いつの間にか失ってしまった好奇心と“そうぞう力”を取り戻す──鈴野浩一×Brad Holdgrafer×横山聡子
大人になるにつれ、私たちは子どものころに持っていた純粋な好奇心や自由な“そうぞう力”を見失ってしまうことがある。しかし、その失われた感性を取り戻すことこそが、さまざまなクリエイティブの源泉となるのではないだろうか。
2024年5月24日から26日にかけて、コクヨ株式会社東京品川オフィス・THE CAMPUSにて開催された「Featured Projects 2024」では、「子どものような好奇心と、“そうぞう力”を育むための10のレシピ」と題したセッションが開催された。
登壇したのは、トラフ建築設計事務所の鈴野浩一とWoset Inc.のBrad Holdgrafer(以下、ブラッド)、モデレーターを務めたのはコミュニケーターの横山聡子だ。本セッションでは、好奇心とクリエイティビティを高めるための「10のレシピ」が紹介された。子どものころに持っていた好奇心と“そうぞう力”を呼び覚まし、日常の中で発揮するためのレシピを紐解いていこう。
“そうぞう力”を高めるカギは、子どものころの感性を取り戻すこと
トークセッションの冒頭では、登壇者である鈴野とブラッドの出会いのエピソードを通じて、自身のアイデンティティや気持ちを見える形で表明することの重要性が示された。
- 鈴野
僕が今被っている「東京銭湯研究会」と書かれたキャップは、僕がブラッドに初めて会ったときに、ブラッドが被っていたものです。このユニークなキャップが、僕と彼が仲良くなるきっかけになりました。
そう語りながら、鈴野氏は自身の被っているキャップを指差す。1つ目のレシピである「CAP CONVERSATIONS『ぼうしでおはなし』」とは、このキャップのことを指しているようだ。スクリーンには、ブラッドのお気に入りのキャップコレクションが映し出された。
- ブラッド
来日した際、日本の方々に対して少しシャイな印象を持ちました。でも、さまざまなキャップをかぶることで、普段とは違うフレンドリーな雰囲気を感じたんです。実は鈴野さんと最初に会った際もキャップがきっかけで、会話が生まれました。みなさんも、頭に浮かんでいることを、頭の上に被ってみてはいかがでしょうか。
レシピの1つ目から、ブラッドと鈴野らしいユニークなレシピを提案され、会場の参加者からは笑顔が溢れた。
大人になるとTPOに合わせた画一的なファッションに収束しがちだが、こうして身につけるものを通じて自分の個性を表現することで、他者との共通点が見出せるかもしれない。普段の生活の中で「自分らしさ」を表現することが、創造性を高めるためのヒントになるのかもしれない。
2つ目のレシピは「CHILDLIKE CURIOSITY『子どもみたいな心』──できないことができることを広げる」だ。
ブラッドが妻のジェナと共に立ち上げた、子どもと大人が一緒に創造力を育むCreative Toolsブランド「Woset」で手がけるプロダクトデザインは、まさに「子どもみたいな心」を呼び覚ますものになっている。
- ブラッド
Wosetの作るパッケージは、一見シンプルでミニマル。でも、子どもの目を通して見ると、創造力を発揮する場所のように映る。大人の視点だと、パッケージはただの外装でしかありませんが、子どもは自らの創造性を生かす舞台だと捉えるのです。
そんな子どもの心を持ち続けることが大切だと、ブラッドは言う。大人になると、常識や先入観に囚われがちだが、子どものころに持っていた自由な発想を取り戻すことが、クリエイティビティを高めるカギになるのかもしれない。
また、このレシピには「できないことができることを広げる」という言葉が付随していた。この言葉は、制約を設けることで、かえって想像力が働くことを示している。東日本大震災を受けて、宮城県石巻市の商店街で誕生した市民向けの工房を原点とする家具メーカー「石巻工房」の家具を例に、鈴野はこの言葉の真意を説明した。
- 鈴野
私が所属するトラフ建築設計事務所がデザインを手掛けた石巻工房のAA STOOLは、非常にシンプルなデザインです。木を切る、ドリルで穴を開ける、ネジで固定するという簡素なつくりだからこそ、使う人の創造性を刺激する。シンプルな形を組み合わせることで、無限の可能性が生まれるんです。
大人が子どものように自由な創造性を解放するうえで、壁になるのが「失敗したくない」という感情だ。特にある程度の経験を積み、失敗の許されない仕事をこなすクリエイターほど、失敗する機会を遠ざけるようになっていく。
そんな状況を抜け出すヒントが、3つ目のレシピ「CREATIVE CONFIDENCE『じゆうにじぶんを信じる』──できなくても大丈夫という自信を持つこと」に込められていた。
- ブラッド
WosetのロゴをJay Coverというイラストレーターと制作した際に、彼がロゴを完成させるまでに失敗した量を聞いたんです。すると、彼は「バナナの高さくらいあるよ」と写真を送ってくれました。ここ(以下の画像)にあるのは、全部失敗なんです。
そして、最終的にロゴになったのは、失敗を組み合わせたもの。失敗を重ねることで、斬新なデザインが生まれたわけです。Jayが失敗を恐れずに、どんどん新たなアイデアを提案してくれた結果、生まれたこのロゴを私はとても気に入っています。
まず手を動かし、ときに振り返り、そして想いを込める
4つ目のレシピは、「CLASHING COMBINATIONS『びっくりするコンビ』──IMPERFECTLY PERFECT TOGETHER『不完全に完全なくみあわせ』」である。
レシピの例として、ブラッドは石巻工房とWosetによる「Woshinomaki Laboratory」という子どものそうぞう力を育む家具プロジェクトを紹介した。
- ブラッド
Woshinomaki Laboratoryでは、デザイナーと一緒にいくつかの家具をつくりました。そのなかの一つである、このスツール(上図の右下)はAA STOOLに段を付けただけのもの。でも、そうすることによって、スツールがイーゼルとしても使えるようになったわけです。
AA STOOLは、藍染ブランド「BUAISOU」とコラボレーションし、美しい藍色のスツールを制作したこともあったという。
異なる分野の知見や技術を掛け合わせることで、それぞれの常識を覆すような新しいアイデアが生まれる。AA STOOLのように、すでに完成されたプロダクトであっても、繰り返し新たなアイデアと組み合わせていくことが大事なのだと、鈴野は語った。
続く5つ目のレシピは「CARING CONNECTION『つないでつむいで』──EMOTION IS A DESIGN FUNCTION TOO『きもちはデザインのともだち』」。
色や形、機能性が重視されるデザインだが、それと同じくらい「感情」が重要だと伝えたのが、このレシピだ。鈴野が携わったプロジェクト「犬のための建築 Architecture For Dogs」は、まさにそんな感情を重視した試行錯誤のなかから生まれたアイデアの結晶である。
- 鈴野
Architecture For Dogsは、原研哉さんが発案したもので、世界中の建築家に犬のための建築やプロダクトを設計してもらい、その図面を無料でダウンロードできるようにするというものでした。
建築物やプロダクトの設計では通常、クライアントや場所があることが前提ですが、このプロジェクトではそれらが存在していないため、不安を感じていました。そこで「誰かのためにつくる」というアプローチを採用したんです。
ターゲットにしたのは、糸井重里さんの愛犬であるブイヨン。糸井重里さんの『ブイヨンの気持ち』という本に、「ブイヨンのお気に入りの場所は、飼い主が脱いだTシャツの上だ」というエピソードがあるのを思い出したんです。そこで、「ワンモック」という犬用のハンモックを設計。飼い主の汗をついたTシャツを利用して、愛犬のための特別な場所を作り出すというアイデアから、このプロダクトが生まれました。
人と犬の関係は一対一のものですよね。マスプロダクトを設計する上でもその関係性を大切にしたいと考えたんです。
人々がものに対して愛着を感じるのは、機能性や美しさだけが理由ではない。そのものとどんな関わりがあったのか、誰からもらったのか、制作者がどんな想いを込めたのか。そんな感情的なつながりが人とものとの間に育まれてはじめて、長く愛されるプロダクトが生まれるのだ。
しかし、そんな想いを込める過程でも、ただ単に一人で机に齧りついているだけではならない。「まずは手を動かすことから始めてみてほしい」と、6つ目のレシピ「CRAFTED COINCIDENCE『偶然じゃない偶然』──LEARN BY DOING『やりながら見つけていくこと』」に込めた意図をこう語った。
- 鈴野
「偶然じゃない偶然」という言葉ですが、これは、やりながら見つけていくこと、つまりトライアンドエラーのプロセスを指しています。私は机の前で考えるのではなく、まずはつくってみることから始めます。依頼が来たらすぐに模型を作ってみたり、ものの上に何か置いてみたりしながら、ピンと来たらそれを掘り下げていく。そうやって、徐々にアイデアが形になっていくんです。
たとえば、福永紙工との協働プロジェクト「空気の器」では、プロジェクト開始当初に決まっていたのは「紙で何かしらのプロダクトをつくること」だけ。紙という限りなく2次元に近いを3次元にするにはどうすればいいかを、遊びながら探っていきました。最終的には紙に細かな切れ目を入れ、それを展開することで立体物をつくるアイデアに辿りつき、紙を切る幅が0.9ミリになったときに自立することがわかって、これこそ建築だと思いました。
しかし、そうした偶然を生み出すためには、日頃から何気ない出来事に目を向け、発想を柔軟に転換する姿勢が必要不可欠だと、鈴野氏は説く。セレンディピティを生み出すためには、好奇心を持って世界と向き合い続けることが大切なのだ。
必要なのは「大切なものを集めた箱」と「人と人のつながり」
7つ目のレシピは「CURATE COMMUNITY『なかよしなかまさがし』──DIFFERENT KINDS OF PEOPLE ALL WORKING TOGETHER『ものづくりはチームスポーツ』」だ。
鈴野とブラッドの出会いによって、新たなプロダクトが次々に生み出されているように、他者とのコミュニケーションや出会いが思いがけないギフトを与えてくれる。
- ブラッド
いまお見せしているのは、アウトドアブランドであるアークテリクスのオフィスのです(上図)。実は、登壇している3人はみんなこのオフィスの設計プロジェクトの中で出会ったんですよね。完成した空間の美しさはもちろんのこと、何より一緒にやってきたチームが本当に素晴らしかった。
その中で私が特に素晴らしいと思ったのは、建築家としてプロジェクトに参加していた鈴野さんが、藍染師や写真家、漫画家、和紙職人など、さまざなクリエイターの方々を巻き込みながらこの空間を生み出していたこと。
つまり、この空間がつくられるプロセスそのものが、コミュニティができていくプロセスだった。こうしたプロセスが、この場所を唯一無二のものにしたのではないかと思っています。
8つ目の「CURIOUS CONTAINERS『こころのいれもの』──SMALL BOX, BIG WORLD『小さな箱の大きな世界』」というレシピは、小さな箱に広がる無限の可能性を表現している。
トラフ建築設計事務所の個展「トラフ展 インサイド・アウト」には、限られたスペースの中で、無限に広がる想像力を表現するためのアイデアが詰まっていた。小さな空間に、広大な世界を感じさせる仕掛けが随所に施されている空間は、クリエイティビティの一つの本質を体現したものといえるだろう。
- 鈴野
2006年に「TOTOギャラリー・間」で開催したこの個展は、場所そのものから着想を得ました。「TOTOギャラリー・間」には2つのフロアがあるため、下層のフロアから入った後に、上のフロアに行き、その後また下層のフロアを通ることになります。つまり、下層のフロアにある展示物を2回見ることになるわけですね。そこで、2回目に見たときに全く違う見え方になるような仕掛けを考えました。
下層フロアにはたくさんの小物や動画が展示されており、来場者はそれらを一通り見て回ります。その後、上階に上がると、大きな空間全体に広がる映像が流れていて、そこには小さなカメラを積んだ電車が走っているんです。そして、この電車は下層のフロアにある展示物の間を縫うように走っている。
鈴野は日ごろから、500分の1や50分の1の模型をつくっては覗き込んでいるのだという。小さな世界に自分を置くことで、普段とは違う視点から物事を見られるのだと続けた。
- 鈴野
この展覧会では、来場者が電車に乗った小人の視点を追体験することで、最初は雑多に見えたテーブル上の展示物が、実は緻密に計算された都市空間を形成しているに気づくという仕掛けを導入しました。
また、テーブルの下にも展示物が隠れていて、大人の目線では気づかないけれど、子どもの目線になると新たなものが見えてくるといった工夫もしています。このように、小さなギャラリーの中でも、スケールを変えて見ることで、まるで巨大な空間があるかのような体験ができるんです。
この展覧会のように、小さな箱の中に、大きな世界を凝縮することで、想像力が広がっていく。限られた条件の中で、いかに豊かな体験を生み出すか。それが、クリエイティビティを高めるためのヒントになるのかもしれない。
遊び心を忘れずに、ものづくりに向き合いつづける
いよいよ、ワークセッションもクライマックス。9つ目のレシピは「CONSISTENT C『くりかえしくりかえし』──WHY IS DOES EVERYWORD START WITH C?『すべての言葉にかくれたCとC』」。
ここまでご覧いただいた方はお気づきかもしれないが、ブラッドと鈴野が提案した10のレシピにはある共通点があった。
それは、すべてのレシピが「C」という文字から始まっていること。このレシピの設計にも、ブラッドと鈴野のこだわりが隠されていた。
- ブラッド
スケッチブックやペン、消しゴムなどの文房具から、パッケージデザイン、ウェブサイトに至るまで、あらゆるもの通してメッセージを表現しつづけることが、ブランドの世界観を伝えることにつながるのです。
一見バラバラに見える要素も、明確なコンセプトさえあれば大きな物語になる。ブランドの世界観を構築するためには、細部にまでこだわり抜くことが大切なのだ。
トークセッションの結びには、「COOKING CLASS『みんなでクッキング』──LET'S COOK TOGETHER!『料理をはじめよう』」と映し出され、参加者自身がクリエイティビティを発揮するミニワークショップの時間も設けられた。
1つ目のレシピ「ぼうしでおはなし」を実践し、自由に帽子をデザインするワークだ。どのようなメッセージを「頭のうえに乗せるか」について思いを巡らせる参加者たちの表情からは、クリエイティビティを発揮する喜びが見て取れた。
これらのレシピを日常に取り入れることで、私たちの“そうぞう力”はきっと大きく広がるはずだ。自由に自分らしい表現を楽しみながら、他者とのつながりを大切にする──そういった姿勢こそが、子どものような“そうぞう力”を取り戻し、これからの時代に求められるクリエイティブを生み出すための鍵となるのかもしれない。