
デザインディレクションに宿る、しくみと構造の視点——KRAFTS&Co.倉光美和
デザインって、正解がない中で『これでいきましょう』と言う覚悟の仕事だと思うんです。それが正解かどうかは誰にも分からないけれど、いろんな人を巻き込み、覚悟をもって一つ一つを判断し、統合していくんです。
境界を越え、構造をも動かす。
デザインの役割は意匠や体験に限らない。事業推進、組織、経営......その価値発揮が期待される範囲は広がり続けている。では、その実務家たちはいかにして形作られるのか。連載「Unbound Design Leadership」では、専門領域の境界を越え、価値を創出する、実践者にフォーカス。そうした価値観を形作ってきた経験や思考、判断基準などを通じて、これからのデザインリーダーの輪郭を描く。
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本記事はamana GreatRIVERとのコラボレーション企画です。
「作った場や構造をみんなが使って創意工夫し、さらに育てていく姿が好きなんです」
KRAFTS&Co.代表 / デザインディレクターとして、プロダクト・サービスのデザインから、ブランディング、デザイン組織のマネジメントまでを手掛ける倉光美和。
ゲームのUIデザインからキャリアをスタートし、クックパッドでは既存事業/新規事業問わずデザインに携わった後、デザイナー統括マネージャーとして、デザイン組織を牽引。2022年に独立後は、プロダクトのデザインからブランディング、デザイン組織運営と経験を活かし横断的に価値発揮をする。
一見すると専門領域を次々と拡張してきたキャリアだが、そこには一貫した哲学が存在する。それは場や構造といった「しくみ作り」の視点だ。UI、組織、事業——。あらゆる局面で倉光が追求してきたのは、持続的に価値を生み出し続ける構造の設計だった。
ユーザーの心を動かす瞬間を設計する
倉光がデザインと出会ったのは高校生の頃。総合大学のデザイン学部に進学し、グラフィックなどビジュアルデザインを専門的に学んだ。新卒で選んだのはゲーム開発会社。複数の業界を検討した結果、ゲーム領域の創造性とキャラクタービジネスの将来性に魅力を感じ、この業界を選んだ。
入社後、主に担当したのはゲーム内のユーザーインターフェース(UI)。当時のゲーム業界では、UIデザインが専門職種として確立されておらず、手が空いたメンバーが担当していたある種「すきま」のような仕事だった。大学でエディトリアルデザインを専攻していたこともあり、情報設計としてのUIデザインに可能性を感じたという。
当時は画面解像度や処理能力も低いため、UIデザインにも技術的制約が大きく存在していた。その中で、技術と情報設計と意匠の最適解を探りながら、半年で1タイトルほどのペースで次々と経験を積み上げていった。

ここでの経験はUIという観点にとどまらず、倉光にとって土台となる思想を身につけるきっかけになった。その最たるものが「面白い/つまらない」という判断軸だ。
デザイナーであっても、プランナーなどとともにゲームの企画などに携わる。そのなかでは、面白さやゲーム性などについて議論をしたり、意見が求められるシーンもあった。だが、そこに正解はない。様々な角度から物事を捉え直す、創造的思考力が鍛えられる日々だった。
「自分の出したアイデアを『分かりにくい』『使いにくい』と言われるよりも、『面白くない』『つまらない』と言われる方がよっぽどへこみますね(笑)」
すべては人の心が動くかどうか。だからこそ、良いアイデアが出ないときには「対象物に対する洞察や、アイデアの磨き込みが足りないんじゃないか」という感性の深さを問われるような痛みがあった。
そうした正解のない世界での経験は、倉光にとって不確実性への耐性を身につける時間となった。曖昧な環境においても情報を統合し、適切な判断を下す。この体験が、後のキャリアでデザインディレクションの土台ともなっている。
手を動かすより、チームを動かす
2010年代初頭、倉光はそれまでのゲーム業界からIT業界へと舞台を移す。UXという概念が注目されるようになってきていた当時、ゲーム業界で培った「ユーザーの心を動かす」体験設計を別の領域で活かしてみたい。そう考え選んだのがクックパッドだった。
最初はアプリのUIデザインを担当していたが、次第に新規事業にも関わるように。事業やデザイン組織が拡大する中、2018年頃からはマネージャーを務めることになった。自身の手を動かすだけに限らず、人やチームを動かすこと、そして育成や評価などのしくみ作りにも注力していく。
手を動かす機会が減るマネジメントに対し、デザイン職の中には抵抗感を持つ人も少なくない。だが倉光は「そうした感覚はあまり無い」と軽やかに答える。
「少なくともデジタルサービスの開発現場において、デザインの仕事で、ひとりで完結するものってほとんどないと思うんです。プレイヤーであっても、例えばエンジニアやPMなどとの協業は欠かせません。どんな仕事も自分が得意でないことを、スペシャリストとコラボレーションするのが前提です。マネジメントという役割も、手を動かすスペシャリストと一緒に働くだけだと考えていました」
「20代の頃から自分ひとりで出せる成果には限界があると感じていた」という倉光にとっては、むしろマネジメントにこそ本懐があったのかもしれない。
「全てに自分が関わりたいという想いはあんまりなくて。どちらかといえば、作った場や構造をみんなが使って創意工夫し、さらに育てていく姿が好きなんです」
そうした価値観は組織づくりにおいて特に発揮されていく。
「『ユーザーを見ましょう』という言葉をデザインに携わる人はよく言うと思うんですが、これは組織作りにも応用が効くと思っています。例えば、論理的に正しい正論をぶつけても人や組織は動かせないってシーンってありますよね。でも、そこにいる人をよく観察し、各々の思惑みたいなところを理解した上で、望む方向へ向かいたくなる構造やしくみを作ることで、人々に行動を促す。そうしたことを考えているんです」

場や構造を作り、行動を促す——そうしたしくみのデザインともいえる活動こそ倉光らしいアプローチなのだ。これは倉光自身が“得意”だっただけではなく、苦手意識の裏返しでもある。
「共感力が低いという自覚があるんです。なので、ある意味相手と若干の距離をとり、観察対象として見てしまう側面もあって。だからこそ、しくみや構造を作りよりよい関係性や距離感を作ろうとする側面もあると思います」
自分が“いなくなった後”から考える
クックパッドを経た後、倉光は2022年にKRAFTS&Co.を設立した。
倉光の周りには事業を立ち上げたり、独立して様々な企業と仕事をする面々も多く、「そこまで思い切った決断ではなかった」と振り返る。
「自分の持っているスキルや考え方に、再現性があるかを試してみたいと思ったんです。周りの人たちを見ていて、すごく大変なんだけど、すごく楽しそうだったのも影響されているかもしれませんね」
様々な“しくみ”を作ってきた倉光にとって、この「再現性」への関心は自然な流れだった。
その思想はKRAFTS&Co.のサービスにも現れている。「プロダクト・サービスデザイン」「ブランディングデザイン」「デザイン組織マネジメント」の3つがWebサイトでも掲げられているが、倉光にとってこれらは全て「デザインディレクション」という共通のコンセプトだという。
「基本、すべてのプロジェクトでKRAFTS&Co.が提供しているのは、デザインディレクションだと思うんです。掲げたコンセプトに沿って、創造性にまつわるすべての事象を判断していく。一つ一つの結果を束ねていくことで、そこに意味が生まれるようにしていくイメージです」
プロダクトデザインであれば、UIの改善だけでなく、パートナーのUIデザイナーと組んで全体の方向性を描いていく。ブランディングデザインであれば、デザイン原則の整備だけでなく、クライアント企業が自走できるブランド運用のしくみまで設計する。組織マネジメントであれば、コンサルティングではなく、デザイン組織が持続的に成長し続ける構造を構築する。
いずれにおいても、自分が“いなくなった後”を考える。

「自分たちが抜けた後もインハウスのメンバーで育てていける。そんな状態を作ることを大事にしています。例えば、優れたクリエイティブがユーザーに届かない原因はクリエイティブの質だけでなく、組織の意思決定プロセスや構造などに起因していることもある。それらも含めて上手く回る状況や構造を作るのが、目指したい姿です」
そうした好例として倉光が紹介してくれたのが、LayerXが運営する『バクラク』シリーズのブランドリニューアルのプロジェクトだ。
同社のnoteでも紹介されているが、リブランディングによって制作効率が上がり、リニューアル前後を比較すると制作数は倍増。これは単にビジュアルを刷新しただけでなく、“いなくなった後”を想像したアプローチが功を奏した証左といえるだろう。
- バクラクらしさの設計図|LayerX Design
- https://note.com/layerx_design/n/n823f5a72c8a3
実体験が、デザインの本質を体得する近道
2021年から、倉光はDesignship Doなどいくつかのデザインスクールで教鞭も執っている。またKRAFTS&Co.には現在2名のメンバーが在籍しており、自身の経験やスキルを人へ伝えていくことも倉光の重要な仕事になってきている。
いかにデザインディレクションを身につけてもらうのか。そのアプローチや思想を問うと、倉光はあらゆる理論を脇に置き、「一番いいのは、自分だけで完結するものづくりをすること」と返す。
「仕事じゃなくてもいいので、自分が思ういいものを作ってビジネスにしてみる経験をするのが一番手っ取り早いと思いますね。今は、小さなものづくりがとてもしやすい時代なので、まず試してみたらいろんなことが見えてくると思うんです」
理論から入るのではなく、まず自分で決断を重ね形にする重要性を説く。仕事では最終の判断を上司やクライアントに委ねられることも少なくない。しかし、自分だけのものづくりは、最後まで自分に意思決定権がある。それはこだわり抜く胆力を試す、自分自身との戦いでもある。
倉光自身、独立前後にスパイスビネガードリンク「RINDA(リンダ)」を元同僚と立ち上げた。このとき外部に依頼する予算がなかったこともあり、既製品のビンの選定から商品撮影に至るまで、経験のなかった分野も可能な限り自身で制作を行った。
「自分がやるしかない状況だったからこそ、追い込んでやりきれたと思うんです」
制約の中で最後まで決断し続ける経験。それこそデザインディレクションの本質へ近づく近道なのだ。

「デザインって、正解がない中で『これでいきましょう』と言う覚悟の仕事だと思うんです。それが正解かどうかは誰にも分からないけれど、いろんな人を巻き込み、覚悟をもって一つ一つを判断し、統合していくんです」
デザインスクールでの教えも、この哲学に基づいている。「ここに来ればデザインの正解を教えてもらえると思ってたけど、講義を受講するたびにどんどんわからなくなってきた」と受講生から言われると言う。だが「正解がないのがデザインなので」と倉光は笑う。
正解がないからこそ、自分なりの覚悟を持って判断し、試行錯誤を重ねることができる。不確実性が高い中でも自分なりの解を考え抜き導く姿勢はこうした側面で存分に活かされているのだろう。
偶発性に身を任せつつ、常に最善を出す覚悟
インタビューの最後、今後の展望を聞くと、倉光はある理論を持ち出した。
クランボルツの計画的偶発性理論だ。
「個人のキャリアの8割は予測してない偶発的なことによって決定される。その偶発、偶然を計画的に向き合い、自分のキャリアを良いものにしていこうといった考え方です。意図的にそうしてきたわけではないのですが、振り返るとこの理論がマッチするなと個人的には感じています。
予定調和ではなく、誰かがイレギュラーに持ってきたことや、やったことはないけれど“多分向いてるんじゃない?”と提案してくれたことにこそチャンスがありました。だからこそ、今後も目の前に現れた機会や人のご縁を大切にしながら、誠実にものづくりをしていきたいと考えています」
とはいえ、それも容易なことではないはずだ。常に優れたパフォーマンスを出すことは決して簡単ではないようにも見える。
だが倉光が大事にしてきた「しくみ」や「再現性」をもって捉え直すと、そうした偶発的な機会にも適切に答えられる状況があるようにも見えてくる。
いい機会が来たとき、適切なパフォーマンスを出せるしくみや再現性があるからこそ、新たな機会や可能性を切り開いていけるのだ。
