猫だけに特化したデザイン会社はなぜ成立する?——RINN梁原正寛

手段はどうであれ、「猫と、その飼い主に寄り添いたい」と梁原は心から思っている。その熱こそが、いまのRINNを形作る

デザイン会社のあり方はさまざまだ。

デジタルプロダクト、体験、プロダクトなど、“向き合う対象”に特化するものもあれば、クライアントの業界や、事業領域、職域・職種に特化するものもある。

そんな中、「猫」に特化した、ユニークな会社がある。梁原正寛(りょうはら・まさひろ)が代表を務める、猫専門のデザイン会社RINNだ。

カリモク家具とともにキャットタワー「KARIMOKU CAT TREE」を開発したり、Soup Stock Tokyoとともに「猫のためのスープ」を開発したり、サンワカンパニーとともに猫専用の床材「ネコフロア」を開発したり。各業界のリーディングカンパニーとともに「猫」のためのプロダクトを次々と生み出している。

しかも、そのほとんどは、RINNからの持ち込みではじまったという。「御社では猫の商品は取り扱っていませんが、ぜひやった方がいいと思うんです。企画は私たちが考えてきましたので」と。

なぜRINNは「猫」に特化し事業を成立させられているのか。かつ、トップランナーと呼べる企業と次々にコラボレーションできるのだろうか。「すべての原点は、猫への愛情」と語る梁原に、そのゆえんとRINNの道筋を訊いた。

猫目線にこだわる「キャット・ファースト」という姿勢

「猫のための商品……ですか…?」

RINNが商品企画を持ち込むと、多くの企業が最初は戸惑うという。だが、そんな企業も気づけば、梁原とともに猫用品の開発に夢中になっている。1940年創業、天然木の素材加工を強みとする家具メーカー・カリモク家具もその一社だ。

同社が製造する「KARIMOKU CAT TREE」は、化学繊維をできる限り使わずに製造された木製キャットタワー。コンセプトはRINNが企画立案し、小宮山洋氏がプロダクトデザインを担当した。

カリモクと共同開発した「KARIMOKU CAT TREE」

カリモク家具は、「100歳の樹木を使用するならば、その年輪にふさわしい家具を作る」をモットーに、長く愛用される高品質のプロダクトをつくる。「KARIMOKU CAT TREE」は、木を大切にするカリモクらしい「経年美化」するデザインを意識しつつも、猫における「ロングライフデザイン」を実現している。

梁原「子猫から高齢猫まで、何歳になっても愛用できるプロダクトを目指しました。年齢を重ねた猫は、脚力が衰えて高いところに登りづらくなります。そこで、猫の平均体高・体長などのデータを調査した上で、猫が登りやすい角度を研究。その結果、全高124cm、ステップ間の高さ約40cm、ステップ角度を設定。歳を取っても、できるだけ永く登れるものにしました」

「インテリアによく馴染み、猫だけでなく人間にとっても心地よいキャットタワーをつくりたい」という“飼い主の一人”としての梁原の想いを反映したプロダクトということもあり、飼い主からの評価も高い。

その他にも猫が心地よく食事できるテーブルセット「KARIMOKU CAT TABLE」、木の魅力を最大限に活かした柔らかいふかふかベッド「KARIMOKU CAT BED」、囲われることで猫が安心して排泄できる「KARIMOKU CAT RESTROOM」といくつものプロダクトを展開。

多数の共同での商品開発を重ね、現在ではコンセプトの企画立案やデザインだけでなく、マーケティング戦略の立案、PR、販路開拓まで、多岐に渡ってカリモクを支援しているという。

RINNは、徹底的に猫目線にこだわる「キャット・ファースト」を掲げる。猫のためになるのであれば、デザインだけに限らず、幅広い領域を“自分ごと”として手掛ける。

インタビューも、カリモクが西麻布に持つオフィス・ギャラリーなどの機能を備えた、ハイブリッドスペース『Karimoku Commons Tokyo』をお借りした

N=1の課題感から生まれた、RINNとプロダクト

数多くの猫向け商品を開発し、猫について考え続けてきたRINN。

だが、梁原はもともとデザイナーでもなければ、猫好きでもなかった。「犬派だった」と語るから驚きだ。

そんな梁原がRINNを創業したのは2013年。きっかけは、妻が猫の「みるちゃん」を家で飼い始めたこと。あまりの可愛さに夢中になり、猫用品を買い集めていた梁原は、のめり込むにつれて「不満が募っていった」という。

梁原「当時のペット用品は華美でファンシーなものが多く、僕の暮らしには馴染まなかったんです。特に、自動給餌器には頭を抱えていて。目立つ色のものが多いばかりか、使い勝手も悪くて。設定が煩雑だったり、猫が驚くような大きな音が出るものだったり……。いっそ、自分でつくれないかと思い起業したんです」

ペット用自動給餌器「PETLY」

RINNにとって最初のプロダクトが自動給餌器「PETLY」だ。自らが感じた不満から「インテリアに馴染む美しいデザインで、誰でも簡単に使えて親しみやすい」をコンセプトに企画した。リリース後はすぐに話題を呼び、さまざまなメディアから取材が舞い込む。海外メディアからは「Minimalismのデザインをペット用品に持ち込んだ」と評価を受けた。

自身の描く方向性に一定の確信を持った梁原が次に開発したのは、キャットタワー。きっかけは、愛猫が自宅の玄関の床で体を冷やしている姿を目にしたことだったという。そこから生み出されたのが、ギリシャ産の大理石と飛騨の広葉樹から構成されるキャットタワー「Modern Cat Tree NEKO」だ。

キャット・ツリー「Modern Cat Tree NEKO」

定価100万円という価格設定(ただし、原価率も60%を越えるので決して法外な値段ではない)が目を引くが、リリース直後からの反響も大きかった。海外メディアからは「クレイジーな猫会社が日本にある」と取材され、実際想定を上回る数が売れたという。

「猫」と「猫と暮らす人」の代弁者に必要なこと

こうした実績を武器に、先述のカリモクをはじめとする大手企業と協業でプロダクトを展開してきたRINN。

ここまでの話を聞くと、梁原のマーケットへの嗅覚やユーザー視点、周囲を巻き込む力が実績を生んできたようにも見えるかもしれない。だが、こと協業案件でいえば、相手は引く手あまたであろう有名企業ばかり。決して個の力だけですべてを形にすることは容易ではないはず。なぜRINNは選ばれるのか?

梁原は二つのヒントをくれた。

一つはデータに基づく知見だ。RINNは当初TSUTAYAを運営するCCCのグループ会社として創業されており(※2017年に独立し、現在は資本関係はない)、同グループの強みである マーケティングデータを基軸とした顧客理解を丁寧に行ってきた背景がある。言うなれば、梁原の目には「猫と暮らす人のライフスタイル」が、かなりの解像度で見えているのだ。

梁原「例えば、猫と暮らす人にはワインを嗜む人が多いんです。他にもコーヒーが好きで、植物が好きで、本が好きで……という嗜好性の傾向がある。それだけではなく、居住エリアや、どんなライフスタイルを送っているかまでデータから紐解くことができます。こうした“飼い主に対する解像度”から、どんな商品が好まれやすいのかが見えるんです」

無論、データを盲信するわけでもない。その情報は参照しつつも、自身がよく知る飼い主などを丁寧に見比べる。すると、共通項やリアルな姿が浮かび上がってくる。定量だけでなく、定性と掛け合わせ丁寧に顧客像を描いていくのだ。

梁原「猫を愛している人は日本中にたくさんいます。その中で、僕が『ただの猫好き』で終わらなかったのは、データベースマーケティングの重要性を知れたから。『どんな人が猫と暮らしていて、何に困っているのか』『その課題を抱える人はどれくらいいるのか』を、データと現実を照らし合わせて理解する意識を持てたことが、いまのRINNにつながっています」

とはいえ、CCCのグループから独立してからは一定の年月が経っている。当時のようにデータを見られるわけではないことを考えると、今の強みはその上に積み上げられている何かがあるはず。

それこそが二つ目のヒント「猫の理解」——言い換えるなら「キャット・ファーストの視点」だ。

商品開発を兼ねる中、RINNは“飼い主”に限らず、“猫”に関連する知見やデータも蓄積してきている。種類や大きさ、生物学的な特性。何を好み、何を苦手とするのか、加齢に伴う変化、体の仕組み……その領域は多岐にわたる。

梁原「猫目線の世界を想像するには、動物行動学や動物生態学などの知識も不可欠です。例えば、猫は人間の数倍耳がよく、約40〜約6万5,000Hzの高音帯まで聞こえる。20メートル先のネズミの足音すら聞こえると言われます。こうした特性がわかると、『このノイズは猫にとってストレスかもしれない』と想像できるようになります」

人間は直接的に猫の気持ちを理解することはできない。ただ、知ることはできる。その積み重ねを通し「猫にとっての心地よさ」の解像度を上げていく。

また、「獣医師」も重要なパートナーであると梁原。往診などで猫が暮らす家を訪れる機会が多かったり、猫の身体的特性を理解し健康状態とリアルな暮らしを知る獣医師は、「猫を見ている場数が私とは圧倒的に違う」。サンワカンパニーとの協業で生み出された「ネコフロア」は、猫専門病院「Tokyo Cat Specialists」の山本宗伸院長の監修を受けながら商品開発を進めた。

サンワカンパニーと共同開発した「ネコフロア」

RINNは、いわば「猫の代弁者」であり「猫と暮らす人の代弁者」でもあるのだ。かつ、その両者どちらかに偏ることなく、よりよい暮らしを模索する。

梁原「そもそも、猫と人間とは全く異なる種族。人間はあんなに跳躍力はないし、猫より鼻も効かないし、耳もよくない。一方で、人間は遠方まで見えますが、猫は近眼だったりする。そうした違いを踏まえ、どちらかが負担を被るのではなく、寛容に接することができる状況を作るのが大切です。

例えば、全自動のコーヒーミルは猫がびっくりする大きな音を発します。だからといって、『家でコーヒーを飲むのは我慢』とはしない。相手の特性を理解しつつ、共に心地よく暮らせる工夫をする。毎日ハンドミルで豆を挽き、ゆるやかに流れる時間を楽しめばいいかもしれません。違う生き物であることを踏まえ、お互いにとってちょうど良い“間”を見出していくことが重要だと考えています」

「一つの対象に特化する」経営に必要な要素

自動給餌器からキャットタワー、テーブル、食器、床材まで。キャット・ファーストという姿勢のもと、多種多様な猫向けプロダクトを次々と展開してきたRINN。

まだまだ作るべきプロダクトは存在するだろうが、今後の展開を問うと梁原は二つのアイデアをあげる。一つは、「猫専門のコンセプトストア」だ。

梁原「世の中の、猫に関するリテラシーをもっと高めたいんです。例えば、猫に安全な植物だけを販売する花売り場や、猫に安全な食材を使ったレストランなどを展開する。そうすることで、猫にとって何が良くて、何が悪いのかを啓蒙できます。

他にも、動物の生態に詳しい獣医師や動物看護師の資格を持ったコンシェルジュが気軽に相談に乗ってくれる。キャットファーストな人たちが集まり、猫についての知識やライフスタイルの意見を深め合うことができる。そんな、猫について考え、知識を深め、体験できるような空間を作りたいんです」

二つ目は、猫の健康をデータから理解できるプラットフォームだという。

梁原「猫は、体調が悪くても声を上げない傾向があります。だからこそ、人間が気づかなければいけないのですが、日々の中で些細な変化に気づくのは容易ではない。だからこそ、定量的にその変化を把握できるように、体重の変化や尿量、獣医師の診療記録や血液検査の記録といった情報をもっと手軽に記録・把握・閲覧できるテクノロジーを浸透させたいと思っています」

RINNのように、特定の対象に絞り込んで価値提供していく企業は決して多くはない。一見特殊にも見えるそのあり方を誰かが参照するとしたら、何が必要なのか。

梁原にそう問いかけると、熱量を持って次のように返してくれた。

梁原「どんな対象であれ、心の底から愛していると思えること。そして、それを愛する人に敬意を持つことでしょう。NIKEがアスリートをリスペクトしているように、僕は猫と暮らす人のことを心から尊敬しているし、猫を愛してくれていることに感謝しています。どんなことを手掛ける人であれ、やはり愛が不可欠だと思いますね」

「すべての原点は、猫への愛情」……どうやら私たちは、最初の梁原の言葉に戻ってきてしまったようだ。データから見る飼い主のライフスタイル、徹底的に猫目線に寄り添うデザイン……手段はどうであれ、「猫と、その飼い主に寄り添いたい」と梁原は心から思っている。その熱こそが、いまのRINNを形作るのだろう。

「猫のための商品……ですか…?」——そう語る人々を次々に仲間にする力の本質は、その真摯な熱量なのかもしれない。

Credit
取材・執筆
石田哲大

ライター/編集者/BizDev。国際基督教大学(ICU)卒。ITコンサルタント、農業ロボットのPdM、建設DX領域のPjMを経て独立。関心領域は人文思想全般と、農業・建築・出版など。

編集
小山和之

designing編集長・事業責任者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサルでの編集ディレクター/PjMを経て独立。2017年designingを創刊。2021年、事業譲渡を経て、事業責任者に就任。inquire所属。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

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