「リサーチ」は態度でありマインドセット──デザインリサーチの専門家三人に聞くその可能性

リサーチは、時に「専門家にしかできない」と敷居が高く感じられてしまい、時に「誰でもできる」と軽んじられてしまう。

「デザインリサーチ」や「UXリサーチ」という言葉を、目にすることが多くなった。関連書籍が次々と刊行され、デザインを中心とする領域でリサーチャーとして活躍する人も増えてきている。

しかし、そもそも「リサーチ」とはなにか。どうすれば「リサーチができている」と言えるのか。デザイナーが活かすには何が必要なのか。

そんな問いに対するヒントを提示してくれたのが、2020年11月刊行の『デザインリサーチの教科書』の著者であるアンカーデザイン代表・木浦幹雄と、2021年8月に『はじめてのUXリサーチ』を上梓したメルペイのUXリサーチャー・草野孔希と松薗美帆だ。

「リサーチは誰にでもできる」──そう語る三人は、より幅広い人たちが活用することを歓迎し、「デザイナーにもっと気軽に取り入れてほしい」と促す。しかし、同時にリサーチは「検証」と「探索」に資するための高い専門性や倫理が必要とされる領域だともいう。

この茫漠とした「リサーチ」と、デザイナーはいかにして向き合うべきなのか。三人の言葉から見えてきたのは、単なるビジネス上の手法にとどまらない、「態度」や「マインドセット」としてのリサーチの姿だった──。

“機会発見”につなげる、「検証」と「探索」の技術

インタビュー冒頭、草野はリサーチにまつわる「2つの誤解」を教えてくれた。

草野「リサーチは、時に『専門家にしかできない』と敷居が高く感じられてしまい、時に『誰でもできる』と軽んじられてしまうんです」

メルペイ UXリサーチャー 草野孔希

そもそも、リサーチとは何だろうか?情報収集や下準備を広くそう呼ぶこともあれば、PCや文献での調査を「デスクリサーチ」と指すこともある。あるいは、「ユーザーインタビュー」で話を聞くことがリサーチなのか。

木浦「ビジネスデザイナーの岩嵜博論さんが『機会発見──生活者起点で市場をつくる 』という本を書いていますが、リサーチとはまさに、『何をすればユーザーが喜ぶのか』という“機会発見”のことだと思うんです。それさえ満たしていれば、インタビューでも、アンケートでも、デスクリサーチでも、手段は問わないと考えています」

「リサーチは誰にでもできる」──三人はそう口を揃える。「たとえ日々の何でもない雑談であっても、きちんと問いを持って、価値ある気づきが得られればリサーチになる」と草野。「非専門家がユーザーインタビューを実施しても、有益な気づきがたくさん得られるはずだ」と木浦も同意する。

しかし一方で、この領域における、膨大な研究や実践の蓄積に基づく「専門性」や「技術」が存在するのもまた事実だ。

木浦によれば、リサーチは、主に「検証」と「探索」という役割を果たす技術だという。既存プロダクトのユーザビリティの改善などだけでなく、プロダクトの中長期的な未来の可能性を最大化するためにも用いられるというわけだ。

アンカーデザイン 代表取締役兼CEO 木浦幹雄

専門家たちはこの「検証」と「探索」のために適切な手法を学び、現場で実践を繰り返している。リサーチを「行うこと」自体は誰にでもできたとしても、成果につながるインサイトを出すことは容易ではない。そこで、さまざまなプロジェクトで経験を重ねてきた専門家の技術が求められるのだ。

「直感」では歯が立たなくなり、リサーチへの注目が高まった

ビジネスにおける「検証」と「探索」の役割を果たすリサーチ。冒頭でも触れたように、とりわけ三氏が専門とするデザインリサーチやUXリサーチなどを通じて、この技術に対する国内のビジネスシーンにおける注目度は高まっている。

そもそも日本においてビジネスの現場でデザインリサーチやUXリサーチが注目されはじめたのは、2015年前後からだったという。HCD-Netが後援する「UX Japan Forum」や、「UX Days Tokyo」などのイベントが海外から知見を輸入しながら開催されはじめ、IT業界を中心に普及が始まった。

アンカーデザインを木浦が創業したのが2018年5月、草野と松薗が所属するメルペイのUXリサーチチームが発足したのも2018年11月のことだ。

海外のデザインリサーチやUXリサーチに関するカンファレンスに、当時勤務していたリクルートの研修として数回参加していた松薗は「2015〜2018年、米国や欧州では既に学会やカンファレンスが活況だった」と語る。そこでリサーチャーという職種の人々を目にしたことが、松薗のその後の転換点になったという。

メルペイ UXリサーチャー 松薗美帆

注目が高まった背景として、木浦はキヤノンで2009年から8年間新商品企画に従事する中で感じ取った、市場環境の変化を一因に挙げた。例えば2000年代までのカメラメーカーは、画素数などわかりやすく性能を向上させる技術開発に力を入れていた。だが2010年代以降は、「よりスペックの高い製品を作って、店頭に並べれば売れる」という戦略が通用しづらくなったという。

一方、草野は「価値観の多様化もあるのではないか」と言葉を続ける。

草野「少し前までは、人々が何を求めているかを作り手が頭の中で想像しながら製品を作っても、大きく外すことが少なかった。しかし、現代では価値観がより一層多様化したことで、それが難しくなっているのでしょう。きちんとリサーチしなければ、人々を適切に捉えることが難しくなっている」

リサーチの手法も変わりつつある。これまで企業のリサーチ対象として使われやすかったのは群としての動向を知るための「市場調査」の流れを汲むものだ。

だが、現代ではデザインリサーチやUXリサーチのように、「群」ではなく「個」の意見を深掘りする、定性的なリサーチも企業に受容されてきている。その理由について、数字には表れづらい「ユーザーが本来何を望んでいるのか」を学び、より適切な解決策を考案できるからだと木浦は語る。

さらに、リサーチを通じてプロダクトやサービス開発の意思決定者やエンジニアが「誰が、なぜこれを必要としているのか」を共有することで、コミュニケーションが円滑化する効果もある。開発の迷いをなくすこともメリットだと、木浦は語る。

木浦「リサーチが浸透する前の開発現場では、プロダクトマネージャーの『自分はこう思う』という直感により、機能や改善案を意志決定することも多かった。でも、それだとエンジニアの立場からは納得感が薄く、さらには結果として微妙なものが出来上がってしまうこともあります。

リサーチを通じて『なぜこれが必要なのか』を明確化することで、納得感が高まるのはもちろん、『こうすればより良くなりませんか?』とチーム内でコミュニケーションが起こるようになる。すると、アウトプットの品質も上がると思うんです」

この指摘に、前職でプロダクトマネージャーを務めていた経験のある松薗は深くうなずく。

松薗「自分の意思決定が間違っていれば、膨大な工数が無駄になるかもしれない……いつも私は怖くて胃が痛かったんです。しかも、みんなの目線がずれていると、各々が『自分が想像するユーザー像』を語りだして、意思決定の難易度はますます上がってしまう。リサーチは、チームでものづくりをする指針を提供してくれると思います」

デザイン研究、文化人類学、マーケティング研究……リサーチの興隆を後押しした分野

ビジネスの領域でデザインリサーチやUXリサーチが広く活用される動きは、ただ現場の要請に応じることのみによって生まれたわけではない。デザインをはじめ、さまざまな近接領域における研究や実践の蓄積が後押しした面もあると、三人は見ている。

『デザインリサーチの教科書』によれば、現代ではデザインという行為の主導権が、デザイナーという職業を超えて他の人に渡りつつある。一人あるいは少数の専門家がすべてをデザインする時代から、みんなでデザインする時代への変化とも言い換えられる。

この変化の一つの例として、「デザイン思考」が挙げられるという。「もともとデザインプロセスの一部とされていたリサーチが、2010年代前半のデザイン思考の流行によって再び注目され、認知度が高まったのではないか」と木浦。

木浦「IDEOやStanford d.schoolなどが掲げるデザイン思考は、EMPHASIZE、DEFINE、IDEATE、PROTOTYPE、TESTの5つのモードで構成されています。その中には、インタビューなどを通して人々を理解し共感する“EMEMPHASIZE”や、情報を整理してそこから解くべき問いを見つける“DEFINE”など、「探索」の役割を担うデザインリサーチ的要素が含まれている。それがデザインリサーチやUXリサーチに注目が集まるきっかけになったのではないでしょうか」

後押ししたのは、デザイン思考だけではない。サービスデザインマネジメント、インタラクションデザイン、サービス工学、参加型デザイン(CoDesign)……半世紀以上にわたるデザイン研究の蓄積を経て、さまざまな領域の言葉やプロセス、マインドセットがサービスデザインやUXデザインへと歩み寄る潮流が生まれているという見立てもあると草野は提示する。

さらに、そこにはデザイン以外の学際領域も含まれていると松薗は言葉を加える。

松薗「日本の産業界において文化人類学的なアプローチに注目が集まったのも、2000年代後半頃からです。あらゆる領域において共通して、『結局、一人の人間にきちんと向き合ったほうが良い』という考え方に辿り着いているとも言えるのではないでしょうか」

つまり、ビジネスに限らずあらゆる領域でリサーチが担える役割が拡張しているともいえる。将来的には、リサーチはさらに民主化されて広く開かれたものになると草野は予想している。

草野「『A 100-Year View of User Experience』という論文によれば、UXを職業とする専門家は、今後も爆発的に増加することが見込まれています。2050年代には現在よりも数十倍以上の人がUXにかかわる仕事をしているという未来予想もある。今は専門家として、そこへ向けた準備を進める段階だと思っています」

一部のプロフェッショナルの技術だったリサーチを、誰もが活用できる時代になりつつある。だが、より開かれたものとするためには、技術だけでなく“扱い方”も流通させる必要がある。

例えば、「バイアスの罠にはまらない」というのもその一つだ。人は誰しもバイアスを持っており、それに囚われるとインタビュー対象者の言葉を都合良く解釈し、さらに自分のバイアスを強化してしまう。それゆえリサーチャーには、バイアスに流されず真摯に目の前と向き合う高い技術や「倫理」が求められるという。

リサーチの民主化に伴って、より適切な技術や倫理をリサーチの実践者たちにインストールする役割を、専門家たちは担っていくのだろう。

「リサーチ文化」を浸透させていくために

リサーチをより開かれた民主的な技術にすること、そしてリサーチャーの専門性を高めること。両者を同時に目指すべく三人が実施した取り組みの一つが、リサーチの価値や可能性を伝える「RESEARCH Conference」(2022年5月開催)だ。

カンファレンスにはさまざまな業界や職種の人が集まり、初年度ながら2,500人規模にまで拡大。視聴者にはリサーチをほとんど知らない人もいたという。だが、こうした人たちにも価値を感じてもらうことが、社内から異質なものとして冷ややかな視線を送られるのではなく、当然の営みとして応援される「リサーチ文化」を浸透させる近道になりうると松薗は語る。

松薗「事業会社内では、リサーチャーは人数も少なくマイノリティなんです。だから少しでも社内に理解がある方がいるだけで、人を巻き込み活動をしやすくなる。幅広い人に発信することでも、リサーチを実践する人を応援できると思っています」

この松薗の視点に、さまざまな企業で働くデザイナーやエンジニアと講演会でよく話をするという木浦も同意する。

木浦「僕はよく『自分の企業でリサーチをやりたいのですが、どうすればいいのでしょうか?』と相談をされます。でも、人的・時間的なリソースが十分になければ、きちんと結果に繋げるのが難しいこともある。リサーチという営みは、現場からの『やりたい』というボトムアップだけでなく、経営層などからのトップダウンで浸透させなければ広がらない側面もあるんです」

今後リサーチャーを志す人は、さらに幅広い層にリサーチが開かれていくことを見据えて、専門的な知識や技術、倫理を学んでいく必要がある。「リサーチャーの教育事業や、企業の枠を超えたメンタリング、情報交換の場をつくっていくことが今後の目標だ」と松薗は熱を込めて語る。

「たぶん、まだリサーチ業界は黎明期を脱していない。『良いリサーチャーとは何か?』という問いについても、まだ手探りで考えている段階です」と木浦は言葉を続ける。「リサーチとは何か」という問いは、これからも議論が重ねられていくのだろう。

「態度」や「マインドセット」としてリサーチを捉える

ただ、「黎明期」「手探り」とは言う状況下でも、三人それぞれの中には、リサーチに対する確固たる想いがあるようだ。

「何でもない雑談ですらも、そこに問いがあればリサーチになりうる」と語る草野は、リサーチでは「態度」や「マインドセット」を大事にしている。探究する態度やマインドセットさえあれば、問いの内実、さらにはリサーチに取り組む動機は人によってさまざまで構わない。

例えば草野にとっては、「どうしても知りたい」という好奇心こそが、リサーチを実践する動機になっているようだ。

草野「デザイン方法の研究者として、リサーチという営みそのものを研究対象としてきた自分にとって、リサーチとは『好奇心を満たせる場所』。新しい発見があることや、自分が興味のあることが明らかになる過程が、僕はとにかく楽しいんです。

好奇心から生まれる問いがあり、その答えを模索する中で、得られた気づきを言語化すること。それが僕にとってのリサーチです。『自分が知らないことを知りたい』という好奇心がなければ対象にも興味が持てないですし、真摯に問いに向き合えず、バイアスに囚われてしまうんです」

これに対して、幼い頃からものづくりが大好きで、高専を経て工学部を卒業している木浦は、リサーチを通じて追求したいことを「機会の最大化」だと語る。

木浦「僕はずっと、『良いものやサービスをどうすればつくれるのだろう?』という問いに興味を持ち続けてきました。北欧のデザインスクールCopenhagen Institute of Interaction Designに留学してデザインを学んだ際に、社会や人々にとって良いものを作るには、リサーチ、つまりきちんとユーザーと向き合い、仮説を立てて検証するサイクルを素早く回すことが重要だと改めて痛感した。だから、リサーチという視点からものづくりを加速させたいと思っているんです」

他方で、松薗は全く異なる角度から捉える。大学で文化人類学を専攻し、現在もメルペイで働きつつ北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)の博士課程でビジネスエスノグラフィを研究する氏は、リサーチとは「身体的な営み」であり、それを通して「自分が変わること」が重要であると語る。

松薗「リサーチにおいては、他者との出会いを通じて、自分やチームが『ものづくりの感覚を研ぎ澄ませる』ことに意味があると考えています。私のバックグラウンドである文化人類学では、長期間のフィールドワークを通して相手の目から見た世界を理解しようと試みますが、それは自分自身を改めて知り、変わるきっかけにもなります。リサーチも同じ営みだと私は思います。お客さまの話を聞くうちに視点や考え方が変わり、自分のバイアスに気づいて行動が変わっていくんです」

草野にとっての好奇心、木浦にとってのものづくりの探求、松薗にとっての自己変容……リサーチへの意味づけは三者三様だが、「人々から学びを得て、それを社会に還元し続けたい」という真摯で強い気持ちが、リサーチの可能性を追究する原動力になる。

何かを真摯に追求する態度さえあれば、専門家でなくともリサーチをものづくりの手段として活用できる。ものづくりに携わる一人ひとりが、リサーチをそうしたマインドセットとして捉えて取り入れていくことが、より豊かなモノやサービスが溢れる世界への最初の一歩なのかもしれない。

Credit
取材・執筆
石田哲大

ライター/編集者。国際基督教大学(ICU)卒、政治思想専攻。ITコンサルタント、農業用ロボットのPdM、建設DXのPjMを経て独立。関心領域は人文思想全般と、農業・建築・出版など。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

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