言語と非言語で促す「対話」こそ、デザインの介在価値──エムスリー プロダクトデザイナー・大月雄介

対話の目的って、相手の視点を理解することだと思うんです。そのためには、デザイナーという括りで自分の役割を縛らないほうが良い。

企業における「デザイン」は、定量的な評価が難しいがゆえに、定性的な評価に偏りがちだろう。そんな中で、デザインの定量的評価を積極的に進め、「事業に資するデザイン」を追究しているのが、医療業界の雄・エムスリーだ。

CDOの古結隆介によると、同社ではすべてのデザイナーが明確な数値目標を持っている一方で、役割が定かでないうちから映像クリエイターを採用するなどの「余白」も重んじているという。

デザインの数値化が「余白」を生み、その余白こそ「事業に資する」──エムスリー CDO・古結隆介
https://designing.jp/m3-kogetsu-a2y
サイトを開く

そうしたエムスリーに、デザイン組織づくりへの注力が始まった約3年前から参画しているのが、プロダクトデザイナーの大月雄介だ。

同環境で、大月がデザイナーとして最も大切にするものは「対話」だという。

一般には、組織開発やチーム内での関係性構築のための手法というイメージが強い「対話」。しかし、大月は対話こそがデザインの(数値目標の達成を含めた)事業貢献に必須であり、「言語と非言語、両面で『対話』を深めていくのがデザイナー」と語る。

「事業に資するデザイン」において、なぜ「対話」を重要視するのか?大月のキャリアをたどりながら、その真意を探る。

デザイナーは「形にする」ことで、対話を生み出す

そもそも「対話」とは「あるテーマに対して、自由な雰囲気のなかで、それぞれの『意味づけ』を共有しながら、お互いの理解を深めたり、新たな意味付けを作り出したりするためのコミュニケーション」を意味する

「『お互いに共通する新たな意味』を発見し、自分たちにとっての現実をかたち作っていく」プロセスである「対話」は、デザイナーこそが重視すべきものだと大月は言う。

大月「『対話』は、ただ話を聞くことだけではありません。たとえば、プロトタイプをつくる。あるいは、ホワイトボードに絵を描く。目に見える形にすることで、意見や考えを引き出していくことこそが『対話』だと考えています。僕がデザイナーとして『対話』を重視しているのは、事業を前に進めるためには、ユーザーはもちろん、一緒につくる人のニーズを引き出すことが大事だからです」

抽象的なアイデアや考えを形にすることで、「対話」の糸口を生み出す。デザインの価値をそう捉える大月のスタンスは、新卒で入社したJVCケンウッドで働いていた時から萌芽があった。

自動車用のAV関連用品やオーディオ、ヘッドホンなどの製造・販売を手がける同社。大月が主に担当していたのは、新作につながるプロトタイプのデザインだ。

大月「プロトタイプをつくって共有することで、それを起点に対話が進み、プロジェクトが進んでいく。そんな様子を何度も目にしました。つくったら、とにかく出してみる。そのことが物事を前に進めると学べたのは、良い経験になりましたね」

約2年が経つと、友人が起業した会社へ転職。その背景には、プロトタイプをつくる日々の中で醸成された、「ユーザーに実際に使われるもののデザインに携わりたい」という思いがあった。

その会社では、プロダクトデザイナー兼フロントエンドエンジニアとして、日々ワンチームで事業づくりに没頭した。だが、一から事業をつくる上では、思った以上にたくさんの壁があったと大月は振り返る。

大月「とにかく、自分の実力不足を痛感しました。このままもがき続けても、事業を伸ばすことに貢献できない。自分より事業経験が豊富なデザイナーのいる場所でスキルアップをしたい──そう思っていた矢先に出会ったのが、エムスリーでした」

“思い込み”から脱し、ユーザーの「代弁者」になる

大月がエムスリーに入社を決めたのは、面接で古結や現CTOの山崎聡(当時はVPoEとCDOを兼任)とのコミュニケーションを重ねる中で、事業に貢献するデザインを身につけられる可能性を感じたからだという。

大月「古結さんは、デザイナーの視点と事業家の視点、その両方を持っている方です。まさに、僕が目指しているデザイナー像と一致していました。また山崎さんは、ものづくりをする上で、つくり手のワクワクをとても大事にされていた。

二人と話す中で、事業を伸ばすことだけでなく、デザイナーのモチベーションも大事にしている会社だという印象を受けました。ここなら事業を伸ばすことに貢献できるデザイナーとして成長できるはずだ、と感じたんです」

入社後、主に電子カルテサービス「エムスリーデジカル」のデザインを手がけた大月。その過程でエムスリーの企業文化を背景に、「ユーザーとの対話」を重視するようになったという。

毎年多数の新規事業を生み続ける、エムスリー流事業創造の要諦:連載「0→1デザイナー」第2回
https://designing.jp/0to1-m3
サイトを開く

大月「ユーザーの『代弁者』と言えるか。それくらい、ユーザーのことを理解することが求められていると感じました」

「代弁者」と胸を張れるくらいユーザーを理解することは容易ではない。大月自身、入社して間もない頃は、「ユーザーの本音」と「思い込みによるユーザーの声」の区別がついていなかったと振り返る。

大月「最初の頃は、自分なりに見た目のデザインにこだわりさえすれば、多くのユーザーに価値が提供できると考えていました。

しかし、あるとき山崎さんと古結さんに『一番大事なことは、一つでも多くの課題を解決することであって、完璧にデザインを仕上げることではない』と言われて、ハッとしたんです。ユーザーのためになると思いながら、実は自分の思い込みでデザインをしていただけだったのだと」

この経験から、大月は医師のもとに足繁く通うようになる。診療の様子を観察したり、業務フローを学んだりしながら、ユーザー理解を深めていった。

大月「半年ほどユーザーである医師との対話を重ねる中で、機能の取捨選択の際に、医師の方の顔が思い浮かぶようになってきたんです。たとえば、多くの人に共通するニーズと、特定の人が求めるニーズの違いがわかるようになってきた。その頃から、ようやくユーザーの代弁者に少し近づけてきたのではないかと感じました」

厳密な定量目標があるからこそ、「対話」の重要性も高まる

エムスリーにおいて重視される対話は、ユーザーとだけではない。プロダクト、事業にかかわるメンバー全員と対話を重ね、景色を共有することが、事業に資する意思決定につながるからだ。

たとえばエムスリーにおいては、映像クリエイターに「チームで1年で1億円相当の利益貢献」を課すなど、決して容易に達成できるものではない目標が設定される。ゆえに、本当にその目標が達成できるのか、そのためには何をすべきなのか、対話する機会が多くあると大月はいう。

大月「エムスリーでは、目標は高い一方、一度決めた目標でも柔軟に変えてしかるべきだと捉えています。なぜなら、その目標が本当にベストなのかは、アクションに移さないとわからないからです。また、目標に納得感がなければ、デザイナーのモチベーションにも影響しますから。

同時に、目標に対してどんな手段をとるかも、デザイナーに個人に任されている。だからこそ、対話を繰り返し、目標を何度も擦り合わせることが、事業にとっても、デザイナーにとってもベストなんです」

目標を達成するために——という意味でも、大月は他のメンバーと景色を共有することを大事にしているという。当然それは、一度話しただけで達成できるようなものではない。

大月「景色の共有は一回すれば良いわけではなく、同じ人と何度も繰り返すことが必要だと思っています。特に社内メンバーとはしつこいくらい会話を重ねる。みんな、日々成長しているので、1週間前に言っていたことと意見が異なることも普通にあるんです。僕たちは意見が変わることを許容しているし、常にベストな意見を取り入れたいと思っています」

言語と非言語、両面で「対話」を深めていくのがデザイナー

対話を重視し、ユーザーの代弁者として事業成長を後押ししてきた大月。3年の時を経て、ようやく自身の価値発揮のあり方を見出しつつある氏が「事業に資するデザイン」を導く対話の要点をこう語る。

大月「一つは、対話の手段を限定しないことでしょうか。対話の目的って、相手の視点を理解することだと思うんです。そのためには、デザイナーという括りで自分の役割を縛らないほうが良い。僕自身プロトタイプづくりはもちろん、キャッチコピーを書くこともあるし、議論のファシリテーターをすることもあります」

ただその際、とりわけ「リアルで会うこと」は重んじていると大月は言う。言語のみならず、非言語の情報も活かしながら対話を重ねることこそが、デザイナーの役割なのだ。

大月「相手の本音を知るためには、心を開いてもらう必要があると思っています。そのためには、対話する前にそういう環境をつくることが不可欠。そして、リアルで会いにいく方が心を開いてもらいやすい。相手のリアクションや声色まで含めて、高い解像度で反応を見られるので、ニーズを掴みやすいと感じています。

言語と非言語、両方で相手の視点を理解する。それができることが、デザイナーの強みだと思いますし、事業を前に進める上で求められることだと思っています」

数値目標の徹底と、余白の重視。一見すると相反する両者が共存するエムスリーのデザイン組織で、現場の最前線をひた走ってきた大月。

その両立という難題を達成するためのカギこそが「対話」の徹底であり、その重視が同社の企業文化として現場レベルまで浸透しているということが、ひしひしと伝わってきた。

デザイナー採用サイト|エムスリー株式会社
https://jobs.m3.com/designer/
サイトを開く
Credit
取材・執筆
イノウマサヒロ

編集者。編集デザインファームinquireを経て、複数のスタートアップ経験後、独立。ビジネスとデザイン領域におけるコンテンツ制作を行う。カルチャーデザインファームKESIKIに所属。




撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

Tags
Share