デザイナーは「未来の具現者」であれ——Visional HRMOSプロダクト本部長・萩原崇

「答えがない問い」と対峙しながら、理想の未来を形にしていく。デザイナーたちが担っているのは、プロダクトの未来、言い換えれば事業の未来を描く役割である。

いかにデザイナーが活躍しやすい土壌を生み出すか。

ことデザインに力を入れる事業会社において、この問いは重要課題の一つに上がるはずだ。それは「個々人の労働環境」というシンプルな話から「人事評価制度」「事業部メンバーとの関係性」、そして「経営・マネジメント層の理解」「企業文化」「組織構造」まで。大小さまざまなトピックに関連する。

この課題に取り組むにあたり、一つの示唆を与えてくれる先達がVisionalだ。国内でいち早くCDOの設置に踏み切り、独自にミッションや、採用や広報といった組織機能を持つ独立型のデザイン組織を創設するなど、デザイン経営を積極的に推し進めてきた。designingでも、CDO・田中裕一へのインタビューなどを通じて、その足跡を折に触れて追いかけてきている。

デザインはVisionalの文化へ——CDO田中裕一が振り返る3年間の軌跡
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国内におけるデザイン経営の先鞭をつける同グループでは今、「デザイン」はいかに位置づけられているのだろうか?

主幹事業の一つ「HRMOS」シリーズ。そのプロダクト本部長を務める萩原崇は言う——「デザインとは、事業の未来を指し示す羅針盤。プロダクトの『現在』と『未来』を橋渡ししてくれるものです」。デザイナーたちと日々協働するプロダクト責任者の視点から明らかにする、同グループのデザイン経営の現在地。

「デザインもフロントも、自分でやらざるを得なかった」

そもそも経営や事業づくりにおいて、「デザイン」が必要なのはなぜなのだろうか。

使いやすく美しいUIをつくるため?
理想的なユーザー体験を生み出すため?
ブランド構築のため?
イノベーション創出を後押しするため?

どれも一つの解ではあるが、萩原の表現は少し違う。「未来を具現化するため」。

デザインへの期待に満ちた言い回しだ。だがその裏には、「答えのない問い」に答えを出すために——ときにはデザイナーなき事業組織で自らその役割を担いながら——奮闘してきた、氏の20年以上の軌跡があった。

萩原はIT企業でエンジニアとして働いた後、2002年にERPパッケージソフトなどを展開するワークスアプリケーションズにジョイン。以降、およそ20年にわたり一貫してHR関連のプロダクトに携わり続けている。

ワークスアプリケーションズでの役割は、プロダクト責任者。ただ当時の同社にはデザイナー職はなく、「プロダクト開発者がデザインと実装もある程度担っていた」という。

萩原「もともとプロダクトの“裏側”だけでなく、いかに美しい“表側”をつくり込むかにも興味があったんです。だから、ワークスアプリケーションズでの業務はとても楽しめました。ただ同時にその経験を通して、デザインの難しさや重要性も、身をもって感じましたね」

自らがデザインを担わざるを得なかったからこそ、自然と事業づくりにおけるデザインの重要性を実感したのだろう。

その後、クラウドサービスやゲーム事業を展開するDONUTSへ転職。バックオフィス支援クラウドERPシステム「ジョブカン」の開発責任者として、ここでもHRプロダクトと向き合った。

ときには自らがデザインも担いながらHR領域に向き合ってきた萩原だが、そのキャリアはある一つの軸によって貫かれている。

萩原「『答えがない問い』に答えを出すのが好きなんです。プロダクトをつくるにしても、初めから『こうやってつくればうまくいく』とわかってしまうと、興味をなくしてしまうというか。例えば、『勤怠管理システムを使いたい!』とはっきり思って使う従業員の方って少ないと思うんですよね。『じゃあそれをどうしたら使ってもらえるのか?』というような、答えが全く予想できない問いとひたすら向き合ってきました」

答えのない問いに対峙するため、デザイナーは「未来を具現化」する

その後、2021年4月にVisionalグループにジョインした萩原。HRMOSプロダクト本部の本部長を務める現在も、「答えがない問い」との戦いの最中にある。

その問いとは「HR領域のすべての課題を解決するのはどのようなプロダクトか」。

現在、HRMOSプロダクト本部は「HRMOS採用」「HRMOSタレントマネジメント」「HRMOS勤怠」を展開している。採用からタレントマネジメント(※)、そして勤怠管理とHR領域を広くカバーしている「HRMOS」シリーズだが、見据えているのはそれぞれのプロダクトのグロースだけではない。

※タレントマネジメント

メンバーのパーソナリティやスキルに関する情報を経営資源として捉え、採用や配置、育成に活用。個人・組織のパフォーマンスを最大化することを目指す組織マネジメント法。

目指すのは「各プロダクトをシームレスに連携させ、顧客のHR領域に関する課題をワンストップで解決するプラットフォームにすること」。ただ、少なくとも、現時点の日本にそのようなプロダクトは存在しない。その「答え」はこれからチャレンジする萩原たちが、自ら導き出さなければならないのだ。

萩原「各プロダクトが収集するデータの連携、あるいはプロダクト間を行き来する際に違和感を与えない体験設計など、『HRMOS』としてより大きな価値を提供するためにやるべきことは山積しています。『HR業務に関するすべてを解決するプラットフォーム』という未来を実現するためには、まだまだ足りないものだらけなんですよ」

そして、その「答え」を導き出すために重要な役割を担うのが「デザイン」だという。

萩原「デザイナーに求めるのは、理想とする未来を具現化すること。新たに実装する機能のUIやプロダクト全体のUXをデザインするのはもちろん、例えばプロトタイプ制作やデモのデザインを通じてプロダクトの将来像を描き出すことも、HRMOSのデザイナーたちが果たしている重要な役割の一つです」

「未来の具現化」。デザイナーたちが担っているのは、プロダクトの未来、言い換えれば事業の未来を描く役割なのだ。

「未来」を共有できない——前人未踏のプロダクトづくりで直面した課題

「HRMOS」のデザイナーが「未来の具現化」として大きな役割を果たした象徴的な事例が、2022年5月に社内向けに公開した、「1年後のHRMOS」の具体像を表すプロトタイプの制作だ。

「プロトタイプ」という字面だけ見ると、多くのソフトウェア企業で行われている施策と変わらない印象を受けるかもしれない。しかし、こと「HRMOS」に関しては、「その重要性はきわめて大きい」と萩原は強調する。

そもそも「HRMOS」シリーズは、対象とする領域やユーザーの層が非常に幅広い。採用、タレントマネジメント、勤怠とHR領域を総合的にカバーしているのに加え、個々のプロダクトのユーザーも多様。従業員、現場マネージャー、人事担当、経営者……それぞれの視点で最適なユーザー体験を設計し、なおかつ「HRMOS」シリーズ全体で統一したプロダクトに練り上げねばならない。

しかし、現状ではそれらは個々の独立したプロダクトとして存在している。折に触れて、「統合していく」という意志や、その際のイメージは言葉や簡単な図で社内に共有していたものの、それには限界を感じていたという。

萩原「数十人のスタートアップであれば、話せばイメージを共有できるでしょう。しかし、HRMOS事業は非常に多くのメンバーが関わる組織。ここまで大きくなると、具体像なしに、イメージの共有は困難です。HRMOS事業の主要な意志決定を担うボードメンバーレベルであればある程度は共有できていたとは思いますが、メンバーレベルまで含めると、その解像度やイメージは人によってバラバラだったはずです」

さらに、仮に中長期的な未来のイメージを共有できたとしても、それを個々のメンバーの目の前の業務に落とし込むのは容易ではない。「数十年後にはこんなプロダクトにしたい」という理想像も大事だが、それだけでは“夢物語”。「そこへ向け今期は何をすべきか」がイメージできないだろう。

萩原「結果として、メンバーから『目の前の業務も重要な中で、プロダクトどうしでの連携を優先しなければいけない理由がわからない』といった声もあがっていました。ですから、メンバー全員に未来を共有し、現在とも接続できるような“手触り感”のある具体像が必要だと思っていたんです」

この状態はクリティカルだった。短期的には問題がなくとも、中長期的な創出価値、成長角度には、大きな影響が及ぼされることは必至だ。

萩原「例えば『HRMOS採用』一つとっても、人事担当者はもちろんのこと、面接を担当するメンバー、そして経営者も、採用の進捗を確認するために利用するでしょう。一人ひとりのユーザーが、どのような場面で、どのような目的で利用するのかを具体的に想定した上で、開発を進めるのが理想だと思っています。

しかし、『それぞれのユーザーにとって、どんな体験がベストなのか』という問いに答えはありません。それでも議論し、答えを模索していかなければいけない。そんなとき、具体の解像度が低いままでは、議論は空転してしまいます」

社内の小さな意識変化がもたらす、中長期的な価値創出

そこに“手触り感”をもたらしたのが、HRMOS事業のデザイナー陣だ。

ユーザーの立場ごとに異なる利用シーンや操作を想定し、それぞれに対応するプロトタイプを制作した。デザインマネージャーの大河原陽平を中心に、エンジニアやプロダクトマネージャーなどにヒアリングを重ね、プロダクトごとの課題を吸い上げ。その解決策を、1年後の「HRMOS」の姿を表すプロトタイプに落とし込んでいった。

萩原「このプロトタイプができたことで、個々のメンバーにまで、かなり高い解像度で未来のイメージが共有された感覚があります。実際、メンバーからは、プロダクトを統合していくことの意義を実感できたという声も聞かれました。

もちろん、これは短期的に効果が見えるものではないかもしれません。ですが、こうして目指す未来像を共有できている状態で、アクションを重ねているか否かは、一つひとつのアクションの精度をほんの少しずつ左右してくる。そしてその積み重ねが、プロダクト開発や事業推進のスピードを中長期で大きく変える。未来への投資という意味で、大きな意義があるんです」

このプロトタイプはHRMOS事業の組織に限らず、経営メンバーとの戦略共有の場でも利用されている。連結で約1,500人規模になるVisionalグループ内において、多様なステークホルダーと「未来を共有する」上で有用なツールとなっている。

「未来を具現化できるデザイナーが組織にいることは、大きなアドバンテージだと実感しています」と萩原は力を込めて言う。

この取り組みは今回に限らず、今後も定期的に継続していく方針だ。毎年、その1年後のプロトタイプを全員で共有する。「HRMOS」のプロダクト開発はこれからも、デザイナーチームが生み出す“具現化された未来”を羅針盤として、進んでゆくのだ。

萩原「今は組織内の目線を揃えるためにデザインのチカラを活用していますが、ゆくゆくは外部に対しても発信していきたいと思っています。例えば、『HRMOS』の未来をプロトタイプという形で発信して、ユーザーの声を募り、それを開発に活かしていくこともできるかもしれません。

デザイナーやエンジニアがより価値を発揮できる環境を整えることが、僕の重要な仕事の一つ。今後は組織構造の面でも、より皆が事業にフォーカスできるよう変化を重ねていく予定です。そのアプローチが功を奏すかは検証が必要ですが、さらにデザインのチカラを引き出せれば、より未来を引き寄せられると信じています」

Credit
執筆
鷲尾諒太郎

1990年、富山県生まれ。ライター/編集者。早稲田大学文化構想学部卒業後、リクルートジョブズ、LocoPartnersを経て独立。『FastGrow』 『designing』『CULTIBASE』などで執筆。『うにくえ』編集パートナー。バスケとコーヒーが好きで、立ち飲み屋とスナックと与太話とクダを巻く人に目がありません。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

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