“穏やかさ”を深めるデザインを。オランダのデザインスタジオMomkaiが掲げる原則

デジタルメディアの登場によって、私たちは細切れの時間を生きるようになった。ノイズから距離を取って、たった一つのメッセージにじっと耳をすませること、そのための時間を確保するのは難しい。だから、Momkaiはオンラインに穏やかな空間を創りたい。

いくつもの顔を持つデザインだが、それは一貫して「世の中に起こるあらゆる変化——社会、政治、経済、科学、技術、文化、環境、その他——が人々にとってマイナスではなくプラスに働くように翻訳する《変革の主体》としての役割」を担ってきた。

これは、The New York Timesのデザイン評論家 アリス・ローソーン氏による定義だ。彼女は著書のなかで、デザインが商業的な価値を創出するだけでなく、医療や環境など幅広い社会問題の解決に貢献した例を挙げている。それらをふまえ、デザインは「世の中に起こるあらゆる変化」に向き合い、ときに問題を解決し、未来を構築する役割を担い得ると述べたのだ。

彼女の定義に沿うならば、オランダのデザインスタジオ『Momkai』は、「Cultivating Calm(穏やかさを深める)」ことによって、変革の主体としての役割を果たしてきたと言える。

「穏やかさを深めるデザイン」という変革

『Momkai』はHarald Dunnink氏によって、2002年に設立された。NIKEやRedbullなど著名企業のブランディングも手がけるが、その名が世界で知られるようになったのは、オランダの新興メディア『De Correspondent』のデザインだ。

De Correspondentは、広告に頼らない会員制モデルでの運営や、速報ではなく一つの事象を丁寧に掘り下げる手法を、いち早く実践したメディアとして知られる。ローンチ前のクラウドファンディングでは、8日で1.3億円もの支援を集め、国内外で話題を呼んだ。(オランダ語のメディアで、話者数は日本語の1/5ほどにも関わらずだ)

Dunnink氏は、発起人であるRob Wijnberg氏に共感し、自身も共同設立者として参画。Momkaiは、De Correspondentのブランドアイデンティティからクラウドファンディングキャンペーン、ウェブサイト、イベントのデザインを担った

De Correspondentがローンチした2013年といえば、「バイラルメディア」が急成長していた時期。インターネットを介して膨大な情報がやりとりされるようになり、メディアや広告が消費者のアテンションを獲得しようと競い合う。消費者は流れてくる情報量に圧倒され始めていた。

そうした変化のなかで、Dunnink氏は「Cultivating Calm(穏やかさを深める)」ことを、自分たちの果たすべき役割と捉え、デザインに反映していった

例えば、De Correspondentのトップページは、当時の一般的なメディアサイトに比べ、情報量はかなり絞られていた。また、関連ページへのリンクは記事の外側に配置、補足情報は折りたたみ式のブロックに記載するなど、読者が記事を上から下まで集中して読めるようにしている。

現在De Correspondentは6万人の有料購読者を抱え、新興メディアの成功事例として知られる。この成長に、Momkaiの穏やかさを深めるデザインは大いに貢献した。

また、De Correspodentの立ち上げに携わって以降、Momkaiは会員制のオンラインプラットフォームのブランディングやデザインを数多く手がけている。

例えば、2019年にはアムステルダム大学の教授と共同で、研究倫理や公正性を学ぶためのオンラインコミュニティ『The Embassy of Good Science』を立ち上げた。

他にも、オランダのマクシマ王妃が設立した癌研究センター『Oncode Institute』のブランディングやデジタルプラットフォームの設計も担っている。

いずれのオンラインプラットフォームもシンプルで洗練されたデザインが印象的だ。しかし、彼らが追求しているのはヴィジュアルの美しさのみならず、利用する人々の「穏やかさを深める」ことだとDunnink氏は語る。Momkaiのウェブサイトに「Our designs cultivate calm」と掲げられている通り、それは目標であり、彼らのデザインを貫く姿勢でもある。

では、具体的に「穏やかさを深めるデザイン」とはどのようなもので、いかに実現しようとしているのか。2018年にDunnink氏の綴った記事『Cultivating calm: a design philosophy for the digital age(穏やかさを深める:デジタル時代のデザイン哲学)』で、彼の思想と実践の一端に触れることができる。

記事では、主に前述のような「穏やかさを深めるデザイン」のために、Momkaiのデザイナーが共有すべき原則が綴られている。

以下では、記事の内容を本人の許可を得て、翻訳した。ここまで、少し長々と語ってきたMomkaiのデザインに興味を持った人なら、きっと何かインスピレーションが得られるはずだ。文章内で、「ファウンデーション」や「アプローチ」、「グロース」といった分類についても補足を加えている。合わせて参考にしてもらえたら幸いだ。

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Work by Sol LeWitt at the Stedelijk Museum, Amsterdam. Photo by Eddo Hartmann

デザイナーとして私は完璧なプラットフォームを構築したい。De Correspondentのジャーナリストやメンバーにとって、あるいはOncode Instituteの研究者や患者にとって。彼らのように、社会と向き合う人たちの力になりたいと考えてきた。

それらの経験から、自分なりのデザインに対する哲学も整理されてきたように思う。いったい何を目指すのか?一言で言えば「Cultivate Calm(穏やかさを深めること)」に尽きる。それによって、人々はコンテンツのみに集中を向けられるからだ。

以前、アムステルダム市立美術館でオーディオツアーとイベントを企画する機会があった。オーディオツアーを構成する10作品を選ぶなかで、私はこれまでに美術館で得た体験を振り返るだけでなく、私自身を内省することになった。

アートと向き合うとき、私は他者のクリエイティブな意思決定について、思いめぐらせずにはいられない。美術館に飾られた作品だけではなく、建物自体にも心惹かれる。なぜなら美術館は、誰かのクリエイティビティを体感するために、完璧に構築されているからだ。

その空間は、デジタルプラットフォームを構築するうえでも、常にインスピレーションを与えてくれた。このアーティストや建築家はどのような意思決定を経たのだろう?と、私は美術館で、たえず思索に耽る。そうやって、他者の創作に集中できる穏やかな空間が、私にとっての美術館だ。


Harald氏が企画したオーディオツアーの予告動画

そのあり方はMomkaiというデザインスタジオ、De Correspondentというジャーナリズムプラットフォームの思想やアプローチと、分かちがたく結びついている。

デジタルメディアの登場によって、私たちは細切れの時間を生きるようになった。膨大なイメージとメッセージに絶え間なく晒されている。ノイズから距離を取って、たった一つのメッセージにじっと耳をすませること、そのための時間を確保するのは難しい。

だから、Momkaiはオンラインに穏やかな空間を創りたい。

穏やかさを深めるためのデザイン哲学

しかし、どうやるのか?アムステルダム市立美術館とのプロジェクトのおかげで、私はそれを、プリンシプル(自分自身やチームの原則)として、言語化しようと考えた。

私たちが何を目指し、どのように実現しようとしているのか、Momkaiのメンバーだけでなく、この記事を読んでいるあなたに知ってもらえたら嬉しい。また、デジタル領域のデザイナーにとって、何かしらのインスピレーションになれば幸いだ。

このプリンシプルはMomkaiを設立してから15年を経て、やっと言語化した。その土台にあるのは、クオリティの追求へと駆り立てられる気持ちとディティールへの観察眼だ。プリンシプルから浮かび上がる私たちの思想は、戦略コンサルティングから緻密なデザインにいたるまで、わたしたちの日々の仕事において体現されている。

編注:以下、Dunnink氏は主にオンラインのプラットフォームにおいて「穏やかさを深める」ための原則を挙げている。それらは大きく、デザインにおいて基礎となる考え(ファウンデーション)、最善を尽くすためにデザイナーが採るべき手法(アプローチ)、デザインのプロセスでも穏やかである方法(グロース)に分類される。

1. ファウンデーション:穏やかでリッチなプラットフォームへ

一貫性を創ろう

あらゆる要素が完璧に構成されたデザインは、ユーザーの手を取り、導いてくれる。一貫性があり、まとまりのあるデザインを創ることがデザイナーのゴールだ。

一貫性があり、没入感を与える唯一無二の体験。それこそがユーザーの認知や信頼、尊敬につながる。今何を見ているのか、どこにいるのか、どのようにオンラインで人とかかわれるのかを理解し、ユーザーは安心を感じられる。

それがユーザーとの信頼の第一歩、これから積み重ねていく土台を築くことができる。

明快さを保障しよう

必要以上に複雑にせず、未解決の部分が残らないようにしよう。

もちろんディティールはデザインの語るナラティブに誘うために欠かすことはできない。デザインはメッセージの伝達手段だからだ。

しかし、デザイナーの目的はそのメッセージを明快に伝達することでもある。強さはシンプルさのなかに宿るのだ。

文脈を理解しよう

あらゆるインサイトは身の回りの社会をより深く理解することから得られる。すべてのデザインは綿密なリサーチが土台になる。情報を伝達するためには、まずデザイナー自身が十分な情報を得ていなければいけない。そして、その背景にある文脈を無視するデザイナーは、“混乱”を生み出すことしかできない。

2. アプローチ:媒介する者に必要な穏やかさ

じっくり投資しよう

順調に前に進むためには、立ち止まって、地図で道順を確かめなければいけない。

デザイナーに選択と集中が求められるのはデザインのプロセスだけではない、誰のために働くのか、誰と一緒に働くのかを定義するためにも欠かせない。

まずは、あなたが誰のメッセージを届けたいのかを考えよう。もし、信じたい何かがあるのならば、すべての時間や才能、リソースを集中させる勇気を持つことだ。

投資を守ろう

時間やエネルギーの投資が実を結んでいるとき、デザイナーは変化にもっとも柔軟に対応できる。あらかじめアプローチやメソッド、考え方について理解し合って、可能な限りチームのタレントを失わないようにしよう。また基本的なルールに合意しておくことで、私たちは反則を犯さず、真っ当にゲームをプレイできる。

ユーザーを愛そう

異なる視点を得て、自分自身の視野を広げることは、デザイナーにとって欠かせない。

変わらぬ好奇心とオープンマインドな態度が、ユーザーを的確に捉えたデザインを生み出す。ひいては、チームが本来備えている以上の力を発揮するのに貢献するだろう。

3. グロース:嵐のなかでも穏やかでいるために

創り続けることを止めない

終わりのあるデザインなど存在しない。デザインは、ユーザーとともに常に変容し、進化していく。それは、人間がスクリーンやデバイスに囲まれ、新しいサービスに絶え間なく触れる“デジタル時代”に、より一層当てはまる。

変容や進化に前のめりで取り組もう。創り続けることで、私たちはデザインのインパクトを最大化できる。

インタラクションを愛そう

デザインは、決して静的なものではなく、ユーザーによって拡張されるものだ。自由なプレイグラウンドを用意して、自由に過ごしてもらおう。

そのプレイグラウンドで、何がうまくいくのか、あるいはうまくいかないのかを学ぼう。どの変化がユーザーの体験を拡張するのかを発見しよう。

あなたのデザインは終着点ではない。道をひらくものなのだから。

束縛しない、自由な状態を創ろう

ありのままでいるための方法を極めよう。大きく考え、小さく試し、ディティールにこだわろう。自分自身の才能を含め、あらゆる物事を探究しよう。そうして生まれる、新鮮で予想のつかないデザインは、あなた自身をも驚かせてくれるだろう。

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今回、翻訳許可を得るためのやりとりのなかで、Dunnink氏はMomkaiの手がけるプラットフォームを劇場に例えていた。人々が積極的に通い、インスピレーションを得られる場だ。そうした劇場をつくるために、上記のような原則が必要になるのだという。

加えて、彼は“劇場”の「ユーザー」ではなく「メンバー」にとって、実りある体験を創る重要性を指摘した。プラットフォームの思想に共感し、それらを共に実現しようとするメンバーの体験と、一時的にプラットフォームを利用するユーザーの体験では、デザインする際の考え方やアプローチが異なるのだという。今回翻訳した記事では「ユーザー」と書かれている箇所も、彼のなかでは「メンバー」に近い意味かもしれない。

それらについては以下のTNWの記事でも紹介されている。興味があればぜひ読んでみてほしい。designingでも別途紹介できればと思う。

Forget ‘users’ and focus on the 7 steps to make your organization ‘memberful’
https://thenextweb.com/growth-quarters/2020/10/20/forget-users-and-focus-on-the-7-steps-to-make-your-organization-memberful/
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Credit
文・翻訳
向晴香

大学在学中にBIツールの翻訳アルバイトを経て、テック・ソーシャル系のメディアで執筆に携わる。卒業後は教育系ベンチャーのマーケティングチームでオウンドメディアの運営を担当し独立。inquireにフリーランスとして関わり2019年から社員としてジョイン。関心領域は、よりよい意思決定を支えるメディアのあり方、マイノリティのレプリゼンテーション、女性とメディアなど。海外のコメディーとハロプロ、TBSラジオが生きる活力です。

編集
小山和之

designing編集長・事業責任者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサルでの編集ディレクター/PjMを経て独立。2017年designingを創刊。2021年、事業譲渡を経て、事業責任者。

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