ものづくりに必須のスキル。人を動かす「ストーリーテリング」のデザイン──Figma CoreyLee×谷拓樹

「ストーリーテリング」はデザインにおいても最重要事項の一つだ。プロダクトの魅力や背景をユーザーに伝える際はもちろん、社内のメンバーと協働するうえでも、ものづくりのあり方を大きく左右する。

では、デザイナーとして持つべきストーリーテリングの手法とは、いかなるものなのだろうか?

2024年5月に開催された、多様なデザイナーが一堂に会するデザインフェスティバル「Featured Projects 2024」。同フェスティバル内のトークセッション「『人を動かすストーリーのデザイン』:ストーリーテリングを活用したプレゼンテーションのデザイン」では、Figma JapanよりCorey Leeと谷 拓樹が登壇した(当日に投影していたスライドはこちら)。

FigmaのDesigner Advocateとして、Figmaの可能性を広く伝えてきた両氏が練り上げてきたストーリーテリングの手法とは?

コミュニケーション力はデザイナーにとって“must have”

まずマイクを取ったのは、2022年よりFigmaのDesigner Advocateを務めているCorey Leeだ。

カリフォルニア州出身で、2010年に来日後プロダクトデザイナーとして活動を開始。プロダクトデザイン、サービス設計、DesignOpsに従事してきた。「デザイナーとして人の前でプレゼンすることが多い」と語るLeeは、さまざまなシーンでプレゼンテーションを重ねる中で「コミュニケーション力はデザイナーにとって必須のスキルだ」と気がついたという。

Lee

デザイナーにとって、コミュニケーション能力とは全て、つまり“nice to have”ではなく“must have”だと思います。例えば、自分がデザイナーとして出したアイディアが採用されるか否かは、コミュニケーションの仕方によってだいぶ変わりますよね。コミュニケーションスキルを活かすことで、人を説得することやインスパイアすること、あるいは自分が考えたアイディアの実現を手伝ってもらうこともできる。デザイナーとしてのキャリアの可能性も、コミュニケーション能力によって変わってくるでしょう。

Figma Japan Designer Advocate Corey Lee

デザイナーがコミュニケーション力を駆使する際のポイントを、Leeは「体験のデザインとして捉える」と語る。

Lee

自分のプレゼンテーションによって、聞いた人にどんな感情になってもらいたいのか。自分の話を聞いて、どんなことを感じてほしいのか。本当に聞いた人を説得し、インスパイアされて行動してもらえるのか……そうした要素を考えて、プレゼンテーションという体験をデザインすることがとても大事だと思います。

ストーリーをラブソングのように捉える

プレゼンテーションという体験のデザインに関して、「効果的なプレゼンテーションには必ず良いストーリーがある」と語るLee。そして「良いストーリー」とは、「アイディアが伝わる(論理)」と「アイディアが刺さる(感情)」の二つの要素から構成されるという。

では、論理と感情の両面から人を動かすストーリーはいかにしてデザインできるのか?

前提としてそもそも伝えようとするアイディアが、知らないことを教える、あるいは新しい視点を提供するなどにより、相手の考え方を変える「ビッグアイディア」である必要があると語る。その上で、まず「アイディアが伝わる」ようにするための具体的な手法としてLeeがまず提示したのが、「CONTEXT」「VISION」「STRATEGY」の流れでストーリーを構成することだ。

Lee

まず基本のシナリオや背景、文脈といった舞台、すなわち「CONTEXT」を設定します。続いて、先ほどもお話しした、新しい概念や視点を提示する「ビッグアイディア」、すなわち「VISION」を示しましょう。そして最後に、抽象的なVISIONを実現させるための具体的な「STRATEGY」に着地させます。「CONTEXT」「VISION」「STRATEGY」──私は「THE BIG 3」と呼んでいるのですが、この3つの流れでプレゼンテーションをすることでわかりやすい設計になります。

ただもちろん、人間が処理できる情報の量には限界がある。そこで、「アイディアが伝わる」ようにするためのもう一つの手法としてLeeが提示したのが「CHUNK化」だ。

これは認知心理学を参考にした概念で、個々の情報を扱いやすい単位、つまり「CHUNK」にまとめるプロセスを指す。このCHUNK化を実行するにあたって「7は魔法の数字」だとLeeは言う。

Lee

人間が短期記憶に保持できる情報の数は7(±2)だと言われており、7コマ以内で一つのトピックを完結させることが大切です。最初にシナリオを紹介し、続けて背景・コンテキストを説明したうえで、仮説・論点を提示し、最後に完結・まとめで締めくくります。このように7枚のスライドで一つのアイディアを紹介すると、人の頭に残りやすいと言われているんです。

もし7枚で終わらない長いプレゼンテーションであれば、7枚ごとにひとまとまりになるようにCHUNK化を繰り返します。例えば、先ほどの「CONTEXT」「VISION」「STRATEGY」のそれぞれを、一つのCHUNKにすることで伝わりやすくなるでしょう。

そして、「アイディアが刺さる」を実現するための手法としてLeeが提示したのが、「感情のジェットコースターをつくる」というものだ。

Lee

曲をつくるように、感情のジェットコースターをつくることが大切だと考えています。ストーリーをラブソングのように捉えてみましょう。ラブソングにはさまざまな感情が含まれていますよね。心が折れてしまうこともあれば、ドキドキすることもある。

人を笑わせる、考えさせる、パッションを持たせる要素を入れる。インパクトのある言葉で、複雑なアイディアをシンプルに見せる。人を動かす例を使う、斬新なアイディアを示す……こうした感情に引っかかるポイントをつくることが大事です。

ストーリーを効果的に伝えるための「アレンジ」の手法

Leeによるラブソングの例から示唆を得たと語ったのは、もう一人の登壇者である谷 拓樹だ。

ラブソングにもさまざまなジャンルの曲がありますよね。ポップスもあればジャズもあるし、アグレッシブなハードロックもあれば、ヒップホップもある。同様に一つのストーリーを伝える際も、いろいろな伝え方や構成があると気づいたんです。今日は「書いたストーリーをどうアレンジするか」についてお話ししたいと思います。

Leeと同じくFigma Japan Designer Advocateを務める谷は、現在はFigmaのマーケティングやリソースの設計・開発に取り組む。以前は中小企業向けのSaaS企業でのデザイナー、フリーランスでの受託制作、そして起業やスタートアップでの開発チーム立ち上げを経験。Webのフロントエンド開発や、UI・UX設計などを手がけた。

Figma Japan Designer Advocate 谷 拓樹

谷は自ら提示した「書いたストーリーをどうアレンジするか」というテーマに関して、そのポイントとして「ストラクチャー」「ダイナミクス」「ハーモニー」の3つを挙げた。

まず1つ目の「ストラクチャー」に関して、「音楽はイントロから徐々に盛り上がる構成だけではない」と解説を始める。

ストラクチャーとは効果的な構成をつくることです。Leeから「CONTEXT」「VISION」「STRATEGY」の流れで構成をつくるといった話がありましたが、必ずしも同じ順番でスライドに起こすわけではありません。

再び曲のメタファーを使うと、イントロから徐々に盛り上がっていくような構成のプレゼンテーションもある一方で、場合によってはサビから始まり、一旦落ち着かせてから再びサビで盛り上がる構成もあると思います。伝えたい内容やプレゼンテーションの時間によって、どのような構成にするかを考えることが重要です。

2つ目のポイントとして紹介したのは「ダイナミクス」。つまり、抑揚をつけて印象付けることについてだ。

事実をそのまま書くのではなく、伝えたい印象に合わせてコントラストをつけることが重要です。大事なことは大きな声で語るようにフォントサイズを大きくして見せたり、背景を暗くして小さな文字でささやくように問いかけたり。そういったメリハリをつけた工夫を施すことで、伝わりやすくなると思います。

3つ目のポイントとして谷は「ハーモニー」を挙げた。すなわち、一貫した表現を通して理解を促すことだ。

レイアウトがバラバラだと、デザインのズレに気を取られて内容に集中できないことがあります。そのため、一貫したスタイリングでつくりこむことが重要です。Figmaで言えば、使用する色やフォント、エフェクトやグリッドを定義して一元管理する「スタイル」機能、あるいはイラストや背景をつくるプラグイン、スライドのテンプレートなどがユーザーによって共有/公開されているFigmaコミュニティなども活用しながら、一貫性のある効果的なスライドをつくることが大事でしょう。

7枚の付箋から、実際にストーリーを組み立てる

セッションの後半は実際に参加者がストーリーを考え、ビジュアライズするプロセスを体験するワークショップが行われた。満席となったこのセッションには150人以上が参加し、終始集中した様子で取り組まれた。

まずは、これから作成するストーリーのテーマ決めから。候補となるテーマとしてはFeatured Projects 2024のテーマ「“そうぞう”からはじまる」に関連した「あなたにとってのそうぞうとは何ですか」などが挙げられた。

参加者は選んだテーマに沿って、ストーリーを書いていった。各テーブルに用意された7枚の付箋にシナリオや考えの背景を書き込み。「CONTEXT」が書けたら、続いて「VISION」「STRATEGY」の順番に、THE BIG 3の手法を使って伝わりやすく整理していく。

その後、ほぐれた空気のまま、ビジュアライジングのセクションが始まった。ストーリーを記載した付箋の並べ替えや、配られたB4の紙にスライドのビジュアルを描くワークだ。参加者は文字の大きさや太さの変化、アンダーライン、もしくは要素を抑えてメリハリをつけるといったワンポイントの工夫によって、全体的なリズム感を表現していた。

時間はあっという間に過ぎ、ワーク終了の合図として鳴るタイマー。「ステージの上でプレゼンをしたいという勇気のある人はいますか?」とLeeが尋ねると、二名の参加者が手を挙げ、作成したストーリーを発表した。こうして登壇者と発表者に大きな拍手が送られる中で、セッションは幕を閉じた。

一朝一夕では習得が難しいストーリーテリング。谷とLeeも互いにレビューし合いながら本セッションをつくったというように、身近なひとに意見をもらいながらストーリーを磨いていくことが、回り道のようで近道と言えるだろう。

俯瞰して構造を捉えつつ、グラフィックの細部にも気を配る──決して単純な作業ではない。しかし熟達すれば、人々の心を掴む強力な手段となるはずだ。

Credit
執筆
並木里圭

2001年千葉県生まれ。関心は民藝、アナキズム、フェミニズム。立教大学観光学部卒。2025年から大学院進学予定。1番好きな花はチューリップ。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

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