創造性は「傍流」から解放される。世界で躍進するローランドの「名前のないデザイン経営」

ローランドというブランドが提供する価値は、“Unleash”に集約される。「音楽を愛する人々の創造性を引き出し、解き放つ。そのために楽器というツールを提供しているのだ」と。

ヒップホップ、テクノ、ハウス、ディスコ……これらの音楽ジャンルが生まれるきっかけを作り、世界中のミュージシャンから絶大な支持を集める楽器メーカーが、ここ日本にある。

電子楽器メーカー・ローランドだ。

興味深いのは、同社は1972年創業の「老舗」と呼ばれていい立場ながら、海外売上比率「90%」、過去2年間での売上増加「150%」と、ここ数年は“グローバル成長企業”に名を連ねても遜色ない実績を重ねている。

その人気ぶりは、創業50年を記念した書籍『INSPIRE THE MUSIC – 50 Years of Roland History』が海外の出版社から発売されるほどだ。

といいつつも、その好調ぶりは決して自明のものではなかった。遡ること約10年。ローランドは深刻な業績不振に陥り、一時期は「外資系ファンドに食われるかもしれない」という噂すら立っていた。

ところが、2013年前後から始まった経営再建によりV字回復。とりわけ2020年以降は快進撃を続けている。その要因のひとつは、「We Design The Future」というローランドが掲げるテーマを再解釈し、イノベーションを起こす組織文化を回復させたことだった──そう語るのが、現・代表取締役のゴードン・レイゾンと、CIO(チーフ・イノベーション・オフィサー)の蓑輪雅弘だ。

いかにして、ローランドは復活を遂げたのだろうか。その背景を紐解くと、明示的に掲げてはいないものの「デザイン経営」*を地で実践する組織文化──いうなれば「名前のないデザイン経営」が見えてきた。

*経済産業省は2018年に公開した『「デザイン経営」宣⾔』において、「『ブランドの構築』と『イノベーションの創出』を通じて、企業の産業競争力の向上に寄与する」ことがデザイン経営の役割であると定義している。デザイン業界のみならず、もはやビジネスパーソンにもかなり普及しつつある「デザイン経営」を明示せずとも実践している企業として、本記事ではローランドを取り上げる。

“ゲームチェンジャー”は偶然生まれた

日本製造業の一大拠点、静岡県浜松市。

浜名湖のほとりにひっそりと佇む「ローランド・ミュージアム」には、思わず圧倒されるほど大量の電子楽器がずらりと並んでいた。

国産初のシンセサイザー。バロック音楽の調べが鳴り響く電子チェンバロ。「トランポリンから着想を得た」というメッシュ素材を採用した電子ドラム。ギターキッズは誰もがお世話になったであろう「BOSS」のロゴマーク、“OverDrive”の黄色いエフェクター。

並んでいる楽器の一つひとつが、創業から現代に至るまでのローランドの軌跡であり、象徴である。

その一角で大切に保管されていたものには、1980年に発表された同社を代表するリズム・マシン「TR-808」がある。元社長でエンジニアの菊本忠男が開発したこの名機が生み出すサウンドは、数々の音楽ジャンルを生み出した。米国ニューヨーク・ブルックリンで「ヒップホップ」を。デトロイトで「テクノ」を。また、後継機である「TR-909」はシカゴで「ハウス」を生み出し、1980年代バブル期の日本でも大流行した「ディスコ」文化にも多大な影響を与えた。

そんな名機の奥から、優しげな微笑みを浮かべた人物が出迎えてくれた。ローランドの代表取締役、ゴードン・レイゾンだ。取材の冒頭、氏はゆっくりと語りかける。

「“ゲームチェンジャー”であること。それが私たちのDNAなんです」

現代でもローランドは数々の伝説を生み出してきた歴史と伝統を背負い、それに誇りを持っている。高い技術力をもって、音楽の世界に“ゲームチェンジ”を起こすこと──それこそが会社の存在意義なのだと。

ローランド 代表取締役社長 ゴードン・レイゾン

しかし、その力強い言葉の後には、意外な発言が続いた。

ゴードン「音楽業界を変える“ゲームチェンジャー”製品は狙って生まれるとは限りません。むしろ、偶然生まれることも少なくないんです。

実際、TR-808も発表当初は全然売れず、『失敗作』と呼ばれていたと聞きました。その後中古市場に安く出回ってお金がない海外のミュージシャンの手にも届くようになり、開発者の意図を超えた解釈で発展して新しい音楽ジャンルや文化を築き上げることになったといいます」

2020年代においても、ローランドは革新を起こしつづけている。

そのひとつが、デジタル管楽器「エアロフォン」だ。サックスなど管楽器は強く息を吹いて音を出すが、加齢によって肺活量は衰え、やがて演奏に必要な息の量を出せなくなる。そこで、リードをくわえる力の強弱で音をコントロールするバイトセンサーと息の圧力を計測するブレスセンサーの反応で、「弱い息でもボタンを押せば音が鳴る」という仕様を導入。老若男女問わず管楽器を楽しめるようにと開発された。

さらにここで、偶然にも好条件が揃う。コロナ禍で自宅で楽器を演奏する人が急増したのだ。ただ、通常の管楽器は音量調整が構造上難しく、自宅での練習は近所迷惑になりかねない。そこで、イヤホンを使って“音を外に出さずに”練習できるエアロフォンが大ヒットした。

近年でもこうした製品を生み出し続けているローランドだが、チーフ・イノベーション・オフィサーとして、技術からマーケティングまで製品開発全体の指揮を取る蓑輪雅弘は、同社の現状に危機感を持っているという。

「ちょっとうまくいきすぎています」。成功率が高いということは、裏を返せば“大失敗するほどの挑戦ができていない”ということでもある。「よく売れた」という無難な成功で終わらせず、もっと挑戦と失敗を重ねなければ、音楽の未来を大きく変えるような“ゲームチェンジャー”製品は生まれないはずだと。

ローランド CIO(チーフ・イノベーション・オフィサー) 蓑輪雅弘

電子楽器には、既成概念を破壊してイノベーションを起こす可能性が無数に隠されている……蓑輪はそう言葉を続ける。

蓑輪「ともすれば、楽器産業は保守的になりやすいんです。『こうやって弾かなければならない』『この形状でなければならない』など、疑う余地がないとされる“常識”が数多く存在している。だから、伝統的な楽器メーカーは、イノベーティブなアイデアに対して『そんなことはできない』と否定することが少なくありません。

しかし、伝統的な楽器と比較して歴史や伝統に縛られず、既成概念も少ない電子楽器には、イノベーションを起こす余白がたくさんあります。だから、『もしも全く異なる形状素材で作ったらどんな演奏体験になるのだろう?』など、まずは既成概念を外して考えてみる。そこには“ゲームチェンジャー”が生まれるヒントが潜んでいます」

イノベーションは「傍流」から生まれる

急激な売上伸長を達成しながらも蓑輪が危機感を持つのには、他にも理由がある。“ゲームチェンジャー”を標榜するローランドには、冒頭で触れた通り深刻な経営不振に陥った過去があるからだ。

その原因は「大企業病」だった。

顧客や市場ではなく上司や社内事情ばかりに目が向き、ローランドの歴史を築いてきたような、マーケットを切り拓く製品が出せなくなってしまった──2013年に代表取締役社長に就任し、ローランドを経営再建によりV字回復にまで導いた三木純一前社長は当時をそう語っている

創業初期から20年ほどは、イノベーションを起こす力を持った社員を組織が支援する絶妙なバランスが続いていたという。だが、経営不振期にはトップダウンでのプレッシャーが強まり、組織の中に“恐れ”が蔓延していたと蓑輪は振り返る。誰も意見を出さなくなり、「まずい」と思ったことが言えなくなっていた。

ローランドは経営再建時から“Unleash”、すなわち創造性の解放を意味する言葉を掲げはじめた。この時期は“恐れ”から誰もが口をつぐみ、新しいものが生まれない土壌になっていたからだという。

ここにきて、改めて大切になったのが、ローランドが以前から大切している「スターシステムをとらない」という言葉だった。

蓑輪「成功した製品が出ると、『発明者はこの人です』と特定の誰かがスポットライトを浴びることがよくありますよね。ただ、その人が輝かしく映るのは良い時期だけで、もしも次の後継機が失敗すると、いきなり悪者にされてしまうことがある。それを見た後続の人は、『やっぱり目立つのはやめよう』と恐れを抱いてしまうわけです。

『あの人がいるからこの製品ができた』と特定の誰かを神格化すると、チームが壊れてしまう。だから、メンバーみんなを巻き込んでいくことが非常に大事だと思うんです」

ゴードン「社内には成果を上げていて、優れた才能を持つように見える人がいるでしょう。しかし、誰もが創造性を持っていることを忘れてはいけません。ローランドの社員一人ひとりに、それをUnleashしてほしいんです。

楽器とはいわば、それを手にする人の創造性を解放するツールです。しかし、それを作る私たちも、もっと自分自身のポテンシャルを解放していい。つまり……私が言いたいことはすごくシンプルです。もっと失敗していい。とにかく恐れるな。試しにやってみよう。それだけです」

とはいえ、人々は置かれた環境の影響で、“守り”に入ってしまう力学も強いと蓑輪は指摘する。

1996年に入社した蓑輪は、製造部門を経て、DTM(デスクトップ・ミュージック)の開発部門に配属。その後、海外ソフトウェアのローカライズや黎明期のプラグイン・ソフトウェア・シンセサイザーの開発を担当している。

鍵盤楽器や打楽器のようなローランドの売上を大きく占める主力製品と比較すると、主流から外れた道を歩んできた蓑輪。だからこそ、成功の歴史や伝統が長い部署にいる人ほど失敗を恐れる傾向が強くなってしまうことが、相対的に見えていた。

蓑輪「多くのメーカー企業では、扱う商材や所属組織によって上下関係や力の差が生まれがちです。たとえば楽器メーカーであれば、『ピアノ事業本部の人は出世コース』といった言葉はよく聞きますね。ただ、売上規模が大きく力のある部署には長い歴史や伝統があるケースが多い。『本家・本流』にいる人たちは、“守らなければいけないもの”があるから大変なんです。

それに対して、『傍流』と呼ばれるカテゴリーにいる人々はそうした制約やプレッシャーが少ない。たとえば、私はあまり会社から目をつけられず自由に振る舞ってきましたが、それは私が『コンピューター音楽』という、全社的には売上貢献度がそこまで高くない部署出身だから。私と同じ部門で育った人は、みんなUnleashされている気がします(笑)」

ローランドの強みは「本家・本流」と「傍流」を混ぜ合わせる柔軟性にある──それが蓑輪の見立てだ。社内でも傍流にいたはずの蓑輪が、気づけば全社の製品開発を指揮する立場にいることがその証左だろう。

また、ゴードンはXerox社やFenderの欧州法人を経て、2013年にローランド英国支社に入社。その後欧州統括管理会社のCEOを経験している。ローランド本社の取締役を経たとはいえ、創業50年の日本の大企業がいきなり外国人であるゴードンを社長に抜擢することを、チャレンジングな采配だと感じる人も少なくなかっただろう。

傍流で育った人々の意見をフラットに聞き入れて、時には本流へと連れてくること。あるいは、本流で育った人を外側に置いて、自由に振る舞わせてみること。この組織内の循環を生むことが、イノベーションを創出する組織において重要なのだと、ローランドは示唆している。

さらなる「創造性の解放」への挑戦

ゴードンによれば、ローランドというブランドが提供する価値は、先述した“Unleash”という単語に集約される。「音楽を愛する人々の創造性を引き出し、解き放つ。そのために楽器というツールを提供しているのだ」と。

とりわけローランドの顧客の中心にいるのは、音楽を愛し、創造する人生を選んだミュージシャンだ。ローランドが提供するツールは、「こんな曲が作れるかもしれない」という閃きを生むためにある、と蓑輪は続ける。

蓑輪「ローランドが成し遂げてきた最大の社会的貢献は、我々が作った楽器が新たな音楽ジャンルを生み出したことです。プロのミュージシャンに深く愛され、私たちが作った楽器の可能性を隅々まで引き出してくれたからこそ、今のローランドがある。『音楽を広めること』自体は他の会社でもできるかもしれませんが、新たなジャンルが立ち上がるほど強いインスピレーションを与える楽器を生み出せる会社は、そう多くないはずです」

楽器というツールが、ミュージシャンの創造性を最大限解放する。ローランドに熱狂的なファンがいるのは、その実績に裏付けられた強固なイメージから生まれたものだろう。

一方で、ローランドの楽器は、幅広い人々に音楽を作る力を届けて、エンパワーメントすることにも使われる。

多くの現代人は、音楽を作る力が「閉じ込められている」──ローランドが実施した調査によれば、「あなたは音楽をクリエイトしていますか?(演奏や作曲をしていますか?)」という問いに対して“Yes”と回答した人は、たったの5〜10%だったという。それに対して、「音楽をクリエイトしてみたいですか?」という問いに“Yes”と答える人は約70%も存在する。

ゴードン「おそらく人類は何千年もの間、自分の住む村やコミュニティで、近所の人たちと一緒に音楽を作ってきたはずです。しかし、ラジオや蓄音機の誕生により、『音楽を生業とするプロが作ったものを消費する』という行動が染み付いてしまった。人間は誰しも音楽を作れるということを、忘れてしまったかのように思えます。

しかしながら、そのトレンドにいま揺り戻しが起こりつつあるとも感じています。たとえば、TikTokの台頭により、好きな音楽に合わせてダンスしたり、楽器の演奏をアップしたりと、能動的に音楽を楽しむ人が増えているように思います。音楽を創造する営みが復権するトレンドを肌で感じながら、いかにして人々のポテンシャルをより解放できるか、そのお手伝いをする方法を考えています」

とはいえ蓑輪によると、「音楽をクリエイトしたい」と答える人の多くは、「ギターを買ったが結局やめた」など一度は挫折を経験しているという。「いかに音楽を学んで楽しみ続けるハードルを下げるか」という仕組みのデザインまで考慮して、オンラインで音楽を作れる環境を提供するといった取り組みも模索している。

“Artware”の真髄

同社の創造性を知る上で興味深いのは、ローランドと楽器のユーザーの間にある関係性だ。

たしかにローランドは、情熱と技術の粋を結集して楽器を提供する。だが、それだけでは不完全だ。ユーザーが楽器を受け取り、独自の解釈で意図せぬ方向へと使い方が拡張されることで、その楽器の真価が浮かび上がる。そしてユーザーから得られたフィードバックをもとに、また新たな楽器の開発がはじまる。

ローランドが開発した楽器の可能性を、ユーザーがさらに拡張していく。そして、ユーザーからのフィードバックをもとに、新たな楽器が生まれる。この関係は、いうなれば“創造性のインタラクション”と呼んでもいいだろう。

このインタラクションを支えるのが、ローランドが他社に真似できない独自の能力として挙げている、「高い技術力」と、それらを最適に組み合わせてアーティストの感性に響く高い表現力を生み出す“Artware”(ローランド内の造語であり、社員は「暗黙知」というニュアンスに理解している)だ。

ゴードン「さまざまな解釈がありますが、Artwareとは人間とモノとの間で発生する、研ぎ澄まされた感覚を指すのだと考えています。たとえば、ローランドの社員の間では『これは触っていて気持ちがいい』『これはちょっとおかしい』という話題がいつも飛び交っている。

ローランドが作るものは、人間と音楽を創造するプロセスの間をつなぐインターフェースです。だから、物理的な形状だけでなく、それを手にした時の感覚までをデザインする必要がある。エンジニアが『何かよくわからないけど、ちょっと変だ』と口にした製品は、絶対外には出しません。これがArtwareの真髄だと思っています」

ローランドに熱狂的なファンが生まれるのは、この非言語的なArtwareを追求しつづけているからだとゴードンは語る。時に、それは投資やM&Aの判断基準にすらなるという。

ゴードン「たとえるならば、ローランドの社員や関係者の体にメスを入れてみると、コーポレートカラーである“オレンジ色の血”が流れ出すと思うんです。音楽への愛、情熱、誇り。それらが製品やデザインにも表れている。

最近、米国のドラムメーカーのDrum Workshop社にグループ入りしてもらったのですが、初めて彼らと会って話した瞬間、『この人たちにも“オレンジ色の血”が流れている!』と直感的に思いました。『この楽器や音色は感覚的に良い』『この感覚はお客様にとって正しくない』と、彼らもArtwareの真髄を理解していた」

自社の当たり前を疑い、ひとつずつ「Unleash」していく

楽器メーカーとして蓄積してきた職人的なArtwareを大切にしながらも、保守的にはならず、“常識”や既成概念を疑って電子楽器を再構築していく。

その姿勢を体現する一つが、楽器メーカーからプラットフォーマーへの移行だ。2017年にリリースした制作用の音源やソフトウェアを提供するプラットフォーム「Roland Cloud」や、2020年に正式公開されたユーザー間、異なる機種間での音色共有などを実現する音源システム「ZEN-Core Synthesis System」はその代表例として挙げられる。

楽器を一人で楽しむのではなく、「音源」というデータへと変換する。それを介して世界の人々と交流することで、 ひとりの創造性を“集合知”へと変えていくという世界観に基づいている。

楽器を作るのではなく、人々と音楽の関わり方を変えるツールを生み出す。楽器メーカーでありながらも、時には楽器という概念を手放すことすら厭わないように見えるローランドには、古くから掲げつづけている考え方がある。

「We Design The Future」だ。

卓越した技術と芸術性をかけあわせて、まだ見ぬ未来の音楽の形をデザインする。あるいは、それが実現できる会社として常に進歩しつづける。歴代の経営者や役員、社員たちが一様にこの言葉に込められた覚悟を受け継いできた。

しかし、「自分たちが未来をつくる」という言葉も、それ自体が形骸化し、保守的な伝統に転じることがある。この言葉は、経営低迷期のローランドにとって、進化を妨げる“足枷”だったこともあるという。

蓑輪「『We Design The Future』という言葉は、『過去にとらわれず、常に未来を見据えていく』という強いポリシーとして受け継がれてきました。しかし、時間が経つにつれてその意味の捉えられ方が変わり、過去に作った製品のリ・イシュー、すなわち再発売はタブーだという意味で解釈されるようになった。

しかし、当然ながらTR-808やTR-909のような歴史に名を残す製品は、根強いファンや再販を心待ちにしているミュージシャンも多い。自分たちの会社が持っている“常識”が、もしかすると音楽の未来を妨げている可能性もある。そこで『We Design The Future』という言葉の意味を改めてみんなで考え直したんです。

昔と何も変わらない製品を出せば、お客様は一面では喜びながらも、進歩がないことに内心がっかりするかもしれない。でも、音やインターフェースは変えずに、現代だからできる新機能や音を追加すれば、さらに進化した製品を生み出せるはず……そう考えて、808/909をもう一度『クリエイト』することを決めました」

「We Design the future」を再解釈し、過去機体のアップデートを解禁したことで、2014年に『TR-8』が誕生。オリジナルの808/909の音色をデジタル技術を結集して再現した同機は、経営低迷期のローランドにとってブレイクスルーとなった。

自社の持つ既成概念をも疑い、ひとつずつUnleashしていくこと。それがイノベーションを創出するという原則は現代においても変わらない。

2022年に創業50年を迎えたローランドは、さらに未来の音楽の形を模索する。ローランドの楽器の現在地はどこで、これからどこへ向かうのか。それを象徴する創業50年記念コンセプトモデル3機種を発表した。

そのひとつが、カリモク家具と協業して生まれたピアノだ。

ゴードン「このピアノは、カリモクの“匠の職人”たちとローランドのピアノチームによって生まれました。木目を見ながら、『本当に美しいカーブができているか』などを何度も何度も議論し、音への影響も検討しながら本当にこだわり抜いて作っている。

私はローランドに来て10年が経ちますが、楽器に対する愛や情熱は持ちながらも、うまくそれを製品やデザインに反映できない時代が長く続きました。しかし、『イノベーションを起こす』と言葉にするよりも、もっと身体的に楽器への愛や情熱を表現しようとすることで、素晴らしい製品やデザインが“結果的に”生まれることがわかってきた。だからやはり、まずは自分たちの創造性を解放することが大切なんだと思うんです」

革新的な製品やサービスによって、音楽を愛する人々の心を揺さぶりつづける。『INSPIRE THE MUSIC』という言葉に集約されるローランドの歴史は、これまでも、そしてこれからも、変わらない理想を追い求めて紡がれていく。

Credit
取材・執筆
石田哲大

ライター/編集者。国際基督教大学(ICU)卒、政治思想専攻。ITコンサルタント、農業用ロボットのPdM、建設DXのPjMを経て独立。関心領域は人文思想全般と、農業・建築・出版など。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

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