デザインの価値を最大化するのは「熱量」——セブンデックス中村伸啓

80点、60点でもいいからとにかく成果を引き寄せられることをやる。そこに必要なのは経験や技術ではなく、真摯に向き合い、やりきれる"熱"なんです。

「熱量」——ともすれば、デザインという仕事・提供価値からは少々距離がありそうな言葉が、事業成長の鍵になっている。そう語るデザイン会社がある。

デザインとマーケティングと両輪で企業価値向上・事業成長を牽引するセブンデックスだ。

創業5年で従業員数30人。デザイナーを取り巻く採用市場が厳しさを増す中、デザイン会社としてはスピード感のある拡大を続けてきた同社。もちろん、その背景には、候補者を引きつける確かな価値、そしてクライアントからの確かな信頼があるのだが、その双方の要因を代表の中村伸啓に聞くと、冒頭あげた「熱量」という意外な言葉が返ってきた。

さらには、自社の存在意義を問いかけると、「明日を共につくること」というデザイン会社という枠組みではあまり耳にしない言葉を続ける。セブンデックスの考える“熱”とは何か?はたして何が提供価値になっているのか?その実態を紐解く。

“熱”とは、真摯に向き合う姿勢

“熱”とは何か?クライアントへの提供価値という文脈から紐解き始めると、中村はそれを「真摯に向き合う姿勢」と言い換えてみせた。

中村「我々はクライアントの企業価値の向上と事業成長を目的とした会社です。そのためには、クライアントの未来の姿を描く必要がある。当然、クライアントは自分たちのことを日々考えていますから、支援する側は、短い時間でその人たち以上に考え切れなければいけない。それを担保するのが、熱量——言い換えるなら、クライアント以上に当事者意識を持ち、事業・企業と真摯に向き合う姿勢なんです」

中村 伸啓/セブンデックス 代表取締役|ベンチャーで業務経験を積み、大学卒業後に広告営業としてマイナビに入社。24歳で同社事業部最年少でマネージャーを務める。その後メディア開発、アプリの企画開発を経験し2018年にSEVEN DEX Inc.を設立。代表取締役に就任。

この姿勢を理解するには、事例を通した方がわかりやすい。中村はクライアントである日本鋳鉄管のケースを教えてくれた。プロジェクトは元々、企業イメージを刷新していくためのコーポレートサイトリニューアルの相談だった。だが、代表へのヒアリングを重ねる中で、真の目的は、企業全体の変革にあることを理解する。

社外の認識を変えることはもちろん、社内の現状理解や認識変容、事業構造の変革にいたるまで、達成すべき対象は膨大にあることを見出し、提案内容を大幅に変更。それから、事業領域である水道管を取り巻く市場での企業戦略と勝ち筋の整理から入り、ブランド戦略の策定、理念体系・行動指針の策定、CIの設計……と展開した。

その後も、コーポレートサイトのリニューアルや理念浸透のためのプログラム設計や実施等へと続く。時には営業管理の仕組み導入など、一般的には“デザイン”とも“マーケティング”とも言わないであろう領域に至るまでその支援の幅を広げ続けた。

中村「僕らがすべきことは美しいデザインだけではなく、事業を成長させることです。だから、全てのデザインは事業に資するべきだし、時には自分たちがなすべきことから再定義する必要があるとも思っています。それが、真摯に向き合うということではないかなと」

課題の上流からスコープを捉え直し、本当に必要なサービス・提供価値を踏まえ、適切な粒度・品質で届ける。その必然性自体はわかるが、それは高い専門性やプロフェッショナリズムの元で提供されることが多いものであるのも事実。30名規模で実現しているというと、さぞかし優秀なシニア人材を採用しているのだろうと思うだろう。

しかし、実態は20代が中心。起業や経営、事業責任者等の要職を担った経験のある者もいるが、コンサルなどの出身者はおらず、事業会社やデザイン会社からの転職組、新卒上がりも少なくない。その中でいかに先述のパフォーマンスを出すのか。その鍵こそ“熱”だと中村は言う。

中村「僕らはプロフェッショナルファームではありません。やっていることはとても泥臭い。クライアント以上に事業・組織と本気で向き合い、経験の有無を問わず、成果を出すために必要なことは全部トライし、成果を出せるまでやりきる。もちろん経験が少ない故の失敗も苦労もありますが、あらゆる事業において“経験のないこと”と向き合うのなんて日常茶飯事のはず。大事なのはそれを突破することでしょう。

僕らは特定の分野で100点、120点の完璧なものを生み出すというより、80点、60点でもいいからとにかく成果を引き寄せられることをやる。そこに必要なのは経験や技術ではなく、真摯に向き合い、やりきれる“熱”なんです」

高校野球の熱が、起業家としての熱になるまで

中村はいつから熱を大切にしてきたのか。

その根源をたどると、経営者としてではなく、一人の人間としての想いが見えてくる。源流は高校時代にさかのぼる。野球部に入り甲子園を目指した時、何かに熱中するおもしろさを知った。

中村「それまで、甲子園球児をみるとすごく不思議だったんですよ。みんな勝つと驚くほど喜ぶし、逆に負けると本当に心の底から悲しんで泣いたりする。『なぜそこまで気持ちを動かせるのか』とどこか他人事のように見ていたのですが、それが自分がその当事者になると、見える景色が明確に変わって。そのときから僕のあり方はガラリと変わりました」

その熱は、大学入学後にビジネスへと向けられた。アルバイトのつもりではじめた飲食関係のスタートアップで、インターンに熱中した中村。勢いのある企業らしく、深夜まで「今月の営業はどうだった?売り上げを伸ばすには?改善できることは?」と熱意を持って働く姿勢に感化された。

中村「環境が合っていたんだと思います。環境がまだ整っておらず、自由にやれたこと。そして、自分の能力を総動員してやっても到達できないようなことに挑戦できる場があった。それがとにかく面白かったですね」

最終的には学生ながら億単位の予算を任されるまでに至るなど、ビジネスの分野で“熱”を持って挑戦する楽しさを身をもって理解した。並行してサイバーエージェントの藤田晋やリクルートの江副浩正から影響を受け、起業への意識を高めていったという。

ただ、卒業後は就職を選択。しかも、その先はマイナビだ。ベンチャーで成果を出していたが学生時代、起業への熱意から考えると少々意外な選択肢に映るかもしれないが、そこには明確な理由があった。

中村「僕が熱を持つ上で大切だと感じていたのが、目的に対して自分の行動が制限されないことでした。そのためには、事業ドメイン自体が成長していることと、いい意味でルールがゆるいことが必要です。マイナビはその二つの条件が揃っている感覚が一番強かった。面接で『うちは大企業の顔をしたベンチャーなんだ』と言われて、『ここにしよう』と思ったは今でも記憶に残っています」

入社後は広告営業として頭角を表し、社内でも順調に評価を獲得していった。その一方、マイナビの同僚で、後にセブンデックスの共同代表となる堀田信治と知人の3人で、24歳の頃に最初の起業を経験。

いくつかの事業・プロダクトを考えては形にしたが、いずれも日の目を見ることなくクローズ。市場環境や競合事情、マネタイズなど……撤退要因はバラバラだったというが、いずれも可能性が見えるまでには至らなかったという。

その後立ち上げたのが、セブンデックスだ。とはいえ、なぜ「デザインの会社」だったのか。ここまで記している通り、中村には実務者のようなデザインの経験があったわけでないはず。しかし、そこには氏なりの勝算があった。

中村「直感的にも、経験的にも勝算があるなと感じていたんです。

最初は、共同代表の堀田から『UXの5段階モデル』の話を聞いたのがきっかけでした。自分が広告営業で成果を上げるために考えていたことと本質は同じだ、という直感があったんです。極端な話に聞こえるかもしれませんが、広告営業もUXデザインも、“相手のニーズを汲み取り、何をどのように届ければいいのかを考える”という構造は同じだと感じました。

かつ、その後いくつものプロダクトを立ち上げ試行錯誤する中で、実質的にデザインの視点で事業と向き合う機会もあり、この直感は確信になっていた。デザインの会社として戦える確信がありました」

無論、自身がパフォーマンスを出せるか否か——だけが判断材料ではない。それまではウェブサービスを軸に事業を検討してきた中村だったが、2週目に入るスタートアップトレンドを踏まえると、その中で競合し勝ち抜くのは容易でないことが見えていた。他方で、そのプロセスの中でデザインがプロダクトや事業に与えるインパクトの大きさ自体への実感値もあったという。

また、調達環境や市場環境などを踏まえても、スタートアップらしいJカーブを描く成長曲線より、PL上堅実に黒字を積み上げ、成長角度をいかに高くできるかに挑む方が盤石と考えた。それらを踏まえると、デザインのクライアントワークを基軸に、堅実に積み上げる形での企業経営が自然と選択肢として上がってきたのだ。

徐々に浮かび上がる“熱”の価値

とはいえ、実績がない中での船出は容易ではなかった。創業後3ヶ月間は売り上げもない状態。そんな同社の風向きを変えたのは、最初のクライアントとなったライトオンだった。

中村「相談内容はECサイトのUXデザインでした。競合と比べ実績のようなわかりやすい評価指標では劣る僕らを選んでもらうには、それ相応の理由が必要になる。だから、自分たちにできることを徹底的に考え抜いた。Webサイトの改善点にとどまらず、購入前後の体験設計や理想の体験を提供するための事業戦略に至るまで、僕らの考え得るライトオンのあるべき未来を、提案に落とし込みました」

その“熱”が、大企業を動かした。ECサイトのプロジェクトを皮切りに、案件は徐々に拡大。サイトリニューアルから、それ以降のグロース、アプリを含めた店舗体験の再定義とリニューアルまで。

いずれも経験があるわけではない領域ばかりだったが、覚悟をもって、真摯に向き合い続けるその“熱”によって、着実に成果を出し、評価を得ていった。

並行し、クライアントの数も幅も徐々に広がっていく。ライトオンと同様の大手企業からベンチャーに至るまで、規模感/業種/求められる専門性も様々だったが、いずれでも何らかの成果を定義し、そこへ熱を持って答え続けていった。その証左は、同社がクライアントから集めるNPSのスコアに出ているそうだ。

そうして、日々クライアントに向き合う中、徐々に“熱”こそが自分たちの強みであると確信を深めていったという。

中村「当初はそこまで言語化できていなかったのですが、様々なクライアントとお話しする中で自分たちは向き合い方にこそ特徴があるなと感じるようになったんです。『クライアントに向き合う』と言葉で言うのは簡単ですが、“本当に向き合えている”と自信を持って言える企業は少ないのではないか、と。

僕たちにとっては、『依頼されたことだけをやる』のは向き合えているとは言えません。依頼する側はその事業や企業のことを、考え続けてきているわけですから、そういった方々の期待に応えるには、相手以上の本気度が必須。担当者より熱意を持って向き合い、事業を成長させるために何ができるかと考え抜き、自分たちがやるべきことを定めなければいけない。そう思い続けてきたことが成果につながっているのだと理解したんです」

熱を生み出す、企業文化

真摯に向き合う、期待値を越える、領域を問わない……セブンデックスの強みである“熱”は、文字に落とすとよく目にする表現になるかもしれない。だが同社がユニークなのはその実装方法にもある。

よくあるのは、プロセスや、サービス内容、専門性やバックグラウンドなどで、安定的にパフォーマンスを出しやすい環境を作る方法だろう。だが、同社はそれらを一切行わない。プロセスやサービス内容はクライアント・課題ごとに都度設計するし、提供価値も多岐に亘る。さらには先述のとおりメンバーのバックグラウンドも多様で、起業経験者のようなわかりやすいメンバーもいれば、新卒生え抜きもいる。

30名規模の組織で、この“熱”をいかに再現性をもって提供しているのか。中村は三つのアプローチを挙げる。

一つ目は、「熱を持てる人と働くこと」。採用だ。

中村「採用では、過去の行動と未来への視座を重視します。過去の行動は、いわばその人の本気度。僕たちが提案の時にクライアントのことを調べ尽くすように、面接の時にセブンデックスについてブログや取材記事、イベントなどあらゆるところから調べてきたとわかれば、その人の熱量は可視化されます。

未来への視座は、成長への渇望度合いとも言い換えられます。現実と理想のギャップを強く認識している人は、そこに対して努力ができる。起業や責任者などを経験した人はここが大きい。自分が至らなかったと感じた経験があったからこそ、向き合い方が違う。変わり続ける意志があれば、難題にぶつかってもやり抜けるんです」

二つ目は、「熱量をもつべき意味づけ」。個人レベルで、“成果を出した方がいい”理由をしっかりと腹落ちさせている。

中村「自分の担当する仕事に対し、意味付けを丁寧にします。プロジェクトの成果が自分や世の中に対してどのような影響を与えると良いか、プロジェクトが始まった時点で考えてもらいますし、個々のスキルアップや得手不得手を踏まえてやる意味をつくれるようにサポートする。クライアントの成果と自分とのつながりを明確にし、熱意を込められる前提を持てるようにするんです」

三つ目は、「熱量を高め合う文化」。組織だからこそ、お互いの熱を共有し合えるという。

中村「うちは比較的ウェットな企業文化だと思います。デザインやマーケティングを扱う企業、ベンチャー・スタートアップといったいずれの切り口でも珍しいかもしれません。ただこれは熱を高め合うという意味ではとても重要で。

この時代に、オフィスを移転・増床したのも、意図的に対面するようにし、時間と場をともにすることで、お互いの熱を感じ、時に高め合いながら仕事をできるようにするため。より集まりやすくなるよう2駅ルール(※オフィスがある駅から2駅以内に住むと、家賃補助がでる福利厚生制度)も設けています」

成長過程にある企業独特のモメンタムのようなものを想像してもらえるとよいかもしれない。メンバー同士の結びつきの強さ、コミュニケーションのハードルの低さをもって、個々の熱量が組織内でプラスの方向へ相互作用させている。

無論具体施策はこれらに限らないが、こうした意思を持って組織の中でも“熱”が回り続けるよう再現性のない再現性を高め続けているのだという。

顧客の、日本の熱を解放する

内側にも外側にも“熱”を軸に価値を積み上げ続けるセブンデックス。2023年7月には4度目となるオフィスの移転・増床し、さらなる拡大を描く。その未来図はどのようなものなのか。中村の受け答えにも、確かな熱が込められる。

中村「僕は、今の日本はとても閉塞感が強い国だと思っています。一般論でもありますが、出た杭が打たれやすい社会である。でも、もっと人の熱が解放された方が過ごしやすいはずです。自分のやりたいことを全力でできるわけですから。そのためには、熱を解放しても良いんだ、という空気が必要です。

これは人に限った話ではなく、企業も同じだと思っています。自分たちのやっていることが正しいことなのか、常に不安だと思うんです。そこに対して、僕らが寄り添い、クライアントが信じていることを世の中に届けることで、自分たちのやっていることに自信を持っていいんだと思ってもらう。そして、そういう企業を増やしていくことで、社会が熱を解放できる空気になってくる。そんな社会を目指したいんです」

目の前の人に真摯に向き合う。この行為は、デザインの基本とも言える、他者の眼差しを理解することだ。最後になぜそこまで熱をそそげるのか、その理由を聞いてみた。

中村「僕は大前提、人はお互いに理解することはできないと思っています。ただ、それでも相手のことを理解したいと思っている。僕自身も相手のことを知りたいと思うんです。しかしながら、今の時代本気で向き合うことが難しくなる構造にあるとも思うんですよ。

これは事業においても同様です。例えば、事業戦略を支援するといって素晴らしい戦略を提案してくれたけど、実行難易度が高すぎて扱えない……みたいなことが起きたりする。それって、本気でその企業に向き合っていないからだと思いませんか。ちゃんとクライアントと向き合い、その目線で事業成長を考え抜けていければ、こんなことはおこらないはず。僕はそういったことをなくしたいのかもしれません。

熱をそそげる理由でいえば、“熱”が現状僕たちの競合優位性につながるからでしょうか。個人的にも気質に合っているというのもあります。誰もが目の前の人や企業に熱を持って向き合うようになったら社会は変わるはず。そうして、熱を解放できる人や企業が増えたらいいなと思います」

Credit
取材・執筆
イノウマサヒロ

編集者。編集デザインファームinquireを経て、複数のスタートアップ経験後、独立。ビジネスとデザイン領域におけるコンテンツ制作を行う。カルチャーデザインファームKESIKIに所属。




撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

編集
小山和之

designing編集長・事業責任者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサルでの編集ディレクター/PjMを経て独立。2017年designingを創刊。2021年、事業譲渡を経て、事業責任者。

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