根幹はつくる喜び。『広告』小野直紀が考え続ける「いいものづくり」

つくりたいから、つくっている。小野は、そんな自分を「倒錯している」と表現する。

“なにかと話題の……”

そんな枕詞とともに、発売するたび噂になる雑誌がある。博報堂が発刊する『広告』だ。創刊は1948年まで遡るが、話題になる頻度はここ数年顕著に感じられる。その火付け役が、現編集長の小野直紀だ。

小野は『広告』で「ものづくり」を探求しているという。「デザインやものづくりが、ビジネスの下位概念として扱われてしまっているのではないか」——プロダクトデザイナーで、プロダクト開発を専門にする博報堂社内のクリエイティブチーム「monom」代表も務めている小野の、そんな問題意識が込められている。

昨今、デザインは「課題解決の手段」や「ソリューション」として語られることが多い。そんな中で小野は言う。

「課題解決ではなく、個人の純粋な『つくりたい』気持ちから生まれるものづくりも大切にしたい」

ものづくりに向き合い続ける氏に、その思索の軌跡を​​訊いた。

本記事はWantedly Official Profileとのコラボレーション企画です。

ものづくり少年が、「言葉の力」に目覚めるまで

小野「世の中には、『役に立つ』という尺度では測れないモノがあります。ものづくりはそれ自体に、喜びや楽しさなど、感情を揺さぶるなにかがあると思うんです」

この小野の信念は、幼少期に萌芽があった。母親に女手ひとつで育てられた小野は、保育園のお迎えがいつも最後。夜遅くまで、ブロック遊びに没頭していた。

ある日、ひとりブロック遊びに夢中になっていた小野は、夜遅くに迎えにきた母親に、とある一言を発したという。

「え、もう来たん?」

気づけば、ものづくりは小野のアイデンティティとなっていた。小・中・高と、友人からは「小野はものづくりが得意」と認知され、同級生よりも下手だと感じる機会があれば、純粋に悔しさを感じていた。小学校の卒業文集では「建築家になりたい」と宣言。その言葉通り、大学では建築を専攻する。

だが、建築家を目指して大学院への進学を考えていた最中、小野は広告業界に出会う。社会勉強を兼ねて臨んだ、就職活動でのことだった。

「クリエイティブなことができるのではないか」と広告会社を志望。博報堂から内定をもらい、そのまま縁に導かれるように入社。空間プロデュースの部署に配属され、企業のミュージアムや、モーターショーなどのブースを設計することとなった。

転機が訪れたのは、3年目。世界最大級の広告賞「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」で、若手クリエイターが競うコンペティション、通称ヤングカンヌの代表に選出された。フランスへと赴いた小野は、授賞式で観たトロピカーナのオレンジジュースのCMに衝撃を受ける。

冬の間、1カ月近く太陽が昇らず、朝も昼も暗いカナダの街に、太陽を摸した巨大な光るバルーンを打ち上げる、ドキュメンタリーのような映像。「朝のない街に朝をつくる」という現実世界の企画に、「いい朝は、いい一日をつくる」とコピーを添えることで、強いメッセージ性が生まれていることに驚きを覚えた。

これを機に「言葉の力」に目覚めた小野。翌年にはコピーライターへの転向を決める。

小野「コピーライターの仕事は苦しみの連続でした。『今までの人生で、こんなに言葉に向き合ったことは一度もない』と思いながら、ひたすらコピーを書き続けて、全てボツになることを繰り返す日々。自分の未熟さに直面し、前向きにもがき続けていました」

課題解決はしない。デザインにおける「表現領域」の模索

その同時期に、小野は当時家電メーカーのプロダクトデザイナーだった山本侑樹と、社外でデザインスタジオ「YOY(ヨイ)」を立ち上げる。

広告会社の「コピーライター」とデザインスタジオの「プロダクトデザイナー」。二足のわらじを履くキャリアが始まった。

空間を手がけてきた小野と、家電のプロダクトデザインを専門とする山本。YOYのふたりは、「空間とモノのあいだ」というテーマを追求した。終業後に集まり、お互いが日々感じていること、考えていることを議論。家具や照明、インテリアなどのプロトタイプの制作を重ねた。

わずか1年後、YOYは世界最大規模の家具見本市ミラノサローネに出展し、たちまち世界で高評価を集める。また、その後の3年間で、国際的なアワードをいくつも受賞している。

YOYの初公開作品「PEEL」。「空間とモノの特異点」をテーマに、壁がめくれて向こう側から光が漏れるような空間をつくり出す照明を制作。ミラノサローネで若手デザイナーの登竜門と呼ばれる展示「サローネサテリテ」で特別賞に選出された。

社外プロジェクトであるYOYをはじめた背景には、課題解決に偏重する広告業界へのフラストレーションがあったという。

小野「当時、博報堂では『ソリューションこそが、デザインやクリエイティブの価値である』と語られる風潮があったんです。でも、僕はその言葉に違和感を覚えていました。デザインやクリエイティブはもっと大きな概念なのに、課題解決の手段だけへと矮小化するのはおかしい。その反発心からYOYは生まれました」

YOYが掲げたのは、課題解決はしないこと。小野の言葉を借りるならば、「デザインにおける表現領域の模索」だ。「自分たちのつくりたいモノをつくる」という、シンプルな原則に基づくものづくりである。

「こんなモノをつくりたい」という、ごくごく個人的な内発性から始まるデザインは、「その人でなければならない」属人性をともなう。小野と山本は、空間のあり方・モノのあり方を考えてきた。ふたりが自分の妄想をぶつけてつくったからこそ、他に類を見ないものが生まれたのだろう。

「もう広告はやりません」——辞表という宣言

コピーライターへの転向と、YOYの立ち上げから3年の月日が流れた頃、小野はある資料を手に役員の元へ向かっていた。

表紙には「辞表」の二文字。次のページには「もう広告はやりません」と記されていた。

小野「表現を追求するプロダクトデザイナーとしても、CMやイベントを通じて生活者とコミュニケーションするコピーライターとしても、仕事が面白いと感じられるようになった頃でした。だからこそ、この両者を掛け合わせたいと思った。そうすれば、自分たちが『こういうモノがあったら世の中がもっと面白くなる』と思えるもので、生活者に喜んでもらえるんじゃないか。そんな可能性をぶつけたんです」

それが結実したのが、小野が代表として発足した博報堂発・プロダクト開発に特化したクリエイティブチーム「monom(モノム)」だ。

小野の思惑は、monomとして最初に商品化されたボタン型おしゃべりスピーカー「Pechat」から見て取れるだろう。「ある日突然、自分のぬいぐるみが喋りはじめたら」という子どもの妄想を実現する本製品は、「新しい生活の風景をつくる」をテーマに設定し、親子や子育ての生活シーンから着想した。

発売前のクラウドファンディングでは、当時としては決して小さくない額の1,500万円以上もの支援を集めた。

時は2014年、「メイカーズムーブメント」が日本でも謳われはじめた頃。米国ではNIKEが活動量計「FuelBand」を2012年に発売し、モノを通してブランド体験を届ける施策の事例が日本にもある程度伝わっていたタイミングだった。

この流れは、ものづくり企業だけにとどまらないだろうと、小野は見た。「これまでものづくりをしなかった企業も、モノをつくる時代になる」。時代の波に乗るように、monomはいくつもの企画とプロトタイプ制作を重ねる。

さらに自社事業や共同事業開発だけでなく、クライアントワークでの企画・デザイン・コンサルティングにも従事。広告ではない形で、自分たちも生活者も「世の中がもっと面白くなる」と思えるモノを仕掛ける、ものづくりチームへと成長していった。

「いいものをつくる」とは何か。『広告』編集長として探求する問い

小野が雑誌『広告』の編集長に指名されたのは、monomの立ち上げから3年が経過した時のことだった。

『広告』は1948年の創刊以来、博報堂の中でも代々、錚々たる顔ぶれが編集長を歴任してきている。「広報誌」としての側面のみならず、その時代に合わせた問いかけを社会に提示する意味合いも強い。

「まさか、自分が?」

monomとYOYの活動も軌道に乗った頃。広告会社の中でも異端な道を歩む自分が、博報堂の歴史ある雑誌を背負う……。思いもよらぬ展開に、小野は「最初は断ろうと思った」と本音をこぼす。

小野「もともと僕は本や雑誌を読まない人間なんですよ。ただ、monomの立ち上げでお世話になった方々への恩義を考えると、断れないなとも思い……。そこで、やるとしたら自分にとってどんな意味があるのかと考えてみました。

そこで見出したのが『いいものをつくる、とは何か?』というテーマでした。この問いのもと、自分に欠けているものづくりにまつわる様々な視点を集めていけるなら、やってみたいと思ったんです」

2019年、『広告』編集長に就任。「いいものをつくる、とは何か?」を全体テーマに据え、「視点のカタログ」を編集方針に設定した。ものづくりについて、根源から思索する。小野の新たな探求が始まった。

以後『広告』は、毎号話題作としてSNSを中心に注目を集めるようになる。中でもリニューアル創刊号の「特集:価値」は、小野が最も反響を感じた号となった。全680ページの雑誌が、税込み1円という価格で販売されたからだった。

小野「世の中に0円のフリーペーパーはたくさん存在しますよね。でも、1円で販売した瞬間に、なぜかすごく暴力的になる。これが『価値』の不思議です。また『1円』と印字されたレシートは、SNSにアップしたくなる魅力があります。この広告的な仕掛けにより、『話題作』として拡散されることに成功しました」

第二号の「特集:著作」では、2,000円の雑誌版と、コピー機で印刷された“セルフ海賊版”を200円で同時発売。「著作」にまつわる問題提起が一目でわかる装丁で、全国の書店で一際目立つ存在となった。

「特集:著作」。左が2,000円の製本版、右が200円で同時発売された“セルフ海賊版”

第三号の「特集:流通」では、「流通」を体現したかのような段ボール箱で包まれた外装に、それぞれの書店へたどり着くまでの全流通経路をプリントしたシールを貼った、独自の「段ボール装」を開発した。もちろん、各号とも雑誌の中身に関しても質が高く読み応えのある記事が並ぶのだが、それ以上に各々の号におけるコンセプトや意匠が大きな話題を呼んだ。

「特集:流通」。表紙が段ボールで装丁され、流通経路が記載されている。

小野は、こうした装丁や販売方法を実現するために、それまでの『広告』が慣例としていたルールを次々と撤廃していった。

「年に4回出版する」というルールの代わりに、年1回の出版とし4号分の製作費をすべて1号に注入。「大手出版取次を通して書店に卸す」というルールの代わりに、全国の書店と直接やりとりしイチから販路を開拓。

常識や慣習にとらわれない小野の姿勢が、現在の『広告』を形づくっているのだ。

雑誌とはひとつのプロダクトでもある。

小野は雑誌づくりを通して、「いいものをつくる、とは何か?」という問いについての思索を深めていった。同時に、雑誌というフォーマットはこの思索をさまざまな読者と共有し、深めていく媒介物にもなった。

小野「雑誌は、完成した後も読者とのコミュニケーションが続きます。これは、『つくって納品して終わり』が多い、クライアントワークでのデザインやクリエイティブではなかなか得られない体験です。つくったモノを届けて、反応をもらい、改善しつづけられる。雑誌は、これまでにないものづくりの醍醐味を感じさせるものでもありました」

デザイナーである以前に“つくり手”である

YOYから、monom、『広告』と、異なる領域やアプローチのものづくりを行ってきた小野だが、そこには一貫した態度がある。

それは、「資本主義経済の中で、デザインやものづくりが、ビジネスの下位概念として扱われているのではないか」という問いに対する答えの模索である。現時点の解釈を小野は次のように語ってくれた。

小野「人間がモノをつくることには、『役に立つ』『お金を稼ぐ』以外にも、本能的な理由があると思うんです。喜びや楽しさなど、感情を揺さぶるなにかがあるから、人はモノをつくると思うんですよね」

それを裏付ける例として、小野ははるか昔の人たちがつくったモノを発掘する、考古学の世界を挙げる。縄文土器は、器としての役割にとどまらず、商売やビジネスの道具でもない。現代的な実用性とはかけはなれた価値がそこにはあったというのだ。

小野「世界には、役に立つという尺度で測れないモノがある。デザインやものづくりの、実用性やソリューション以外の要素も大切にしたい」

内発的な衝動から「つくりたいモノをつくる」小野に対し、同業者からは、「お題がないのによくつくれるね」といった言葉をかけられることもある。

だが、ものづくりは、必ずしも目的があって行われるものではない。つくりたいから、つくっている。小野は、そんな自分を「倒錯している」と表現する。

小野「僕は、提示されるお題よりも、つくることそのものを大事にしています。社会をよくしよう、ビジネスを成長させようと『お題を解決するためにつくる』のではなく、子供のひとり遊びのように、とにかくつくって『こんなものができた!』と誰かに見せて喜んでもらうことを純粋に楽しんでいる。

むしろ、『大好きなつくることをするために、何を考えればいいんだろう?』というところからお題を探すこともあります。『お題はものづくりの手段』というと、ちょっと倒錯して聞こえるかもしれませんが、つくること自体の喜びがまず第一にあるんです」

小野さんのキャリアの変遷と、その過程で携わったプロジェクトの数々は、ぜひプロフィールページもご覧ください。

小野直紀
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Credit
取材・執筆
石田哲大

ライター/編集者/BizDev。国際基督教大学(ICU)卒。ITコンサルタント、農業ロボットのPdM、建設DX領域のPjMを経て独立。関心領域は人文思想全般と、農業・建築・出版など。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

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