場づくりは、余白づくり——Featured Projects2023「変化しつづける“場”の意味を問い直す」
「場」——この言葉を取り巻く環境はここ数年でドラスティックに変化した。
言わずもがなコロナ禍の影響で、従来実空間が当たり前と思われていたものの少なくない割合は“デジタルでも成立する”ことが証明された。他方で、デジタルでも成立するが“実空間に利がある”というものも徐々に明らかになりつつある。
従来の意味を問い直され、同時に新たな意味が見出されようとする「場」は、どのような変容を遂げていくのだろうか。
そのヒントが、2023年4月8日,9日に開催されたデザインの祭典「Featured Projects 2023」内のトークプログラムの一つ、「変化しつづける“場”の意味を問い直す」で共有された。
登壇者は、DAIKEI MILLS/SKWAT代表 中村 圭佑、TOKYO ART BOOK FAIR プロジェクトマネージャー東 直子、コクヨ 経営企画本部クリエイティブ室/YOHAK DESIGN STUDIO 安永 哲郎。モデレーターは、水星 代表取締役CEOの龍崎 翔子が務めた。
あらゆる大型イベントがオンライン主体へ変化した中、敢えて「オフライン開催のみ」に絞り実施されたFeatured Projects 2023の冒頭で共有されたのは、「場」だからこその体験そのものだった。
コロナ禍で取り組んだ、各々の“場”づくり
今回の登壇者は、いずれも異なるアプローチ/形で「場作り」に携わる面々。いずれも、コロナ禍で各々が担ってきた仕事の意味や価値を問い直された面々とも言える。
場があるからこそ成り立つ価値なのか。それとも、また別のところに価値があるのか。場に向き合う登壇者たちは、この期間を経てどんな経験・変化があったのか。龍崎のそんな問いかけからセッションはスタートした。
まず、視点を共有したのは、コクヨ安永だ。文房具にオフィス家具、オフィス空間をはじめとするワークスペースの設計・提案を担う同社は、“働く”という軸から場と向き合い続けてきた。
安永が挙げたのは、Featured Projectsの会場にもなったコクヨ東京品川オフィス「THE CAMPUS」。2021年にオープンした本スペースのプロデュースにも携わった安永は、今、働く場の意味と向き合う必然性を述べた。
安永「THE CAMPUSのリニューアルが始まったのは2017年。その頃から私たちは『そもそもオフィスに来る意味とは何か』を問い続けていました。当時、日本では場所に囚われない働き方は多くの人にとって縁遠いものでしたが、海外からABW(Activity Based Working)という新たな働き方の潮流が聞こえ始め、興味深い事例も増えていました。
私たちもそのような新しい働き方の流れを発信、体現していこうと考え企画をはじめていた矢先にコロナ禍となり、思っていたよりも早く新しい働き方へシフトせざるを得なくなった。その中で“みんなのワーク&ライフ開放区”をコンセプトに据え、THE CAMPUSはオープンしました。
そして今、再びオフィスに出社する人が増えつつある。新しい働き方を経験した今だからこそ、人が集まる意味を改めて問い直す時が来たと思っています」
続いてマイクをとったのは、TOKYO ART BOOK FAIR(TABF)の東。2009年に始まった日本初のアート出版に特化したTABFは、毎回、国内外の出版社やギャラリー、アーティストなど約350組が出店、2万人以上が来場する大規模イベントだ。
- “創造性の触媒”となるデザイン・アートイベントはいかに生まれる?——Featured Projectsキックオフイベント
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コロナ禍で多くのリアルイベントが中止を余儀なくされるなか、TABFもそのあおりを受けた。そこで取り組んだのが、2020年にバーチャル空間を用いて開催した「VIRTUAL ART BOOK FAIR」。建築家やウェブディレクター、モデラーなどといったスペシャリストたちの協力を得て、バーチャルならではの出会いが生まれる場をつくりあげた。
東「やってみて驚いたのが、つくり手や出店される出版社、ギャラリーの方々の熱量は全く変わらなかったことでした。特殊な環境下だったからというのもあるかも知れませんが、それ以上に大きいと感じたのは、普段からの積み重ねです。TABFは私たちだけでなく、みんなで一緒につくることを意識してきたイベント。だからこそ皆さんの熱が発揮されたのかもしれません」
TABFがバーチャルに移したのに対し、リアルの場のままできることを模索していたのが、SKWATの中村だ。SKWATは都心の空き家を期間限定で利活用したコンテンツづくりを行う。その場所や空き家が元々持つデザインや土地性を生かした展示を企画しているのが特徴だ。
SKWATが始まったのは2019年。10年にわたり続いたコンセプトスペース「VACANT」や商業施設、オフィス空間など、比較的長期のプロジェクトを手がけてきた中村は、短期間の場づくりに新たな意味を見出しつつある。
中村「SKWATとして最初に手がけた原宿の一軒家を使ったギャラリーは約2ヶ月、第二弾のCIBONE Aoyamaの移転直前の空きスペースを使ったカフェは2週間。正直、これだけの短い期間で何か残せるのか、不安な気持ちもありました。
ただ、来てくださったお客さんの反応を見ていると、やって意味があったなと思っています。それは、コロナ禍でリアルの場のあり方の正解がわからなくなっていた中で、一つの選択肢を示せたから。同時に、このタイミングで企画をしたことで、場に求められる時間の尺は時代やその土地の空気によって変わるということを学びました」
砂場のような空気が、良い場をつくる
取り巻く環境が急激に変化する中、手探りながら形を変えつつ、場づくりに向き合ってきた三者。その結果、様々な制約はありながらも、訪れる人にその場ならではの価値を、深化させ提供してきた。それでは、登壇者たちは何を意識して、今場づくりに向き合っているのだろうか。
安永は「砂場」という言葉を用いてその意図を共有した。
安永「いろんな価値観が混ざっている状態を自然とすること……でしょうか。画一的な価値観だけでつくられた場は、消費されて終わってしまうと考えているからです。言い換えるなら、『砂場のような場』になるように意識しています」
安永が意図する「砂場」とは開かれていること、そして訪れる人がの創造性を刺激するようなものではないだろうか。その一例として、THE CAMPUSに設置した「看板」の経緯を語る。
安永「THE CAMPUSの一階には誰でも入れる公園があります。ここは開かれた場であると同時に会社の私有地でもあるため、管理上、禁止事項の看板を立てる必要性がありました。
多くの人が集う場で誰かに迷惑のかかる行為を未然に防ぐのはとても大事なことです。とはいえ、訪れる誰にとっても開かれている場にしたいという主旨に照らし合わせると、一方的な“制限”という形では伝えたくなかった。そこで、禁止事項はできるだけ小さい文字にし、代わりに『働くことと暮らすことを楽しむための、みんなの公園です』というメッセージを大きく書いたグラフィカルなポスターを設置しました。NGを伝えるのではなく、方向性を示す。そうすることで、様々な人がここでどうあるべきかを考える前向きなきっかけにできるのではないかと思ったからです」
安永の話を受け、東はコロナ禍に銀座ソニーパークにて実施した「Art Book Vending Machine」の企画が生まれた経緯を例に、一過性の場であっても余白が大事であると述べた。
東「Art Book Vending Machineは、500円を払いキーワードを選ぶとそれに関連した書籍が出てくる、本の自動販売機です。この企画、実は自販機の裏にいる人が本を選んで出しているんですよ。一見すると笑っちゃうアイデアですが、結果的にお客さんに非常に喜んでもらえました。このアイデアは雑談交じりに進むような、少しユルい企画会議の場から生まれたんです。レジュメに沿って進む“会議”らしい場も必要だと思いますが、そうした余白のある場だからこそ生まれるものは必ずあると感じますね」
非日常には、ポジティブな予定不調和を
場をつくる上では「余白」が大事であるという二人の考えを受け、龍崎はホテルという非日常の場づくりに携わるからこその考えを語った。
龍崎「砂場のような場づくりは、私も意識しています。例えば、ホテルのブランドマネジメント。ブランドを考える上で、私は自分がどれだけそのホテルに愛を注げるかが大事だと考えています。しかし、マネジメントするホテルの数が増えると、一つひとつのホテルに注げる愛の量が減ってしまう。愛の濃度が薄まると、ブランドの魅力もなくなっていきます。それを避けるために、立ち上げ人の私の愛だけでなく、これから一緒につくる人やお客さんも含めて、ホテルを愛せる余白をつくることを大事にしています」
これはブランドという概念に限らない。多種多様な人との接点を生み出す“場”だからこそ、現場で生まれる一つひとつの機微も、余白の有無が体験という形で表出してくる。
龍崎「加えて、私は場づくりにおいて、偶然の出会いによるワクワクや驚きが大事だと考えています。これを私はポジティブな予定不調和と呼んでいます。それを起こす上では、つくり手の偏愛が欠かせません。こうしたら面白いかもしれないという主観的なアイデアが、訪れる人にとって予想外の体験を生み出すからです。
逆に、『どうやったら空き部屋が埋まるか』という数字の達成が目的化したホテルではポジティブな予定不調和が起こりにくいと考えます。もちろんビジネスとして成り立たせるために、合理的な決断も大事ですが、それだけでは魅力的な非日常の場はつくれません」
龍崎の考えは、合理性と非合理性が共存するための「余白」が大事であると読み取れる。中村も合理化だけが重視されることには違和感があると続けた。
中村「偶然の出会いを生み出す非合理さが大事であるのはその通りだと思います。今、街がどんどん合理化され、窮屈になっているように感じます。予定不調和という言葉の通り、常に隙間を残しておくこと。つくり込みすぎないことが、良い場づくりには大事だと思います」
余白を見出すことで、場は面白くなる
ここまで、つくり手の視点で進んできたセッション。最後は、場に訪れる側の視点として、馴染みのない場に足を運ぶことの面白さが語られた。場を生み出す側も、場からインスピレーションを受け自身のアウトプットへと反映している。そのソース、ないしは視点からは各々の個性が垣間見える。
龍崎「以前、長崎県の佐世保市へ旅行に行った時に、ずっと佐世保らしさって何だろうと思いながら、過ごしていたんです。佐世保バーガーやレモンステーキもらしさですが、そもそもこれらが生まれた理由があるんじゃないかなと。そんなモヤモヤを抱えていたある日の朝、ホテルの外からアメリカの国歌が聞こえてきた。その時に、これが佐世保らしさだ、と思ったんです。
普通に考えたら、日本の街中でアメリカ国歌が流れるなんてありえない。でも、この街はそれを許容している。異文化を受け入れた結果として、佐世保バーガーのようなものが生まれているのだという発見がありました。こうした新しい視点との出会いが場に足を運ぶ魅力ですよね」
安永「馴染みのない地域に訪れることで価値観が変わった経験は私もあります。私は多摩エリアのニュータウンで生まれ育ったのですが、ニュータウンには昔から受け継がれているようなその土地の文脈がありません。そのため、正直生まれ育った場所に地縁のようなコミュニティ感覚を感じていなかったんです。
一方、妻の実家があるのは大阪の「だんじり祭り」で有名な町です。町の人々はお祭りを中心に一年を過ごし、当日には外からの観光客を圧倒するほど全力で楽しむ。私にとっては、これほどの熱量で土地の文脈を継承していること、それを暮らしの中で当たり前に続けていることそのものを目の当たりにしたのが本当に驚きの経験でした。
これがきっかけで、ニュータウンという真逆の土地性と、そこに集い暮らす人々のコミュニティについて以前よりも考えるようになりました。自分と違う生き方をしている人や普段は触れない文化に触れることで、自分の感覚の”ひだ”が増えていく。それが場を訪れる面白さだと思います」
自分の興味やバックグラウンドと照らし合わせることで、自分ならではの発見と出会うことができる。それは、ガイドブックなどで一般的に語られている街の姿の外に余白を見出す行為と言えるだろう。余白の見出し方は、その時の自分の立場によっても異なると東はUターンで福岡に移住した際の経験を述べる。
東「東京で色々経験すると、旅行者目線と住む人の目線の両方で福岡を見ることができるようになりました。二つの目線を持つからこそできることがあるのではないかと思っていて、福岡でアートブックフェアができないか模索しているところです」
コロナを通じて、改めて場の価値やつくり方、場への向き合い方が語られた本セッション。それぞれの発言に共通していたのは「余白」という考え方だろう。
ここ数年、「余白」という言葉は場づくりに限らず、よく耳にするようになったワードだ。それでもまだ重要性が語り続けられているのは、「余白をつくること」が、我々の思う以上に難しく、奥が深い行為だからではないか。
余白をつくることは、他者を受け入れることだ。様々な価値観が認められていく中で自分とは違う存在がいることをいかに当たり前にできるか。これは場づくりに限らない、これからの私たちが体現すべきあり方とも言えるはずだ。