IAと物語的思考で、制作から経営を見通す──アクアリング執行役員・佐藤直樹

IAに携わるうち、“自分なりのこだわり”を持てる点が見えてきたんです。少し抽象的だと思うんですが、そのこだわりを持って仕事に向き合うと、徐々に認められていくようになりました。

名古屋発で80名以上の規模を擁するデザインファーム・アクアリング。

そこで「業界未経験」で中途入社、本人の言葉を借りるならば“末端”からキャリアをはじめながらも、現在はクリエイティブのトップを務める人物がいる。執行役員・クリエイティブディレクターの佐藤直樹だ。

もともと美術大学出身でもなければ、キャリアの始まりがクリエイティブ系の職種でもなかった佐藤。2007年に入社し現在に至るまで、15年以上にもわたってアクアリングのクリエイティブに携わってきたが、その過程は自分の“武器”を見つける試行錯誤の連続だったという。

未経験からクリエイティブディレクターを経て執行役員にまで辿り着く過程で、いかにして佐藤は自分の武器を見出してきたのだろうか。また、現在はアクアリングの会社経営に携わる役員として、これまで培った力をいかに還元しようとしているのか。自らが見出した強みをもとに、制作から経営にまで向き合う佐藤のキャリアを追う。

文学部出身、未経験でWeb業界へ

「僕は天才肌なんかじゃなくて。ただの“スロースターター”なんです」

そう語る佐藤は、二つのタイプを例に挙げる。一方は、パッとひらめきが舞い降りて、そのアイデアをもとに制作陣を動かすタイプ。もう一方は、手足を動かしながら何度も試行錯誤してつくり、ようやく方向性が見えてくるタイプだ。

自分は後者だと語る佐藤は、クリエイターとしてのキャリアも決して順風満帆な立ち上がりではなかった。

文学部出身。地方の広告代理店に営業として新卒入社。電車内の広告枠の販売や媒体管理が主な仕事だったが、2年目に配属されたのは「クライアントの困り事であれば、どんな仕事でも取ってくる」をモットーとする優秀な先輩のチーム。そこで佐藤は、看板制作、イベントの装飾や当日運営、ラジオの原稿執筆、「駐車場にある輪留めをコンクリートで固める」という奇妙な仕事まで、目の前にある仕事に没頭する充実した日々を送った。

だが一方で、佐藤は悩んでいた。かねてから興味を抱いていたデザインやものづくりの世界に、「つくる側」として関わりたいという気持があったからだ。前衛芸術家・作家の赤瀬川原平が担当する「創作」という授業を大学4年生で受講して衝撃を受けたことで、佐藤は漠然と創作の世界に携わりたいと考えていた。

意を決して4年間在籍した広告代理店を離れることにした佐藤は、「これからはWebではないか」と考え、転職活動を始めた。「未経験OK」と書かれた求人を探しては受けるものの、軒並み落とされる厳しい状況が続く。そんな中、出会ったのが、現在のアクアリングだった。

佐藤「『未経験OK』と書かれた求人を探して受けていましたが、特にデジタルは本当に知識がなかったんです。『ブラウザ』という言葉すら知らず、転職活動中に独学で少し勉強して、『インターネットの世界ってプログラミングで出来ているんだ』と感心していたくらい(笑)。それでも運良くここでご縁をいただけたことが、僕にとってのスタートラインになりました」

危機感が駆動する、変化し続けるデザイン会社——アクアリング副社長・藤井英一
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IAを専門性に、技術の進化の波に乗る


再出発した佐藤に、最初に与えられた仕事はWebサイト運用のアシスタントディレクター。まずは役割を果たせるようにならねば。その気持ちから、ハードワークを重ねていった。

佐藤「入社時は何もできない、誰からも何も期待されていない“末端”のメンバー。広告会社で少しディレクションをやった経験があるから、運良く入社できただけ。入社前にマークアップの研修を受けたのですが、おそらく『この人には向いてない』と思われてしまったようで(笑)。多少なりとも経験のある職能で会社の役に立とうとディレクターとして動くようになったんです」

そうして仕事をこなす中、佐藤はその後の価値観を形作る、あるコンセプトと出会う。インフォメーションアーキテクト(以下、IA)だ。アクアリングでは情報設計の重要性が各所で語られはじめる以前から、その必要性や重要度を理解し取り組んできていた経緯もあった。IAに興味を惹かれた佐藤は誰に言われるでもなく独学で勉強を重ね、2010年頃に社内に立ち上がったIAの専門チームに所属することになった。

佐藤「IAに携わるうち、“自分なりのこだわり”を持てる点が見えてきたんです。少し抽象的だと思うんですが、そのこだわりを持って仕事に向き合うと、徐々に認められていくようになりました。IAのこともより深く理解できるようになり、仕事がどんどん面白くなっていきました。その時、ようやく自分が末端を抜け出して、デザイナーやエンジニアと対等に機能している実感を持てるようになりました」

だが、社会に求められる専門性は技術の変遷とともに変化を重ねていく。IAもその概念が普及するとともに、専門家に限らずデザイナーやエンジニアなど全員理解すべき対象へと変わっていった。

無論、現在もIAとして活躍する人もいるため一概には言えないが、当時佐藤は「IAの専門家として“だけ”でやっていくのは厳しいかもしれない」と考えたという。そこからいくつかの可能性を探り、次なる活躍の仕方を模索しはじめた。

佐藤「IAの専門家がPMへと転向する潮流はあったのですが、PMはPMでとても優秀なメンバーがいて。さまざまな方向性での可能性を探り、これまでの制作やIAを土台にしつつも、より幅広くイノベーションに近い領域へと移行しながら、自分が戦えるフィールドを模索するようになりました。サービスデザインもその中で出会ったもののひとつです」

大量のクリエイティブを浴びて生まれた「こだわり」

「アワードを獲りたい」──ある頃から、当時のプロデューサー(現・代表取締役社長)だった茂森仙直は、そんな言葉を口にするようになったという。会社のブランディングやPRを強化したいという思いからだ。時は2010年代中盤、デジタルとクリエイティブを掛け合わせた新しい表現が世界中で盛り上がりはじめた時代だった。

世界中でメディアアートやインタラクティブコンテンツが次々に生まれるトレンドの最中、茂森の言葉を契機にリサーチをしてみた佐藤は「何もかも全てが新しい」と感じ、その世界に魅了されたという。

佐藤「最初はミーハーな興味関心だったと思います。どこの国の誰かもわからない、優れたクリエイティビティが垣間見える動画やプロトタイプを探すことが面白くなってしまいまして。いつしかそれが趣味になり、帰ってから寝るまでの間、ずっと海外の映像や作品を見漁るようになっていきました。傍から見れば仕事のインプットのようにも見えたと思いますが、僕にとってはそれ自体が趣味。ただ好きでやり続けていて、本当に苦ではなかったんです」

さまざまな作品を観ていくうちに、佐藤は自分の視点や考え方が徐々に広がるのを感じたという。特に自分が軸としているIAと、メディアアートやインタラクティブコンテンツの間に共通点があると感じた。どちらも人間とデジタルの間のコミュニケーションを取り扱うものであり、いかなるものが“良い”ものか、という独自の見方や意見が生まれはじめたという。

周囲からの目も変わりはじめた。IAの専門家だと思われていた佐藤だが、自分なりの“こだわり”が生まれたことで、デジタルとクリエイティブを掛け合わせた領域を中心に「自分はこれをしたい」という意思表示が増えてきた。周囲からは「佐藤には強いクリエイティブへのこだわりがある」と認識されると同時に、クリエイティブディレクションに近い仕事も増えていった。

それが結実したのが、クライミングウォールにプロジェクションマッピングとセンサーを組み合わせ、新たな楽しみ方を提供するスポーツコンテンツ「WONDERWALL」だ。

「WONDERWALL」にはクライマーの動きをリアルタイムに認識するプログラムが搭載。クライマーが動くと壁面に色が付き、色の合計面積を1対1で競いあう。プロジェクションマッピングで投影されたカラフルな色だけでなく、会場にはBGMが流れ、オーディエンスはスポーツとしてもエンターテイメントとしても楽しめる。

本作は、グッドデザイン賞やWebby Awards、SINGAPORE GOOD DESIGNの受賞、文化庁メディア芸術祭での審査委員会推薦作品選出など、各所で高い評価を得た。

だが、この完成形にたどり着くまでの道のりは長かった。最初に茂森が持ち込んだのは、「ボルダリングをテーマに何かをつくろう」というアイデアのみ。佐藤にはボルダリングの知識も経験も皆無。さらに、海外では既にプロジェクションマッピングとボルダリングを掛け合わせた事例があることも知っていた。

このままつくれば、ただの二番煎じになってしまう。そこでチームでさまざまなアイデアを出し、プロトタイピングやテストイベントを続ける日々をおくった。その末に生まれたのが、「クライミングの可能性を広げる」というコンセプトだった。

佐藤「いわゆる“スポーツクライミング”には、壁面を登る高さを競う『リードクライミング』や、登るスピードを競う『スピードクライミング』があります。しかしそのほとんどが下から上に向かって動いて競争するもの。壁面を下りたり、横に動いたり、あえて止まったりするといった要素はなかった。そう考えれば、クライミングにはもっと可能性があるのではないか?と思えてきたんです」

クリエイティブディレクターの道を切り拓いた、IAと物語的思考

ボルダリングとプロジェクションマッピングを掛け合わせた作品は既に存在する。だとすれば、新技術やアイデアの面白さで一点突破を目指すことは難しい。

そうではなく、手を動かしながらつくる過程で従来とは異なる「意味」を見出し、作品に新しい価値を生み出していく──こうした佐藤の考え方や制作プロセスが、ブレイクスルーを生み出した。

この考え方の背景には、先述した専門性でもあるIA、そして文学部時代に培われた「物語的思考」とも呼べる思考回路があると佐藤はいう。

佐藤はIAの思考特性として「立体的に捉える」ことをあげる。Webサイトはユーザーのコンテンツとの触れ方、遷移の仕方、体験も非常に複雑になる。いわゆる紙面などとは異なり、平面的というよりは立体的。その視座のもと、Webサイトに限らずあらゆる物事とユーザーとの接点を捉えるという。

佐藤「IAは純粋な情報整理のような側面もありますが、コピーライティング的に言葉を使って体験を作ることもありますし、編集的に意図をもって、ブランドや企業としてのあり方を表現することもある。それぞれの中間領域で、複雑な物事を俯瞰し立体として捉えながら、点と点をつないでいるんです」

その一例として、佐藤はブラザーのグローバル展開におけるブランディングツール「ORIGAMI LETTER」の開発のプロジェクトを紹介してくれた。同プロジェクトはドバイ万博で海外の方々に向けたブランディング施策として当初は設計された。

折り紙というもの自体がそこまで知られていないことを前提に、文化訴求をすべく折り紙自体を体験できるWebサイトを構築。鶴などの日本では一般的なものに加え、UAEの国獣であるハヤブサの折り紙も専門家とともに新たに生み出し、サイトに盛り込んだという。ユーザーの文化的背景や文脈などを踏まえ、独自のコンテンツを構築したのだ。

その後、日本版を展開することになるが、このときは全く別の訴求軸を用意した。そもそも日本人の場合は折り紙になじみがあり、文化的な魅力を訴求するのもマッチしない。そこで、国内では手紙的要素を盛り込み「このひと手間は、きっと贈り物になる。」というコピーのもと、情緒的価値のある物語を軸とした訴求へ変更した。

いずれもIAの基本要素である「ユーザー」「コンテクスト」「コンテンツ」を踏まえた上で、体験と物語を生み出すIA的な発想から組み立てられたものだ。こうした佐藤のスキルは、インタラクティブコンテンツだけでなく、Webサイトの制作、あるいは部署のスローガンや中期経営のコピーライティングにまで幅広く生かされているという。先述のWONDERWALL、ORGAMI LETTERに加え、中部国際空港のコロナ禍でのコミュニケーションデザイン施策、ブランディングなどを手がける企業の新規サービス開発に至るまで領域も幅広い。

佐藤「例えばコピーライティングでは、『言語化』が一つのゴールになりますよね。しかし、何を言うかという“What to say”を決めて、それを正しく言葉にする前段階には、新しい『意味を見出す』、センスメイキングの過程があると思うんです。僕はそれを言語ではなく、知覚に働きかけるものづくりやコンセプトとして制作してきた。だから幅広く応用を効かせられると思うんです」

もちろん、本職のコピーライターの方ほどの修業はしてこなかったのですが……と佐藤は言葉を加える。それでも、散らばった数多くの情報の断片から、グルーピングしてコンテクストやストーリーを意味づけして見出していく技術は、クリエイティブディレクターとして活動する現在も重要な基礎になっていると語る。

佐藤「僕がずっと試行錯誤してきたのは、自分の興味と仕事をシナリオやストーリーを介して紐付けることで、従来までとは違う意味や方法を見出すことなんだと思います。だから、よく脚本や物語の本を読んだり、ゲームのシナリオライターの思考法を学んだりしていました。物語には感情曲線があり、盛り上がりの中心となるポイントがある。ジャンルを越えてさまざまな物語の形を掘り下げているうちに、自分の強みが培われていったと思います」

次なるミッション──IAと物語的思考による経営的な価値発揮

2022年6月、佐藤はアクアリングの執行役員に就任。これまではプレイヤー・作り手として、IAや物語的思考からこだわりを追求する姿勢が評価されてきたが、今は役員としての仕事もある。ポジションが大きく変わっていく中で、仕事との向き合い方はいかに変わったのだろうか。

佐藤「やはり考え方のギアが違うと感じますね。大きくなった組織のことを考えなければいけない役員としての立場と、昔のように自分が面白いと感じる判断軸で決める立場、どちらもあるわけです。

それでも、自分が手を動かして実績を積んでいきたいという想いはモチベーションとしてある。役員になってもプレーヤーでいたいと思いますし、役員という立場がプレイヤーとしての自分を邪魔をしないように、試行錯誤しています」

両面あるとはいえ、アクアリングという会社が続いていくために何ができるのかを第一に考えていると佐藤は語る。デザインやクリエイティブなど制作に携わる業界は、ともすれば尖ったアウトプットを生み出すために働く人に負荷がかかりがちだ。その現実に向き合い、社員がそれぞれ自分たちらしく働き続けられる環境を維持することが、自分のミッションなのではないか、と。

佐藤「いままで制作で培ってきたIAや物語的思考から会社経営を捉えることで、新しい発想が生まれるかもしれないと感じています。組織にいる人達がどんな想いを持って働いているのか、どうすれば社員たちの心が動いて、よりよい組織になっていくのか。同時にいち制作者としても、もっと経営から組織全体を見ることで、クライアントも抱えているかもしれない本質的課題に気づけるようになってきた感覚もあります」

また、会社の規模が大きくなる中、「アクアリングらしさ」という文化を保つことにも目を向ける。会社の初期から15年間アクアリングの姿を見守ってきた身として、今度は役員の立場から一人ひとりの社員が自分らしく働ける環境と、「いいものづくり」を両立させる方法を模索していきたいという。

佐藤「自分たちらしく続けられることを第一にしつつも、決してぬるま湯にはならず、挑戦的なものづくりをする。自分たちが誇りを持てる組織は、そういったものだと思うんです。所属してくれている人が働く意味を見出せる会社になれるよう、会社が持つ“らしさ”の輪郭を見定めていきたいです」

さまざまな模索の末に、自分の軸を見いだし独自の才を花開かせた佐藤。今度は経営という新たなレイヤーから次なるミッションに向けて、持ち前の「こだわり」と探究心を発揮していく。

佐藤「自分では言いづらいのですが、やはり僕は周囲から『こだわりが強い』と思われていたみたいで(笑)。でも、やりたいこと、やった方がいいと思うことを積極的に表に出せたから、未経験入社の“末端”だった僕にも道が開けた。そうして僕を育んでくれた文化を、今度は役員として守り、持続させていきたい。プレイヤーとしても、いち経営に携わる者としても、さらなる自分なりの価値発揮のあり方を模索していきたいですね」

Credit
執筆
石田哲大

ライター/編集者。国際基督教大学(ICU)卒、政治思想専攻。ITコンサルタント、農業用ロボットのPdM、建設DXのPjMを経て独立。関心領域は人文思想全般と、農業・建築・出版など。

編集
小山和之

designing編集長・事業責任者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサルでの編集ディレクター/PjMを経て独立。2017年designingを創刊。2021年、事業譲渡を経て、事業責任者。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

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