デジタルに強いビジネスデザインファームが「地域のうつわ」を手がける理由──IDENTITYとみこ × 鈴木夢乃

何よりも、地域固有の営みを面白がること。当然のように聞こえますが、それが一番大切だと思います。

伝統的な地域産業が生み出すプロダクトを、現代のライフスタイルに合わせたかたちで届ける──昨今増えつつあるこうした営みは、都市部の勢いのある企業による支援か、その地域に縁のある有力者によって手がけられるものが多い印象がある。

そうしたイメージを軽々と打ち破るのが、ビジネスデザインファーム・IDENTITYのアプローチだ。

IDENTITYは岐阜県に本社を置き東海・関東圏で事業を展開するが、創業は2016年。地域に強いネットワークを持っていたわけでもなければ、“数々の地域のリブランディングを手掛ける東京の猛者”といった特性があるわけでもない。

にもかかわらず、ほぼ未経験だった「タンジブル(*実体のある)なプロダクト」に挑み、岐阜県多治見市滝呂町・丸朝製陶所と協業し「きほんのうつわ」を共同開発。現在まで、ラインナップを拡充しつつ新たな挑戦を続けている。

地域の伝統産業の持続可能性に寄与するものづくりを、ビジネスデザインはいかにして実現するのか?

きほんのうつわの商品開発の中枢を担ったとみこと、現ブランドマネージャーの鈴木夢乃に聞く。

一点モノと量産品のあいだの“ちょうどいい”を目指して


きほんのうつわは、「あなたの暮らしに、365日寄り添ううつわ」をコンセプトに岐阜県の東濃で作られた、デイリーユースできる食器ブランドだ。IDENTITYの自社事業であり、老舗磁器メーカー・丸朝製陶所と共同で商品開発・製造している。

お洒落な食器には憧れがあるが、選び方や扱いが難しいのはイヤ──そんな気持ちにフィットする、“ちょうどいい”案配のうつわを目指して開発された、きほんのうつわ。

シンプルでさまざまな用途/シーンに用いやすい意匠ながら、焼き物としての魅力も感じられる。同時に、電子レンジ、オーブン(150℃まで)、食洗機にも対応し、現代人のライフスタイルにとっても“ちょうどいい”。言わば、地域固有のうつわの魅力を、現代のライフスタイルに合わせて編集して届けているのだ。

とみこ「著名作家によるものや、目を惹くような意匠のうつわもたしかに魅力的ですが、取り扱いに慎重になったり、他のうつわとの相性を踏まえると、日常生活への登場頻度が少なくなったりすることもある。

私たちの掲げる『あなたの暮らしに、365日寄り添ううつわ』というコンセプトは、現代人の生活に合ったうつわを作りたいという思いから生まれました。作り手である丸朝製陶所さんの高い技術力によって実現した、繊細なデザインと機能性が共存する“ちょうどいい”うつわ。それが『何も考えずに毎日手に取りたくなる』という気持ちを生み出すのだと思っています」

きほんのうつわ 商品開発・PR とみこ

きほんのうつわの開発において特筆すべきは、冒頭でも触れたように、IDENTITYがもともとこの地域との深い縁はなく、「うつわ」という商材にも深い理解があったわけでもない点だ。

ただ、2016年の創業より地道に東海地域に根を張って活動してきたことが、きほんのうつわの契機をたぐり寄せた。

とみこ「丸朝製陶所との出会いのきっかけは、『IDENTITY名古屋*』を運営する中で知った地元の喫茶店でした。その店のマグカップを、丸朝製陶所が製造していたんです。

初めて丸朝製陶所さんとお会いした際には、IDENTITYの本社が岐阜・美濃加茂にあることを話すと、すぐに打ち解けられました。地域に根ざした活動の積み重ねが、産地の方々との関係を紡ぐ大きな要因になっていると感じます」

IDENTITY名古屋

IDENTITYが創業時より運営してきた、東海地方の情報を発信するWebメディア。

丸朝製陶所4代目社長・松原圭士郎氏の存在も大きかった。

伝統の枠を超えたものづくりへの興味関心が高かった松原氏がいたからこそ、IDENTITYは良きパートナーになれたという。

とみこ「丸朝製陶所さんは業務用食器メーカーとして約100年間の歴史がありますが、大企業から依頼されて量産品を製造するだけでなく、『自分たちが面白いと思える挑戦的なものづくりをしたい』という強い意志を持つ企業です。

だからこそ、私たちのような外から来た人であっても、『長年やりたいと思っていたアイデアをぶつけられる相手』として認識してもらえた──いやむしろ外から来たからこそ、面白がってもらえたのだと感じています」

その上で、実際に協業へと至るには、もう一つ鍵となる存在があった。

IDENTITYが運営していたライフスタイルメディア「cocorone(現在運営終了)」だ。2016年の創業以来、東海地方を巡る中で地域の有する“ものづくりの魅力”に気づいた代表の碇は、cocoroneを立ち上げた。その目的の一つには、地域産業が抱える「いいものがあるのに、知られていない」という課題の解決が据えられていた。

きほんのうつわは、その課題感へ踏み込む手段のひとつとして「協業」を考える中で見出されたものだった。

とみこ「きほんのうつわが生まれた東濃の産業は、大量生産・大量消費のライフスタイルが浸透した高度経済成長期に急成長しました。現在でも国内シェアの半分以上を、東濃で作られた美濃焼のうつわが占めています。

東濃のうつわ職人たちは何でも作れてしまう高い技術力があるからこそ、100円ショップから高級ホテルまで幅広く取り扱われています。ただ、その多様さゆえに『無個性で安い』というイメージが持たれてしまうことがあるのではと感じました。きほんのうつわでは、そのブランドイメージを少しでも変えていけたらと思っています」

うつわづくりにおける「結果のデザイン」

そうして丸朝製陶所とパートナーシップを締結。初めてのうつわづくりがはじまる。

とはいえ、当時のIDENTITYは商品開発においては素人。そのプロセス自体、手探りの側面もあった。

ここで活きたのはビジネスデザインを掲げるIDENTITYらしいアプローチだ。“結果のデザイン”こそが主眼であり、プロセスは都度最適な手法を合わせる同社にとって、既存のやり方にとらわれる必要はない。

“結果のデザイン”が、文化を継ぐ──IDENTITY碇和生×中込勇斗
https://designing.jp/identity-ikari-nakagomi
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商品企画のプロセスで活きたのは、メディア運営での知見とネットワークだった。特に活用されたのは、cocoroneの事業を通じて培われたコミュニティだ。

cocoroneは、暮らしに特化した100人以上のインスタグラマー「cocoroneルームメイト」と共創しながら運営していたメディア。きほんのうつわでは、その中のひとりであったスタイリストの菅野有希子氏に企画協力を要請した。

またcocoroneのinstagramやTwitterを通じて、ユーザーの「生の声」も積極的に収集し、生活者の声を集め、企画や開発へと反映していった。

「きほんのうつわ」の制作期間中には、Twitterやinstagramを使ってフォロワーへのヒアリングを実施。「おひたしなどの前菜から、おでんなどの汁ものにも活躍しそう」とC案が人気を集めたという

こうした丁寧なリサーチやヒアリングを重ねることで、“ちょうどいい”うつわが求められているというインサイト、およびそれを具体化する「使い手目線で考えた、使い手のためのうつわ」の解像度が高まっていったという。

とみこ「『心惹かれるうつわで食卓を彩ってみたい』『今よりもう少しお洒落な食器がほしい』……こうした想いは、おそらく、少なくない数の人々が持っているはずです。

しかし、そこには大きなハードルが横たわっているとも思います。『どこに行けば買えるのか?』という問題。数あるブランドから、自分に最適なものを選んで決定することに対する心理的ハードル……ユーザーヒアリングを重ねるうちに、『陶器市や展示会に足を運んだものの、何を買えばいいかわからない』『たくさんある中から選べない』といった生活者の声を多く耳にしました。きほんのうつわは、そうした問題に対する提案なんです」

デジタルシフトの専門家集団だからこそ持てる「当事者意識」

コンセプトをはじめとする商品企画が固まったあとは、テストマーケティング、クラウドファンディングでの検証を重ね、総額640万円を調達。とりわけ、きほんのうつわが向き合う産地の課題や、東濃のものづくりの魅力を丁寧に言語化したことが共感を集めたという成果も得られた。

とはいえ、もともとIDENTITYは食器や食品といった「タンジブルな」プロダクトの開発に強みがあったわけではなく、「デジタルシフト」を得意とする企業。門外漢の領域ながら、なぜ着実に形にしていけたのか。

その要因は「ものづくりの世界の作法や慣習にとらわれていないこと」ではないかと、現ブランドマネージャーの鈴木は言う。

きほんのうつわ ブランドマネージャー 鈴木夢乃

鈴木は大学でプロダクトデザインに関わる市場分析やブランド開発などを学んだ後、クリエイティブ開発、ブランドの戦略策定などを経験。直近では、キッチン用品ブランドで商品の販促企画、新規ブランドの戦略策定などに携わってきた。

そうした経歴を背景に、「商品開発を行う場合、コンセプト立案からサンプル制作まで決まったフローで行うことが多い」と鈴木。当然ながら、その方が効率的に商品開発を進められるが、「こんなものが作りたい」という内発的な想いや熱量にも目を向けるアプローチもあるのではないかと話す。

鈴木「これまでの仕事は、ものづくりのプロとご一緒する機会がほとんどだったため、IDENTITYの、手探りで、良い意味で“青臭く”ものづくりをするスタイルは新鮮に映りました。『私はこう解釈しています』『ここが面白いと感じます』と、一人ひとりが商品に対して内発的な考えを持ち、主体的に関わろうとしている。

私たちが素人ながら作り手とうまく協業できているのは、商品と自分との関係性に対し各々が意味づけをしていて、当事者意識を持てているからではないでしょうか。だからこそ、作り手の方々へ最大限リスペクトできているとも思うんです」

とはいえ、決して“素人であり続ける”ことを良しとしているわけではない。直近では、タンジブルな分野におけるプロダクト開発やPRの経験を有するメンバーもチームに加わってきているという。

鈴木の言う“青臭さ”は活かしつつも、安定したビジネスデザインを両立するフェーズへと足を踏み入れているといえよう。

「心構え」としてのビジネスデザイン

商品開発、クラウドファンディング、ECでの販売……こうした取り組みが一巡した2022年、きほんのうつわは「地域の文脈を編集する」という当初の想いに沿った、新たな挑戦に乗り出している。その一端が、「こなれ小鉢 焼き締め」の発売だ。

多治見市を含む「東濃」の特徴は、器作りに適した良質な土だ。丸朝製陶所・松原圭士郎氏との対話を重ね「東濃」らしいものづくりを模索する中で「こなれ小鉢 焼き締め」は生まれた。

このプロダクトには丸朝製陶所の技術が遺憾なく発揮されている。

たとえば、1,300度の高温で24時間焼成する技術と、洋食器の製造で栄えた滝呂町で培われた研磨技術を採用。土に触れているような質感を纏わせることに成功。“ちょうどいい”手頃な商品からさらに踏み込み、「日常を更新する」というIDENTITYのパーパスに沿ったものづくりが実現できたのではないかと振り返る。

こなれ小鉢 焼き締め

しかしながら、そこには課題も残った。

とみこ「これまでの既存ユーザーは、『何を買ったらいいのかわからない』といううつわの初心者〜中級者がメインでした。こなれ小鉢 焼き締めはそれと異なり、ハイコンテクストな文化を好む、少しだけ中〜上級向けの商品。実際、良い意味で“オタク”な方々が購入してくれていました。

しかし、それはある意味ターゲットを絞る行為にもつながってしまったのも事実です。従来のファンからは『商品の魅力が伝わりづらかった』という声も寄せられました。それでもパーパスに従って考えれば、今後も産地の文脈を伝えるものづくりをすべき。その間でいかにバランスをとるかは、今後解いていきたい課題です」

こなれ小鉢 焼き締めという新たな挑戦によって見えた課題も踏まえ、現在、きほんのうつわはリブランディングを行っている。

鈴木「現在のコンセプト『あなたの暮らしに、365日寄り添ううつわ』は、東濃ならではの文脈を汲み取ったもの。ブランドを運営していく中で、少しずつ届けたい方に手に取ってもらえるようにはなってきています。ですが、現コンセプトでは私たちのパーパスである『地域固有のものづくりの魅力を伝える』という思いを伝えきれていない側面もあった。そのため、これからリブランディングを通じて、今まで以上に人と地域がつながるためのプラットフォームを目指したいと考えています」

その実現へのカギとなるのは、IDENTITYのコアコンピタンスであるビジネスデザイン──個別の技術や知見、アプローチはもちろん、「心構え」としてもだ。

とみこ「何よりも、地域固有の営みを面白がること。当然のように聞こえますが、それが一番大切だと思います。良い意味で素人目線を持ち、『それってどういうことですか?』と相手に食らいつき、掘っていく。そうした意識と積み重ねこそが、良いものづくりへと導くのではないでしょうか」

ビジネスデザインファームとして蓄積した知見をふんだんに活かし、“外から来た人”にもかかわらず伝統的な地域産業の振興を実現させている、きほんのうつわ。

地域や作り手に敬意を持って向き合い、自分たちと作り手双方の意思を丁寧にすりあわせる。タンジブルなプロダクトもITプロダクトのようなアプローチで”素人目線”を活かしつつ小さく形にする……こうしたプロセスを「再現性の高い」ビジネスデザインの手法として型化し、長きにわたり持続可能な地域産業のモデルを構築する。

IDENTITYの軌跡からは、多くの地域の文化を継いでいくために、小さくない示唆が浮かび上がってくる。

Credit
執筆
石田哲大

ライター/編集者。国際基督教大学(ICU)卒、政治思想専攻。ITコンサルタント、農業用ロボットのPdM、建設DXのPjMを経て独立。関心領域は人文思想全般と、農業・建築・出版など。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

取材・編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

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