「5段階モデル」の再解釈を通し、UXの本質を見つめ直す:まえがき『The Elements of User Experience - 5段階モデルで考えるUXデザイン』

ソシオメディア 上野学氏が捉える『The Elements of User Experience』の現代における意味。

Adaptive Pathの共同創業者Jesse James Garrett氏の著書『The Elements of User Experience - 5段階モデルで考えるUXデザイン』が、2022年5月25日に出版された。

同書は、2002年に刊行された同名著書の2ndエディション(2011年)の邦訳版。今回は、著者がFast Companyに寄稿した『I helped pioneer UX design. What I see today disturbs me』の翻訳をdesigningが公開している縁から、版元であるマイナビ出版から特別に許可をいただき、監訳者であるソシオメディア上野学氏によるまえがきを転載する。

「経験は要素に還元されない。つまり本書はタイトルそのものに誤謬がある」。こう綴られるまえがきを読むだけでも、再解釈を試みる私たちにとって多くの示唆が、同書に込められていることに気づかされるだろう。

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監訳者 まえがき

2005年に『ウェブ戦略としての「ユーザーエクスペリエンス」 - 5つの段階で考えるユーザー中心デザイン』(毎日コミュニケーションズ、現在のマイナビ出版)が出版されてから17年が経つ。この間のデザイン業界の変化は大きい。デジタルプロダクトを取り巻く技術的、社会的な変化は、デザインの対象を広げ、デザインの役割を多様化した。同時に、デザインの手法は複雑化し、デザインのツールは高度化した。そのような中でも「UXの5段階モデル」は変わらず支持され、繰り返し参照されてきた。今でも多くのデザイナーやデザイン研究者が5段階モデルをデファクトスタンダードとして扱い、何か新しい理論を展開する際の出発点にしている。UXに関するさまざまな言説が現れては消えする中で、その人気の継続は不思議なほどだ。しかし出典となる書籍が長らく一般には手に入りにくい状況だった。オンラインでは古本がかなり高額で取引されていた。若い世代のデザイナーたちや、若い世代にUXデザインの基本を説明しようとする熟練デザイナーたちからは、長く再版を求める声が上がっていた。そこでついに本書『The Elements of User Experience - 5段階モデルで考えるUXデザイン』が出版されることとなった。

本書は2011年に出版された『The Elements of User Experience - Second Edition』の邦訳で、『ウェブ戦略としての「ユーザーエクスペリエンス」- 5つの段階で考えるユーザー中心デザイン』の改訂版になる。著者による「第2版まえがき」にあるとおり、第1版から対象をウェブ以外にも広げ、5段階モデルの内容にも変更が加えられた(表層段階における「ビジュアルデザイン」が「感覚デザイン」と言い直された)。原著第2版の出版からもすでに11年が経っているため、位置付けとして本書は名著の「復刻版」といえるだろう。テクノロジーの進歩は速く、また現代社会はそのようなテクノロジーの進歩に駆動されて大きく変容しているため、本書を読む上ではその時間的なギャップを考慮する必要がある。しかし本書で提示される5段階モデルが長く参照されているのは、そこにモデルとしての普遍的な魅力があるからだろう。今回の復刻によってその魅力、要するに「わかりやすさ」を分析的に反省する機会が得られる。これは初学者にとって「UXとはどういうものか」をわかりやすく教える本であり、熟練者にとっては「UXのわかりやすい説明とはどういうものか」を教える本なのである。

タイトル「The Elements of User Experience」が示すとおり、この本は「UXの要素」を解説するという体になっている。そこで有名な「戦略」「要件」「構造」「骨格」「表層」という5つの段階が登場する。同時に各段階は「機能性としての製品」「情報としての製品」というふたつの側面から分節され、「ユーザーニーズ」「製品目標」「機能仕様」「コンテンツ要求」「インタラクションデザイン」「情報アーキテクチャ」「インターフェースデザイン」「ナビゲーションデザイン」「情報デザイン」「感覚デザイン」といった用語が整然とマッピングされる。これらの用語はシステム開発やウェブサイト制作の現場でお馴染みのものだが、抽象段階=意思決定段階とプロダクトの性向を軸にして象限化することで、ともすれば雰囲気だけで扱われてしまいそうな概念が視覚的に整理される。それぞれの用語の守備範囲は広いので当然排他的にはならないが、分類軸の立て方には妥当性があるので(どのような象限もその評価軸は恣意的であるから)、現場感覚として納得しやすい。さまざまな分類上の対立構造がそのまま並列化され、プラグマティックによく収まっているのだ。

ここでいう対立構造とは、次のような二元論だ。すなわち「ユーザー要求/ビジネス要求」「全体からのトップダウン/部分からのボトムアップ」「動的なインタラクション構造/静的なツリー構造」「容れ物としての表現/内容物としての表現」などである。1990年代にウェブが普及しはじめてから、デジタルプロダクトのデザイナーたちは常にこれらの狭間に身を置き、拠り所とすべきターゲットの二重性に悩まされてきた。5段階モデルの図はその悩みをそのまま視覚化し、我々を自覚的にしたのである。そのような自覚は問題の解消にはならないが、ささやかな安心をもたらす。ユーザーエクスペリエンスという大義に正当に関与しているという了解を与えてくれる。しかし同時に、デザインという意義深い営みに対する視野を狭めてしまう恐れもある。たとえばデザイン活動の基盤には常に戦略的な目標があるはずだという考えはデザインをビジネス上のファンクションとして捉えすぎであるし、字義的にもUXという言葉にデザインの仕方といった観点は含まれていない。にもかかわらずデザイナーたちが盲目的に5段階モデルを取り上げているのを見ると、どこか権威主義的で、本来バイアスを積極的に破壊すべき場面でタブロイド思考に陥ってしまっているようにも懸念される。

言うまでもないが、UXという言葉はますます多義的に用いられており、そのためにその実質的な定義も拡張されている。ここではUXの定義について言及しないが、5段階モデルを構成する要素の集合がUXというコンセプトを十分に表していないのは明らかだろう。たとえば本書では(著者も繰り返し書いているとおり)主に情報メディアとしてのウェブサイト構築をテーマとしており、その語り口は2000年代のウェブ制作会社のものとなっている。昨今デジタルプロダクトがデザインされる文脈は多岐にわたっており、現代のデザインの現場における語彙や課題意識のベクトルに対して本書のトーンは「古き良き時代」的すぎるかもしれない。そもそも5段階モデルが視覚的に「わかりやすい」のは、それが抽象から具象への線形的なウォーターフォールプロセスを反映しており、同時に、情報メディアとしてのウェブサイトが持つ階層構造のアナロジーになっているからだろう。また、さらに本質的に言えば、たとえUXの定義がさまざまだとしても、経験である以上それは常にユーザー個人においてただ内観的に気分づけられるものであり、事業者の戦略記述書、ノードの組織化原則、画面上のラジオボタンといった要素の総和として生じるのではない。経験は要素に還元されない。つまり本書はタイトルそのものに誤謬がある。5段階モデルで表されているのは、ユーザーの経験についてではなく、あくまでデザインする者がデザインする際に考慮すべき事項にすぎない。

ただし以上のような指摘は、実は著者も十分わかっている。それは本書に収録した最新のエッセイを読んでいただければわかるだろう。その意味でもこの「復刻版」は、UXという(今やバズワードを通り越してさまざまに援用される名前空間のようになっている)テーマについて、それをデザイン領域における現象としてメタ的に再評価するよいきっかけになる。デジタルプロダクトに期待されはじめたデザイナーのコミットメントが、20年前にどのように「わかりやすく」言語化され、それがその後どのように利用されていったのか。デジタルプロダクトのデザインに携わる方々には、デザインディスコースの歴史的な解釈のために、もう一度新しい気分で本書に立ち戻ってみてもらいたい。

2022年4月
ソシオメディア株式会社
上野 学

The Elements of User Experience[固定版]
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