才能の衝突を新たな表現につなげる、セッション的創作プロセス——電子音楽研究会
音楽、建築、エンジニアリング、映像、グラフィックデザイン——「デザイン」「アート」「クリエイティブ」と称されるものの中にも無数の異なる領域があり、それらの掛け合わせによって、また新たな体験が生み出されていく。
そうした領域横断的な創作は、具体的にどのようなプロセスを通じて行われるのだろうか。
この問いについて考えるうえでひとつの示唆を与えてくれそうなのが、クラブシーンを中心に実験を繰り返してきた音楽パフォーマンス・クリエイター集団の「電子音楽研究会」だ。
建築家、エンジニア、映像作家、デザイナーと、異なる領域の出身者によって構成される電音研は、前身となる「武蔵野美術大学電子音楽研究会」から活動をはじめ、電子音楽と電子音楽を取り巻くカルチャーについての研究、及び研究発表を行なっている。
2024年5月25日,26日に開催されたデザインの祭典「Featured Projects 2024」内のセッション「電子音楽研究会 LIVE Performance & Talk:領域横断的な創作」では、ライブパフォーマンスに加えて、エンジニア視点でのグラフィックデザインや建築家視点での映像制作など、領域を横断した創作のプロセスについて対話がなされた。
登壇者は、電子音楽研究会から工藤俊祐、坂本倫久、小河原奏也、角田創の4名。モデレーターは、登壇者と同じ武蔵野美術大学出身のアートディレクターで、Featured Projects 2024でイベント全体のアートディレクターも務める坂本俊太(NEW Creators Club)が担当した。
今回の記事では、トークセッションの内容をダイジェスト。武蔵野美術大学に集った異なる専門性を持つメンバーらの具体的な創作プロセス、まだ見ぬ体験を生み出すための思い、そして今後の展望までを語り合った。
オーディオ×ビジュアル×建築の創作プロセス
セッションの冒頭では、約25分間にわたって電子音楽研究会によるライブパフォーマンスがおこなわれた。会場である「THE CAMPUS」オープンコミュニケーションホール「CORE」の200インチの大型LEDビジョン4面を、贅沢に使用した映像と音楽のコラボレーション。会場は静かな熱気で満たされた。
続くトークセッションに登壇したのは、電子音楽研究会(以下、電音研)の小河原奏也(建築設計士)、工藤俊祐(デザイナー・エンジニア・VJ)、坂本倫久(デザイナー・映像作家)、角田創(デザイナー・エンジニア)ら4名。コロナ禍が明けたタイミングで、オーガナイザーである工藤のTwitter(当時)上での募集に集まったのが現メンバーたちだ。前身である「武蔵野美術大学電子音楽研究会」という名称からも明らかなように、全員が武蔵野美術大学に通う学生であり、それぞれが異なる専門性を持つ。
手始めに、モデレーターの坂本は、異なる専門性を持つ彼らが、どのように連携してステージを作り上げているのか、制作のプロセスについて質問を投げかけた。
- 工藤
毎回一つの大きなテーマがあるんです。それに基づき、まずは僕が会場全体のグラフィックやフライヤーを作ります。その静的なイメージを映像作家の坂本に「これを動かしてくれ」と投げ、彼が動的なイメージに変換する。一方、小河原をはじめとした建築チームは、実際の会場の特性に合わせて建築物をイチから構築。さらに、その建築物にあった映像表現に仕上げていくというのが大まかな流れです。
領域横断という文脈において「オーディオ×ビジュアル」という掛け合わせそのものは珍しくはないが、そこに建築の要素が加わるのが電音研のユニークさだ。たとえば、モデレーターの坂本が電音研を知るきっかけになったのが、代官山のB1FLATで目にしたドーナツ型のスクリーンだった。このスクリーンを建築した意図について、建築設計士の小河原はこう振り返る。
- 小河原
会場の特性上、オーディエンスとパフォーマーの関係性が固定されてしまう制約があると感じました。そこでDJを取り囲むような三面のドーナッツ型のスクリーンを会場中央に配置しました。これにより、人の視線や動きによる新たな関係性ひいては映像体験がつくり出せたと思います。
建築チームから初めてこのスクリーンを提案された時のことを、電音研の映像表現を担当する坂本は回顧する。
- 坂本
最初は頭を抱えました(笑)。ただこの形だからこそ生まれる新しい映像がある気がしたんです。お互いの領域に対して配慮や忖度をせずに、みんなで前向きにアイデアを出し合っていきました。
映像制作を担当したメンバーの一人である角田は「最後まで正解はわからなかった」と当時の戸惑いを口にするものの、「いざ映像をスクリーンに投影してみると、プロジェクターから投影された映像という印象がなく、それ自体が独立した発光体のような印象を醸し出していてよかった」と手応えを語る。
アイデア段階でのディスカッションはDiscord(ディスコード)上で行われる。グラフィックや映像といったビジュアルが建築のあり方を規定するパターンもあるが、最終的には会場である箱の形態に合わせて表現の仕方は変わる。例えばあるイベントでは、会場の都合から天井に正方形のスクリーンを取り付けることになった。創作プロセスで「正方形」が新たなコンセプトとして浮かび上がってきた。そこで工藤は、当初つくっていたコンセプトやデザインを捨て、「正方形」をコンセプトにグラフィックを作り直すことにしたという。
まだ見ぬ体験を生み出すための実験
それぞれの専門性やアイデアを有機的に掛け合わせながら制作するプロセスを工藤は「ジャズセッションに近い」と説明する。ただ、工藤はどんなイベントでも前提として意識していることがあるという。
- 工藤
念頭に置いているのは、クラブイベントっぽいイベントではありながら、クラブイベントの文脈を行儀良く踏襲しないこと。我々全員が目指すのは「“ダンスをして楽しい”の先に行くこと」です。そのためにはビジュアルだけでは不十分で、体験まで踏み込んで考えなくてはなりません。単なるかっこいいポスターを作ることに終始せず、身体性に訴えかける互換的な仕掛けや空間デザインまで、包括的な目線で制作に臨んでいます。
電子音楽“研究会”という名称からも推察できるように、彼らの活動はもとより実験志向が強い。映像作家である坂本は「各自が異なるパラメーターを持ち寄り、ツールを活用することでうまく各々の領域に接続している」と説明する。
建築設計を担う小河原は全メンバーがDIYでネジ締めに使用される電動工具・インパクトドライバーを扱えることを引き合いに出しながら、根底で全員の創作意識の足並みが揃っていることを示唆する。
小河原の指摘は、工藤が「体験まで踏み込んで考えなくてはならない」と語っていた姿勢と通底するものがある。工藤自身ディレクターという立ち位置に閉じこもり、自分の専門外は任せっきりにするのではなく、映像から建築・空間まで全領域に目を届かせ、把握することを徹底しているという。
- 工藤
突拍子もなく聞こえるかもしれませんが、実はDJもインパクトドライバーを打つことが大切な気がしています。一般的にパフォーマーはパフォーマンスに集中したいので、現場ができてから現場入りし、プレーが終わったら帰ります。でも、空間の細部——ペンキが何缶使われていて、どこにビスが入っているかなど——まで理解することで、DJの感覚が変質すると思うんです。選曲や出す映像も変わってくるのではないかと。
制作テーマはできるだけ統一したくないですね。アートディレクターとしてイベントを統括すれば、完成度は高くなるかもしれません。それでも、「研究会」を名乗り、領域横断的な研究を行うのであれば、その都度暫定解を探り合うことこそを大切にしたい。常に現場主義で、出てきたアイデアをどうにか形にすることを大事にしています。
活動が実験と不可分であるためか、彼らが主宰するイベントは比較的小規模の会場で行われることが多い。その狙いとして「鑑賞者とパフォーマーを二つの独立した関係に切り離すのではなく、両者が滑らかに溶け合う形を目指しているから」と工藤はいう。
- 工藤
コーチェラをはじめとした大規模なフェスでは、僕らが作っているものより遥かにすごい映像体験ができると思います。一方、東京都内で200名規模のクラブで、採算を度外視するからこそ生まれる独自の体験もあると思っています。大きい会場でやりたくないわけではないですけど、鑑賞者とパフォーマーの両者が滑らかに溶け合うようなパフォーマンスの形を目指して、会場選びをしていますね。
また、一夜限りの単発イベントでは、フライヤーをはじめとしたビジュアル物が作り込まれることはあまりありません。一方、僕らはたとえ7時間限りのオールナイトイベントだったとしても、グラフィックを作り込みます。イベントを開催するというよりも、展示を行うような気分に近いかもしれません。
クラブシーンの外側へ——今後の電音研の活動展望
トークの最後にモデレーターの坂本から、一人ずつ今後の展望、チャレンジしてみたいことへの質問が投げかけられた。
- 坂本
電音研の活動をやっていて面白いのが、各々全く異なる専門性を持ちながら、被っている共通項があることです。お互いの狙いやアイデアがうまく結託したとき、まだ見ぬ形ができあがることがあるのが醍醐味ですね。
これって、それぞれの機能は違っていても、MIDIという同じ信号の規格があればいろんなソフトウェアが通信し合えるという点でモジュラーシンセ的だなとずっと思っていて。そういう「つなげてつくる」ためのツールみたいなものを発明できたらいいなと思っています。
これまでの電音研の活動は総じて、クラブシーンに「クラブシーンにはなかったもの」を持ち込む意図が多かったと振り返る角田は、より美術的な空間における表現へと意気込みを見せる。
- 角田
クラブシーンにおける電音研のやり方はある程度わかったので、今後は自分たちの活動をインスタレーションやアートシーン、あるいは装置の方向に持ち込みたい。美術展の中で電子音を使ってみたり、VJ的な発想で展示会の中にグルーヴ感を生み出せるかに挑戦してみたいです。
先述したように、これまでの電音研の活動は都内を中心とした比較的小規模なスペースで行われてきた。そのため素材や機材を保管することはできず、制作物はイベント終了後に解体されるのが常だった。そんな現状に対し、今後の展望を語るのが建築設計士の小河原だ。
- 小河原
正直なところ、表現の幅は箱によって規定される部分が少なくありません。その意味で、将来的には我々自身の箱を一つ作りたいですね。あとはチームに一級建築士がいたらさらに面白いことができると思うので、頑張って取ろうかと考えているところです。