STUDIO DETAILS新代表・難波謙太に訊くその胸中。デザイン会社のPMIへの道筋

二度“買収する側“を経験した。だからこそ、見える景色がある。

2022年末、STUDIO DETAILSが新たな経営体制を発表した。

創業者である海部洋、服部友厚が代表を退任し顧問へ。新代表に、同社で取締役を務めてきた難波謙太が就任した。難波はGoodpatchでBX(ブランドエクスペリエンス)デザインチームを立ち上げ率いた後、STUDIO DETALSのグループインに伴い取締役を兼務。1年の時を経て率いる立場を任された形だ。

スタジオディテイルズ代表取締役社長就任のお知らせ
https://goodpatch.com/news/remember-that-god-is-in-the-details
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designingは、これまでさまざまな形でSTUDIO DETAILSの動向を追いかけてきた。海部服部へもそれぞれインタビューを実施。その価値観や高いパフォーマンスの源泉を探り続けてきた。

確かに、グループインの背景を語ったGoodpatchの記事でも、事業継承の文脈は語られており、創業者の両名はいずれバトンを渡すことを示唆していた。その機がいよいよ来たということだろう。

他方で、おそらく多くのデザイン業界の面々が気にしたであろう点が、PMI(Post Merger Integration:合併後の統合プロセス)ではないだろうか。デザイン会社のM&A事例はそれなりの数が存在するが、PMIに苦労する姿を目にした機会は少なくないのも事実だ。

その矢面に立つ難波自身も、過去に二度もPMIを経験したことがあるそうだ。その上で、「当事者の気持ちは痛いほど、手に取るように理解できる。そんな自分だからこそ、成功例をつくる気持ちで挑みたい」と、静かに、だが力強く語る。その胸中を取材した。

2度のPMI経験からの期待と不安

難波がPMIを経験したのは英国でのことだ。氏は1994年に渡英しデザイナーとしてのキャリアの半分以上をロンドンで積んできた。現地の美術大学を卒業した後、Digitas、AKQA、Collecitve Londonなどでデジタル領域を中心とするデザインに従事した。

日本に帰国したのは9年前。フリーランスとして活動する中でGoodpatchと出会い、当初はアドバイザーとして業務委託の立場からジョイン。BXデザインチームの立ち上げ、組成、マネジメント等を歴任し、同社における“BXデザイン事業”の足場を形作っていった。

STUDIO DETAILSがグループインするという知らせを耳にしたのはそんな最中だった。かねてから同社の実績や高い技術力に関心を寄せていたという難波。その知らせを喜ぶとともに、統合には少なくない苦労が伴うことも予期していたという。

難波「私自身、ロンドンにいたときに二度、PMIの渦中で過ごした経験があります。いずれも、買収する側の組織に身を置いていましたが、その結果は二度とも決して成功とは言えない結末でした。価値観が合わず、幾度も衝突をしたり、少なくない数の仲間が会社を去りました。

もちろん、当時とは取り巻く状況や流通する知見の量も異なりますし、会社も別。GoodpatchとSTUDIO DETAILSとの間で相性の良いだろうと思える点もいくつもあります。ただ、それが一筋縄でいくか…と言われれば楽観はできない。大きな期待と共に、その道筋には覚悟が必要だろうと感じました」

事実、あらゆる企業のPMIには何らかの困難が伴うことが多いはずだ。ことデザイン会社に関していえば、属人性が高い企業が多く、組織文化や要職メンバーの離脱による品質や求心力の低下がクリティカルになるケースも少なくない。難波はそれを身をもって理解していた。

他方で、「期待」と語るように、難波は同社のクリエイティブの質に惚れ込んでいたともいう。「統合が要因で、この質が損なわれてはならない」。自身もデジタル領域のデザイナーとして長年国内外で活動してきたからこそ、その想いはひとしおだった。

中に入って強くなった、STUDIO DETAILSへの想い

2021年12月にSTUDIO DETAILSの取締役に就任した難波。この抜擢は、氏にとって思いもしない提案だったという。まさか自分がPMIにおける最先鋒に立つとは。驚きも大きかったが、同時に使命感に似たものもあった。実際、ディテイルズのメンバーと行動を共にすればするほど、その想いはますます強くなっていったという。

難波「『デザインにまっしぐら』という言葉が似合う面々ばかりで。日々ものづくりに対し、本当に真摯に向き合っている。その姿勢を目の当たりにして、この会社の文化こそが価値の源泉なのだと実感できました。

そして、メンバーと話す機会が増え、人となりを知れば知るほど魅力を感じ、彼らが生み出しているものにも魅了されていきました」

また、同社の共同創業者である海部と服部の姿勢にも強く共感した。二人のクオリティに対する妥協なき厳しさには「すさまじいものがある」と表する。

難波「この二人によって守られ続けてきた何かがある。ディテイルズと接すれば接するほど、そう確信するようになりました。『神は細部に宿る』というスタジオディテイルズの信念はまさに二人が形作り、守り抜いてきたものなんです」

メンバーの姿勢、そして創業者二人の信念に対して、お世辞抜きに強く共感するものがあったという。難波自身もロンドン時代、とても“タフな環境”に身を置いていた。時代的な背景もあるが、一切の妥協を許さず、何時間掛けてでもほんの細部の差異を突き詰めるような世界線で、難波は経験を積んできた。

その経験の中で身についた“ものづくりへの姿勢”は、STUDIO DETAILSと共鳴するものだったのだ。

文化を守り続けながら、新たな価値提供のための土台を作る

そんな難波だからこそ、代表就任という流れも自然なことだったのかも知れない。

本人は「予想もしていないことだった」というが、決断した背景を「自分がやらなければ誰がやる?と自分に問い続け、引き受けることを決めた」と続けた。その言葉には明確な意志が感じられた。なお創業者の両名が「難波さんなら」と推薦した事実も付け加えて言及しておきたい。

この取材が行われたのは2023年1月。ちょうど新体制が本格的にスタートしたタイミングだった。「自分のなかでスイッチが入りました。実際に始まると、自分が想像していた以上にエネルギーが湧き出てきています」と難波。落ち着いた口調は変わらないが、思わず口元をほころばせた表情からは、同氏の胸が高鳴る様子を確かに感じとれた。

この新体制のもと、難波は大きく二つの未来図を描く。一つは純粋に「STUDIO DETAILS」としてのあり方を引き継ぐことだ。

難波「STUDIO DETAILSは海部さんと服部さんを中心に、約14年もの時間をかけてじっくりと作り上げられてきた会社です。二人が貫いてきた『神は細部に宿る』という信念があるからこそ、今がある。これは守り続けるべきだと強く感じています。外から来ると“どう変えるのか”という話をしがちですが、自分なりのスタイルは信じながらも、今の素晴らしい部分を守り抜くために、私自身が泥臭くやることをいとわず挑んでいきたいです」

もう一つは、Goodpatchとのシナジーという観点。BXチームを立ち上げ、率いてきた経験を持つ難波だからこそ、両者が培ってきた経験や強みを循環させながら、新たな価値の創造にトライしたいと意気込む。

難波「現状、STUDIO DETAILSへの案件相談は、Webに関するものが中心です。そこでの価値発揮は継続しながらも、今後はより事業課題がテーマとなる案件の引き合いを増やしていきたい。

Goodpatchでは特定のクライアントと長期的な関係性を築いてきたからこそ、見えてくるクライアントの課題も数多く存在します。しかし、そのうち私たちが応えられていない課題も少なくありません。

それらに私たちが応えられるように、いまディテイルズに進化が求められています。たとえば、インナーブランディングによる組織開発だけにとどまらない事業への貢献や、強力な戦略とクリエイティビティの融合から生まれるブランドの価値向上、または生活者にとって本当に価値あるブランドやサービス作りなど、これまで以上に取り組む領域に奥行きを持たせ、実際の成果にまで結びつけたいと考えています。

これらを成し遂げるために、両社が積み上げてきた経験や知識を今まで以上に分かち合っていくことが不可欠ですし、むしろそのためのM&Aだと理解しています。GoodpatchのBX/Strategyチームが経営に近いプロジェクトから得てきた経験やノウハウをディテイルズへ提供したり、ディテイルズが培ってきたものづくりの技術やクリエイティビティをGoodpatch側の付加価値の底上げにつなげたり。

そうした展望を見据えつつ、まずは目の前の一つひとつの仕事で、これまで以上の価値提供ができると証明していく必要があると考えています」

2022年12月にリニューアルされたSTUDIO DETAILSのコーポレートサイトを覗いてみると、同社がブランドエクスペリエンスデザインを手段とした事業により注力していく兆しが垣間見える

「デザイナーの出自を持つ自分が、経営者としてどこまで成長できるかの挑戦でもある」

難波はこの挑戦をGoodpatch、STUDIO DETAILSという二社における挑戦とは捉えず、業界全体に向けての挑戦だとも考える。事実、ここで成功を収めることは、世の中のデザイナー、デザイン会社に少しでもポジティブな影響をもたらすことにもつながるかもしれないだろう。

「そうは言っても、まだ何も達成できたわけではなく、やっとスタートラインに立てただけ。あとは全員で一歩一歩前進するのみ。いまはそんな気持ちです」

Credit
執筆
栗村智弘

designingのメディア運営を担当。新卒でフリーランスとなり、ギルド型組織のモメンタム・ホースに所属。オウンドメディアを中心に、記事執筆やプロジェクトファシリテーションなどの実務を経験。2020年にインクワイアへ入社。企業のメディア運営や採用発信、複数のプロジェクトに携わりながら、designing編集部のメンバーとして活動中。

編集
小山和之

designing編集長・事業責任者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサルでの編集ディレクター/PjMを経て独立。2017年designingを創刊。2021年、事業譲渡を経て、事業責任者。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

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