
一貫する思想が「クリエイティブ」を拡張する。ヘラルボニー・桑山知之の判断軸
ヘラルボニーという名前を出すからには、クライアントとも率直に『こっちのほうが良いですよ』と言い合える関係性をつくらなければならない。
アイデア一つでさまざまな障壁を飛び越えられる。その確信が、ヘラルボニーのクリエイティブを駆動させている。
経営、プロジェクトデザイン、ルールメイキングなどさまざまな切り口からヘラルボニーの実像に迫ってきたこの連載で浮かびあがってきたのは、「思想」を起点とする「ヘラルボニーらしさ」だった。だが、そのらしさを一言で言い表すのは難しい。
自社ブランドの製品、他社とのコラボ、協業プロジェクト、ソーシャルアクション、意見広告——内容も規模も多岐にわたるアウトプットに、どう一貫性を通底させるのか。その答えを深掘りするべく話を聞いたのが、クリエイティブを統括するクリエイティブディレクターの桑山知之だ。
「クリエイティビティの源泉にあるのは、結局のところ『企画力』だと思うんです。アイデア一つで、さまざまな障壁を飛び越えられる。その力そのものなんじゃないか、って」
桑山の言葉から見えてきたのは、クリエイティブカンパニーを自負するヘラルボニーの指す「クリエイティブ」の射程の広さと、徹底してクリエイティブを「手段」として社会変容を目指す、揺るぎないスタンスだった。
受賞の先に見据える、社会への布石
クリエイティブ領域において、年を追うごとにヘラルボニーの存在感は増してきた。
2025年のカンヌライオンズ「Glass: The Lion for Change」部門のゴールドや、2023年・2025年のACC TOKYO CREATIVITY AWARDS総務大臣賞/ACCグランプリなど、受賞歴もこの数年で一気に積み上がった。
同時に、ある意味“業界への還元”に力を入れる。2024年からは国際アートアワード「HERALBONY Art Prize」を主催し、世界中の“異彩”に光を当てている。
桑山「この3年で、プロジェクトのスケール感が着実に大きくなってきた感覚はあります。同時にヘラルボニーへの期待感が増す中で、それに応えるだけでは足りません。『これぐらいで良い』という感覚は捨て、期待を超えるためにはどうすれば良いのかを考える。社会からどう受け止められるのか、その先まで意識を持つ必要があります。
『伝える』『打ち出す』だけに留まらず、一人ひとりに届いた後、どんなアクションにつながり、どんな思いを想起させるか……そこまでを考えた上で、クリエイティブを紡がなければなりません」
そう話すのは、クリエイティブディレクターの桑山知之。東海テレビで報道記者を務める傍ら、2018年からは公共キャンペーンのプロデューサーとして『見えない障害と生きる。』などのドキュメンタリーCMを手がけ、2023年4月にヘラルボニーへ入社した。異色の経歴に見えるが、桑山の視点では「業務が大きく変わった感覚はない」という。
桑山知之|ヘラルボニー クリエイティブディレクター/慶應義塾大学経済学部を卒業後、2013年東海テレビ入社。報道部にて遊軍や愛知県警担当の記者・ディレクター。『見えない障害と生きる。』といったドキュメンタリーCMをプロデューサーとして制作。2023年ヘラルボニーへ入社後、NHK Eテレ『あおきいろ』内コーナー「くりかえしのうた by ROUTINERECORDS」総合演出などを務める。カンヌライオンズ「Glass: The Lion for Change」ゴールド、日本民間放送連盟賞最優秀賞、ACCゴールド、ギャラクシー賞優秀賞など受賞。
桑山「記者をしていた頃から、社会を俯瞰してどのように情報を伝達させ、メッセージを打ち出していくかを意識していました。意見広告やソーシャルアクションにも携わっていましたし、クライアントとともにコンセプトを設計し、社会へ発信していく。その手段が映像だけでなく、空間装飾やグラフィック、音楽などさまざまな方法で展開されるようになった、という感覚です」
ヘラルボニーのクリエイティブチームは現在、クリエイティブディレクターとして桑山と阿部が事業を管轄。そのほか、プロジェクトごとに企業担当のビジネスプロデューサーや進行管理のプロジェクトディレクターがアサインされ、場合によって社内外のデザイナーやコピーライター、フォトグラファーらが加わる。ここまでは一般的な制作会社と同様だ。
だが決定的に異なるのは、ヘラルボニーのプロジェクトが常に「ヘラルボニー」という名を前面に打ち出す点だ。
桑山「一般的な制作会社なら、クライアントのやりたいことを形にするため“黒子”に徹することもあるでしょうが、私たちの場合は必ずヘラルボニーと明記されますから、絶対に譲れない部分があるんです」
それゆえ、コラボレーションにあたっては、コアにある思想やスタンスをクライアントに理解してもらうことが不可欠になる。「異彩を、放て。」とはどんなミッションか。なぜ「障がい」や「障碍」ではなくあえて「障害」と書くのか。「障害者支援」や「社会貢献」ではなく、「障害のある作家たちとともに新しい文化をつくる」クリエイティブカンパニーである理由……。
それらを土台にコラボレーションする意義について議論し、コンセプトを策定していく。初期段階における、価値観の綿密なすり合わせを重要視している。
桑山「クライアントも含めた全員が価値観や思想を共有できなければ、一貫性は生み出せません。他方で、あまりに“頭でっかち”というか、机上の空論になってしまうと、つまらないものになってしまいがちでもある。
例えば、『ダイバーシティ』『DE&I』といった枠組みにばかりとらわれすぎてしまうと、多くの人々に届いて、本当に暮らしや社会を変えうるものなのか、といった視点を見落としてしまうかもしれません。
だから率直に、『ぶっちゃけ、これって面白いと思います?』みたいなやり取りをすることもあります。ヘラルボニーという名前を出すからには、クライアントとも率直に『こっちのほうが良いですよ』と言い合える関係性をつくらなければならない。メンバーもそれくらい覚悟をもって、日々プロジェクトと向き合っています」
「ヘラルボニーらしさ」を編む、5つの指針
だが、そうした「ヘラルボニーらしさ」を生み出す判断軸を自分たちが身につけるまでには、時間がかかったと桑山は振り返る。
桑山「会社としては明確なミッションやバリューを共有していますし、Slack上やリアルでも、両代表とコミュニケーションする機会はあります。ただ、ヘラルボニーは良くも悪くも“前例のない”ことをやっていて、だからこそ自分たちなりのオリジナルなやり方を見つけていかなければならない。
これまでの経験は活きる場面もありますが、それに固執すれば”ヘラルボニーらしさ”から離れていく可能性もある。自分自身アンラーニングしつつ、ヘラルボニーの文化を自分なりに解釈して、クリエイティブの指針となるようなルールを考え続けました」
そのルールを桑山は言葉で定義している。「嘘をつかない」「違和感を大切にする」「外野だから見える世界がある」「削ぎ落とすことで体温が宿る」「右脳と左脳を行き来する」——と、桑山はよどみなく挙げた。
桑山「前職のときから大切にしていた言葉も含まれますが、この5つはヘラルボニーで働く中で、半年ぐらいかけて言語化したものです。なかでも象徴的なのが『右脳と左脳を行き来する』。やっぱりヘラルボニーの強さって、作家の方々によるアートの圧倒的な魅力だと思うんですよ。言語や意味性を軽やかに飛び越えて、直感的に見る人の心に突き刺さってくる。
アートが右脳に飛び込んでくる。そこにある背景や文脈、物語を左脳で読み取り、『これを手にしたい』『もっと知りたい』と再び右脳に戻っていく。そういった行き来が、人を動かすと思うんです」
価値観をも揺さぶる、ヘラルボニーの役割
桑山の考える「人を突き動かす」対象は、顧客やユーザーに限らない。協業するクライアントもまた、ヘラルボニーとのプロジェクトによって触発すべき相手だと捉えている。
企業にとって、SDGsやDE&I、サステナビリティといった公共性の高い取り組みは、ともすれば形骸化しかねない側面もある。
「ヘラルボニーとコラボすること」が目的となり、取り組み自体が本質的な変化につながらない。そんな懸念を乗り越えることこそがヘラルボニーの役割だと桑山は捉えている。
桑山「確かに、『CSR推進部の〇〇です。何かご一緒できたらと思っていて』みたいな、ふわっとした段階でのお声がけもよくあります。ただ、最初からダイバーシティや社会課題解決などに関心があって、前のめりで『こういうことをやりたいんです』という方は、もちろん素晴らしい。
でも、それまであまり関心のなかった方が、プロジェクトを進める中で課題意識が芽生えて、『絶対良い企画にしましょう!』と熱量が高くなっていく——そういう変化も尊いなと感じて。
そもそも福祉領域は、当事者でなければなかなか意識される機会もなく、内輪に留まってしまいがちな空気感がある。そこにヘラルボニーが介在することで、社会ごとにして、価値観をひっくり返していく。そうした変化が重要だと考えると、入口の熱量が低い場合も“いかに自分ごとにしてもらえるか”が、腕の見せ所だと思うんです」
カンヌで見た、アイデアが社会を動かす瞬間
これまでの仕事で、印象に残るものを問うと、「正直なところ、まだ満足できたものはない」「反省が残ることばかりで」と口にする桑山。それを痛感させられたのは、まさに栄光の瞬間とも言える、カンヌライオンズだったという。
桑山「それこそ周りの企業はApple、Googleなど錚々たる顔ぶれでしたし、壇上で見た景色は一生忘れないでしょう。ただ、あくまで受賞したのは企業として、これまでの7年間における評価であって、『引き続き頑張って』という意味だと受け止めています。ここから数十年、100年続いていく企業になるための布石を考えていかなければなりません。
他の受賞作品を見て、どれもすごいなと思いながらも、ではそれがヘラルボニーにはできないものなのかというと、そうは思わなかった。アイデア一つで多くのステークホルダーを巻き込み、アウトプットとして形になり、社会を変える一手になる。自分たちにとってはここがスタートラインで、ポテンシャルをもっと活かさねばと、痛感させられた機会でした」
「世界最大級のクリエイティビティの祭典」とも称されるカンヌライオンズで桑山が目の当たりにしたのは、「クリエイティビティ」の可能性の大きさだった。
例えば、「Caption With Intention」。映画の字幕を“再設計”し、言語に動きや強弱をつけ、色分けによって話者を区別。その感情や温度感を可視化した取り組みだ。オープンソースで196言語に対応しており、アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーが公募基準に採用、世界各国のスタジオでも導入が進んでいる。南アフリカでは、キャンペーンをきっかけに法改正につながった事例もあるという。
- Caption With Intention | Accessible & Engaging Caption Design
- https://www.captionwithintention.org/
桑山「アイデア一つで大きなインパクトをもたらし、制度設計や実際の暮らしを変えるところまで手を伸ばしている。フィルム、デザイン、メディア……さまざまな部門があり、もちろんコンテンツとしての素晴らしさも評価しながら、その根底には綿密に練られた企画がある。
クリエイティビティの源泉にあるのは、結局のところ『企画力』だと思うんです。アイデア一つで、さまざまな障壁を飛び越えられる。その力そのものなんじゃないか、って。ヘラルボニーにとってはここがスタートラインで、ポテンシャルをもっと活かさなければと痛感させられました」
企画力を手段として障壁を越える——それは、ヘラルボニー自身もまた歩んできた道筋でもある。「鳥肌が立つ、確定申告がある。」で障害のある作家の確定申告という事実を社会に差し出し、「HERALBONY Art Prize」で世界中の表現者に舞台を用意する。一つひとつのアクションが、福祉や障害にまつわる認識の更新を積み重ねてきた。
- HERALBONY Art Prize
- https://artprize.heralbony.jp/
解釈の余白が生む、一貫性
ヘラルボニーのクリエイティブが宿す「一貫性」。数多あるプロジェクトに感じられる普遍性は、クリエイティブという表層ではなく、その根底にある思想に起因するのだろう。それは単に「強い思想がある」という話ではない。
思想を起点に、関わる面々がそれを広げようという確かな意志をもってプロジェクトに携わっている。その結果として、たとえ“クリエイティブ”というかたちでは表出せずとも、プロジェクトが宿す空気感として受け手に確かに届いている。むしろ、そこへ個々の想いを上乗せする余白があることで、メッセージはより重厚になっている。
桑山「プランナーにも一人ひとり、これが良いって感じるポイントがあると思うんです。それがむしろ全然違うほうが面白いかもしれない。プランナーが”激推し”している企画があったら、たぶんそれは良い企画なんだろうなって思えるんです。
メンバーを信頼しているということでもありますが、なんというか、ヘラルボニーの思想や両代表の言葉……熱源がしっかり共有できていて、毎週の全社会議でシャワーのように情報を浴びて、社内外の方々とディスカッションを重ねていく。きちんとそこに思想があるという確信があるからこそ、表現手法はさまざまなものがあっていいと思えるんです」
明確なミッションがあり、思想という熱源を共有する——。それ自体は何も目新しいことではない。
だがそこにあるのは、「ルールはこうなっているから」と思考停止したり安住したりするのではなく、「自分ならどうするか」と常にアクティブに解釈し、「どうすれば誰もが幸せでいられるのか」「どうすれば望む世界にたどり着けるのか」を考え、対話しつづける姿勢だ。
そうした姿勢の先で、一つひとつのプロジェクトは「障害」や「福祉」への認識を更新し、社会変容の一手となっていく。ヘラルボニーの「らしさ」と「強さ」は、そうして思想を解釈し、対話しつづけることの積み重ねのもとにある。