黒岩裕樹×飯石藍|必要なのは、無理なく続けられるデザイン

家の大きなお風呂を開放し、銭湯として運営している。飯石はその姿に、銭湯をつくること自体を目的とせず、長きにわたって無理なく続けることで、常に地域に寄り添う姿勢を感じたという。

Focused Issues

本記事は、グッドデザイン賞2021 フォーカス・イシューと連動しており、双方のサイトへ掲載されています。

2021年10月に受賞作品が発表された、2021年度グッドデザイン賞。さらに議論を深めるため、受賞作の選定とは別の切り口からデザインの潮流を見出す特別チーム(フォーカス・イシュー・ディレクター)を編成し、それぞれのテーマに取り組んでもらう「フォーカス・イシュー」。課題や今後の可能性を「提言」として発表する準備は、目下進行中だ。

フォーカス・イシュー・ディレクターの一人、公共R不動産のコーディネーター/nest取締役の飯石藍は「完成しないデザイン」をテーマに掲げる。氏はこれまで公共施設や道路・公園の活用に携わり続ける中で、「現代の都市計画やまちづくりにおいて重要なのは、ハード先行ではなく使い手の目線から描き、日々の営みの中で試行錯誤しアップデートし続けることだ」と考えるようになったという。

審査プロセスの中で、飯石が自らの思索を深めるヒントを得られそうだと着目したのが、熊本県熊本市の銭湯「小さくても地域の備えとなる災害支援住宅 [神水公衆浴場]」だ。この施設は、1階に銭湯が併設された「住宅」である。いわば家の大きなお風呂を開放し、銭湯として運営しているわけだ。飯石はその姿に、銭湯をつくること自体を目的とせず、長きにわたって無理なく続けることで、常に地域に寄り添う姿勢を感じたという。

神水公衆浴場では、日々お客様が訪れ、生活の一部として淡々と銭湯が続いていくーー飯石は、同浴場を運営する建築士の黒岩裕樹との対話の中で、「無理なく続ける」というキーワードに辿り着く。そこには、「完成しないデザイン」が日常に溶け込み、実践され続けるヒントがあった。

銭湯ではない。家のお風呂を「開く」だけ

飯石

本日は対談をお受けいただきありがとうございます。1階は銭湯、2階は住居となっているこの神水公衆浴場が生まれる契機になったのは、2016年の熊本地震だったとお聞きしました。

黒岩

そうなんです。もともと私は神水出身で、熊本市内のマンションに住んでいました。しかし、震災の影響で家は大規模半壊し、引っ越しを余儀なくされてしまいました。

仕方ないので近所に家を建てようかと考えたのですが、震災直後、断水の影響でお風呂に入れない人が溢れかえっていた光景が思い起こされまして……。せっかくであれば地域に貢献できる場所をつくりたい。そう考えたのが、神水公衆浴場の始まりです。

飯石

まずは家が必要で、あわせて地元住民の助けとなる銭湯にもなるようにしたと。現在の「家のお風呂を銭湯として開放する」アイデアはどのように生まれたのでしょうか?

黒岩

黒岩家には4人姉妹の子どもがいるのですが、もともと住んでいたマンションでは、みんなで一緒に小さなバスタブでお風呂に浸かっていたんです(笑)。

飯石

可愛いですね(笑)。

黒岩

せっかく家を建てるのであれば、少し大きなお風呂をつくりたい。そう考えた時に、家のお風呂を日中は開放して、一般の方も入れる銭湯にすればいいじゃないかと思ったんです。

黒岩構造設計事ム所 黒岩裕樹/対談は2階の住居部分で実施した
飯石

でも、あくまで家のお風呂なんですよね? 日中はお客さんが入浴した後、何時から家族のプライベートな時間になるのでしょうか?

黒岩

普段は20時には締め作業を始めていて、20時半までには家族が入浴し終えますね。いつも子どもたちはワイワイはしゃぎながらお湯に浸かっています。誰もいない家族専用風呂になるので、プールのように子どもが泳いでいても、おじさんに怒られたりしませんし(笑)。

飯石

なんだか、肩の力が抜けきっているのが良いですよね。私は「完成しないデザイン」をテーマに思索を進めているのですが、それを実現するための要素に「作ることや生み出すことがゴールにならない」があると思っていまして。神水公衆浴場は、作って終わりではなく、まさに肩の力を抜いて継続することに重きを置いている印象を受けました。

今回2021年度グッドデザイン賞を受賞して話題を集めましたが、そうして注目を集めても、日常の生活は淡々と続いている。銭湯には今日も常連さんが訪れ、夜は子供たちがお風呂に浸かる。施設やプロジェクトのデザイン自体はあくまで評価すべき点の一断面。無理なく運営され続けていることも着目すべき点だと思います。

公共R不動産 コーディネーター/nest取締役 飯石藍
黒岩

そうですね。少なくとも私たちは、健康ランドのように「お湯を楽しめるエンターテイメント施設」は目指していません。ランニングコストが大きくなると維持できないですし、規模の拡大よりも、あくまで地域の生活に根ざしたちょうどいい大きさで続けていきたいと思っています。

無理なく続ける銭湯運営、3つのポイント

飯石

ここまでの話を踏まえると、「完成しないデザイン」の実現に向けて、「無理なく続ける」は重要なポイントになりそうですね。先ほど運営費用の話がありましたが、そもそも銭湯を新しく始めるにはかなり高額な初期費用がかかりますよね?

黒岩

そうなんです。地元の仲介業者3社に見積もり依頼したところ、震災直後は工事費が高騰していた影響もあり、数億円もの金額を提示されたんですね。

この銭湯はもともと防災の観点から始まっているので、正直「どうしても銭湯がやりたい!」というわけではないですし、なるべく借金もしたくない。初期費用の問題は頭を悩ませました。

飯石

数億円は高いですね……。どのように資金問題を解決したのでしょうか?

黒岩

私の専門が建築や構造設計だったことに加えて、神水が地元であることが突破口になりました。仲介業者を通さず、近所にいる大工や職人の友達を集めて、施工を分離発注(編注:仲介業者を介さず、施主と工事業者が直接契約すること)したんです。その合計金額を算出すると、数千万円以下まで抑えられることがわかりました。家を普通に建てるより少し高いくらいと考えると、銭湯を開業するハードルが下がり、「よし、やろう」と思えましたね。

飯石

いま黒岩さんは建築士のお仕事をされながら銭湯を経営していますが、銭湯を本業にすることは考えていないのでしょうか?

黒岩

考えていないですね。あくまでも副業として続けるつもりです。銭湯経営はシビアな世界なので、営利を求めずに継続することが大切だと思っています。現在もお客さんはたくさん来ていますが、収益とランニングコストで赤字でも黒字でもないトントンか、少し黒字程度。もし商売気を出すと莫大な借り入れが必要になり、収支がうまくいかない場合は継続できないという、博打のようなものになってしまうと思います。

また、人件費がかかるので人も雇いません。あくまでも本業の合間に、無理のない範囲で黒岩一家で運営しています。大変助かっているのが、神水は地元なので両親も手伝ってくれることですね。平日は両親に任せているのですが、父親はメジャーリーグを見ながら番台に立ったり、母親は宝石屋なので番台でものを作ったりしています。ふたりとも、近所の人と喋れることをモチベーションに楽しく手伝ってくれているんです。

お湯を張る前で浴槽に入り、慣れた手つきでフタを開けていく
飯石

なるべく小さくあり続けることが重要なんですね。オープンから1年経って、少しずつ常連さんも増えていると思うのですが、今後の目標などはあるのでしょうか?

黒岩

いつも取材でこの質問を受けるのですが、目標は本当にないんですよね。神水公衆浴場はあくまで生活の一部。田舎の小規模な公衆浴場のように、穏やかに続けられればいいと思っています。

飯石

大志を掲げるよりも、生活を続けることを第一とすると。ここまでの話をまとめると、神水公衆浴場の肩から力が抜けている無理のない銭湯運営は、「初期費用を下げる」「ミニマムに続けられるような計画にする」「ゴールを掲げない」の3つがポイントになりそうですね。

コミュニティは作らない。パブリックかつプライベートな場の価値

飯石

それから本来、銭湯はパブリックな場所ですよね。家族や子供がいる家というのはプライベートな空間で、そこには線引きがあるはずです。しかし、神水公衆浴場ではパブリックとプライベートが混在しているのが面白いなと感じました。

黒岩

たしかに。自分たちと外の世界の境界線は薄いかもしれないですね。私の妻であるヒロ子が沖縄育ちで、家庭をオープンにすることに抵抗がない場所で育った影響かもしれません。

飯石

家の延長として銭湯を開くと、「家でありながら公共空間である」状態が生まれますよね。プライベートとパブリックが、境界線が曖昧な状態で併存する。

黒岩

有事の際に「何かあったら助け合える」関係を築き上げるのが、銭湯という空間の価値だと思っているんです。地元民たちは必ずしも喋るわけではありませんが、同じ空間でお湯を共にしていると、「なんとなく顔を知っている人たち」特有の空気感が生まれるんです。お互い意識はしているけど、積極的に関わるわけではない、絶妙な距離感です。

熊本では地震以外でも、雲仙普賢岳の噴火や洪水など様々な災害に見舞われていたため、昔は頻繁に断水が発生していました。そうした場合でも、こうした「なんとなく知っている」関係性があれば、助け合えると思うんです。都会では「お互いがなんとなく見える場所」はほとんど消滅していますが、カフェや銭湯は顔を繋ぐ場所として、有事の際に対応できる関係性を構築できる可能性があると思いますね。

2階の住宅からは1階の銭湯の空気感がうっすらと感じられる
飯石

家として生活を営みつつも、人々がお互いの顔を見られる場所になる。何かコミュニティづくりのような活動もされていらっしゃるんでしょうか?

黒岩

いえ、そういったことはしていません。やはり重要なのは距離感だと思うんです。あまりに管理を徹底したり、コミュニティとしての結びつきを強めようとしたりすると、過度なコミュニケーションに疲れてしまう。みなさんの憩いの場が、壊されてしまいかねません。私も喋りが得意ではないですし、他人のことを詮索するのは好きじゃないんですよね。

飯石

あまり余計な詮索や介入をせずに、自由に過ごしてくださいというスタンスで受け入れる。そのゆるいつながりが、災害など有事の際に、「ここに集まれば助けになるかもしれない」関係性を構築する。なんだか、神水公衆浴場は「灯台」みたいな場所ですね。

完成しないからこそ、無理なく続ける心持ちを

飯石

日常の延長として長く実践できることに価値があるということが、お話を聞いていてより確信に変わってきました。家でありながら公共空間である。一方で、コミュニティはつくらず適度な距離感を保つ。このサイズだからこそできる、絶妙なバランスで運営が成り立っているんですね。

黒岩

そう思います。いま健康ランドの閉業が相次いでいますが、おそらく維持費が大きすぎるからだと思うんですよね。ただでさえ難しい銭湯経営を、エンターテイメントとして拡大させる方向に舵を切ると、激しいブランディング競争に勝ち抜くか、大規模な施設を作るしか選択肢がなくなるんです。私はあくまで本業ではないので、そんな無理はしたくない。

飯石

昨今の温泉やサウナブームを背景に、小さな銭湯に若者が集まって「銭湯を変えていく」と活動していることも多いと思いますが、そうしたことも今後は予定していないのでしょうか?

黒岩

考えていませんね。イベントは少しやっていますが、コンテンツを仕込まないと人が来ない循環に入ると、そこに無理が生じてしまうからです。広告もほとんど打っていないですし、Instagramをやっているぐらいです。

飯石

なるほど、今日はありがとうございました。神水公衆浴場は「家を開く」形式にとどめて拡大せず、パブリックとプライベートを混在させているからこそ、「無理のない」運営が続けられる。

家の1階に降りると、銭湯にたくさんの人が来ている。晩御飯が終わる頃には、ワイワイと家族で楽しめるお風呂になる。こうした公私の境界線が薄い「セミパブリック」な空間が街に増えることで顔見知りが増えて、地域としても有事の際に助け合えるような、緩やかかつしなやかなつながりが生まれる。神水公衆浴場のような場所が増えることで、「都市デザイン」の在り方や、その時その地に暮らす人たちによって変化をし続けるという「完成しないデザイン」の存在価値が見直されていくのかもしれません。

Credit
執筆
石田哲大

ライター/編集者/BizDev。国際基督教大学(ICU)卒。ITコンサルタント、農業ロボットのPdM、建設DX領域のPjMを経て独立。関心領域は人文思想全般と、農業・建築・出版など。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

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