを作っている。何が欲しいかわかっていないのに、「欲しい」という全体を、漠然と欲しがっている。
そこからさらに展開していくと、「欲しいものは自分の中にあると信じている」状態もあるし、「自分の中にあると思わされている」という別の状態もあり得る。「自分の中にはないけれど、あると思いたい」「いまと違う、こうありたいと思いたい」。あるいは「私は、他者が欲しがっているものが欲しい」。周りが欲しがっているものが欲しい、という意味にもなり得る。
それから、「他者に承認させ、うらやましがられることが欲しい」。さらに進めると、「欲しいものがある状態自体が欲しい」。もっとメタに見れば、「ポスターの中のあなたが欲しがっているものが欲しい」。そしてさらにメタに行くと、「西武百貨店は、ポスターの2人を眺めているあなたが欲しがっている、その欲望そのものが欲しい」。
このように、いろいろな解釈の広がりを埋め込んでいるのが、やっぱり素晴らしい。しかも、最初の素朴な意味じゃなくて、「そう信じていると思わされている」というところに面白さがある。広告社会によって、自分の欲求・欲望そのものが操作されていることが根っこにあるから、面白いんですよ。
資本主義のど真ん中に、批評性を忍ばせる
──それにしても、すごく豊かだなと感じます。その妥当性はさておき、よく「アートは問いを提起し、デザインは問題を解決する」といった対比で語られますが、その区分に則るとアートに近いようなことを、資本主義のど真ん中でやっている。「ほしいものが、ほしいわ。」のようにわかりづらいものを、いま資本主義のど真ん中でやるのは、とても難しそうな印象があります。
そうですよね。いまでいうROAS(広告費用対効果)のような指標では測れない価値ですね。そうしたアート的な試みが、しっかりと受け止められる文化的な土壌があった。しかも、こうした『広告批評』のような若者向けの雑誌で、その意図を汲んだ議論が繰り広げられている。鋭いオーディエンスには、このコピーの狙いがちゃんと伝わっている。
──そうしたかつての豊かさを、現代のデザインに関わる人は、どう受け止めればよいのでしょうか?
まず、こうした数十年前の広告の中の一文がいまでも残っているというのは、一つの希望でもあると思うんです。直接的に「これを買え」「これがいい」と言うのではなく、あえてぼかすことで強くする。日本の俳句文化のように、行間を読むことに価値があるという感覚を、僕らが共有しているからこそ成立する。マス向けの表現は、いまでは誰にでもわかりやすく伝わることが求められるけど、一方ではそんなトリッキーな面白さのなかでも成立する。それを忘れてはいけない。
そういう余剰は、文化や見る側にも余裕がないと成り立たないと思います。そしてこれがいまも残っているのは、語り継いできた人がいるから。広告そのものはキャンペーンが終わればすぐ消えてしまいますが、バブル時代における主語の消失や消費社会の空虚さを内側から鋭く捉えたからこそ、何十年も語り継がれているのだと思います。
──商業的な仕事の中から、こういう普遍的な仕事が出てきている。
アーティストの人は「アートの価値は歴史が証明する」とよく言いますよね。価値は同時代ではなく、100年後、1000年後の人類が決める、と。その意味では、これは少なくとも30年後の人類が見ても、ちゃんと語り継ぎたくなるような、深みを持った仕事であることは間違いありません。
しかも、デパートの広告という歳末大セールのような場所に、こういうものを差し込んできた。下手をすれば、いまならAmazonのタイムセールような場所ですよ。それでも文化をつくっていることを信じて、何かしらの批評性を忍ばせていったわけです。
──「ほしいものが、ほしいわ。」は単に時代の空気を写し取ったというよりも、もっと普遍的なことを言っているからこそ、いまでも残っているように思えてきますね。
はい。これは非常にデザイン人類学的な問いだと思います。消費社会というのは、デザインされたものですよね。我々はものを作り、人のものを具体化し、サービスにして、何かを並べてきた。そして人類学的な視点というのは、さらにその裏の構造まで解釈していく。「いまのような欲望が当たり前だと思わされている」という点もあるし、一般消費者の関心やアテンション、欲望そのものまでもデザインされてきたという点もある。それは、デザインの構造であると同時に、僕らの欲望の構造でもあるんです。
10年ほど前に世界的ベストセラーになったユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』を覚えていますでしょうか。ハラリはあの大著をこんな言葉で締めています。
ユヴァル・ノア・ハラリ. 『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』唯一私たちに試みられるのは、科学が進もうとしている方向に影響を与えることだ。私たちが自分の欲望を操作できるようになる日は近いかもしれないので、ひょっとすると、私たちが直面している真の疑問は、「私たちは何になりたいのか?」ではなく、「私たちは何を望みたいのか?」かもしれない。この疑問に思わず頭を抱えない人は、おそらくまだ、それについて十分考えていないのだろう。
「私たちは何を望みたいのか?」は、原文では、What do we want to want ? です。ハラリが言うように、さまざまな技術が自分の欲望そのものをデザインできてしまう世の中になるとすると、欲望そのものが核心的な問いになりますよね。そして、その欲望の程度や優先順位を決めるためには、一段階メタな価値基準が要ります。
でも、それを決めるのもまた何らかの欲望や好みに根ざすわけですから、ひとつ下の次元の欲望に従って下すしかない。自分をつくり変えるための基準を、つくり変えられてしまう前の自分経験に頼らざるを得ないという、堂々めぐりに陥るわけです。
だから「私たちが直面する本当の問い」というのは、誰も答えを持ち得ないパンドラの箱を開け、そこで自分たちが写し鏡を見ていることに気づいたときにどうするか、なのでしょう。いま、AIが現在進行形でどんどんわれわれの日常的な価値判断に入り込んでいますが、そろそろこの厄介な難問と向き合わなければならない時期なんでしょうね。
こんなふうに、「ほしいものが、ほしいわ。」というコピーは、噛めば噛むほど解釈が拡がる。俳句は「17文字で宇宙を表す」といいますが、このコピーはたった12文字で人間存在の根幹まで表している。すごいことですよ。
──いまのビジネスやデザインの現場では、いかに曖昧さを排して、クリアにユーザーの課題を、気づく前から解決していくか、という方向に進んでいます。でも、こういう「曖昧さのデザイン」のようなものが、しかも商業的な要請のなかから成立していた。同じようなことを、現代のデザインで試みるならどういう形になるのだろうと考えること自体が、いい問いな気がします。ここで答えを示すことはできないと思うのですが 。
これはやっぱり、ジレンマのなかから生まれてきたものだと思うんです。広告という矛盾した条件、つまり商品を売る装置でありながら批評性を忍ばせる、という二律背反的な問いのなかでこそ成立できた。そうした場が、いまの時代ではどこにありうるのかという問いは、面白いところですよね。