あるデザインスタジオの決断:ustwoが「従業員所有企業」の道を選んだ理由

グーグルからSONOS、ジャガー、レゴ財団までさまざまな業界のパートナー(顧客)にデジタルプロダクトを開発してきたデジタルデザインスタジオ、ustwo。その同社が2022年に事業承継という大きな節目を迎えた。株式の移行によって会社の所有権を受け継いだのは、ほかでもないustwoの全従業員だ。

自社の所有権を従業員自身にもたせる企業が増えている。建築事務所のザハ・ハディド・アーキテクツやソフトウェア企業のシックスアパート、イギリスの老舗デパート、ジョン・ルイスで知られるジョン・ルイス・パートナーシップなども、この「従業員所有企業(employee-owned business)」という道を選んだ企業の一部だ。そして2022年、ロンドンやニューヨーク、東京などに拠点をもつデジタルデザインスタジオのustwoも、そこに仲間入りした。

では、なぜ同社は従業員所有企業の道を選んだのか? 以下、同社での最高経営責任者(CEO)であるカースティン・ウィアウィルがその理由を語ったブログ記事『Why ustwo studios became an employee-owned business』を、公式な許可のもと翻訳した。

2022年4月、ustwoは従業員所有企業になった。これはustwoの独立性、文化、価値観を維持するため、そして私たち社員の起業家精神を引き出すための大胆な変化だ。従業員所有という選択はustwoの未来だけでなく、広がる不平等や格差に対抗する手段として、労働者の権利や事業への参加手段として、ひいては人材が次々と自主退職する「大量退職時代」を考えるうえでも、社会全体にとって重要なことだと考えている。

ここでは、なぜustwoが従業員所有企業の道を選んだのか、そしてなぜこれを他社にも推奨するのかを語りたい。どのように従業員所有企業へ変化を遂げたのかについては、同僚アッベ・ビゲロウが別途記事にしている。

継承にはさまざまな形がある

「継承」と聞くと、黒いヘリコプターやガラス張の会議室で行われる重役会議や、王家の権力や資産を巡って経営陣やきょうだいの間で繰り広げられる悪辣な争いが思い浮かぶ。テレビドラマにしたら面白くなりそうだが、これは企業の現実を反映してはない。創業者の多くは興した会社で個人の富を築きたいと思う一方、会社の価値や文化を次世代のリーダーに受け継いで欲しいとも考えているからだ。所有者の交代は、それだけでも大変なことだ。しかし、もっと難しいのは、築きあげた会社をユニークかつ特別なものにしている無形の文化的資産を守っていくことである。

ustwoの創業者が経営から退く手伝いをするために私がこの会社にCEOとして入社したのは、2018年2月のことだった。ustwoはジョン・シンクレア(愛称シンクス)とマット・ミラー(愛称ミルズ)が20代のときに始めた会社だ。ふたりのリーダーシップのもと、ustwoは世界をリードするデジタルプロダクトスタジオのひとつとして成長し、バークレイズやグーグル、BMWなどのクライアントに画期的なプロダクトを提供してきた。

シンクスとミルズにとって、ustwoは単なる仕事でなく、友人であり、コミュニティであり、価値観だった。そこで、ふたりは従業員をビジネスパートナーと捉え、会社の利益の1/3を継続的に彼らに配分した。また、世界から得るものよりも世界に与えるものが多い会社でありたいというustwoのコミットメントをより正式に表明するため、2020年にはBコーポレーション認証も取得している

創業者から才あるスタジオのリーダーたちへと企業経営を段階的に移行したら、次はいよいよ所有権を移行する段階となった。シンクスとミルズは自らが経営に携わる機会が減ったustwoの所有権をいままで通り100%持つことは望んでいなかった。ふたりにとって重要だったのは、従業員たちが今後も独立していられるかだ。そこで採用されたのが、会社の所有者を創設者から従業員に移すという方法だった。企業の所有権をEmployee Ownership Trust(EOT:全従業員の利益のために企業の株式を保有するトラストのこと)に移行すれば、金銭的価値だけでなくスタジオの文化や価値観、独立性をも長期にわたって守れるとふたりは気づいたのである。

これは私たち従業員に有形無形の利益をもたらすものだった。所有権の変更による利益は将来のビジネスの利益によってもたらされる。移行が完遂されれば、私たちは現在の割合である3分の1よりも多くの配当を受け取れることになるのだ。また、移行によって従業員全員がustwoのビジネスパートナーとなる。それゆえ、スタジオの経営陣は株主=従業員のために働くことになるのだ。この移行を達成するために、社内から代表者3名を投票で選出し議論や意思決定の場に参加してもらった。

ustwoはクライアントからの評価のなかで、才能があるのはもちろん、デザインの先にあるユーザーや仕事に対するコミットメントが高いという声をよくいただく。従業員所有となることで、それがより確固たるものになっていけばと期待している。

従業員所有を勧める理由

従業員のエンゲージメントや生産性を高める手段のなかでも、従業員所有という選択肢は見過ごされがちだ。しかし、2年ものパンデミックを経て仕事に意味や目的を見出せる人は減っている。こうしたなか、自社株の30%以上を幅広い従業員が所有している企業はそうではない企業と比べ、生産性が高く、成長が速く、倒産の可能性が低いと指摘する研究もある。

こうした利点にいち早く気がついたのは小売業界だろう。イギリスの老舗デパート、ジョン・ルイスやスーパーマーケットを有するジョン・ルイス・パートナーシップはEOTのかたちをとっている。フロリダに本社をおき22万5,000人の社員を擁するパブリックス・スーパーマーケットも米国最大の従業員所有企業だ。

企業の所有権の分散は、不平等を是正する最も効果的な方法のひとつだろう。現代社会における貧富の差にはさまざまな要因が絡んでいるが、なかでも企業の所有権の集中は大きな問題であり深刻化している。米国では全ビジネスの90%以上を富裕層上位10%が所有しているという報告もあり、記事の筆者であるトマス・ダドリーとイーサン・ルーアンは「介入しなければ、富裕層はより裕福になり、それ以外の人々はついていけなくなる」と指摘していた。従業員がもつ会社の所有権を拡大すれば、働く人々に富を築く道を示し、仕事へのエンゲージメントや生産性も高められるだろう。

資本主義、そして市場や自由主義を中心につくられた社会にとって、いまは重要な時だ。企業は、自社の従業員と世界に対して追っている責任を真剣に受け止めなければならない。Bコーポレーション認証の取得によって、ustwoは世界から得るものより与えるものを増やすことを誓った。そして今度は従業員所有企業となることで、所有者と従業員、資本と労働を隔てる壁を壊している。エイブラハム・リンカーンの言葉を借りれば、われわれは「人民の人民による人民のための企業」を目指すのだ。

Credit
翻訳
そうこ

フリーランスライター。英語圏の記事を日本の読者向けにアダプト、リライトするのが主。Gizmodo Japan、Buzzfeed、GQ Japanウェブ版などで執筆。ゆで卵が好き。

編集
川鍋明日香

編集者、ライター、翻訳家。大学卒業後『WIRED』日本版に所属し、2017年の渡独を機に独立。現在はフリーランスとしてテクノロジーからビジネス、デザイン、カルチャー、社会問題までさまざまなジャンルで取材・執筆・翻訳を手がける。訳書に『アメリカを巡る旅 3,700マイルを走って見つけた、僕たちのこと。』(木星社)。

企画・リサーチ
中塚大貴

空間デザイナー、リサーチャー。株式会社ツクルバにて空間デザインと不動産事業企画に携わる傍ら、webメディアでの企画や執筆を行う。デザインのなかの無意識、デザインの外側の可能性に興味があります。

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