持続可能な“よいものづくり”のために、デザイナーはいかにして「仕事」と向き合うべきか——熊野亘×長嶋りかこ×平山みな美

大量生産・大量消費が問題視される現代社会において、デザインは環境や社会への影響を考慮した持続可能性の実現においても、重要な鍵を握っている。資源の枯渇や気候変動など地球規模の課題が山積するなか、デザイナーには、より持続可能な"よいものづくり"が求められているのではないだろうか。

2024年5月に開催された、多様なデザイナーが一堂に会するデザインフェスティバル「Featured Projects 2024」。同イベントでは、「持続可能な“よいものづくり”。健やかなクリエイティビティの条件」と題したセッションを開催した。

登壇者は、プロダクトデザイナーで武蔵野美術大学准教授の熊野亘、グラフィックデザイナーの長嶋りかこだ。グラフィックデザイナー・環境活動家の平山みな美がモデレーターを務め、“よいものづくり”の定義から、クリエイターとしての働き方や生活環境、そして理想の実現に向けたアクションについて、ディスカッションが交わされた。

環境視点での“よいものづくり”とは?

トークセッションの冒頭、平山は“よいものづくり”の定義について登壇者に問いかけた。まず、デザイナーとして「受注する案件を選ぶことの重要性」を強調したのは、グラフィックデザイナーの長嶋だ。

グラフィックデザイナー 長嶋りかこ

10年間の広告代理店勤務を経て独立した長嶋。「自然豊かな農村部で生まれ育ったこともあり、代理店勤務時代は環境や社会に配慮されていないデザインのあり方に違和感を覚えていた」と言う。

そんな違和感を払拭するように、独立後は自分が本当の意味で社会に送り出したいと思えるものづくりに向き合うようになる。現在はグラフィックデザイナーとして、クライアントからの要望に応えることはもちろんのこと、ポスターや書籍などに使用する素材や印刷工程などでも環境配慮ができないかと、持続可能な取り組みを模索してきた。

長嶋が手掛けた「デヴィッド ・ リンチ_精神的辺境の帝国」展のフライヤー。本来は印刷工程において廃棄になるインク汚れのにじみやムラを、あえてエラーを起こし積極的に取り入れることで廃棄を出さないデザインにした

長嶋

色や形だけでなく、社会や環境への影響も考慮する視点を持つようになりました。自分の職能を通じて、どんな活動に携わり、広げていくのか。デザインに対する責任感の持ち方が変化したと感じています。

続いてマイクを取った熊野は、プロダクトデザイナーとして家具や日用品のデザインを手がける立場から「長く使えるデザイン」の重要性を訴えた。

プロダクトデザイナー 武蔵野美術大学准教授 熊野亘

熊野

僕はデザインしたものが「どれだけ長く使ってもらえるか」を重視しています。長く使ってもらえるものを生み出すためには、素材や製造工程にもこだわり抜かなければなりません。たとえば、Artek(アルテック)という家具ブランドのプロダクトの多くは、1930年代にデザインされたものです。

それが今でも製造されており、使い方次第では100年でも200年でも使えるものになっている。木材は耐久性が高く、炭素を保管する機能があり、一度吸収した炭素を排出しないので、木材を使って長く使われる製品を生み出すことは環境への負荷を下げることにつながります。だからこそ私は木材を使ったプロダクトを追求したいと考えているんです。

熊野は、フィンランドでデザインを学び、世界的なプロダクトデザイナーであるジャスパー・モリソンの事務所でアシスタントを務めた後、2018年に独立。以降、素材の特性を生かした寿命の長いプロダクトデザインを追求してきた。

たとえ、時間がかかったとしても。いまデザインに求められる「丁寧な対話」

デザインにおいても「環境への配慮」や「持続可能性」が重要視される一方で、古いものは廃棄し、より多くの新しいものを消費者に供給していくスタイルを依然続けている企業も少なくはないだろう。そのような企業に対して、デザイナーはどのように向き合うべきなのだろうか。

グラフィックデザイナー 環境活動家 平山みな美

本セッションでモデレーターを務めた平山は、自然豊かな地域で生まれ育ったという。現在はコペンハーゲンを拠点にフリーランスのグラフィックデザイナーとして、気候変動や環境問題をテーマとしたデザインプロジェクトに取り組みながら、環境活動家としての活動も展開しているが、そんな平山は登壇者に「クライアントとの向き合い方」を問いかけた。

平山が出版した『WITH DILEMMAS FROM THE FUTURE(「ジレンマと共に未来からデザインする─気候危機時代にグラフィックデザイナーにできることとは?)』

熊野

最初からすべての考えをクライアントと共有するのは難しいので、プロダクト開発を進めていくなかで、対話を重ねながら、価値観を一致させていくように努めています。プロダクト開発は期間が長いですから、対話をするための時間を比較的取りやすいんですよね。

熊野の意見に、深く頷く長嶋と平山。クライアントの「ビジネス」と地球環境の「持続可能性」、その両方に寄与しようとする際、デザイナーは時として矛盾を抱えることになる。長嶋もまた、そんな矛盾と向き合い続けている。

長嶋

対話を図ったとしても、うまくいかないこともたくさんある。でも、そのなかでどうやってよりベターにしていくかを常に考えています。クライアントの希望にはしっかりと耳を傾けますが、そのプロジェクトが持続可能性や環境への配慮という観点において改善の余地があると感じた場合は、仕事を受ける前にそのことをしっかりと伝える。

それから対話を重ね、双方がプロジェクトの方向性に納得をした上で仕事に取りかかることが重要です。こうした働きかけによって、クライアント側にも新しい視点が生まれるはずですし、それがデザイナーとしての役割の一つだと思っています。

この長嶋の発言に対して、「たとえコミュニケーションにコストがかかったとしても、丁寧な対話を重ねていくデザイナーが増えれば、少しずつクライアント側のスタンスも変わってくるはずですよね」と平山は応じた。

一方、熊野はクリエイティブに向き合う際に「焦ってはいけない」と強調する。

熊野

僕が携わった福井発のインテリアプロダクトブランド「MOHEIM(モヘイム)」の傘立てのプロジェクトも、立ち上がりからプロダクトのリリースに至るまで、かなりの時間がかかりました。

けれど、やっぱり焦っちゃいけないと思うんです。もちろん、プロダクトの発売時期を決定し、そこに間に合わせたいというクライアントの気持ちも尊重しなければなりません。しかし、ビジネスのサイクルだけに合わせて、ものを世に送り出すことに対しては、僕ははっきりNOと言っています。

関係者全員がさまざまな観点を持ち、その上で腑に落ちたものしか世に出してはいけないし、生産すべきではない。これは、すべてのデザイナーに問われていることだと思っています。

熊野が手掛けた傘立て。リサイクル粘土や、セラミックス廃材や鉱山廃棄物など、70%を超えるリサイクル原料を使用している

人生の変化を、「ものづくり」に還元する

次に、登壇者たちは、クリエイターとしての生活と仕事のバランスについて語った。持続可能なものを生み出すためには、クリエイター自身も持続可能な生活を送る必要がある。クリエイティブでゆたかな発想を生み出すための「環境」とはどのようなものなのだろうか。

熊野は「ものづくり」のために、住む環境を大きく変えたという。2017年に東京から長野県御代田町に移住し、自然の中で新しい価値観を見出す生活を送っている。

熊野

東京での生活では、自分でデザインしたプロダクトを自分の生活空間に置けないというジレンマを抱えていました。特に家具のデザインをするようになってからは、自らの生活の中で自らがデザインしたプロダクトを使うことが難しくなってしまった。

プロダクトをつくる人間として、つくったものはちゃんと自分でも使って、世に出していかなければいけない。そう思って、広い居住空間を確保するために移住を考え始めました。

移住を決めた熊野は、御代田町に集まった友人たち5家族で土地を共同購入し、自ら設計から携わって住宅を建てた。現在は、そこに自らが手がけたプロダクトを持ち込み、実際の暮らしからフィードバックを得る生活を送っている。

熊野

田んぼでの作業や薪割りを通して自然と触れ合いながら、循環型の生活スタイルを実践しています。自然との触れ合いや生活の変化から得られた価値観を、デザインに還元できるようになりましたね。

スクリーンに映し出された御代田での生活の様子を収めた動画は、クリエイターに限らず誰もが憧れるような「ゆたかな暮らし」そのもの。登壇者を含め、その場にいた全員がうっとりと映像を眺めている様子が印象的だった。


長嶋は「子どもにとっても、この環境はすごくいいですよね」と語りつつ、働く女性として、子育てと仕事の両立に悩んだ苦い経験を明かした。

長嶋

子どもを産んでから、デザインに向き合える時間が半分になってしまったんです。働ける時間が半分になれば、当然売り上げも半減します。それまでは時間を気にせず仕事ができていたのに、毎晩6時になるとフライパンを握らなきゃいけなくなってしまった。もちろん、子どもを持つことは自ら望んだことではあったのですが、仕事と生活における変化へのイメージの解像度は低かった。だから思ったように家事や子育てと仕事のバランスが取れず、悩むことが増えました。

この悩みを「女性ならでは」と書くのも憚られるほど、「家事や育児は夫婦で分担すべき」という価値観は根付いているように思える。しかし、実際には長嶋と同じ悩みを抱えている女性は少なくないだろう。

長嶋は、そんな状況すらも自らのデザインに取り込むことによって活路を見出したという。

長嶋

仕事が自分自身の思い通りにならない状況が5年ほど続いてから、「思い通りにならないこと」を表現に生かしてみると、意外と面白いかもしれないと思うようになったんですよ。

たとえば、自分の身体によるものではなく他者の身体により生まれる偶然性を積極的に取り入れたり、自分の身体のコントロールの効かない“作り方を作る”ことで生まれるエラーを受け入れたり。自分の思い通りにならない、コントロール外のものを受け入れていく姿勢をデザインに還元していく面白さに、育児を通して気づかされました。

家父長制度の残滓や核家族化による、女性への負担の増加は問題視されてきた。「特に、腰を据えて向き合わなければならないクリエイティブの仕事と育児は相性が良くない」と長嶋は指摘する。

そのような環境の中で、育児での経験や働き方の変化をデザインに反映させ、自らをアップデートしている長嶋の姿は、ライフステージの変化に悩む多くのクリエイターの参考になるのではないだろうか。

「新たな価値観へのシフト」が、持続可能なクリエイティビティを支える

セッションの結びに、持続可能なよいものづくりを実現するためのアクションについて議論が交わされた。

長嶋

私の場合、自分の仕事も“投票”だと捉えています。自分が買うものを選ぶのと同じように、仕事で何に対して自分の力を注ぐのかということは、社会に対しての意思表示に近いのかなと。だから、まずはそんなふうに仕事を捉えられたら、目の前の仕事への判断が変わってくることもあるのではないでしょうか。一人ひとりのデザイナーが、価値観をゆるやかにシフトさせていくことが大事だと思います。

消費行動だけでなく、仕事も“投票”の一つであるという長嶋の感覚は、現在の経済的な価値のみならず、未来に向けて価値あるものを生み出していきたいという彼女の仕事に対する根本的な理念が反映されているように感じた。

さらに長嶋は、現代社会に根付いた資本主義的な価値観に言及した。

長嶋

みなさん、多かれ少なかれ「しんどさ」を抱えていると思うんです。たとえば、東京で家族にゆたかな暮らしを担保するためにはどこまで稼げばいいんだろう、とか不安になるじゃないですか。それは、私たちが資本主義のルールのなかで、誰かと比べて自分の経済状況を見ることで生まれる苦しみだと思うんです。

でも、本当に大切なのは、自分らしさを見つめること。周りとの差異はさておき、「今日の自分が、昨日の自分よりベターであること」に目を向けられる社会であってほしい。資本主義の競争軸が他者でない価値観にシフトしていく必要があると感じています。

これまでのように経済成長を無制限に追求することに限界があるのは、誰もが感じ始めているだろう。しかし、その一方で個人の働き方は、これまでの社会通念や経済の動向に支配されてしまいがちだ。

個人というミクロの視点でも、地球全体というマクロの視点においても「成長」との向き合い方について、改めて考え直さなければならないフェーズに入ったのかもしれない。

平山

デザイン業界は、どうしても経済成長や競争といったところに巻き込まれやすいんですよね。一人ひとりのデザイナーが、積極的に「NO」と言ったり、これまでとは違う価値観を発したりすることによって、業界全体がちょっとずつ変わっていくのかなと思います。

長嶋は平山の言葉に同調し、「熊野さんが御代田で実践してい循環型のライフスタイルは、私たちの価値観に一石を投じるもののように感じます」と、熊野に水を向けた。

熊野

僕らもゼロから今の暮らしを着想したわけではなく、平山さんが暮らす北欧など、海外のさまざまな実践を取り入れながら、試行錯誤しています。やっぱり、北欧は持続可能性や環境保全に対する関する取り組みが進んでいますよね。

平山

そうですね。今回日本に一時帰国して、街ゆく人々の様子から余裕のなさを感じました。どこか、時間や心の余裕、あるいはゆたかさを見失っているような気がしたんです。お二人が言うように、今だからこそ価値観をシフトして、ゆたかさについて考え直す必要があると思います。

これからの“よいものづくり”とは、持続可能性と環境への配慮を念頭に置いて、仕事に向き合うこと──本セッションを通じて浮かび上がったのは、そのような示唆だったのではないだろうか。そして、そのためにはクリエイター自身が自らにとっての「ゆたかさ」を問い直し、価値観をアップデートし続ける必要があるだろう。

経済成長や競争から一歩距離を置き、本当のゆたかさとは何かを問い直す。登壇者たちが説いたこの価値観のシフトこそが、これからのデザインに求められているのではないだろうか。彼らの探求心と実践は、デザインの力で持続可能な社会を切り拓く一歩となるはずだ。

Credit
執筆
目次ほたる

2000年生まれ、都内在住のフリーライター、編集。家事代行業、スタートアップ企業の経理事務、ライターアシスタントなどを経て、2019年に独立。現在は取材記事やエッセイの執筆を手掛けるほか、「ままならない日々を心地よく耕す」をテーマに発信活動を行う。個人で保護猫の支援活動を行っており、自宅では保護猫たちと同居中。

編集
鷲尾諒太郎

1990年、富山県生まれ。ライター/編集者。早稲田大学文化構想学部卒業後、リクルートジョブズ、LocoPartnersを経て独立。『FastGrow』 『designing』『CULTIBASE』などで執筆。『うにくえ』編集パートナー。バスケとコーヒーが好きで、立ち飲み屋とスナックと与太話とクダを巻く人に目がありません。

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