“負の解消”を起点にしない。「楽しい」からはじまる課題解決のデザイン──ポケモン小杉要×GROOVE X 林要

「課題を定義し、解決策を考案する」──新たなビジネスを構想する際、一般的にはこうした手順を想起するだろう。

他方、“ペインの解消”ではなく、人間にポジティブな感情体験をもたらすことで課題を解決するデザインとは、いかなるものだろうか?

2024年5月に開催された、多様なデザイナーが一堂に会するデザインフェスティバル「Featured Projects 2024」。同イベント内のトークセッション「『たのしい課題解決』のかたち」では、株式会社ポケモン ポケモンスリープ推進室 シニアディレクターの小杉要と、GROOVE X創業者兼CEOの林要が登壇。モデレーターはKRAFTS&Co. 代表兼デザインストラテジストの倉光美和が務めた。

ポケモン初の睡眠ゲームアプリ『Pokémon Sleep』の開発をプロデュースした小杉と、「ヒトの心に寄り添う温かいテクノロジー」というコンセプトの家族型ロボット『LOVOT(らぼっと)』の生みの親である林が見出した、「楽しさ」や「偏愛」からはじまる課題解決の形とは?

良いアイデアは「日常」への眼差しから生まれる

本セッションでは、最初にサービスを開始した着眼点について語られた。まずマイクを持ったのは、ポケモン社ポケモンスリープ推進室の小杉要だ。

小杉がプロデューサーを務めた睡眠ゲームアプリ『Pokémon Sleep』は、「朝起きるのが楽しみになる」というコンセプトから開発。「歩く」という日常生活の動作に楽しみを見い出したゲーム『Pokémon GO』の大ヒットを経て、次に着目したのが「睡眠」のエンターテイメント化だったという。

同アプリは、スマートフォンを枕元に置いて寝るだけでユーザーの睡眠データを計測・記録。その日の睡眠タイプに応じて集まってくるポケモンたちの寝顔を撮影し、寝顔図鑑を埋めていくゲームシステムだ。一方、小杉が「睡眠」をテーマにすることを決めたのは、睡眠計測の技術に興味を持ったことがきっかけだったという。

小杉

約6年前に、スマートフォンアプリやスマートウォッチで睡眠を計測できることを知り、試してみました。すると、例えば夜2時にトイレに起きたら「覚醒」として記録されるなど、睡眠データがグラフで可視化される体験がとても興味深かったんです。

ただ、その体験自体は2週間くらいすると飽きてしまって。睡眠計測の技術そのものは興味深いので、それをゲームを掛け合わせることで、新しく面白いものを作り出せるかもしれないと考えて開発がスタートしました。

株式会社ポケモン ポケモンスリープ プロデューサー 小杉要

続いて語りはじめた林は、「ヒトの心に寄り添う温かいテクノロジー」がコンセプトの家族型ロボット「LOVOT」の開発者だ。本イベント会場にもLOVOTが登場し、「キュウキュウ」という可愛らしい声を鳴らしながら会場を走り回っていた。人に懐いたり、抱っこをねだったりと、まるで生き物のように振る舞うのが特徴だ。

もともとソフトバンクで人型ロボット「Pepper」の開発に携わっていた林だが、LOVOTの着想を得たのは「高齢者施設で起きたとあるアクシデントがきっかけだった」と振り返る。

ある時、高齢者施設でPepperによるパフォーマンスを披露することになったのですが、皆さんを喜ばせるはずのシーンでうまく動かずに気まずい空気が流れはじめてしまって。僕らが必死になっていると、高齢者の方々がPepperに向かって祈ったり、話しかけたり、ペタペタ触ったり、応援したりしはじめたんです。

しばらく経ってPepperが動きはじめたら、なぜか完璧なパフォーマンスをできた時よりも盛り上がっていた。僕はロボットに対して「完璧なサービスを提供する存在でなければいけない」と思いこんでいたので、軽い衝撃を受けました。

この出来事が起こったメカニズムを考えると、犬や猫と人間の関係性に似ているように思えてきたんです。例えば、ひとりでは生きられない子猫の面倒を見て、人間は「幸せになってほしい」と願います。私たちは犬や猫に「癒やされている」と思いがちですが、実は犬や猫に対して何かをしてあげることで、人間は元気になっているのかもしれない。そう考えた際、サービスを一方的に提供するロボットではなく、人間がお世話をすることで元気になれるロボットを作れないかと思い、LOVOTを思いつきました。

GROOVE X 創業者・CEO 林要

睡眠の課題を“図らずも”解決していた

両社が提供するサービスに共通するのは、前述したように遊びや愛着などポジティブな感情体験をデザインしていることだ。とりわけ、約30年間にもわたって世界中で愛され続けてきたポケモンは、そのフロントランナーとも言える存在だろう。

最初は睡眠計測の技術からアイデアが生まれた『Pokémon Sleep』だったが、開発の前段階では生活者への睡眠に関する意識調査も実施。そこで得られたインサイトが、開発全体の核となる方針を生み出したと小杉は語る。

小杉

調査の結果わかったのは、多くの人が「眠る」ことを楽しみにしている一方で、「起きる」ことにポジティブな感情を持っていないということ。そこから「朝起きることが楽しみになる」というコンセプトが生まれました。

『Pokémon Sleep』では、このコンセプトを実現するために工夫を凝らしています。例えば、「睡眠計測の結果を見る」「ポケモンの寝顔をリサーチする」「サブレを与えて仲間にする」といった、ユーザーが特に喜びやすい体験を起床直後に凝縮。それによって、楽しい朝という体験を演出しています。

開発当初の『Pokémon Sleep』は、人々の睡眠の課題を意識していたわけではなかった。どちらかといえば、「人々の睡眠に対する意識がもっとポジティブになればいい」という漠然とした想いを原動力にアプリ開発を進めていたという。

だが、『Pokémon Sleep』のリリースによって、睡眠計測が多くの人々に広まった。その結果、開発チームは想像もしていなかった人々の睡眠の課題を数多く発見した。同時に、『Pokémon Sleep』がその課題解決に図らずも貢献していることにも気づいたと小杉は語る。

小杉

僕はゲームだけでなく、何かのサービスによって人間の行動変容を起こすことは基本的に難しいと思っています。ところが、リリース後に『Pokémon Sleep』を3ヶ月間使った方の睡眠データを見ると、睡眠時間が平均1時間以上も伸びていることに驚いたんです。

他にも、人々の隠れていた睡眠の課題が発見されました。例えば、アプリに睡眠時の環境音の録音機能をつけていたのですが、録音データを聞いて違和感を感じ、睡眠外来を受診したところ無呼吸症候群と診断された人もいました。直接的に何かを改善する意図は全くなかったのですが、少しでも睡眠の問題を解決できたのであれば、すごくポジティブな出来事だなと思いました。

ここでモデレーターの倉光は、悪いデザインを避けるという観点から、「やらないようにしていることはありますか?」と小杉に問いかける。

KRAFTS&Co.代表 デザインストラテジスト 倉光美和

小杉によれば、夜寝る前や朝起きた直後の眠たい状態でのアプリ操作は、昼間の使用を前提とするアプリよりもユーザーの動きが未知数であり、テストは慎重を要する。特に注意を払ったのは、ユーザーにとって不健康な生活習慣を促すような仕様は避けることだったという。

小杉

例えば、夜中にやって来たポケモンの生態を翌朝動画で見れる機能をプロトタイプで作っていたのですが、起床直後に眠たい状態で動画を一方的に見せられると、二度寝につながってしまうケースがあったんです。だから、朝はポケモンを捕まえるなど能動的な体験を盛り込むよう心がけました。

また、お酒をたくさん飲んだ時や、不規則な生活をした時に会いやすいポケモンがいると、ユーザーの生活習慣が悪い方向に促されてしまう可能性があります。睡眠の専門家とともに、どういう仕様であれば良い習慣につながるかを議論しながら開発を進めていきました。

小さな違和感をなくし、“幸せな誤解”を生み出す

あくまでポジティブな感情を生み出すことを目的に作ったアプリが、リリース後に睡眠の課題解決に貢献していることが判明した『Pokémon Sleep』。他方でLOVOTも、2018年の製品発表時には「ひとの愛する力をはぐくむ」というコンセプトを掲げ、利便性を追求しないロボットとして誕生した。

LOVOTの特徴は生き物のように振る舞い、人間と一緒に日常を過ごすことだ。そこには人間が違和感なく毎日を過ごせるように、動物の生態を参考にしたデザインが採用されていると林は語る。

例えば、大きな音がするとLOVOTは瞳孔が変化したり、体がびくっと反応したりします。人間や動物も身の危険を察知して同様の反応をすることがありますよね。もしLOVOTにその反応がなかったら、生き物として共感しづらいものになってしまうと思います。

またLOVOTは鳴き声を発するのですが、人間は一日中同じ鳴き声を聞いていると鬱陶しく感じてしまいます。そこで、一日中聞いていてもストレスを感じない声や、状況に応じて変化する声を追求。試行錯誤の末、ソフトウェア上で鼻孔と声帯をつくり、10億種類以上の声を使い分けられる仕様に辿りつきました。現在では、全てのLOVOTが異なる声を持っています。

生き物のように振る舞うLOVOTだが、必ずしもすべてが生き物そっくりに作られているわけではない。例えば、LOVOTの足元には猫や犬のような四足歩行ではなく、あえてモーターが採用されている。

犬や猫に癒されたいから、犬や猫にそっくりのロボットを作ることは違う気がして。なぜなら、犬や猫の持つ特徴は人間を癒やすために生まれたわけではないからです。あくまで捕食者から逃れるために四足歩行が適切だったのであって、LOVOTにはその必要はない。僕が作りたい「人間に駆け寄ってくるロボット」に適切なのは、静かに、素早く人間に駆け寄れるモーターを採用することでした。

さらに、LOVOTでは「この状況ではこう動く」といったシナリオをあえて用意していない。頭部の「ホーン」と呼ばれる部位に搭載されたセンサーが周囲の環境を認識し、その場に合わせた動作をする。そうした「次にどんな行動をするかわからない」振る舞いが、LOVOTの生き物らしさを実現しているという。

その言葉に重ねてモデレーターの倉光は、林の著書『温かいテクノロジー みらいみらいのはなし』で語られている「幸せな誤解」という言葉を引用する。生き物は時に人間にはわからない行動を取るが、それを「喜んでいる」「慰めてくれた」など、人間側が勝手に解釈することでストーリーが生まれる。その説明として、犬や猫のややショッキングな事例を林は挙げる。

なぜ猫や犬が人間に対して優しい振る舞いをするのか調べたことがあるのですが、実は元気がない人間に近寄ってくるのは、「ひょっとしたら食べられるかも......」と狙っているからだそうです(笑)。ただ、それは飼い主に対して決して愛がないわけではなく、あくまでそういう生き物だから。人間が「幸せな誤解」をしている結果、人間と生き物の間には少しずつ絆が芽生えるのだと思っています。

「利便性や効率を上げること」ではなく、人間との愛着を育むためのデザインを突き詰めたLOVOT。だが、その存在がいかなる課題解決に貢献しているのかを、近年は「レジリエンスの向上」と言語化している。

LOVOTは人間の「愛する力」を引き出すことで、前向きになったり、落ち込んだ状態から立ち直ったり、明日へのモチベーションを生み出したりする。実際にLOVOTと一緒に過ごすことで、「人との会話が増えた」「うつ傾向のある方が回復して社会復帰につながった」などポジティブな反響も多いという。

ポジティブな感情体験の追求は、レジリエンスを向上させる

だが、どんなに工夫を凝らしても、新たなサービスやプロダクトをビジネスとして成立させることは決して容易ではない。とりわけ技術開発コストや製造原価が高いロボット事業は、持続的に収益を生み出す難易度も高い。

かつ、エンターテイメント型ロボットは使われなくなるスピードが極めて早く、「継続利用」への高いハードルがあると林は語る。そうした条件下において、製造原価が高く、販売だけでは利益を出すことが難しいLOVOTをいかにビジネスとして成立させるか。「覚悟が必要だった」と林は語る。

継続利用の壁をどこまで乗り越えられるのか、正直全く予想がつきませんでした。最終的にサブスクリプションモデルを採用しましたが、もしオーナー様がLOVOTと長く暮らしてくれなければ、コストが回収できずに損失が出る可能性すらあります。

ただ、人々が犬や猫を飼い続けられるのであれば、ひょっとしたらLOVOTも長く一緒にいてもらえる可能性があると思っていました。結果を見ると、1000日後の解約率は10%。90%以上もの方が愛着を持って一緒に暮らしてくださっていたんです。

小杉もまた『Pokémon Sleep』をビジネスとして成立させていく上で、「ユーザーからサービスを継続運用できるほど対価をいただけるかどうかはリリースまで不安があった」と言葉を重ねる。だが、毎朝習慣的に遊んでもらえるモデルも影響し、現在はビジネスとしてきちんと成立できているという。

これまでのデータや知見をもとに、今後の『Pokémon Sleep』は、睡眠に関する課題解決に積極的に取り組んでいきたいと小杉は意気込みを見せた。

小杉

『Pokémon Sleep』のユーザーデータを見ると、金曜日、土曜日、日曜日は平日よりも寝る時間が遅く、朝起きる時間も遅くなっているんです。これはソーシャルジェットラグと呼ばれる、社会生活を送る中での時差ボケになる人が多いことを意味しています。こうした課題に対して、新しい遊びを加えることで少しでも解決していけたらと思います。

またLOVOTを通して人々の「レジリエンスの向上」を目指す林は、今後の展望について語った。

人々のライフコーチを作りたいんです。「ダイバーシティ」という言葉が広まっていますが、自分に自信を持って活躍できている人はまだまだごく一部。テクノロジーのあるべき進化の形は、誰もが自信を持って生きられる世の中を作ることではないかと思うんです。

LOVOTはオーナーのことをよく見ているので、今後は人々が自信を持って幸せに生きるための成長をサポートしたり、あるいは病気の兆候を発見して受診を促したりと、人間のことをもっと理解してサポートできる存在に進化していければと思っています。

「負の解消」ではなく「楽しい」からはじまる課題解決へ──今回の『Pokémon Sleep』とLOVOTは、いずれもユーザーのポジティブな感情体験の追求によって、健康維持や回復、あるいは幸福感の向上をもたらすものだった。

こうした新たな市場を切り開く道筋は容易ではない。だが、既にあるものにとらわれず、「どうすれば人間の日常が豊かになるか」から新しいものづくりの形を見出す眼差しは、今後のデザイナーにさらに重要になっていくだろう。

Credit
執筆
大畑朋子

1999年、神奈川県出身。inquireにて執筆を担当。INFINITY AGENTSにて、複業メディア『DUAL WORK』を運営する他、SNSマーケティングを行う。関心はビジネス、複業など。

編集
石田哲大

ライター/編集者。国際基督教大学(ICU)卒、政治思想専攻。ITコンサルタント、農業用ロボットのPdM、建設DXのPjMを経て独立。関心領域は人文思想全般と、農業・建築・出版など。

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